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第2章 魔王の王冠は誰のもの?
第2章、終幕
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「まさか、このタイミングで、とはな」
グレゴリオ3世が呟く。
「まぁ、魔法使いに限らず、成長とは得てしてそういうものです。切っ掛けすらわからず、直線も曲線も描きはしない」
「そして時に、たった一つの『気付き』で、劇的に変わる」
「男子3日会わずば刮目して見よ、とはよく言ったものですな」
彼らの話題は、今回の作戦の肝となった、生産魔法使いのことだ。いや、今や『元』生産魔法使いというべきか。
そのような変質は、彼らにとって驚くべきことはではあったが、同時に既に知っている現象でもあった。
その現象を一言で言うなら、『魔法の覚醒』だ。
血液を操る魔法が、血統を操る魔法へと覚醒したように。
これまでは出来なかった事、出来ていたが自覚していなかった事、魔法に対するある種の拡大解釈……そういった、1つ上のステージに行くことをこのように呼ぶ。
他には、クラウンの冪乗魔法も覚醒した魔法だ。
元々、クラウンの魔法は倍化魔法だった。倍率は固定され、対象数は2つまで。現在の魔法に比べれば寂しいぐらいの性能しか無かった。
しかしある時の窮地を境に、その時に掴んだ『同じ対象に倍化を重ねる』という奥義を経て、覚醒へと至ったのだ。
そういう意味では、クラウンの魔法は覚醒の中でも正当進化型と言える。
理論上は可能だが技術的には不可能という運用方法を、技術的にも可能にしたのだから。
しかし今回起きた覚醒は別物だ。
「換金魔法改め、契約魔法といった所ですか」
「金銭でのやり取りも契約の1つだからな。それを含有しつつも貨幣経済だけではなく、ある種の物々交換も可能になった訳だ」
「それで出来るようなったのが、他人と結んだ契約を遵守させるとかではなくて、文字通りに『悪魔との契約』な当たりはちょっと使いにくいですがね」
「まぁ、それだと使いやすすぎて過労死しかねません。何事も程々が一番というものです」
今回起きた覚醒は、いうなれば自覚型。
そもそも、彼の魔法は『自分の所有物を万能通貨のビオスに換金する』という魔法だったが、実は違ったのだ。
本当は、『金の悪魔と契約して、自分の所有物を万能通貨のビオスに換金する』と言うのがより正確な魔法の概要だったのだ。
それを自覚したことで契約する悪魔を切り替えることができるようになり、結果として可能な事が大幅に広がったので、これを覚醒と呼んでいる。
「だとしても、結局悪魔と契約できるのは彼だけなのですから、どっちにせよ相当忙しくはなると思いますがね」
「主な業務は大して変わらないがな」
事実上の全能とまで言われたこの換金魔法だが、その換金に必要な『自分の所有物』と言うのが曲者だった。
これには事実と自己認識の2つが肝要であり、これらを満たさないと換金対象に出来ないのだ。
例えば友人から本を借りたとする。
そしてその『貸し借りの事実』を当事者全員が忘れてしまったとしても、この本が自分の所有物になる事は無い。なぜなら事実として、本は友人のものだからだ。
逆に、友人から本を購入したとする。
しかしこれもしばらくは自分の所有物として扱えない。所有権は自分に移りこそしたが、それでも『元々は友人のもの』という意識がある為だ。
つまり、友人から本を購入して、それからしばらく……具体的には、他人に本の出所を聞かれて『そういえば元々は友人ものだったな』と思い出すぐらいの期間が開いてから、初めてこの本を換金魔法の対象に出来るのだ。
なので、実はこの魔法使いの普段の業務とは、ほとんどが教国から与えられた多くの器物に触れ、所有し、その実感を得る事に集約されている。より厳密には、その後に換金してビオスを供給する事もだが。
「となると、彼の意識改革が更に急務という事になりますな」
「催眠誘導なども試しましたが、意味はありませんでしたしね」
「まぁ、殺人も奴隷も断固拒否と言うのは、倫理的には素晴らしい人間ではあるがな」
その場の人間たちが一斉にその魔法使いへ思いをはせる。
「今のご時世、正常こそ異常ですよ。その時世から切り離しておいて、言う事じゃあないかもしれませんがね」
◆◇◆◇
シャーロットの魔法で盛大に抉れ飛んだ拠点は、屋敷こそ一応無事だったが、それ以外は酷い物だった。
以前シャーロットが言われた『お前の魔法は遠くの人里からでも見える』と言うのが全く冗談ではなかった事を克明に表している。
