25 / 78
第2章 魔王の王冠は誰のもの?
血液
しおりを挟む
今、自分は好機の中にいる。
クイームはそう考える。
この魔物とクイームは相性が悪い。
こちらの攻撃手段は小さすぎる本体に命中せず、あちらはほぼ一方的に攻撃できる。しかも周囲に浮かべた血液のファンネル。これが纏う魔力が本体の魔力を隠してしまう上に、それぞれが砲台になっている。しかも液体なのだから切りつけても意味が無いという始末の悪さ。
そんな相性の悪い存在が、今ここで自分を倒すことに、なぜか執着している。
つまり、こいつは今『前のめり』になっている。
延々とヒットアンドアウェイをされれば、こちらに勝機は無かった。この速度と隠密性を考えると、門で脱出できてもいつ襲ってくるか。
現状はそれに近いが、ある程度自分の周囲を周回している時点で攻めっ気が強すぎる。
これ以上の好機は無い。
さて、どうするか。
どれだけポジティブに考えても、こちらに攻め手が無い事は事実。
となると、アビゲイルの奮起に期待したいところだが、大量の血を抜かれて虫の息だ。
今考えると、この魔物に襲われて貧血だったのだろうか? その時に殺しておけば、反撃の起点としての可能性を完全に潰せただろうに、なぜわざわざ致死量手前で生かしていたのか。
「制限、だな」
小さく呟く。
魔物は『魔王と同じ力』と言っていた。一撃での暗殺で始末してしまったせいで肝心の『魔王の力』と言うのを知らないのだが、そう言いながら誇示していた当たり、恐らくそれは血液を操る魔法だ。
だが、ただ血液を物理的に操るだけで魔王なんて大仰な名前は付けられないだろう。
そこには血に由来する、より異常な力があったはずだ。それは考えようによってはシャーロットと同様に『無法』の力であり、それこそが魔王を魔王たらしめる根幹。
奴の魔王に対する距離感からするに、奴の言っている『魔王の力』とは恐らく後者の無法な力。
そして奴自身がその身に宿すのはその断片だ。しかし、その断片ですら制限で底上げしなければ再現できない力。
具体的な内容は。
「血液の生産者が生きていないと、操作の対象に出来ない」
「!!」
魔力が揺らいだ。恐らくは正解。
だが、ここでアビゲイルを殺しても、こっちの攻撃が相手に当たらない問題は解決していない。相手の攻撃手段は減るが、それを見て『一時撤退』を選ばれると困る。ここで取り逃すと始末できない。
一応、アビゲイルを殺そうとして、しかし絆されたせいで殺せない、みたいな演技を入れておく。
「クソッ」
「あれれぇ~!? どーしたのォーいきなり飛び跳ねて怖~い」
「うるせぇ!」
騙されるのか……思ったより頭が悪いぞ。
実力あり忠誠あり知能無し……確かに愛玩するには持ってこいかもな。
「で? 魔王と同じ力、とか言ってたよな? まさかこれだけか? 他人の血を操って弾丸みたいにする、ただこれだけが?」
「はぁん? そんな挑発には乗りませ~ん」
「なんだ、これっぽっちだったか。これで魔王とは大げさすぎるな……新型のヒルが精々だな」
「あぁ!? ぶっ殺すぞ!」
「じゃあ他の事やってみろよカトンボ」
思ったより挑発に乗るなコイツ。
「じゃあ見せてやるよ! 俺が魔王様と同じ段階に居るって所をなぁ!」
本当に挑発に弱いな。
そんなことを思っているうちに、魔物の魔力が一気に広がり、周囲を満たす。
「『自尊領域 血啜肉食』!」
「これは……」
周囲は既に、洞窟からは一気に様変わりしていた。
その様相を一言で言えば、血の池地獄。足元では赤黒い液体がごぼごぼと毒々しい泡を吐き出し、その度に鉄の異臭を放つ。時折浮き沈みする骸骨は黒く、その蠢きは未だに地獄の責め苦を受けているかのよう。
