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第3章 勇者の栄光は誰のもの?
十日
結局、西方海洋互助団の長、ドーゼは鉄600㎏の買取に同意した。
ただし、金の受け渡しと商品の積み込みは10日後にまで待って欲しいとも言われたので、クイームはこれを了承。
かくして、西方海洋互助団は積載能力強化の為に、10日間のデスマーチへと繰り出すことになったのだった。
しかしそれはクイームには関係の無い事だ。
クイームからすれば、単なる10日間の休暇である。
「と言う訳で、10日間の休暇です」
「……大丈夫なのかい? その、金とか」
「情報屋っつークソ高い店を使うには不安が残るってだけだし、その不安も情報屋使った後は行動が取りにくいぐらいの意味合いだし、10日ぐらいなら大丈夫だ」
よっぽどの贅沢をしない限りな。
そう付け加えて、クイームは西方海洋互助団とのやり取りについての話を締めくくった。
「10日ですか……ただ待つ10日は長そうですね。宿屋ですから、家事もあまりありませんし……」
「そうだねぇ……港町だし、荷物の積み込みなんかの日雇いでもしてこようかね」
「力加減間違えて、荷を握り潰すなんてことするなよ」
「する訳ないだろ!?」
クラウンは心底心外そうな表情でそう言った。
事実として、彼女が常用する『戦闘力12倍』は、力加減を始めとした肉体操作の精度も向上する。
戦闘とは腕力のみに非ず。それを操る技量も、盤面を俯瞰する戦術眼も、そして戦い続ける決意も、すべて含めての『戦闘力』だからだ。
同時に、相手を容赦なく叩きのめす冷酷さの様な、ある種の共感性の欠如も戦闘力の一側面でもある。
もっとも、そのような理屈の全てを消し飛ばす『実績』がある事も事実なのだが。
「だってお前、前に俺の投擲針を借りた時、受け取ると同時に潰しただろ」
「いやアレは針の方が弱すぎた!」
「技量武器なんだから繊細に使えって言ったよな? その上であれなんだから、もうお前の力加減については信用できるかよくわからん」
「分かった、じゃあ器用さを12倍にすればいいんだ」
こういう事が出来るのがクラウンの冪乗魔法のインチキ臭い所である。
「まぁ良いんじゃないか? 言っとくがそういう失敗をしても尻拭いはしないからな」
「分かってるよ」
そういってクラウンは部屋を出て、どこぞへと向かっていく。
恐らくは港の方だろう。積み込みにせよ積み下ろしにせよ、人手はあって困るものではないので、大抵は飛び込みでも歓迎する。
敢えて問題があるとすれば、クラウンが女であることか。
筋肉モリモリマッチョマンの変態……は流石に言い過ぎだが、そういわれてもおかしくないぐらいのゴリマッチョとは言え、女は女だ。それも、綺麗系の美人ではある。
かなり徹底的な男社会である水夫の世界には、あれぐらいの容姿でも劇薬も良い所であろう。親しみやすくてむしろシャーロットよりもクラウンの方がモテるかもしれない。
まぁそれはクラウン本人に責任のある問題ではないので、実際に対応することになるのは多分現場指揮官とかその辺だろうが。
「しかし、随分急いで出発しましたね、クラウンさん」
「あぁ……いくら優秀であっても、飛び込みの日雇い労働者の給金なんて高が知れてるだろうにな」
「それで給料が安い割には、重要度が低くて重量は大きい荷物を宛がわれたりするんですよね……」
「クラウンからみて『重い荷物』って判定されるようなものがあるとしたら、それだけで船が沈みそうだがな」
その気になれば、船そのものを持ち上げることなど造作も無い女傑である。
アルキメデスが滑車とてこの原理でやったことを、筋肉だけで実現するその姿はまさしく『脳筋』と呼ぶにふさわしい。
が、例えその場合でも別に重量が消えているわけではないので、彼女が両足で踏みしめる地面はその重量を受ける訳だが。その際の足跡は、ともすれば丸太か何かで転がした方がマシだったと思えるほど深くなるかもしれない。
「案外、戦力としての活躍の機会が無かったから、気に病んでいるのかもな」
「そういえば、屋敷にいる時も狩猟がどうとか言ってましたもんね」
正直な所、シャーロットとクイームは正面戦闘においては不安の残る2人だ。
