聖剣なんていらんかったんや~苦し紛れに放った暗殺者が魔王を倒して世界を救ってしまったのだが~

余るガム

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第1章 聖女の口付けは誰のもの?

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 クイームは動揺を押し殺していた。
 表面的には平静を装っていた彼だが、その内心は『祖父の墓を掃除していたらガチの拳銃が弾薬付きで出てきた』のと同じぐらい動揺していた。

 シャーロットの言ったことは、まず予想外であったことと、そして当然といえば当然だが、問題発言の塊だったからだ。
 いや、問題発言云々については、無神論者的言動の時点で大分アウトなのだが、あれはもう思想の自由だ。敢えて表向きに発現しない限り、どのような思想を抱くかは本人の自由であり、それについて何かしらを言い咎める権利は他者に無い。発言しているとしても、それは時と場合に配慮していればいいのだ。

 しかしながら、『これ』は違う。
 これは、彼女の神聖性をより本質的に失わせるからだ。

 そうした問題発言を問題発言であると理解する知性と、そうした問題発言をそもそも慎む理性が、シャーロットにはある。
 少なくともクイームはそう思っていたし、それを抜きにしてもそれなりに年の離れた男がそういう対象になるとは思っていなかった。
 更に言えば、教会の神が広く倫理と常識を支配するこの世界において、神を疑う同志の存在はまさしく感動的だった。クイームが現在薬で去勢しているという事もあり、シャーロットの存在は性別や年齢差を遥かに超越した、『同志』としか言えない存在なのだ。

 クイームがシャーロットの告白を予想外とした理由はそんなところだが、さてこの告白に対してクイームはどうこたえるべきか。

「ど、どーですか……?」
「あーっと、ちょっと予想だにしないんで、少し待ってくれ……一応、この場で答えはするから……」
「は、はい」

 そんな時間稼ぎをしたところで、改めて思考を回す。
 この告白、どうするべきか。

 否、べき論で言うならその回答は決まりきっている。断ることだ。
 聖女を娶る。言葉にするのは簡単だが、それは教国も教会も、なんなら一般的な信徒の大部分も敵に回す行為だ。

 ではそういった娶るという風な正道とは違うやり口で、例えばシャーロットをさらってしまうのはどうだろう。極めて多岐にわたる暗殺者の諜報、隠匿技術を以ってすれば、シャーロットをさらってしまうのも不可能ではない。
 しかしこれをすると大陸全体への影響が計り知れない。戦国動乱の時代という事もあって、大陸全体の倫理観は随分希薄化して久しいが、そのわずかな部分を教会の教えが支えている。その教会の支持基盤の根幹を奪い去ることは、教会勢力の凋落、ひいては教国の没落、そしてこの戦国時代の主導者が切り替わるレベルの大事に繋がる。

 現在の大陸は群雄割拠の戦国時代だが、順当に推移すれば、恐らく教国が最終的な大陸の盟主になるだろうと予想されている。
 そんな覇権国家の夢が、暗殺者の嫁取り1つで崩壊してしまえば、クイームに対する怨恨は計り知れない。というか恨みを買ってしまう以前に、戦国時代が更に長引いてしまう。魔王の被害で起こった貧困が、軍人の匪賊化を招いている実例もあるし、少なくとも治安の悪化は免れない。

 シャーロットの告白を受けるという事。
 それは大陸全土の無辜の民を虐殺へ間接的に繋がる、人でなしの選択なのだ。

「分かった。正式に公的に、とはいかないのはお前もわかってるだろうが、それでもいいなら」

 なので、人でなし代表の暗殺者はその告白を受け入れることにした。

 まあ考えてみれば、そもそも暗殺者である時点で一般的な国家と人間の大部分を敵に回しているようなものだし、乱世とは暗殺者にとっては単なるかき入れ時だ。これは傭兵のアンドリューもそうだろう。

「ッ! はい! それでもいいです! よろしくお願いします!」

 パッと明るい笑顔を浮かべたシャーロットは、紅潮した頬を隠すことなく、何度も何度も頷く。

 その笑顔は、聖女には確かに似つかわしくなく、しかしそれ以上に魅力的な笑顔だった。

◆◇◆◇

「と、言う訳で」
「私たち、交際することになりました」

 翌朝。
 テントから這い出てくるや否や、『あー、やっぱ影の世界ってクソ便利だわー』だとか『朝日眩しっ。この目覚ましはテントの特権だな』だとかボヤきつつ、クイームとシャーロットは昨晩の件をクラウンとアンドリューに報告した。

