心を手にのせて

水乃南歌

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7 ハイチの洗礼

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「この中でサイズの合う物を持っていくといいよ」
店主さんに言われてハイチが袖を通す。
洗礼式の衣装はお店にある貸衣装で間に合わせるのだ。
新しく拵えるのは結婚する時なんだって。

「長くても肩で調節できるからね」
奥さんが肩の紐の部分をキュッと締めると、袖が5シンチくらい上がって指が全部見えるようになった。
なんていうか、パッと見、着物の合わせみたいな感じだ。
ただし袖に振りの部分がなくストンとしているけれど。

「下もブーツで隠れるから長くても短くても大丈夫だよ。色だけ好みが合えばいいんじゃないかな」
ハイチは衣装のあれこれに興味はないようで、一番手前にあった黒い物を試着し始めた。

下の衣装はニッカポッカ風で、その上からロングブーツを履く。上の和装っぽい衣装と合わせると私の中で違和感が半端ないけれど、ここでは普通なんだろうね。

「今回は人数が少ないから選ぶ余裕があってよかったわねえ。テイラの時なんか、目一杯7人もいたから誰か衣装がはまらなかったらどうしようかと思ったもんだよ」
言いながら奥さんが豪快に笑っているから、衣装は7組みしかないのかもしれない。

「じゃあ、これをお借りするわ。気合いを入れて飾らなくっちゃ」
お母さんが一式部屋に持って行くといろいろな色の紐を合わせ始めた。
「あんまり派手にしないでよ」っていうハイチの声なんて聞こえてなさそうなんですけど。




洗礼式の日になると主役達が正装して店に集まった。
衣装が衣装なだけに、誰が洗礼を受ける人なのか一目でわかる。
うん、3人だよね。

あの後正式な文書が届き、日付が決まったと連絡があったの。
正式な文書なのに簡易文字ばっかりで書かれていて本当に読みづらかった。
けれど文書を出すんだったら別にお店までわざわざ言いに来なくてもよかったんじゃない?
イクスターナル様って暇なのかなあ、とか思ったのは内緒だよ。

「あ~、動きづらい」
ハイチは袖のところについているたくさんの飾り紐を持て余すように佇んでいる。
洗礼式はあのぶよんぶよんの境目に建っている『塔』の中で行われる。
なのでお貴族様がいるような場所に行くのに、普通なら騒ぐような子供はいない。
つまり、私は浮いていると思うよってことだ。他の家族の人達にチラチラと見られているものね。
ちゃんと大人しくできますよ、私。

「兄さんのは飾りがたくさんついているから」
他の人とくらべてもだいぶ華やかな衣装だもん。
「飾りがいっぱいついていて、かっこいいと思うよ」
写真がないのが悔やまれるぐらい。
上下のバランスに違和感があるなと思っていたけれど、素敵な民族衣装にみえるから装飾って大事なんだなあ。

「あら、ありがとう。お母さん頑張っちゃたもの」
お母さんが嬉しそうにハイチに近づくと襟元を整える。
「結婚式並みじゃない?俺恥ずかしいよ」
ハイチが顔をしかめてお母さんの手を嫌がるから、私とお母さんは顔を見合わせて笑ってしまった。

私達がお祝いの雰囲気なのに対して、お父さんからはピリッと緊張感が溢れている。
今も呼ばれて移動した2組目の家族をじっと眺めて会話に入ってこなかった。
そろそろハイチの番かなと思い始めたころ、お父さんがかたい表情で今日はじめて口を開いた。

「ハイチ、何が出てもその道を行け。お前は男だからどんな道でも生きていけるだろう」
私はのほほんとしていたけれど、お父さんは違ったんだ。
そうだよね。仕事が決まるっていうことは、その人の人生が決まるってことだもの。

「例え今日得るものが家族と別れの印となっても、神の道にはそれなりの意味があるからな」
自分の家族と道を違えたお父さんの言葉には実感がこもっている。
お父さんの今日の緊張は、子どもを送り出す親の覚悟だったんだね。
「俺は父さんみたいに、森で生計を立てたいけどね」
ハイチが肩をすくめると、ようやくお父さんが笑った。