最近は血統魔法の継承も相まってクイームはいくらかマシにもなって来たが、シャーロットはそういう訳にもいかない。
法力を覚えて身体能力の増強と自己治癒を習得したとはいえ、結局その動きは素人でしか無く、素の生命力が低いものだから自己治癒が難しいレベルの致命傷を受ける可能性も高い。
マシになって来たというクイームでさえも、以前に襲撃してきたウルミの化け物を相手にして、ほとんど何もできなかった事実もある。
あれは不意を打たれたのも大きいが、その後のクラウンがほぼ一方的に蹂躙したことを考えると、やはり正面戦闘能力において大きく劣ると言わざるを得ない。
なので、そういった面においてはほぼ絶対の安心感を約束してくれるクラウンの存在には、2人としても助けられるところが多いのだが。
「責任感、なのかね……生真面目というかなんというか」
「別に、魔物の襲撃があった時は矢面に立って戦ってくれましたし、あれで十分だと思うんですけど……」
有事においては無限に頼りがいのある存在だが、平時においての頼りがいは10分の1も無い。
シャーロットもクイームもその点については重々承知だが、その上で有事の際の活躍を期待しているのだ。
この辺りは、国家における生産力と軍事力の関係性に似る。
ごく単純な現実として、国家は軍事力を抱えていなくてはならない。
なぜなら、軍事力が無ければ隣国に攻め込まれ、何もかも奪われてしまうからだ。
性善説的な論法で軍事力を放棄する事は自殺行為に等しい。
仮に本当に隣国が攻め込んでこないとしても、国内における犯罪者を取り締まる為には結局暴力による鎮圧と、暴力による刑罰が必要だ。それが存在しないのであれば、誰も法律など守らない。
しかし十分な軍事力を持ち、隣国からは攻め込まれず、犯罪者も減少傾向とくれば、平時においてはただ飯喰らいでしかない軍人は白い眼で見られがちだ。
平時における軍人の仕事は、肉体を鍛え、武技を納め、戦術を学ぶ事だ。
どれもこれも何かを生み出すわけではない。逆に、体を全力で苛め抜く状態は、常人と比較して大量の食事を必要とする。
軍事力が食い潰すのは食料だけではない。
より優秀な武器を得ることで戦闘を有利にするため、大量の金属を使ってより強力な武器を作る。
金属が武器を作る為に買い占められて高騰するが、生産するにも研究するにも優秀な鍛冶師が必要なので、そちらも買い占められる。
金属そのものだけでなく、金属の加工技術・生産能力も食い潰すのだ。
煮炊きをするための鍋、家を建てる為の釘、畑を耕す為のクワ、衣服を繕う為の針……どれもこれも、軍事力の為に高騰していく。
軍事力は、あればあるほど国家と国民を圧迫する。
故に軍人はタダ飯喰らいと揶揄され、それを自覚しているからこそ心持は針の筵になるのだ。
じゃあそういう国民感情を重んじて軍事力を下げれば、これ幸いと隣国が攻め寄せてくるので、政治を取り仕切る人間は嫌われることを覚悟して、軍事力を抱え続けなければならない。
だからこそ、魔法使いや魔力持ちといった『人間の計りを大きく超えた存在』が重宝されるのだ。
結局の所、人一人がどれだけ贅沢したところで、魔法使い1人の軍事力と同等になれる軍人の数を揃えるのに必要な金額に迫る事などそうそうない。
つまりは、費用対効果が極端に優れている軍事力こそが、そうした魔力に愛された存在なのだ。
そういう意味では、今のクラウンは比較的不幸な立ち位置にいると言える。
なにせ魔力の存在がアドバンテージにならない環境なので、費用対効果の面についての実感が沸きづらい。
逆に、一般的な軍人として比較して幸運な点としては、そうした『軍事費の圧迫』について理解のある人間しか周囲にいない事なのだが。
それはそれとして、気にしてしまう善良さというか、生真面目さがクラウンにはあったのだった。
「まぁ、こう言うのはこっちが何かを言って改善する訳でも無し。この10日で幾らか稼いでくれば、クラウンの罪悪感的な何かも大なり小なり緩和されるだろ」
「そうですね……それを期待するしかないですね……あの、一応言っておきますけど、滞りなく取引が終わったとして、具体的な金額を言っちゃいけませんよ?」