周囲は影の世界の様に真っ暗で、この空間の端を感じさせない。
「瞬間移動、じゃないな。環境の上書きか」
「その通り! 魔力で範囲をくくり、その内側を己にとって最も都合の良い様に書き換える! それはまさにホームグラウンド! いつ如何なる状況であろうと、万全、否、それ以上の態勢で迎撃が可能! そしてぇ!」
クイームの全身に衝撃。
大量の法力で強引に守ったが、被弾個所が多すぎて流石にダメージが通った。
「ぐっ……」
「自尊領域の内側において、術者の魔術攻撃は全てが『必中』となる! 魔力に愛され、魔王様に愛され、そしてそれらを愛し続けた、赤眼の魔物だけが至る魔術戦の極致よ!」
なんだか聞き覚えがあるような気がしないでもない技だが、それはさておき。
教国の魔力錬成が『魔法使いに対抗する魔力使いの技術』だとすれば、こちらは『魔法使いに対抗する魔法使いの技術』といった所か。
なるほど、基礎スペックが異常に高い勇者パーティの面々には無い発想だ。必要は発明の母とはよく言ったものである。
だが妙だ。
本当にすべてが必中だとするなら、まず真っ先に行うべきはクイームから血を抜くことだ。
流石に全身から血を抜かれれば死んでしまうし、致死量が抜かれなくとも動きは鈍る。法力での自己治癒能力で、抜かれた端から再生していってもいいが、流石に分が悪い。
それを考えれば、アビゲイルの血液で射撃を続けている現状は奴にとって不利でしかない。
この自尊領域とやらが大層優れた技であることはまあ理解したが、じゃあこれが完全に使い得の技かといえばそんなことは絶対に無い。
なぜなら、術者が受ける恩恵が大きすぎるからだ。環境の上書き、限界を超えたコンディションの向上、そして必中……自尊領域が優秀な技であるがゆえに、だからこそ反動も大きいはず。
つまり、持久戦に弱い。
法力が優秀な理由は、コストが先払いなうえ、そのコストも時間をかければいくらでも支払えるという使い勝手も大きいのだ。
にもかかわらず、クイームに対して決定的な攻撃力がない状態のまま、自尊領域を使い続けている。
「いやしかし、スゴイなこれは」
何度も攻撃を受けているが、着弾するその瞬間まで攻撃が存在しない。適当なタイミングで体をよじっても、よじった先に命中する。
攻撃が見えないのではなく、攻撃の過程が存在しない。当たったという結果だけが存在する。
まあ保証されているのは『必中』だけで、その後にダメージが通るかどうかはまた別問題のようだが。
「恐ろしいか!? まさに自らの至尊の存在にする領域!」
「なるほど、そういうネーミングなのか」
だが、そのタイムリミットは刻一刻と迫っているハズ。
クイームは法力を採算度外視で全身にみなぎらせ、次の攻撃に備えた。
◆◇◆◇
しかしクイームの想定を超えて、1時間を超えても自尊領域が崩壊する事は無かった。
とにかく攻撃が激しいものだから、法力の生産と消費が釣り合っておらず、このまま無限に続けばやがて法力が尽きる。
だがそれも相当遠い話で、先に自尊領域がガス欠で崩壊するものだと踏んでいるが、1時間も粘っているあたりどちらが先に尽きるやら。
門の開通まであと6時間。
そのころには流石に決着がついていると良いのだが、どうだろうか。
「おいおい、どうしたんだ? さっきから全然変わり映えしないワンパターンな攻撃ばっかりだぜ?」
「防戦一方の割に吠えるねぇ~」
「俺の血を抜いたりしないのか? もしかして、それも制限か?」
「さぁねぇ~」
揺れないってことは違うのか?