「あ、兄さんの番みたいだよ」
ヒタゴラ様がこちらを見ている。
中には入れないから近くまでは一緒に行こうとハイチの手を握ると、しっとりと汗ばんでいた。
そんな風に見えなかったけれど、緊張していたらしい。
だから思わず言葉が出てしまった。
「ずっと一緒にいれたらいいのにな」
って。
ハイチは何も言わなかったけど、強く握り返された。

祝詞の間に入れるのは、本人と手にしたものを確認する塔の管理人だけ。
すごく偉い人だったんだね、イクスターナル様って。
普段の佇まいと違ってたくさんの飾りをつけていて、遠い存在の人に見えた。

私達は覗きめば中の様子が見える場所で待機している。
前の人の様子だと祝詞自体は10分くらいの時間で終わるっぽいからね。
控えの間で私達は一言も喋らず、祝詞の間の様子を見守った。

「あ、小さな剣みたいのが出てきたよ」
小窓から、小刀みたいの物がハイチの前に置かれたのが見える。
「本当ね。お父さんと一緒に森に行けそうね」
私とお母さんはホッとして笑った。
小刀なら、狩猟に使えるに違いない。

祝詞の間の扉につけられている丸い玉が3回光る。
さっきまでの人にはなかったことだと思うと、これで今日は終わりって合図かな?

すると控えの間にヒタゴラ様を先頭に3人ほど入ってきて、そのまま祝詞の間に消えていった。
ヒタゴラ様の後ろを歩いていた人達は、ハイチと同じような衣装で全身が紺色。
まるで忍者みたいな雰囲気だから、撮影所に紛れ込んだみたいな現実離れした気持ちになった。

「窓の中の様子がわからなくなったな」
私は気がつかなかったけれど、先ほどまで透明だった窓が白く濁ってしまっていた。
お父さんの気配が心持ち険しくなる。

「何かあったのかしら」
お母さんが呟いた時、祝詞の間が開き困ったようなイクスターナル様が出てきた。
後ろからやっぱり困惑顔のハイチもついてきている。
ヒタゴラ様の顔はいつもと同じだけれど、紺色の人達は興奮した顔をしたり、軽くハイチを睨みつけたりいろいろだ。
何かあったのは間違いなさそうだ。

「ハイチの洗礼で200年程ぶりの慶事があった。避けることのできない事態に向けて、ハイチは塔の預かりとなる。準備が終わり次第、塔に通うように」
さっぱりわからない説明を聞いて、思わずお母さんと目を見合わせた。

「それは、そちら側の町で生活するということでしょうか」
お父さんが厳しい顔で聞いた。
「いや、聞けばセイロンの店で宿泊しているのだろう?通いでよかろう。こちら側で生活するには、いろいろと負担があるだろうからな」
イクスターナル様はそれだけ言うと足早に去って行ってしまった。

ヒタゴラ様はイクスターナル様が行くのを見届けると、私の方へ向き「さっぱりわからないという顔をしておるな」と笑った。
それだけで大したことはない気がしてくるから不思議だ。
場も和んだ気がする。

「こちらでもまだ詳細がわからぬのだ。後日詳しく話し合いの場を持つと約束しよう。それまでセイロン店で待機するように」
ヒタゴラ様もそれだけ告げると、イクスターナル様と同じ方向に歩いて行ってしまった。

ヒタゴラ様の指示で紺色の貴族が入り口まで私達を先導すると、彼が去り際にハイチに声をかけた。
「貴族の誰もが羨む珍しいことが起きたのだ。口さがない者もいるであろうが、神の選択には理由がある。其方は堂々としていればいい」
言われたハイチは、その少年の後ろ姿をじっと見つめた。

そんなことをわざわざ言われるって、本当にそれは慶事なのかなあ?
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