「分かってるよ。いくらクラウンが優秀な労働者でも、10日働いて600㎏の鉄を買える金は稼げない。それを改めて見せつけた所で、何の意味も無いからな」
「なら良いですけど……」
割と無神経な所があると考えているのか、シャーロットがクイームを見る目はどことなく信用が無かった。
その事について、クイームはやや不満げだったが、プレゼントにミックスナッツを送る男に信用が無い事は当然と言えば当然である。
「まぁ、クラウンが出たのなら俺たちも出るか」
「そうは言いますけど、どこへ?」
「とりあえず食事だな。その後に服屋を冷やかして、アクセサリーを見て、露天商で掘り出し物でも探そうか」
「……分かりました」
これがデートの誘いである事を理解したシャーロットは頬を染めて、やや小さな声でそう答えた。
「となると、まずは変装をしないとな。ここは確か非加盟国だったはずだが、教会自体はどこにでもあるし」
そしてその教会によって教化された人間が、そのまま教国の諜報員や工作員になるわけである。
こうした宗教による敵地への浸透能力も、教国の強い所だ。
ちなみに、シャーロットについては『信仰の象徴』だとか『魔王討伐の英雄』だとか『現人神』だとか『使徒』だとか、色々な称号を付けたうえで、全ての教会にブロマイドが支給されているので、皆特徴ぐらいは知っている。
結局は人物画なので、目が大きく描かれていたり、無駄に荘厳な雰囲気になっていたり、背景のステンドグラスがあり得ないぐらいに高度であったり、普段全く付けていない上に大袈裟すぎるロザリオを付けていたりと、全体的に写実的でない表現も多いのだが。
まぁそれでも人相書き自体は大陸全土に広まっているようなものと考えて良いだろう。
変装の必要性で言えば、正直微妙な所だ。
支給されているブロマイドの絵画はシャーロットの要素を上手く抽出してこそいるが、戯画的な部分も多く、似ているか似ていないかで言えば似ていない。
故に多少人相が似通っている他人であっても、自分がモチーフであると主張して通る可能性はある。それぐらいの信憑性しかない絵だ。
更に言えば、仮にすっぴんのシャーロットが目撃されたとして、それを見て即座に『あっ、あの絵画の人だ!』となるだろうか?
これはもう、街中でいきなり有名人を……それこそ、嵐とかそういうレベルの有名人を発見した時、まず最初に思う事が『えっあれ本物!?』であることを考えれば、0と断じて構わないレベルの可能性だろう。
写真や画像処理の技術が極めて高度に発展し、本物と寸分違わぬ外見を何度も確認できる世界ですらそれなのだ。
実物を見ることでしか実物を確認できないこの世界では尚の事だ。
そのため、一般人に目撃されて騒ぎになるという事は考えなくていい。
だが、それこそ実物を何度も見てきたような、武装神官団や密葬課、教国の官僚などは話が別だ。
彼らであれば、シャーロットを即座に見抜くことが出来てしまう。
勿論、実際にシャーロットがそれらに遭遇する可能性は低いが、引いてしまったら特大のマイナスだ。
少し変装するだけでそういう可能性を引かないで済むなら、そちらの方が心理的にも安心と言う訳だ。
「じゃあ、とりあえず服からだな。その修道服じゃ目立ちすぎる」
「はい」
そんなわけで、普段のシャーロットなら部屋着に使う様な……それでも一般人なら外着に使う様な服に着替えて、次は顔だ。
今回は前回にやった不健康を演出する化粧ではなく、一般的なより美しく見せる化粧である。
しかしシャーロットの顔立ちは元々が最強に近い黄金比の顔面だ。こんな所にまで黄金が入り込んでいるのだから、黄金の聖女とはよくいった物である。
ともあれ、要するに素材のレベルが高すぎる所為で、調理に求められるレベルも高すぎるという話だ。
なのでここでも誤魔化しの一手を打つ。
シャーロットは可愛い系か綺麗系かで言えば、ギリギリ可愛い系に寄っているので、その雰囲気とは真逆になる綺麗系の化粧を施す。
こうすることで、普段のシャーロットからは全く違った雰囲気を作り出し、パッと見の印象を変える。
そのような方針で、クイームはシャーロットの顔に筆を触れさせ始めた。
ただし、金の受け渡しと商品の積み込みは10日後にまで待って欲しいとも言われたので、クイームはこれを了承。