そんなクレーターのど真ん中。
満身創痍ながらも、どうにかこうにか生命活動を続ける化け物。
そもそもこいつがどういう理屈で生命を為しているのかよくわからないが。
「まぁ、粉みじんにすれば同じだろ」
あまりにも男らしい一言と共にゆっくりと歩み寄るクラウン。
まずは耐熱性を12倍にして焼けたクレーターに適応し、自らがダメージを受けない事を確認しながら進む。
そのクラウンを恐らくは認識しているハズなのに、化け物はクラウンに攻撃を加えたりはしない。
おかげでクラウンには化け物を観察する余裕があった。
「聖剣……?」
なによりもまず目を引くのは、やはり聖剣だろう。
勇者アンドリューが携え、魔王を討伐した、実に象徴的な一振りだ。それと共に何年も一緒に旅してきたクラウンも、当然聖剣は見慣れている。
「なるほど……わかったよ。アンドリュー、今楽にしてやる」
クラウンは介錯の覚悟を決めた。
言うまでも無く勘違いである。しかしこの勘違いを無理からぬこととしてしまうぐらいには、聖剣は勇者アンドリューとその偉業に対して象徴的だったのだ。何も考えずに、とりあえず結びつけてしまうぐらいには。
彼女の不幸は、その辺の事情を説明できる人間が場を外している所。
或いは、その辺の事情を把握できるタイミングで場を外していた所。
「戦闘力、144倍」
冪乗魔法の奥義。否、冪乗魔法を冪乗魔法たらしめる技。
最大3つで1728倍に至る。だが、そんなものが必要になることなどありはしない。むしろあってはならない事だ。
故に2つ。144倍で十分。
魔力があれば魔力が無い人間よりも5倍は強い。
魔法使いならば、その魔力持ちよりも5倍は強い。
その上で、今や法力で劇的に成長した身体能力から繰り出される戦闘能力が144倍になれば。
それだけで、世界最強には十分すぎる。
「じゃあね。せめて、痛みは無い様にするよ」
硬く、堅牢で、重なり合った刃の装甲。
しかしそれらは薄紙ほどの存在感すら発揮することなく、薄紙よりも頼りない、紙吹雪ならぬ鉄吹雪となる。
結局、刃の悪魔がクラウンに与えられた影響は、完全なる勘違いの悲痛だけであった。
◆◇◆◇
「ハーッははは!」
「ぷっ……くふふ……いえ、すいません……ふふっ」
以上、そんなクラウンの勘違いを把握した2人の反応である。
ちょっと酷い。
「あ、あのねぇ、私はこれでも大真面目に……」
「うんうんわかったわかった。まぁ、今回については誰も悪くないさ。なぁ?」
「えぇまぁ、そうですね。誰が一番悪いかって言えば、結局教国って事になりますし」
実際問題、教国が軽々に聖剣を持ち出したりするからこんなことになったのだ。
あくまでも聖剣での殺害に拘ったせいで、事態がややこしくなっている。
「で、だ!」
クラウンが大声を上げて仕切り直す。
「結局、あのウルミのバケモノは何だったんだい?」
「分からん。教国の生物兵器と言われても俺は信じるぞ」
「右に同じです。もう何やってても驚きませんよ、我が故郷ながら……」
もはや教国の株価はストップ安だ。
既に聖剣から類推された『教国の事情』は全て共有されている。当然、魔王のバックボーンについてもだ。
まぁ旅自体が楽しかったので、その点についてのヘイトは随分少なかったが、そうでなければ『むしろ俺たちが魔王になってやろうか』レベルの話である。
なにせ全部の尻拭いを押し付けられた形になるのだから。
「はぁ、まぁ、わからんことをいつまでも考えててもしょうがない。具体的にどうするか決めなければ」
「具体的に……と言うと?」
「つまり、シャーロットの使った魔法の、あー……」
「隕石落下ですか?」
「それだ。それの影響で、多分一番近い人里から、その内誰かやってくるだろう。その誰かを適当に誤魔化すか、その前にここを引き払うか、引き払うとして次はどこに行くか……まぁこの辺だな」
シャーロットとしては、攻撃範囲の狭さと火力の高さの塩梅が一番良いと思った選択だったが、所詮は咄嗟の判断だ。
屋敷が一応無事に終わったのだから、その判断が間違っていたとも言い難いのだが、ド派手にぶっ放したせいで目立つことになってしまったのもまた事実。
シャーロット自身、冷静になった今ならば、もう少しうまい選択肢があったと自省している。
が、それはそれ、これはこれ。
やっちまったもんは仕方ないと考えるしか無いのだ。
「じゃあ折角話題に上がった事ですし、アンドリューさんの顔でも見に行きませんか?」
「おっそうだな。アイツ傭兵稼業だから、割と真面目にいつ死んでてもおかしくないし」