てっきり同時に対象に出来るのは1人まで、みたいな制限があるものだと思っていたが。
となると全く別の事情があるって事になる。
クイームの血液をリソースにしたいのは本音のハズ。しかしできない。或いはできるとしてもリスキー過ぎてやりたくない理由。
クイームの血液を抜くと不利になる。なりかねない理由。
ここでふと思いだす。
魔物が言った『魔王様を返してもらう』という、あのセリフを。
考えてみれば、この復讐は筋が通っていない。
なぜなら、少なくとも公的には、魔王を倒したのはアンドリューだからだ。そのように広報している所も知っているし、そもそも聖剣が無いと魔王を倒すことは出来ないということになっている。
復讐者の常套句と流していたが……もしそこに、もっと切迫した、具体的なニュアンスが込められていたとしたら。
更に思い出す。魔物を感知する聖剣がクイームに反応していたことを。
連想して、聖剣に対する疑問。聖剣は魔物の『何』を感知して、その存在を囁いていたのだろうか。
魔王の力は血液の力。魔物はクイームが魔王を殺したことを知っている。魔物はクイームの血液を使えない、もしくは使いたくない。クイームを殺すと、魔物の元に魔王が『返って』くる。クイームは聖剣から見て魔物として扱われる。
そして、複数の動植物が混合した魔物の姿。
これらすべてが同時に説明できる、冴えたやり方とは?
「……いやしかし、あり得るのか?」
その『冴えたやり方』を、クイームは思いついた。
これなら、今まで宙に浮いたままだった諸々の疑問が綺麗に説明できる。
最後の壁は、この荒唐無稽な発想が実現可能な計画であると、自分が信じる事。
だが、それができない。
なぜなら、クイームはそれができる程魔法の扱いが上手くないからだ。
荒唐無稽であり得ない計画を、魔法能力のゴリ押しで強引に実現させる。それができないから、クイームはそれ以外の技法を学んでいるのだ。
自分の常識を打ち破る力。或いは、自分の常識を押し通す力。
クイームにはそれが足りない。
そして何より、その事実を冷静に分析にして、ありのままに受け止めてしまう精神性がある。
我が儘を言わない大人の理性が、彼を『人間』に押しとどめる。
「……チッ」
そうだ、もう飾らずに言うならば、魔法使いは人間ではない。
当然と言えば当然の事だ。人間は遍在しないし、無敵の肉体なんて持たないし、経典を再現なんて出来ない。それができる時点で、そいつはもうある意味人間じゃない。
だが彼らは、その事を気にしない。
己が人間で無い事を気にせず、好き勝手に生きている。まるで我が儘放題の子供の様に。
クイームにはそれができない。どうしても、色々と考えてしまう。
だから、一歩ずつだ。
「おっと、急にどうしたのかな?」
魔物の安い煽りを無視して、自分の掌に傷を付けた。
一歩ずつ、少しずつ。
理論武装を繰り返して、自分を納得させられれば。
きっと、今思い描いている様な事も、出来る。
◆◇◆◇
全身を法力で保護しつつ、掌の傷を観察する。
ここまで操作が簡単そうな状況が揃ったにもかかわらず、クイームの血液を使わないあたり、いきなり血を抜かれて死亡の心配はしなくて良さそうだ。
法力での治癒が始まらないように気を付けつつ傷を、正確には、傷から出てくる血液を観察する。
やはり、特に妙なものは感じられない。色、匂い、量、魔力、全て異常なしだ。
「どれ」
ぺろりと舌で舐め取ってみるが、味の方も異常なし。
と、ここで胸元に衝撃が来た。攻撃を受けてダメージも通ったが、今は無視だ。