かくして、西方海洋互助団は積載能力強化の為に、10日間のデスマーチへと繰り出すことになったのだった。
しかしそれはクイームには関係の無い事だ。
クイームからすれば、単なる10日間の休暇である。
「と言う訳で、10日間の休暇です」
「……大丈夫なのかい? その、金とか」
「情報屋っつークソ高い店を使うには不安が残るってだけだし、その不安も情報屋使った後は行動が取りにくいぐらいの意味合いだし、10日ぐらいなら大丈夫だ」
よっぽどの贅沢をしない限りな。
そう付け加えて、クイームは西方海洋互助団とのやり取りについての話を締めくくった。
「10日ですか……ただ待つ10日は長そうですね。宿屋ですから、家事もあまりありませんし……」
「そうだねぇ……港町だし、荷物の積み込みなんかの日雇いでもしてこようかね」
「力加減間違えて、荷を握り潰すなんてことするなよ」
「する訳ないだろ!?」
クラウンは心底心外そうな表情でそう言った。
事実として、彼女が常用する『戦闘力12倍』は、力加減を始めとした肉体操作の精度も向上する。
戦闘とは腕力のみに非ず。それを操る技量も、盤面を俯瞰する戦術眼も、そして戦い続ける決意も、すべて含めての『戦闘力』だからだ。
同時に、相手を容赦なく叩きのめす冷酷さの様な、ある種の共感性の欠如も戦闘力の一側面でもある。
もっとも、そのような理屈の全てを消し飛ばす『実績』がある事も事実なのだが。
「だってお前、前に俺の投擲針を借りた時、受け取ると同時に潰しただろ」
「いやアレは針の方が弱すぎた!」
「技量武器なんだから繊細に使えって言ったよな? その上であれなんだから、もうお前の力加減については信用できるかよくわからん」
「分かった、じゃあ器用さを12倍にすればいいんだ」
こういう事が出来るのがクラウンの冪乗魔法のインチキ臭い所である。
「まぁ良いんじゃないか? 言っとくがそういう失敗をしても尻拭いはしないからな」
「分かってるよ」
そういってクラウンは部屋を出て、どこぞへと向かっていく。
恐らくは港の方だろう。積み込みにせよ積み下ろしにせよ、人手はあって困るものではないので、大抵は飛び込みでも歓迎する。
敢えて問題があるとすれば、クラウンが女であることか。
筋肉モリモリマッチョマンの変態……は流石に言い過ぎだが、そういわれてもおかしくないぐらいのゴリマッチョとは言え、女は女だ。それも、綺麗系の美人ではある。
かなり徹底的な男社会である水夫の世界には、あれぐらいの容姿でも劇薬も良い所であろう。親しみやすくてむしろシャーロットよりもクラウンの方がモテるかもしれない。
まぁそれはクラウン本人に責任のある問題ではないので、実際に対応することになるのは多分現場指揮官とかその辺だろうが。
「しかし、随分急いで出発しましたね、クラウンさん」
「あぁ……いくら優秀であっても、飛び込みの日雇い労働者の給金なんて高が知れてるだろうにな」
「それで給料が安い割には、重要度が低くて重量は大きい荷物を宛がわれたりするんですよね……」
「クラウンからみて『重い荷物』って判定されるようなものがあるとしたら、それだけで船が沈みそうだがな」
その気になれば、船そのものを持ち上げることなど造作も無い女傑である。
アルキメデスが滑車とてこの原理でやったことを、筋肉だけで実現するその姿はまさしく『脳筋』と呼ぶにふさわしい。
が、例えその場合でも別に重量が消えているわけではないので、彼女が両足で踏みしめる地面はその重量を受ける訳だが。その際の足跡は、ともすれば丸太か何かで転がした方がマシだったと思えるほど深くなるかもしれない。
「案外、戦力としての活躍の機会が無かったから、気に病んでいるのかもな」
「そういえば、屋敷にいる時も狩猟がどうとか言ってましたもんね」
正直な所、シャーロットとクイームは正面戦闘においては不安の残る2人だ。
最近は血統魔法の継承も相まってクイームはいくらかマシにもなって来たが、シャーロットはそういう訳にもいかない。
法力を覚えて身体能力の増強と自己治癒を習得したとはいえ、結局その動きは素人でしか無く、素の生命力が低いものだから自己治癒が難しいレベルの致命傷を受ける可能性も高い。