大嘘である。
アンドリューの魔法の詳細を知るクイームとしては、クラウンとはまた違う意味で『どうやったら殺せるのか分からない』相手だ。
「ちょうどお土産も出来たことですし」
「あぁ……確かに、ついでに土産話も出来たしな」
「えっもう一回弄るの?」
主目的がアンドリューの顔を見るなのかクラウンを弄るなのか微妙だが、考えてみれば教国の事情がどうとか魔王のバックボーンがどうとか魔物が血統魔法が等々……そういった話をアンドリューと共有できていない。
いや別に共有する必要があるか無いかで言ったら無いのだが、一緒に魔王討伐の旅をした仲間である。
その魔王についての情報は、やはりあのメンツで共有したいという我が儘だ。
「じゃ、お引越しの準備ですね」
「まずは運べそうな荷物を全部影の世界に入れるか。移動はシャーロットの『門の創造』で行くとして……なら食料品は要らないな」
「確か南部でしたよね? 具体的にどのあたりなのでしょうか?」
「さて、戦争ある所に傭兵あり、だからな。南部っつーのはアンディの出身ってだけで、今はどこで何をしているやら」
「まず何から運ぶ?」
「俺の負担は、まぁこの際考えなくていい。法力で耐える。ある程度は手荷物にしておかないと不自然だが、不審物や財産の類を手荷物にもしたくないし……まずは地下の金属だな。種類ごとに分けてあるから、容器とラベルが要るな」
「じゃあまずは木材ですかね?」
「アビゲイルの小屋を解体すればよくないかい? どうせ使ってないし」
「そういやそうだな……いや、あの犬小屋は今無事なのか?」
「ちょっと見てくる」
クラウンが歩き出したのを見て、クイームも思い出す。
「そうだ、そもそもアビゲイルの事はどうする?」
「……まぁ、放置で良いんじゃないでしょうか? 出発するときに一緒にいたら、門をくぐるかどうか自由にさせる、ぐらいで」
「まぁ、それぐらいでいいか。案外、山のヌシになって悠々自適にやってるかもしれんしな」
ここでクラウンが戻って来た。
「ダメだね。原型も残ってないよ」
「じゃあ、椅子、テーブル、食器棚、チェストあたりを解体して、適当に箱状にしといてくれ。容積は地下の金属在庫を見て決めろよ」
「クイームは?」
「薬部屋を整理しに行く」
その一言を聞いて、あの部屋の青臭さ・薬臭さを思い出したのか、露骨に『うげっ』という感じの表情をした女性陣。
正直一度売り払ってしまえばそれで終わりの金属よりも、採集と調合を繰り返す限り何度でも売れる薬の方がよっぽど優れていると思うのだが、まあそれとこれとは別なのだろう。
別に有機化学で作ることも出来なくはないが、製造がそこそこ面倒臭い割にあまり売れない。
クイームは仕事の為に本気で薬毒を研究しているが、別にそういう訳でもないその他大勢からすれば、薬というよりも呪いの側面が強いのだろう。
そういう意味では、彼らは効果ではなく安心を買っているのかもしれない。
また、そういう風に売却しないとしても、自分で使うのに大変便利だ。
売値が高い以上、買値はそれ以上に高いのだから。路銀だって限りある資源だ。できれば減らしたくないに決まっている。
「まぁ、有用性は分かってるからね」
「それにクイームさんはちゃんと色々気遣ってくれますから、まぁ……」
「あっとそうだ。普通の金についても移動させないとな」
仕事の本数を減らしているので、そう山と積まれているわけではないが、やはり金本位制の貨幣だ。そこそこの量でも十二分に重い。
「じゃあ俺は薬、クラウンは箱作り、シャーロットは金庫の中身取り出しといて」
そうして、彼らの出立準備が始まった。
グレゴリオ3世が呟く。
「まぁ、魔法使いに限らず、成長とは得てしてそういうものです。切っ掛けすらわからず、直線も曲線も描きはしない」
「そして時に、たった一つの『気付き』で、劇的に変わる」
「男子3日会わずば刮目して見よ、とはよく言ったものですな」
彼らの話題は、今回の作戦の肝となった、生産魔法使いのことだ。いや、今や『元』生産魔法使いというべきか。
そのような変質は、彼らにとって驚くべきことはではあったが、同時に既に知っている現象でもあった。
その現象を一言で言うなら、『魔法の覚醒』だ。
血液を操る魔法が、血統を操る魔法へと覚醒したように。
これまでは出来なかった事、出来ていたが自覚していなかった事、魔法に対するある種の拡大解釈……そういった、1つ上のステージに行くことをこのように呼ぶ。
他には、クラウンの冪乗魔法も覚醒した魔法だ。