次に、影の世界に手を突っ込んで、幾つかの薬剤を手早く調合する。
手さぐりゆえに精度は荒いが、最低限だけ機能すれば良しだ。
最初に取り出したのは止血剤。傷口に塗ってしばらく待つと、問題なく止血された。
次に取り出したのは血液凝固剤。新しく作った傷口に塗って待つと、血液が固まらなかった。
「お?」
明確な異常とみて、再度実験する。攻撃を受けて割合が崩れたので、薬剤の調合をやり直す。
もう一度、今度は精度に気を付けて血液凝固剤を作り、塗布すると、しかし血は固まらない。
「よし、おかしい。おかしいぞ」
おかしいことが発見できてうれしいのも妙な話だが、次の段階だ。
傷から出てきた血液を、腕を振って別の皮膚にくっつける。しばらく待っても乾かず、瑞々しいままだ。
「間違いない、確実に、っづあ!」
またも攻撃。
法力で保護も治療も出来るとはいえ、消耗は重なる。
「さぁ~っきから何をやってるのかなぁ!? 俺も混ぜてよぉ!」
「なんだ? 仲間外れにされたトラウマでもあったか?」
相手によっては致命傷クラスを煽りをぶちかましたクイームは、無視して実験を続ける。
影の世界から取り出したビンの中に血液を入れて、ビンごと魔力で覆う。
魔力によって圧力を生み出し、その圧力でモノを動かすことは可能だ。念動力、と言うほど自由自在に動かせるわけではないが、足の小指と同じぐらいには自由に動かせる。
これでビンと中身の血液を同時に魔力で動かす。
透明性の高い高価なガラスを使ったビンなので、視覚的にはまるで血液を魔力で操っているかのようだ。
その光景を、全力で脳裏に焼き付ける。
魔物も察したのだろう。これまでは全身に散らしていた攻撃を心臓に集中させた。狙いはバレバレだが、法力での防御を強引に突破する算段か。
それをフェイントにして頭を狙われても困るので、こちらは全身に広げざるを得ないのが憎い所だ。
「っしゃあッ!!」
血液のレーザービームがクイームの胸元を貫く。
全身に広げた法力を貫き、クイームは心臓部分が丸ごと風穴となった。
だが。
「間に合ったぞ」
そこには、自らが流した血液を操り、心臓を横にずらしたクイームが居た。
クイームはそう考える。
この魔物とクイームは相性が悪い。
こちらの攻撃手段は小さすぎる本体に命中せず、あちらはほぼ一方的に攻撃できる。しかも周囲に浮かべた血液のファンネル。これが纏う魔力が本体の魔力を隠してしまう上に、それぞれが砲台になっている。しかも液体なのだから切りつけても意味が無いという始末の悪さ。
そんな相性の悪い存在が、今ここで自分を倒すことに、なぜか執着している。
つまり、こいつは今『前のめり』になっている。
延々とヒットアンドアウェイをされれば、こちらに勝機は無かった。この速度と隠密性を考えると、門で脱出できてもいつ襲ってくるか。
現状はそれに近いが、ある程度自分の周囲を周回している時点で攻めっ気が強すぎる。
これ以上の好機は無い。
さて、どうするか。
どれだけポジティブに考えても、こちらに攻め手が無い事は事実。
となると、アビゲイルの奮起に期待したいところだが、大量の血を抜かれて虫の息だ。
今考えると、この魔物に襲われて貧血だったのだろうか? その時に殺しておけば、反撃の起点としての可能性を完全に潰せただろうに、なぜわざわざ致死量手前で生かしていたのか。
「制限、だな」
小さく呟く。
魔物は『魔王と同じ力』と言っていた。一撃での暗殺で始末してしまったせいで肝心の『魔王の力』と言うのを知らないのだが、そう言いながら誇示していた当たり、恐らくそれは血液を操る魔法だ。