マシになって来たというクイームでさえも、以前に襲撃してきたウルミの化け物を相手にして、ほとんど何もできなかった事実もある。
あれは不意を打たれたのも大きいが、その後のクラウンがほぼ一方的に蹂躙したことを考えると、やはり正面戦闘能力において大きく劣ると言わざるを得ない。
なので、そういった面においてはほぼ絶対の安心感を約束してくれるクラウンの存在には、2人としても助けられるところが多いのだが。
「責任感、なのかね……生真面目というかなんというか」
「別に、魔物の襲撃があった時は矢面に立って戦ってくれましたし、あれで十分だと思うんですけど……」
有事においては無限に頼りがいのある存在だが、平時においての頼りがいは10分の1も無い。
シャーロットもクイームもその点については重々承知だが、その上で有事の際の活躍を期待しているのだ。
この辺りは、国家における生産力と軍事力の関係性に似る。
ごく単純な現実として、国家は軍事力を抱えていなくてはならない。
なぜなら、軍事力が無ければ隣国に攻め込まれ、何もかも奪われてしまうからだ。
性善説的な論法で軍事力を放棄する事は自殺行為に等しい。
仮に本当に隣国が攻め込んでこないとしても、国内における犯罪者を取り締まる為には結局暴力による鎮圧と、暴力による刑罰が必要だ。それが存在しないのであれば、誰も法律など守らない。
しかし十分な軍事力を持ち、隣国からは攻め込まれず、犯罪者も減少傾向とくれば、平時においてはただ飯喰らいでしかない軍人は白い眼で見られがちだ。
平時における軍人の仕事は、肉体を鍛え、武技を納め、戦術を学ぶ事だ。
どれもこれも何かを生み出すわけではない。逆に、体を全力で苛め抜く状態は、常人と比較して大量の食事を必要とする。
軍事力が食い潰すのは食料だけではない。
より優秀な武器を得ることで戦闘を有利にするため、大量の金属を使ってより強力な武器を作る。
金属が武器を作る為に買い占められて高騰するが、生産するにも研究するにも優秀な鍛冶師が必要なので、そちらも買い占められる。
金属そのものだけでなく、金属の加工技術・生産能力も食い潰すのだ。
煮炊きをするための鍋、家を建てる為の釘、畑を耕す為のクワ、衣服を繕う為の針……どれもこれも、軍事力の為に高騰していく。
軍事力は、あればあるほど国家と国民を圧迫する。
故に軍人はタダ飯喰らいと揶揄され、それを自覚しているからこそ心持は針の筵になるのだ。
じゃあそういう国民感情を重んじて軍事力を下げれば、これ幸いと隣国が攻め寄せてくるので、政治を取り仕切る人間は嫌われることを覚悟して、軍事力を抱え続けなければならない。
だからこそ、魔法使いや魔力持ちといった『人間の計りを大きく超えた存在』が重宝されるのだ。
結局の所、人一人がどれだけ贅沢したところで、魔法使い1人の軍事力と同等になれる軍人の数を揃えるのに必要な金額に迫る事などそうそうない。
つまりは、費用対効果が極端に優れている軍事力こそが、そうした魔力に愛された存在なのだ。
そういう意味では、今のクラウンは比較的不幸な立ち位置にいると言える。
なにせ魔力の存在がアドバンテージにならない環境なので、費用対効果の面についての実感が沸きづらい。
逆に、一般的な軍人として比較して幸運な点としては、そうした『軍事費の圧迫』について理解のある人間しか周囲にいない事なのだが。
それはそれとして、気にしてしまう善良さというか、生真面目さがクラウンにはあったのだった。
「まぁ、こう言うのはこっちが何かを言って改善する訳でも無し。この10日で幾らか稼いでくれば、クラウンの罪悪感的な何かも大なり小なり緩和されるだろ」
「そうですね……それを期待するしかないですね……あの、一応言っておきますけど、滞りなく取引が終わったとして、具体的な金額を言っちゃいけませんよ?」
「分かってるよ。いくらクラウンが優秀な労働者でも、10日働いて600㎏の鉄を買える金は稼げない。それを改めて見せつけた所で、何の意味も無いからな」
「なら良いですけど……」
割と無神経な所があると考えているのか、シャーロットがクイームを見る目はどことなく信用が無かった。
その事について、クイームはやや不満げだったが、プレゼントにミックスナッツを送る男に信用が無い事は当然と言えば当然である。