元々、クラウンの魔法は倍化魔法だった。倍率は固定され、対象数は2つまで。現在の魔法に比べれば寂しいぐらいの性能しか無かった。
しかしある時の窮地を境に、その時に掴んだ『同じ対象に倍化を重ねる』という奥義を経て、覚醒へと至ったのだ。
そういう意味では、クラウンの魔法は覚醒の中でも正当進化型と言える。
理論上は可能だが技術的には不可能という運用方法を、技術的にも可能にしたのだから。
しかし今回起きた覚醒は別物だ。
「換金魔法改め、契約魔法といった所ですか」
「金銭でのやり取りも契約の1つだからな。それを含有しつつも貨幣経済だけではなく、ある種の物々交換も可能になった訳だ」
「それで出来るようなったのが、他人と結んだ契約を遵守させるとかではなくて、文字通りに『悪魔との契約』な当たりはちょっと使いにくいですがね」
「まぁ、それだと使いやすすぎて過労死しかねません。何事も程々が一番というものです」
今回起きた覚醒は、いうなれば自覚型。
そもそも、彼の魔法は『自分の所有物を万能通貨のビオスに換金する』という魔法だったが、実は違ったのだ。
本当は、『金の悪魔と契約して、自分の所有物を万能通貨のビオスに換金する』と言うのがより正確な魔法の概要だったのだ。
それを自覚したことで契約する悪魔を切り替えることができるようになり、結果として可能な事が大幅に広がったので、これを覚醒と呼んでいる。
「だとしても、結局悪魔と契約できるのは彼だけなのですから、どっちにせよ相当忙しくはなると思いますがね」
「主な業務は大して変わらないがな」
事実上の全能とまで言われたこの換金魔法だが、その換金に必要な『自分の所有物』と言うのが曲者だった。
これには事実と自己認識の2つが肝要であり、これらを満たさないと換金対象に出来ないのだ。
例えば友人から本を借りたとする。
そしてその『貸し借りの事実』を当事者全員が忘れてしまったとしても、この本が自分の所有物になる事は無い。なぜなら事実として、本は友人のものだからだ。
逆に、友人から本を購入したとする。
しかしこれもしばらくは自分の所有物として扱えない。所有権は自分に移りこそしたが、それでも『元々は友人のもの』という意識がある為だ。
つまり、友人から本を購入して、それからしばらく……具体的には、他人に本の出所を聞かれて『そういえば元々は友人ものだったな』と思い出すぐらいの期間が開いてから、初めてこの本を換金魔法の対象に出来るのだ。
なので、実はこの魔法使いの普段の業務とは、ほとんどが教国から与えられた多くの器物に触れ、所有し、その実感を得る事に集約されている。より厳密には、その後に換金してビオスを供給する事もだが。
「となると、彼の意識改革が更に急務という事になりますな」
「催眠誘導なども試しましたが、意味はありませんでしたしね」
「まぁ、殺人も奴隷も断固拒否と言うのは、倫理的には素晴らしい人間ではあるがな」
その場の人間たちが一斉にその魔法使いへ思いをはせる。
「今のご時世、正常こそ異常ですよ。その時世から切り離しておいて、言う事じゃあないかもしれませんがね」
◆◇◆◇
シャーロットの魔法で盛大に抉れ飛んだ拠点は、屋敷こそ一応無事だったが、それ以外は酷い物だった。
以前シャーロットが言われた『お前の魔法は遠くの人里からでも見える』と言うのが全く冗談ではなかった事を克明に表している。
そんなクレーターのど真ん中。
満身創痍ながらも、どうにかこうにか生命活動を続ける化け物。
そもそもこいつがどういう理屈で生命を為しているのかよくわからないが。
「まぁ、粉みじんにすれば同じだろ」
あまりにも男らしい一言と共にゆっくりと歩み寄るクラウン。
まずは耐熱性を12倍にして焼けたクレーターに適応し、自らがダメージを受けない事を確認しながら進む。
そのクラウンを恐らくは認識しているハズなのに、化け物はクラウンに攻撃を加えたりはしない。
おかげでクラウンには化け物を観察する余裕があった。
「聖剣……?」
なによりもまず目を引くのは、やはり聖剣だろう。
勇者アンドリューが携え、魔王を討伐した、実に象徴的な一振りだ。それと共に何年も一緒に旅してきたクラウンも、当然聖剣は見慣れている。
「なるほど……わかったよ。アンドリュー、今楽にしてやる」
クラウンは介錯の覚悟を決めた。
言うまでも無く勘違いである。しかしこの勘違いを無理からぬこととしてしまうぐらいには、聖剣は勇者アンドリューとその偉業に対して象徴的だったのだ。何も考えずに、とりあえず結びつけてしまうぐらいには。