だが、ただ血液を物理的に操るだけで魔王なんて大仰な名前は付けられないだろう。
そこには血に由来する、より異常な力があったはずだ。それは考えようによってはシャーロットと同様に『無法』の力であり、それこそが魔王を魔王たらしめる根幹。
奴の魔王に対する距離感からするに、奴の言っている『魔王の力』とは恐らく後者の無法な力。
そして奴自身がその身に宿すのはその断片だ。しかし、その断片ですら制限で底上げしなければ再現できない力。
具体的な内容は。
「血液の生産者が生きていないと、操作の対象に出来ない」
「!!」
魔力が揺らいだ。恐らくは正解。
だが、ここでアビゲイルを殺しても、こっちの攻撃が相手に当たらない問題は解決していない。相手の攻撃手段は減るが、それを見て『一時撤退』を選ばれると困る。ここで取り逃すと始末できない。
一応、アビゲイルを殺そうとして、しかし絆されたせいで殺せない、みたいな演技を入れておく。
「クソッ」
「あれれぇ~!? どーしたのォーいきなり飛び跳ねて怖~い」
「うるせぇ!」
騙されるのか……思ったより頭が悪いぞ。
実力あり忠誠あり知能無し……確かに愛玩するには持ってこいかもな。
「で? 魔王と同じ力、とか言ってたよな? まさかこれだけか? 他人の血を操って弾丸みたいにする、ただこれだけが?」
「はぁん? そんな挑発には乗りませ~ん」
「なんだ、これっぽっちだったか。これで魔王とは大げさすぎるな……新型のヒルが精々だな」
「あぁ!? ぶっ殺すぞ!」
「じゃあ他の事やってみろよカトンボ」
思ったより挑発に乗るなコイツ。
「じゃあ見せてやるよ! 俺が魔王様と同じ段階に居るって所をなぁ!」
本当に挑発に弱いな。
そんなことを思っているうちに、魔物の魔力が一気に広がり、周囲を満たす。
「『自尊領域 血啜肉食』!」
「これは……」
周囲は既に、洞窟からは一気に様変わりしていた。
その様相を一言で言えば、血の池地獄。足元では赤黒い液体がごぼごぼと毒々しい泡を吐き出し、その度に鉄の異臭を放つ。時折浮き沈みする骸骨は黒く、その蠢きは未だに地獄の責め苦を受けているかのよう。
周囲は影の世界の様に真っ暗で、この空間の端を感じさせない。
「瞬間移動、じゃないな。環境の上書きか」
「その通り! 魔力で範囲をくくり、その内側を己にとって最も都合の良い様に書き換える! それはまさにホームグラウンド! いつ如何なる状況であろうと、万全、否、それ以上の態勢で迎撃が可能! そしてぇ!」
クイームの全身に衝撃。
大量の法力で強引に守ったが、被弾個所が多すぎて流石にダメージが通った。
「ぐっ……」
「自尊領域の内側において、術者の魔術攻撃は全てが『必中』となる! 魔力に愛され、魔王様に愛され、そしてそれらを愛し続けた、赤眼の魔物だけが至る魔術戦の極致よ!」
なんだか聞き覚えがあるような気がしないでもない技だが、それはさておき。
教国の魔力錬成が『魔法使いに対抗する魔力使いの技術』だとすれば、こちらは『魔法使いに対抗する魔法使いの技術』といった所か。
なるほど、基礎スペックが異常に高い勇者パーティの面々には無い発想だ。必要は発明の母とはよく言ったものである。
だが妙だ。
本当にすべてが必中だとするなら、まず真っ先に行うべきはクイームから血を抜くことだ。
流石に全身から血を抜かれれば死んでしまうし、致死量が抜かれなくとも動きは鈍る。法力での自己治癒能力で、抜かれた端から再生していってもいいが、流石に分が悪い。
