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Last Fight 君の犠牲の上での成果なんて、何の意味もない

18.地味に生まれて良かったこと

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突然の三条ちゃんの物騒すぎる言葉に、パフェパフェわっほい、とか脳内でお気楽にダンスしてた私の分身たちが、一気に消え去った。

「げほっ……」
「だ、大丈夫ですか……!?」

いけない……つい咳き込んでしまった。
急いで水を飲み込み、喉を潤して、仕切り直す。

「……三条ちゃん、今……なんて言った?」
「あ、ええと……」
「殺されるとか、言った?」
「あ、あの……」
「先輩?毒でも盛られた?仕返し必要?」
「あ、そ、そうではなくて……」

しまった……。
また三条ちゃんを困らせてしまった。
こう言う時は、傾聴、傾聴……。
私は、すっと呼吸を整えて、三条ちゃんの次の言葉を待った。

「実は……最近誰かにつけられてるんです……」
「……え?どういうこと?」

三条ちゃんは、また少し黙り込んで、口をもごもごさせて、何かを言おうとしてはやめる、を繰り返している。
私は、じっと、三条ちゃんの次の言葉を忍耐強く待とうと決めた。
パフェのアイスがドロドロに溶け始めているのも、気にならないくらい、今は三条ちゃんの話をちゃんと聞きたい。

「実は……」

始まった。
よし、傾聴、傾聴。

「この間……電車で痴漢……されてしまって」
「はあ!?」

ち、痴漢……だと……!?
この妖精さんのような可憐な三条ちゃんに対して……!?

「尻!?足!?」
「ちっ……違います……」
「じゃあ……もしかして……」

私は、つい目線をその場所……たわわに実った胸の方に移してしまった。

「あ、そうです……」
「……まさか、手のひらでもっ……揉み……」
「肘で何度か突かれる感じで……」

殺す。
そいつ、社会的に。
絶対。

「警察には言ったの?」
「あの……実は……まだ……」
「どうして……!?」
「実は最初は痴漢だって気づかなくて……電車にたくさん人もいたので、ぶつかっても仕方がないのかなとも思いまして」
「人がたくさんいようが、普通の人ならそこを肘でなんかつかないようにするでしょう!間違いなくそいつ、痴漢」
「や、やっぱそうですよね……」

ああ……ちょっぽど怖かったのだろう……。
三条ちゃんが辛そうにしている。

「ご両親には伝えた?」

三条ちゃんは、首を横に降った。

「どうにか、言うことはできない?」
「無理です……仕事辞めさせられて家に閉じ込められます……」
「ああ……」

そんなことないよ……と言えないのは、三条ちゃんから色々聞いているからだろう……。
箱入り娘的なエピソードの数々を……。

「じゃあ……痴漢は1回だけ?」
「いえ……それが……ここ数日ずっと……」
「は!?」
「あ、いえ、痴漢は1回だけです。でも……」
「何!何があるの!?」
「乗る電車を覚えられてしまったのか……後をつけられるようになってしまって……」
「それって、完全にストーカーじゃない……」
「最初は、自意識過剰なのかな、たまたま同じところなのかなって思うようにしていたんですけど……やっぱり、おかしいなって思って、それで……」

そこまで言うと、三条ちゃんはよっぽど怖かったのか、辛かったのだろう。
ぶわっとまた泣き出してしまった。
今日、この後この店を出たら、私と三条ちゃんは通常であれば別々に分かれる事になる。
でも。
そんな話を聞いてしまって置いていけるほど、私の心は鋼鉄ではない。
皆が言うほど。
なので……。

「じゃあさ、私、送って行くよ。家まで」
「い、いいです!申し訳ないです」
「だーめ。こんな話聞いて、黙っていられるはずないでしょ?ね?」
「だけど、もし高井さんが被害に遭ったりしたら」
「それはないよ」

……と、思う。
何故なら、生まれてこのかた、痴漢になど遭ったことはない。
地味に生まれて良かったことは、こう言うところだ。

「とにかく、放っておけないし……今日のところは私に送らせてくれない?明日からことは、ちゃんと作戦会議しよう」
「本当に、いいんですか……?」
「もちろん……」
「あ、ありがとうございます……高井さん……ありがとうございます……」
「いいからいいから。……ねえ、三条ちゃん……ちょっとだけ、お腹すいてない、大丈夫?」
「実は、安心したら……少しだけ……」
「そしたら、私が今日奢るから、小さめのやつ、食べてみない……?」
「はい!」

それから、三条ちゃんの分のパフェも注文し……私のはすでにアイスがドロドロになってしまったものの……2人仲良くパフェを堪能した。
だけど事件は、パフェごときで大人しく引き下がってはくれなかった。
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