彼女の不幸は、その辺の事情を説明できる人間が場を外している所。
或いは、その辺の事情を把握できるタイミングで場を外していた所。
「戦闘力、144倍」
冪乗魔法の奥義。否、冪乗魔法を冪乗魔法たらしめる技。
最大3つで1728倍に至る。だが、そんなものが必要になることなどありはしない。むしろあってはならない事だ。
故に2つ。144倍で十分。
魔力があれば魔力が無い人間よりも5倍は強い。
魔法使いならば、その魔力持ちよりも5倍は強い。
その上で、今や法力で劇的に成長した身体能力から繰り出される戦闘能力が144倍になれば。
それだけで、世界最強には十分すぎる。
「じゃあね。せめて、痛みは無い様にするよ」
硬く、堅牢で、重なり合った刃の装甲。
しかしそれらは薄紙ほどの存在感すら発揮することなく、薄紙よりも頼りない、紙吹雪ならぬ鉄吹雪となる。
結局、刃の悪魔がクラウンに与えられた影響は、完全なる勘違いの悲痛だけであった。
◆◇◆◇
「ハーッははは!」
「ぷっ……くふふ……いえ、すいません……ふふっ」
以上、そんなクラウンの勘違いを把握した2人の反応である。
ちょっと酷い。
「あ、あのねぇ、私はこれでも大真面目に……」
「うんうんわかったわかった。まぁ、今回については誰も悪くないさ。なぁ?」
「えぇまぁ、そうですね。誰が一番悪いかって言えば、結局教国って事になりますし」
実際問題、教国が軽々に聖剣を持ち出したりするからこんなことになったのだ。
あくまでも聖剣での殺害に拘ったせいで、事態がややこしくなっている。
「で、だ!」
クラウンが大声を上げて仕切り直す。
「結局、あのウルミのバケモノは何だったんだい?」
「分からん。教国の生物兵器と言われても俺は信じるぞ」
「右に同じです。もう何やってても驚きませんよ、我が故郷ながら……」
もはや教国の株価はストップ安だ。
既に聖剣から類推された『教国の事情』は全て共有されている。当然、魔王のバックボーンについてもだ。
まぁ旅自体が楽しかったので、その点についてのヘイトは随分少なかったが、そうでなければ『むしろ俺たちが魔王になってやろうか』レベルの話である。
なにせ全部の尻拭いを押し付けられた形になるのだから。
「はぁ、まぁ、わからんことをいつまでも考えててもしょうがない。具体的にどうするか決めなければ」
「具体的に……と言うと?」
「つまり、シャーロットの使った魔法の、あー……」
「隕石落下ですか?」
「それだ。それの影響で、多分一番近い人里から、その内誰かやってくるだろう。その誰かを適当に誤魔化すか、その前にここを引き払うか、引き払うとして次はどこに行くか……まぁこの辺だな」
シャーロットとしては、攻撃範囲の狭さと火力の高さの塩梅が一番良いと思った選択だったが、所詮は咄嗟の判断だ。
屋敷が一応無事に終わったのだから、その判断が間違っていたとも言い難いのだが、ド派手にぶっ放したせいで目立つことになってしまったのもまた事実。
シャーロット自身、冷静になった今ならば、もう少しうまい選択肢があったと自省している。
が、それはそれ、これはこれ。
やっちまったもんは仕方ないと考えるしか無いのだ。
「じゃあ折角話題に上がった事ですし、アンドリューさんの顔でも見に行きませんか?」
「おっそうだな。アイツ傭兵稼業だから、割と真面目にいつ死んでてもおかしくないし」
大嘘である。
アンドリューの魔法の詳細を知るクイームとしては、クラウンとはまた違う意味で『どうやったら殺せるのか分からない』相手だ。
「ちょうどお土産も出来たことですし」
「あぁ……確かに、ついでに土産話も出来たしな」
「えっもう一回弄るの?」
主目的がアンドリューの顔を見るなのかクラウンを弄るなのか微妙だが、考えてみれば教国の事情がどうとか魔王のバックボーンがどうとか魔物が血統魔法が等々……そういった話をアンドリューと共有できていない。
いや別に共有する必要があるか無いかで言ったら無いのだが、一緒に魔王討伐の旅をした仲間である。
その魔王についての情報は、やはりあのメンツで共有したいという我が儘だ。
「じゃ、お引越しの準備ですね」
「まずは運べそうな荷物を全部影の世界に入れるか。移動はシャーロットの『門の創造』で行くとして……なら食料品は要らないな」
「確か南部でしたよね? 具体的にどのあたりなのでしょうか?」
「さて、戦争ある所に傭兵あり、だからな。南部っつーのはアンディの出身ってだけで、今はどこで何をしているやら」
「まず何から運ぶ?」