「おーッ良かったなぁシャーロット!」
「頑張ったねこの子ってば」

 アンドリューが肩を叩き、クラウンが頭をぐしゃぐしゃと撫でまわす。
 それを受けているシャーロットは『やめてください』なんて口では言うが、表情や手つきからはまんざらでも無い事が伝わってくる。

 そして完全に放置されているクイーム。

「えっ俺は?」
「お前は……可愛いシャーロットの拙いアプローチを必死にフォローしてた俺たちの努力を水泡に帰すことに余念が無い敵?」
「敵は言い過ぎだろ。まあ……おまけして、コウモリ?」
「中途半端で一番信用されない奴。しかもオマケって」

 というか、フォローしてたことを今更知って、それはそれで別件としてショックを受けるクイーム。

「いやぁ、しかしお前って結構なロリコンだったんだな。死ね」
「うるさい。そう言うお前は所帯とか持たないのか?」
「あ? あー、俺は嫁いるよ? 嫁っつーか、いきずりの相手だけど」
「おい所帯を持てよ。なに予想を外してやった、みたいな顔してるんだよ」
「つっても俺みたいな稼業じゃなぁ……そもそもが不安定だし、プロはともかく素人は怨恨で殺しに来たりするし、多分こっからは教国の覇権で……ん?」

 そこまで言及して、アンドリューが顎に手を当てて考え始めた。

「おい、何を言い淀んでるんだよ」
「なんだその『お前気付いてないの?』みたいな煽り笑顔。俺は教国の覇権で戦乱が終わりそうだから、仕事が無くなるだろうなって、言う、つもりだったん、だが……」

 そこでアンドリューがハッと何かに気付く。

「あ、うわー、マジか。お前。えっこれ考えたうえで受けたの?」
「勿論です。プロですから」
「うわうっざ。ってかシャーロットは? 知ってるの?」
「さぁ? だが聖女が聖女で無くなるってのが、何かしらの衝撃を伴う一大事であることぐらいは察してるだろ。その上で言ってきたんだから、知ってるって事で良いんじゃねーの?」
「お前それ、完全に知ってない時の言い草だろうが……」

 ちらりとシャーロットの方を見て、クラウンとの会話に集中してこちらに意識が向いていないことを確認する。
 その上で、クイームをぐいっと抱き寄せ、小声で相談する。

「ってことはだぜ? お前、もしかして自分の仕事増やすために、敢えてシャーロットの告白を受けたって事か?」
「なんだ、最低だとでも言いたいのか?」
「そうは言わねえよ。大事な大事な飯の種だ。その為の努力を悪し様に言いやしねえさ。だが、お前の感情はどうなんだ? 実際問題、シャーロットの事はどう思ってるんだよ?」
「それ必要か?」
「必要だ。俺はお前の本心が知りたい」

 もう一度シャーロットの方を確認して、話に戻る。

「で、どうなんだ?」
「……」

 クイームがシャーロットに抱く感情は複雑だ。
 しかし現状で最も比重の大きい想いに言及するなら、それはやはり『同志』になるわけだが、これを言ってもアンドリューにはピンと来ないだろう。クラウンもそうだが、アンドリューもまた、広義的には教会の信徒である為だ。
 自分だけなら詳細な部分まで解説する事も可能だが、この状況でその行動を取る場合、シャーロットもまたそうである、という事になる。それはシャーロットの秘密を、本人に断ることなく、他者に伝える行為だ。とても出来る行動ではない。

「まぁ、そうだな。大前提として、まず完全な異性とは見ていない。前にも言ったが、今は薬で去勢してるからな。性欲がそもそもないんだ。その上で、妹の様な、娘の様な、親友の様な……まあ、少なくとも人間的に魅力的だとは思ってるし、得難い経験を共有した仲だ。だから、その、なんだ……好いては、いる。後は俺が『そういう目』で見れるように努力するだけだな」

 何とも中庸的で、あいまいな答えになってしまったが、しばらく睨み付けてきたアンドリューはとりあえずそれで納得したのか、『まあ、良いだろう』と言って肩組みを解除した。