それを考えれば、アビゲイルの血液で射撃を続けている現状は奴にとって不利でしかない。
この自尊領域とやらが大層優れた技であることはまあ理解したが、じゃあこれが完全に使い得の技かといえばそんなことは絶対に無い。
なぜなら、術者が受ける恩恵が大きすぎるからだ。環境の上書き、限界を超えたコンディションの向上、そして必中……自尊領域が優秀な技であるがゆえに、だからこそ反動も大きいはず。
つまり、持久戦に弱い。
法力が優秀な理由は、コストが先払いなうえ、そのコストも時間をかければいくらでも支払えるという使い勝手も大きいのだ。
にもかかわらず、クイームに対して決定的な攻撃力がない状態のまま、自尊領域を使い続けている。
「いやしかし、スゴイなこれは」
何度も攻撃を受けているが、着弾するその瞬間まで攻撃が存在しない。適当なタイミングで体をよじっても、よじった先に命中する。
攻撃が見えないのではなく、攻撃の過程が存在しない。当たったという結果だけが存在する。
まあ保証されているのは『必中』だけで、その後にダメージが通るかどうかはまた別問題のようだが。
「恐ろしいか!? まさに自らの至尊の存在にする領域!」
「なるほど、そういうネーミングなのか」
だが、そのタイムリミットは刻一刻と迫っているハズ。
クイームは法力を採算度外視で全身にみなぎらせ、次の攻撃に備えた。
◆◇◆◇
しかしクイームの想定を超えて、1時間を超えても自尊領域が崩壊する事は無かった。
とにかく攻撃が激しいものだから、法力の生産と消費が釣り合っておらず、このまま無限に続けばやがて法力が尽きる。
だがそれも相当遠い話で、先に自尊領域がガス欠で崩壊するものだと踏んでいるが、1時間も粘っているあたりどちらが先に尽きるやら。
門の開通まであと6時間。
そのころには流石に決着がついていると良いのだが、どうだろうか。
「おいおい、どうしたんだ? さっきから全然変わり映えしないワンパターンな攻撃ばっかりだぜ?」
「防戦一方の割に吠えるねぇ~」
「俺の血を抜いたりしないのか? もしかして、それも制限か?」
「さぁねぇ~」
揺れないってことは違うのか?
てっきり同時に対象に出来るのは1人まで、みたいな制限があるものだと思っていたが。
となると全く別の事情があるって事になる。
クイームの血液をリソースにしたいのは本音のハズ。しかしできない。或いはできるとしてもリスキー過ぎてやりたくない理由。
クイームの血液を抜くと不利になる。なりかねない理由。
ここでふと思いだす。
魔物が言った『魔王様を返してもらう』という、あのセリフを。
考えてみれば、この復讐は筋が通っていない。
なぜなら、少なくとも公的には、魔王を倒したのはアンドリューだからだ。そのように広報している所も知っているし、そもそも聖剣が無いと魔王を倒すことは出来ないということになっている。
復讐者の常套句と流していたが……もしそこに、もっと切迫した、具体的なニュアンスが込められていたとしたら。
更に思い出す。魔物を感知する聖剣がクイームに反応していたことを。
連想して、聖剣に対する疑問。聖剣は魔物の『何』を感知して、その存在を囁いていたのだろうか。
魔王の力は血液の力。魔物はクイームが魔王を殺したことを知っている。魔物はクイームの血液を使えない、もしくは使いたくない。クイームを殺すと、魔物の元に魔王が『返って』くる。クイームは聖剣から見て魔物として扱われる。
そして、複数の動植物が混合した魔物の姿。
これらすべてが同時に説明できる、冴えたやり方とは?