「まぁ、クラウンが出たのなら俺たちも出るか」
「そうは言いますけど、どこへ?」
「とりあえず食事だな。その後に服屋を冷やかして、アクセサリーを見て、露天商で掘り出し物でも探そうか」
「……分かりました」
これがデートの誘いである事を理解したシャーロットは頬を染めて、やや小さな声でそう答えた。
「となると、まずは変装をしないとな。ここは確か非加盟国だったはずだが、教会自体はどこにでもあるし」
そしてその教会によって教化された人間が、そのまま教国の諜報員や工作員になるわけである。
こうした宗教による敵地への浸透能力も、教国の強い所だ。
ちなみに、シャーロットについては『信仰の象徴』だとか『魔王討伐の英雄』だとか『現人神』だとか『使徒』だとか、色々な称号を付けたうえで、全ての教会にブロマイドが支給されているので、皆特徴ぐらいは知っている。
結局は人物画なので、目が大きく描かれていたり、無駄に荘厳な雰囲気になっていたり、背景のステンドグラスがあり得ないぐらいに高度であったり、普段全く付けていない上に大袈裟すぎるロザリオを付けていたりと、全体的に写実的でない表現も多いのだが。
まぁそれでも人相書き自体は大陸全土に広まっているようなものと考えて良いだろう。
変装の必要性で言えば、正直微妙な所だ。
支給されているブロマイドの絵画はシャーロットの要素を上手く抽出してこそいるが、戯画的な部分も多く、似ているか似ていないかで言えば似ていない。
故に多少人相が似通っている他人であっても、自分がモチーフであると主張して通る可能性はある。それぐらいの信憑性しかない絵だ。
更に言えば、仮にすっぴんのシャーロットが目撃されたとして、それを見て即座に『あっ、あの絵画の人だ!』となるだろうか?
これはもう、街中でいきなり有名人を……それこそ、嵐とかそういうレベルの有名人を発見した時、まず最初に思う事が『えっあれ本物!?』であることを考えれば、0と断じて構わないレベルの可能性だろう。
写真や画像処理の技術が極めて高度に発展し、本物と寸分違わぬ外見を何度も確認できる世界ですらそれなのだ。
実物を見ることでしか実物を確認できないこの世界では尚の事だ。
そのため、一般人に目撃されて騒ぎになるという事は考えなくていい。
だが、それこそ実物を何度も見てきたような、武装神官団や密葬課、教国の官僚などは話が別だ。
彼らであれば、シャーロットを即座に見抜くことが出来てしまう。
勿論、実際にシャーロットがそれらに遭遇する可能性は低いが、引いてしまったら特大のマイナスだ。
少し変装するだけでそういう可能性を引かないで済むなら、そちらの方が心理的にも安心と言う訳だ。
「じゃあ、とりあえず服からだな。その修道服じゃ目立ちすぎる」
「はい」
そんなわけで、普段のシャーロットなら部屋着に使う様な……それでも一般人なら外着に使う様な服に着替えて、次は顔だ。
今回は前回にやった不健康を演出する化粧ではなく、一般的なより美しく見せる化粧である。
しかしシャーロットの顔立ちは元々が最強に近い黄金比の顔面だ。こんな所にまで黄金が入り込んでいるのだから、黄金の聖女とはよくいった物である。
ともあれ、要するに素材のレベルが高すぎる所為で、調理に求められるレベルも高すぎるという話だ。
なのでここでも誤魔化しの一手を打つ。
シャーロットは可愛い系か綺麗系かで言えば、ギリギリ可愛い系に寄っているので、その雰囲気とは真逆になる綺麗系の化粧を施す。
こうすることで、普段のシャーロットからは全く違った雰囲気を作り出し、パッと見の印象を変える。
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しかし、その一生懸命な姿に、メインヒロインであるシャロットは惚れ、卒業式の日に告白してきて……。
悪役というより、むしろ真っ当に生きようと、ファンタジーの世界で生き抜いていく。
ヒロインとの恋、仲間との友情──あれ? 全然悪役じゃないんだけど! 気づけば主人公になっていた、悪役レッドの物語!
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