「言っとくが、シャーロットを泣かせたら承知しねえからな。仲介屋にある事無い事吹き込んで、業界から干してやる」
「陰湿」
「何とでも言え。お前は俺が物理的に制裁加えられるほど弱くないからな」
「おいおい、俺は不意打ち、騙し討ちが本領の暗殺者だぜ? 正面戦闘なんて、とてもとても……」
「けっ。よく言うよ」

 ちなみに、クイームが暗殺者になって初めに極めた技術は、正面戦闘の技術である。
 クイームの師匠に当たる存在が『暗殺者には99%不要な技術だが、この技術が無いと残り1%の標的を殺し損なう。世界一の殺し屋になるには、必須のスキルだ』と言っていたためだ。

 実際問題、魔法のポテンシャルに限れば、クイームは勇者パーティの中で一番低い。そのため、アンドリューと魔法のぶつけ合いになれば十中八九クイームが競り負ける。
 だが、クイームには魔法のぶつけ合いに持ち込ませないようにしたり、そもそもの勝利条件をすり替えて衝突を避けたりといった立ち回りも上手い。

 そう言うのを全てひっくるめて、『物理的に制裁を加えられない』とアンドリューは判断しているのだ。

◆◇◆◇

「いやぁよくやったねぇ。私も鼻が高いよ」
「えへへ……」

 アンドリューとクイームが薄暗い会話をしている中、女子組は平和なものだった。
 会話は昨晩の内容を反芻するものに終始しており、その様相はさしずめ恋バナに明け暮れる女子会といった所か。

「しかし、クイームにしては随分あっさり決めたねぇ。あんたの立場なんかを考えたら、もっと迷いそうなものなのに」
「立場?」
「だってあんた、教国の聖女だろう? それに対して日陰の暗殺者だなんて、不釣り合いだーってなりそうなもんなのに」
「だからちょっと時間をおいたんじゃなくて、ですか?」
「そりゃまあ、大なり小なり考えはしたんだろうけど……」

 どこか釈然としない、というのがクラウンの見立てであるようだった。

「まあいいじゃないですか! 上手くいったんですし!」
「あんたねぇ……これから大変だよ?」
「へ?」
「だって、確か聖職者って貞淑たれとかなんとか言って、生涯未婚を貫いたりするんだろ? その頂点のアンタが男作って結婚しますって、大丈夫なのかい?」
「あー……一応公的には何も無いって言うか、隠してお付き合いする感じなので、大丈夫じゃないんですかね?」
「そこ疑問符が付いて良いのかい?」

 何とも前途多難である。
 とはいえ、実の所シャーロットはあまり心配していなかった。

 と言うのも、それは単純にクイームの隠密としての技量に高い信頼を抱いていたからである。

 クイームは加入してから、勇者パーティの斥候、隠密、諜報として働いており、単純な戦闘力や武勲の類では数値化できない貢献を多々重ねてきた。
 時に信じられない様な裏切者を暴き出し、時に敵の釣り野伏を先回りし、挙句の果てには世論誘導までやってのけた。

 なんでもクイーム曰く、自分一人でやった訳ではなく、自分が自由に動かせる手下の様な者が多数存在していて、そいつらを使っているから出来る事だ、とのこと。
 確かに一人でやっているよりは遥かに現実的な話だが、では頭数さえ揃えばだれでも出来る事か、といえばまた全く違う。例え精鋭を揃えたとしても指揮官が無能ならば、その部隊が成果を上げることは叶わないのだから。

 今にして思うと、じゃあ昨日言っていた『自分は1人で気楽』発言は何だったのかと疑問にも思うが……これは恐らく『手下の様な者』という若干遠回しな表現となっている所に微妙なニュアンスがあるのあろう。

 なんにせよ、そういうこれまでの実績によって、シャーロットはクイームの事を強く信頼していた。
 そこに同志としての共感と、自分の好意を受け入れてくれたという事実がシャーロットの目を曇らせている。

 クイームは常に冷静沈着で、同時にある程度の打算を欠かさないという事実を、頭から取りこぼしている。
 これ自体は決して悪い事では無いし、そもそもそういった強かさもシャーロットがクイームを信頼する要因の一つでもある。

 しかし、いや、だからこそ、というべきか。
 自分の好意を受け入れたその行動に、大なり小なりクイームなりの打算があると。ある種の理屈に則って選ばれた選択なのだと。
 そう言う所にまで、彼女は意識が廻っていなかった。

 そんな彼女たちを、クラウンはどこか不安げに感じるのだった。
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