「……いやしかし、あり得るのか?」
その『冴えたやり方』を、クイームは思いついた。
これなら、今まで宙に浮いたままだった諸々の疑問が綺麗に説明できる。
最後の壁は、この荒唐無稽な発想が実現可能な計画であると、自分が信じる事。
だが、それができない。
なぜなら、クイームはそれができる程魔法の扱いが上手くないからだ。
荒唐無稽であり得ない計画を、魔法能力のゴリ押しで強引に実現させる。それができないから、クイームはそれ以外の技法を学んでいるのだ。
自分の常識を打ち破る力。或いは、自分の常識を押し通す力。
クイームにはそれが足りない。
そして何より、その事実を冷静に分析にして、ありのままに受け止めてしまう精神性がある。
我が儘を言わない大人の理性が、彼を『人間』に押しとどめる。
「……チッ」
そうだ、もう飾らずに言うならば、魔法使いは人間ではない。
当然と言えば当然の事だ。人間は遍在しないし、無敵の肉体なんて持たないし、経典を再現なんて出来ない。それができる時点で、そいつはもうある意味人間じゃない。
だが彼らは、その事を気にしない。
己が人間で無い事を気にせず、好き勝手に生きている。まるで我が儘放題の子供の様に。
クイームにはそれができない。どうしても、色々と考えてしまう。
だから、一歩ずつだ。
「おっと、急にどうしたのかな?」
魔物の安い煽りを無視して、自分の掌に傷を付けた。
一歩ずつ、少しずつ。
理論武装を繰り返して、自分を納得させられれば。
きっと、今思い描いている様な事も、出来る。
◆◇◆◇
全身を法力で保護しつつ、掌の傷を観察する。
ここまで操作が簡単そうな状況が揃ったにもかかわらず、クイームの血液を使わないあたり、いきなり血を抜かれて死亡の心配はしなくて良さそうだ。
法力での治癒が始まらないように気を付けつつ傷を、正確には、傷から出てくる血液を観察する。
やはり、特に妙なものは感じられない。色、匂い、量、魔力、全て異常なしだ。
「どれ」
ぺろりと舌で舐め取ってみるが、味の方も異常なし。
と、ここで胸元に衝撃が来た。攻撃を受けてダメージも通ったが、今は無視だ。
次に、影の世界に手を突っ込んで、幾つかの薬剤を手早く調合する。
手さぐりゆえに精度は荒いが、最低限だけ機能すれば良しだ。
最初に取り出したのは止血剤。傷口に塗ってしばらく待つと、問題なく止血された。
次に取り出したのは血液凝固剤。新しく作った傷口に塗って待つと、血液が固まらなかった。
「お?」
明確な異常とみて、再度実験する。攻撃を受けて割合が崩れたので、薬剤の調合をやり直す。
もう一度、今度は精度に気を付けて血液凝固剤を作り、塗布すると、しかし血は固まらない。
「よし、おかしい。おかしいぞ」
おかしいことが発見できてうれしいのも妙な話だが、次の段階だ。
傷から出てきた血液を、腕を振って別の皮膚にくっつける。しばらく待っても乾かず、瑞々しいままだ。
「間違いない、確実に、っづあ!」
またも攻撃。
法力で保護も治療も出来るとはいえ、消耗は重なる。
「さぁ~っきから何をやってるのかなぁ!? 俺も混ぜてよぉ!」
「なんだ? 仲間外れにされたトラウマでもあったか?」
相手によっては致命傷クラスを煽りをぶちかましたクイームは、無視して実験を続ける。
影の世界から取り出したビンの中に血液を入れて、ビンごと魔力で覆う。
魔力によって圧力を生み出し、その圧力でモノを動かすことは可能だ。念動力、と言うほど自由自在に動かせるわけではないが、足の小指と同じぐらいには自由に動かせる。
これでビンと中身の血液を同時に魔力で動かす。
透明性の高い高価なガラスを使ったビンなので、視覚的にはまるで血液を魔力で操っているかのようだ。
その光景を、全力で脳裏に焼き付ける。
魔物も察したのだろう。これまでは全身に散らしていた攻撃を心臓に集中させた。狙いはバレバレだが、法力での防御を強引に突破する算段か。
それをフェイントにして頭を狙われても困るので、こちらは全身に広げざるを得ないのが憎い所だ。
「っしゃあッ!!」
血液のレーザービームがクイームの胸元を貫く。
全身に広げた法力を貫き、クイームは心臓部分が丸ごと風穴となった。
だが。
「間に合ったぞ」
そこには、自らが流した血液を操り、心臓を横にずらしたクイームが居た。
0
あなたにおすすめの小説
スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜
東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。
ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。
「おい雑魚、これを持っていけ」
ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。
ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。
怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。
いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。
だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。
ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。
勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。
自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。
今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。
だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。
その時だった。
目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。
その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。
ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。
そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。
これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。
※小説家になろうにて掲載中
クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました
髙橋ルイ
ファンタジー
「クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました」
気がつけば、クラスごと異世界に転移していた――。
しかし俺のステータスは“雑魚”と判定され、クラスメイトからは置き去りにされる。
「どうせ役立たずだろ」と笑われ、迫害され、孤独になった俺。
だが……一人きりになったとき、俺は気づく。
唯一与えられた“使役スキル”が 異常すぎる力 を秘めていることに。
出会った人間も、魔物も、精霊すら――すべて俺の配下になってしまう。
雑魚と蔑まれたはずの俺は、気づけば誰よりも強大な軍勢を率いる存在へ。
これは、クラスで孤立していた少年が「異常な使役スキル」で異世界を歩む物語。
裏切ったクラスメイトを見返すのか、それとも新たな仲間とスローライフを選ぶのか――
運命を決めるのは、すべて“使役”の先にある。
毎朝7時更新中です。⭐お気に入りで応援いただけると励みになります!