「俺の負担は、まぁこの際考えなくていい。法力で耐える。ある程度は手荷物にしておかないと不自然だが、不審物や財産の類を手荷物にもしたくないし……まずは地下の金属だな。種類ごとに分けてあるから、容器とラベルが要るな」
「じゃあまずは木材ですかね?」
「アビゲイルの小屋を解体すればよくないかい? どうせ使ってないし」
「そういやそうだな……いや、あの犬小屋は今無事なのか?」
「ちょっと見てくる」
クラウンが歩き出したのを見て、クイームも思い出す。
「そうだ、そもそもアビゲイルの事はどうする?」
「……まぁ、放置で良いんじゃないでしょうか? 出発するときに一緒にいたら、門をくぐるかどうか自由にさせる、ぐらいで」
「まぁ、それぐらいでいいか。案外、山のヌシになって悠々自適にやってるかもしれんしな」
ここでクラウンが戻って来た。
「ダメだね。原型も残ってないよ」
「じゃあ、椅子、テーブル、食器棚、チェストあたりを解体して、適当に箱状にしといてくれ。容積は地下の金属在庫を見て決めろよ」
「クイームは?」
「薬部屋を整理しに行く」
その一言を聞いて、あの部屋の青臭さ・薬臭さを思い出したのか、露骨に『うげっ』という感じの表情をした女性陣。
正直一度売り払ってしまえばそれで終わりの金属よりも、採集と調合を繰り返す限り何度でも売れる薬の方がよっぽど優れていると思うのだが、まあそれとこれとは別なのだろう。
別に有機化学で作ることも出来なくはないが、製造がそこそこ面倒臭い割にあまり売れない。
クイームは仕事の為に本気で薬毒を研究しているが、別にそういう訳でもないその他大勢からすれば、薬というよりも呪いの側面が強いのだろう。
そういう意味では、彼らは効果ではなく安心を買っているのかもしれない。
また、そういう風に売却しないとしても、自分で使うのに大変便利だ。
売値が高い以上、買値はそれ以上に高いのだから。路銀だって限りある資源だ。できれば減らしたくないに決まっている。
「まぁ、有用性は分かってるからね」
「それにクイームさんはちゃんと色々気遣ってくれますから、まぁ……」
「あっとそうだ。普通の金についても移動させないとな」
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規格外の魔力を持つが、方向音痴で市場を破壊する「天然」エルフのルナ。
「やれやれ。手のかかる部下を持ったもんだ」
坂上は彼らを拾い、ユニークスキル【酒保(PX)】を発動する。
呼び出すのは、自衛隊の補給物資。
高品質な食料、衛生用品、そして戦場の士気を高めるコーヒーと甘味。
魔法は使えない。だが、現代の戦術と無限の補給があれば負けはない。
これは、熟練の指揮官が「残り物」たちを最強の部隊へと育て上げ、美味しいご飯を食べるだけの、大人の冒険譚。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
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「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
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攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
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とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
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彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
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#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
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追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
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