期間限定で10時と17時と21時も投稿予定
※表紙のイラストはAIによるイメージです
「元」面倒くさがりの異世界無双
空里
ファンタジー
死んでもっと努力すればと後悔していた俺は妖精みたいなやつに転生させられた。話しているうちに名前を忘れてしまったことに気付き、その妖精みたいなやつに名付けられた。
「カイ=マールス」と。
よく分からないまま取りあえず強くなれとのことで訓練を始めるのだった。
地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。
転落貴族〜千年に1人の逸材と言われた男が最底辺から成り上がる〜
ぽいづん
ファンタジー
ガレオン帝国の名門貴族ノーベル家の長男にして、容姿端麗、眉目秀麗、剣術は向かうところ敵なし。
アレクシア・ノーベル、人は彼のことを千年に1人の逸材と評し、第3皇女クレアとの婚約も決まり、順風満帆な日々だった
騎士学校の最後の剣術大会、彼は賭けに負け、1年間の期限付きで、辺境の国、ザナビル王国の最底辺ギルドのヘブンズワークスに入らざるおえなくなる。
今までの貴族の生活と正反対の日々を過ごし1年が経った。
しかし、この賭けは罠であった。
アレクシアは、生涯をこのギルドで過ごさなければいけないということを知る。
賭けが罠であり、仕組まれたものと知ったアレクシアは黒幕が誰か確信を得る。
アレクシアは最底辺からの成り上がりを決意し、復讐を誓うのであった。
小説家になろうにも投稿しています。
なろう版改稿中です。改稿終了後こちらも改稿します。
50歳元艦長、スキル【酒保】と指揮能力で異世界を生き抜く。残り物の狂犬と天然エルフを拾ったら、現代物資と戦術で最強部隊ができあがりました
月神世一
ファンタジー
「命を捨てて勝つな。生きて勝て」
50歳の元イージス艦長が、ブラックコーヒーと海軍カレー、そして『指揮能力』で異世界を席巻する!
海上自衛隊の艦長だった坂上真一(50歳)は、ある日突然、剣と魔法の異世界へ転移してしまう。
再就職先を求めて人材ギルドへ向かうも、受付嬢に言われた言葉は――
「50歳ですか? シルバー求人はやってないんですよね」
途方に暮れる坂上の前にいたのは、誰からも見放された二人の問題児。
子供の泣き声を聞くと殺戮マシーンと化す「狂犬」龍魔呂。
規格外の魔力を持つが、方向音痴で市場を破壊する「天然」エルフのルナ。
「やれやれ。手のかかる部下を持ったもんだ」
坂上は彼らを拾い、ユニークスキル【酒保(PX)】を発動する。
呼び出すのは、自衛隊の補給物資。
高品質な食料、衛生用品、そして戦場の士気を高めるコーヒーと甘味。
魔法は使えない。だが、現代の戦術と無限の補給があれば負けはない。
これは、熟練の指揮官が「残り物」たちを最強の部隊へと育て上げ、美味しいご飯を食べるだけの、大人の冒険譚。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる