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第3章 勇者の栄光は誰のもの?
露店
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クラウンが怪しげな西方人、ドーゼに捕まっているころ。
クイームとシャーロットの方は、露天商を冷やかしていた。
一応、『きれいに映る鏡』という目的こそあるが、そんなものが期待できるような品揃えならば店を構えているに決まっている。
露天商として活動している時点で、見込み0なのはお察しだ。
だが、最低限の目的があると意識が活性するようで、ただぶらぶらと見て歩くよりはよっぽど張り合いのある冷やかしになっていた。
「これは……野菜売り、なんですよね?」
「そうだよぉ」
シャーロットは恐らくは諸々の労役からはリタイア済みだろう老婦が趣味で作ったと思しき家庭菜園の野菜を陳列している露店に目を付けていた。
なにが目を引くって、もはや無残ですらあるほどにそりゃあもう萎び切った野菜たちである。
改めて言うほどのことでもないかもしれないが、ここは交易都市である。
このような都市の花屋の店先に並んだ色んな花は、どれもみんな厳正なる選抜をくぐり抜けたエリート中のエリートである。それなのに、どれもみんな綺麗だね、なんてほざく僕ら人間はどうしてそう背景を知ろうとしないのか。
ともあれ、そんな厳選済みの超絶エリート部隊に、突如として混ざり込む冴えない中年オヤジ。
そりゃあ目を引く。
一周回って『えっ何この場違いな奴!?』という意味で。
しかし。
「えぇぇ……? これが、このお値段……?」
シャーロットは元々政治家である。
勿論、実態だけを切り取って飾らずに言うのであれば、だ。
聖女だなんだと言われているが、実際にやっていたことは教国内部での政治暗闘……いや、それですらカッコつけた言い回しだ。より端的に言うならドサ回りに過ぎない。
後は精々が民衆相手の人気取りだ。
これが政治家でなくてなんだというのか。
その行動の大抵は現在の教皇に言われるがまま、という主体性のなさだったが、それでもそこから『政治的立ち回り』をある程度学んでいる。
聖女の立場と魔法の力を抜きにしても、彼女は政治家としてそこそこの実権を握れるぐらいではあるのだ。男女の格差があって現実には厳しいだろうが。
が、世の政治家を見れば分かる通り、それは事情通を意味しない。
むしろ、ある種超法規的な世界での経験は、いわゆる『世間一般の常識』からはかけ離れている。
そのため、このような市井の場に引きずり降ろされた時のシャーロットは無力無知なお嬢様に過ぎない。
しかし同時に、彼女はそれなり高価な食材を食って育ってきた存在である。
つまり、目の前に並んでいる野菜(?)が、これまでの経験則から遥かに逸脱した存在であることは察しがついている。
しかし確かに目利きはできなくもないが、じゃあ付けられている値段が相場に相応しいかを判断できるわけではない。相場には相場の知識がいる。
故に、『こんな場所でこんな値段を付けている以上は、それぐらいの自信と価値がある品なのでしょうか……?』と考えてしまう。
「……えーっと……」
「おーう、何見てんだ?」
そこにやって来たクイーム。
「この、野菜? を……」
「うわこりゃひでぇ」
「ですよね!?」
つい先ほどまで、木工細工を見てそこそこ感心していたクイームだったが、あまりの落差に思わず素で言ってしまった。
「そもそもこれなに? 人参?」
「人参だよォ?」
「いやいやいや……高麗人参の間違いじゃねーのか、オイ」
ちなみに、高麗人参は本草学における上品……どう扱っても大抵は体に良い薬草に分類される。
これ一本で何もかも解決、となる様な万能薬ではないが、内蔵機能の包括的な活性化を促し免疫を強化する薬効を持ち、現代における抗生物質の様な扱いを受けている。
薬師によっては『寿命の延伸すら能う』と主張するほどの妙薬である。
でも、お高いんでしょう?
安心してください、貴方の女房を質に入れても足りません。
「これ場所代の元取ろうと必死だろ」
「そんなことないよォ……?」
老婦の言葉からキレが失われていく。
露天商は確かに本格的に店舗を構えるのに比べれば、自由度が高い。敷居が低いと言い換えてもいい。
だが、それは参入障壁が0であることを意味する訳ではない。それが引き起こすのは単なる無法地帯である。
故に、この通りでの露天商は『都市戸籍』を持ち、『場所代』を払い、『時間制限』にも縛られた人間のみが出来る商売の形態である。
人通りが多い有望な場所だけに、これらの内容はどれも厳しい物ばかりだ。
特に場所代がしんどい。
都市戸籍は持っている人間からすればただ手間なだけだし、時間制限も8時間単位という大まかなレベルでしかない。
しかし場所代は違う。
実際に店を広げるポイントにもよるが、そこそこシビアな額を要求される。
当然、売上がその額に達しなければ赤字確定。
達成したとしても、純利益に直した時にどうなるかはまた別の話。
そして純利益を計算した時に、場所代の重みがボディブローのように効いてくる。
いくら本業からリタイアして生活に余裕があるとしても、そう何度も何度も赤字を出していてはやがてその余裕も無くなる。
場合によっては、家庭で居場所がなくなるかもしれない。
そうなれば最悪だ。
元来、家庭とは女の土俵である。そこでの発言力は絶対的であり、言動は全てが必中必殺の威力を持つ。
まさに自尊領域。
その領域での発言権を失うという事は、自尊領域の崩壊……魔法使いが魔力持ちに敗北するかの如き転落である。
認められない。それはもはや尊厳の撲滅に等しい。人によっては自害すら選択に入るほどの精神的負荷である。
だが、それを踏まえて言わせてもらうならば、じゃあこんな萎びた野菜なんぞ持ってくるなという話でしかないのだが。
「まぁ……これについてはオババの自業自得という事で……行くぞ」
「は、はい……」
「あぁ……」
ワンチャン騙せそうな女の子が遠のいていくのを、酷く哀愁を誘う声で嘆く老婦。
シャーロットはなぜか自分の中の罪悪感がちくちく刺激されるのを感じながら、通りを進んでいくのだった。
◆◇◆◇
少し進んだあたりで、また別れて別の場所を見る。
シャーロットは古物商を見ていて、クイームはどこぞの鍛冶屋の弟子か何かが作ったと思しき意欲作を見物していた。
「これ……どう使うんだ?」
クイームが手に取ったのは、まず農耕で使われることの多い手鎌。
まあそこは良い。通り魔的犯行に見せかける時に結構便利な凶器だし、更に言えば独特の形状ゆえに、相手の防御をすり抜ける効果も期待できる。
なので鎌の方は良い。
問題その持ち手の先端についている鎖である。
じゃらじゃらと3mばかり伸びたその鎖の先端には、2本目の鎌が付いていた。
「そりゃおめぇ、鎖をもって振り回すんだよ」
「あー……振り回すの?」
「おうとも」
クイームは当たって欲しくない予想が当たった時の顔をしていた。
「危なくないか?」
「そりゃ未熟モンが使えばどんな刃物だって危ないってもんよ」
中途半端に正鵠を射ているものだから余計に始末が悪い。
じゃあコレに熟達している人間を一人でいいから連れてこいと言いたい。
「んー……これじゃあ、試しに一振り……って訳にもいかないしなぁ」
現在いるのはあくまでも露天商。
これが武器鍛冶の店舗であれば、場合によっては試し振りのスペースや、試し切りの巻き藁があったりもするが、露天商に認められたスペースは彼らがゴザを敷いているその正方形だけだ。
よしんばそれなりにスペースがあったとしても、普通にすっぽ抜けてどこぞへと飛んでいく可能性がある武器ではどうにもならない。
ここは露天商が立ち並ぶ、普通の道なのだから。
そんな場所で鎖付きの刃物を振り回すなんて普通に危険人物である。殺し屋に言うことではないが。
「それならお客さん、こちらの方はどうですか?」
やけに明るいテンションで次の品を進めてきた。
鎖鎌だった。
「オイこらテメェ、天丼は面白いネタでやるから面白いんだよ。面白くないことを天丼して笑いを取りに行くのは天丼じゃなくて滑り芸なんだよ」
「兄ちゃんがいきなり何を言い出してるのか分からないよ」
さもありなん。
「実際これはさっきのと何が違うんだ? 形状も寸法も全く同じようだが」
「かーっ! これだもんなぁーッ! かーっ! まー素人さんには分からないか! ッかーっ!」
ころすぞ。
「で、何が違うの」
「これは刃引きがしてあって、先端も丸めてあるの」
「……ああ、本当だ」
「だからこいつはさっきのよりも安全! オールオッケー!」
なるほど、それなら確かに先ほどの物よりは安全だろう。
若干は使用感が異なるだろうが、そもそも鎖鎌というジャンル自体が未知との遭遇である。それを大まかにでも体験できるのであれば、確かに試供品としては十分だ。
クイームとしても、新しい武器にはリサーチを欠かしていない。
特にこの手の色物系武器は、抑えておくと相手の不意を打ちやすいので便利だ。
幸い、鉤縄であればそれなりに心得があるので、その延長である程度は使いこなせるだろう。
では、早速……
「じゃないでしょう!」
「おぶっ」
シャーロット、渾身の一撃。
「大通りで鉄塊を振り回すのであれば、それはもう何も違いませんから! ただの危険人物ですから!」
「ハッ! 確かに!」
「チッ」
「え今舌打ちした?」
「HAHAHAまさかお客さん相手に舌打ちなんてしませんよ。ただちょっとイライラして舌を鳴らしてしまっただけです」
「世間ではそれを舌打ちというんだが?」
さてはこいつ、武器のフィードバックが欲しかっただけだな?
作り手は使い手を兼業できないので、軍用品の様に規格化されているのであればともかく、このような意欲作は作り手の自己満足な構造になることが多々ある。
当然、そんなものが売れたり、あまつさえ軍の正式装備に抜擢されることなど無い。
今は戦国なのだ。
忖度やイデオロギーなんて『無駄遣い』をしていられる余裕のある人間は少ない。
より正確には、そんなことをしていた奴は大体全部死んだ後だ。
しかし使い手が必死なら作り手も必死である。
仮に、新しい正式装備に採用されるような名作を作り出せれば、その人生は一気に変わる。
だからこそ、こんなダーティなやり方でもフィードバックを求めていた。
改善の手掛かりになる何かを。
「まぁ、色々と非効率だが、熱意は伝わったよ」
「え、何処から?」
「舌打ち」
「え、其処から?」
「だから、こっちの刃引きしてる方を貰うよ。代わりにフィードバックを書面に起こして渡してやるから、タダで寄越せ」
「えぇ……それ絶対持ち逃げされる奴では……」
「今から路地で軽く振り回してくる。心配ならついてこい」
「あとそもそも原価にプラスアルファぐらいは貰わないと……」
「じゃあ元の売値の4割な」
「まさかのドンピシャ!?」
30分後、そこには刃引きされた鎖鎌を無残にも奪われた鍛冶屋見習いが居た。
まぁ、多少の生活費と意見書を貰ったので、彼は彼で渋々ながら納得していた。
◆◇◆◇
「……これで一通り見て回りましたかね?」
「だな。振り返ってみると、案外短いものだ」
「単純に目を引く物が無かったってだけですけどね……」
綺麗に映る鏡なんて望むべくも無い事は理解していたが、それを抜きにしても酷いラインナップだった。やはり掘り出し物はそうそう見つからないから掘り出し物だ。
「あの武器屋の刃物も全然顔映らなかったしなぁ……ちゃんと研いどけよ……」
「研いでどうにかなる問題だったんですかね?」
一応、終盤にはいくらか見どころもあった。
というか、飲食ゾーンに突入したので夕食にした。得体のしれない串焼き肉をスルーしてスープ系に逃げたのは今でも英断だったと思っている。
だが、それぐらいしかなかったのも事実だ。
「じゃあ、これで宿に帰りますか」
「いや、実はもう1つ寄るところがある」
「寄るところ?」
やや疑問を抱いてはいるが、シャーロットは素直についてきた。
そして歩くこと5分。
「わぁ……」
そこに広がっていたのは、夕日。
交易の船が今日の仕事を終え、もはや出港も入港も途絶えたこのタイミングに、ちょうど水平線と重なる太陽。
極めて浅い角度で顔をのぞかせる太陽は、その光を大気と海面に乱反射させ、世界を朱に染める。
シャーロットはしばらく感動していて、我に返った所でクイームが話しかけた。
「凄いだろ?」
「はい……これも、情報屋で?」
「いや、これは自分で計算した」
「計算……?」
「港の運営時間と天文学で」
「天文学で!?」
占星術師の振りをすることもあったので、その時に軽く齧ったのだ。
流石に死兆星がどうとかは忘れてしまったが、日没を日付から逆算するぐらいはできる。
結局、2人は完全に日が没するまで、その光景を眺めていた。
クイームとシャーロットの方は、露天商を冷やかしていた。
一応、『きれいに映る鏡』という目的こそあるが、そんなものが期待できるような品揃えならば店を構えているに決まっている。
露天商として活動している時点で、見込み0なのはお察しだ。
だが、最低限の目的があると意識が活性するようで、ただぶらぶらと見て歩くよりはよっぽど張り合いのある冷やかしになっていた。
「これは……野菜売り、なんですよね?」
「そうだよぉ」
シャーロットは恐らくは諸々の労役からはリタイア済みだろう老婦が趣味で作ったと思しき家庭菜園の野菜を陳列している露店に目を付けていた。
なにが目を引くって、もはや無残ですらあるほどにそりゃあもう萎び切った野菜たちである。
改めて言うほどのことでもないかもしれないが、ここは交易都市である。
このような都市の花屋の店先に並んだ色んな花は、どれもみんな厳正なる選抜をくぐり抜けたエリート中のエリートである。それなのに、どれもみんな綺麗だね、なんてほざく僕ら人間はどうしてそう背景を知ろうとしないのか。
ともあれ、そんな厳選済みの超絶エリート部隊に、突如として混ざり込む冴えない中年オヤジ。
そりゃあ目を引く。
一周回って『えっ何この場違いな奴!?』という意味で。
しかし。
「えぇぇ……? これが、このお値段……?」
シャーロットは元々政治家である。
勿論、実態だけを切り取って飾らずに言うのであれば、だ。
聖女だなんだと言われているが、実際にやっていたことは教国内部での政治暗闘……いや、それですらカッコつけた言い回しだ。より端的に言うならドサ回りに過ぎない。
後は精々が民衆相手の人気取りだ。
これが政治家でなくてなんだというのか。
その行動の大抵は現在の教皇に言われるがまま、という主体性のなさだったが、それでもそこから『政治的立ち回り』をある程度学んでいる。
聖女の立場と魔法の力を抜きにしても、彼女は政治家としてそこそこの実権を握れるぐらいではあるのだ。男女の格差があって現実には厳しいだろうが。
が、世の政治家を見れば分かる通り、それは事情通を意味しない。
むしろ、ある種超法規的な世界での経験は、いわゆる『世間一般の常識』からはかけ離れている。
そのため、このような市井の場に引きずり降ろされた時のシャーロットは無力無知なお嬢様に過ぎない。
しかし同時に、彼女はそれなり高価な食材を食って育ってきた存在である。
つまり、目の前に並んでいる野菜(?)が、これまでの経験則から遥かに逸脱した存在であることは察しがついている。
しかし確かに目利きはできなくもないが、じゃあ付けられている値段が相場に相応しいかを判断できるわけではない。相場には相場の知識がいる。
故に、『こんな場所でこんな値段を付けている以上は、それぐらいの自信と価値がある品なのでしょうか……?』と考えてしまう。
「……えーっと……」
「おーう、何見てんだ?」
そこにやって来たクイーム。
「この、野菜? を……」
「うわこりゃひでぇ」
「ですよね!?」
つい先ほどまで、木工細工を見てそこそこ感心していたクイームだったが、あまりの落差に思わず素で言ってしまった。
「そもそもこれなに? 人参?」
「人参だよォ?」
「いやいやいや……高麗人参の間違いじゃねーのか、オイ」
ちなみに、高麗人参は本草学における上品……どう扱っても大抵は体に良い薬草に分類される。
これ一本で何もかも解決、となる様な万能薬ではないが、内蔵機能の包括的な活性化を促し免疫を強化する薬効を持ち、現代における抗生物質の様な扱いを受けている。
薬師によっては『寿命の延伸すら能う』と主張するほどの妙薬である。
でも、お高いんでしょう?
安心してください、貴方の女房を質に入れても足りません。
「これ場所代の元取ろうと必死だろ」
「そんなことないよォ……?」
老婦の言葉からキレが失われていく。
露天商は確かに本格的に店舗を構えるのに比べれば、自由度が高い。敷居が低いと言い換えてもいい。
だが、それは参入障壁が0であることを意味する訳ではない。それが引き起こすのは単なる無法地帯である。
故に、この通りでの露天商は『都市戸籍』を持ち、『場所代』を払い、『時間制限』にも縛られた人間のみが出来る商売の形態である。
人通りが多い有望な場所だけに、これらの内容はどれも厳しい物ばかりだ。
特に場所代がしんどい。
都市戸籍は持っている人間からすればただ手間なだけだし、時間制限も8時間単位という大まかなレベルでしかない。
しかし場所代は違う。
実際に店を広げるポイントにもよるが、そこそこシビアな額を要求される。
当然、売上がその額に達しなければ赤字確定。
達成したとしても、純利益に直した時にどうなるかはまた別の話。
そして純利益を計算した時に、場所代の重みがボディブローのように効いてくる。
いくら本業からリタイアして生活に余裕があるとしても、そう何度も何度も赤字を出していてはやがてその余裕も無くなる。
場合によっては、家庭で居場所がなくなるかもしれない。
そうなれば最悪だ。
元来、家庭とは女の土俵である。そこでの発言力は絶対的であり、言動は全てが必中必殺の威力を持つ。
まさに自尊領域。
その領域での発言権を失うという事は、自尊領域の崩壊……魔法使いが魔力持ちに敗北するかの如き転落である。
認められない。それはもはや尊厳の撲滅に等しい。人によっては自害すら選択に入るほどの精神的負荷である。
だが、それを踏まえて言わせてもらうならば、じゃあこんな萎びた野菜なんぞ持ってくるなという話でしかないのだが。
「まぁ……これについてはオババの自業自得という事で……行くぞ」
「は、はい……」
「あぁ……」
ワンチャン騙せそうな女の子が遠のいていくのを、酷く哀愁を誘う声で嘆く老婦。
シャーロットはなぜか自分の中の罪悪感がちくちく刺激されるのを感じながら、通りを進んでいくのだった。
◆◇◆◇
少し進んだあたりで、また別れて別の場所を見る。
シャーロットは古物商を見ていて、クイームはどこぞの鍛冶屋の弟子か何かが作ったと思しき意欲作を見物していた。
「これ……どう使うんだ?」
クイームが手に取ったのは、まず農耕で使われることの多い手鎌。
まあそこは良い。通り魔的犯行に見せかける時に結構便利な凶器だし、更に言えば独特の形状ゆえに、相手の防御をすり抜ける効果も期待できる。
なので鎌の方は良い。
問題その持ち手の先端についている鎖である。
じゃらじゃらと3mばかり伸びたその鎖の先端には、2本目の鎌が付いていた。
「そりゃおめぇ、鎖をもって振り回すんだよ」
「あー……振り回すの?」
「おうとも」
クイームは当たって欲しくない予想が当たった時の顔をしていた。
「危なくないか?」
「そりゃ未熟モンが使えばどんな刃物だって危ないってもんよ」
中途半端に正鵠を射ているものだから余計に始末が悪い。
じゃあコレに熟達している人間を一人でいいから連れてこいと言いたい。
「んー……これじゃあ、試しに一振り……って訳にもいかないしなぁ」
現在いるのはあくまでも露天商。
これが武器鍛冶の店舗であれば、場合によっては試し振りのスペースや、試し切りの巻き藁があったりもするが、露天商に認められたスペースは彼らがゴザを敷いているその正方形だけだ。
よしんばそれなりにスペースがあったとしても、普通にすっぽ抜けてどこぞへと飛んでいく可能性がある武器ではどうにもならない。
ここは露天商が立ち並ぶ、普通の道なのだから。
そんな場所で鎖付きの刃物を振り回すなんて普通に危険人物である。殺し屋に言うことではないが。
「それならお客さん、こちらの方はどうですか?」
やけに明るいテンションで次の品を進めてきた。
鎖鎌だった。
「オイこらテメェ、天丼は面白いネタでやるから面白いんだよ。面白くないことを天丼して笑いを取りに行くのは天丼じゃなくて滑り芸なんだよ」
「兄ちゃんがいきなり何を言い出してるのか分からないよ」
さもありなん。
「実際これはさっきのと何が違うんだ? 形状も寸法も全く同じようだが」
「かーっ! これだもんなぁーッ! かーっ! まー素人さんには分からないか! ッかーっ!」
ころすぞ。
「で、何が違うの」
「これは刃引きがしてあって、先端も丸めてあるの」
「……ああ、本当だ」
「だからこいつはさっきのよりも安全! オールオッケー!」
なるほど、それなら確かに先ほどの物よりは安全だろう。
若干は使用感が異なるだろうが、そもそも鎖鎌というジャンル自体が未知との遭遇である。それを大まかにでも体験できるのであれば、確かに試供品としては十分だ。
クイームとしても、新しい武器にはリサーチを欠かしていない。
特にこの手の色物系武器は、抑えておくと相手の不意を打ちやすいので便利だ。
幸い、鉤縄であればそれなりに心得があるので、その延長である程度は使いこなせるだろう。
では、早速……
「じゃないでしょう!」
「おぶっ」
シャーロット、渾身の一撃。
「大通りで鉄塊を振り回すのであれば、それはもう何も違いませんから! ただの危険人物ですから!」
「ハッ! 確かに!」
「チッ」
「え今舌打ちした?」
「HAHAHAまさかお客さん相手に舌打ちなんてしませんよ。ただちょっとイライラして舌を鳴らしてしまっただけです」
「世間ではそれを舌打ちというんだが?」
さてはこいつ、武器のフィードバックが欲しかっただけだな?
作り手は使い手を兼業できないので、軍用品の様に規格化されているのであればともかく、このような意欲作は作り手の自己満足な構造になることが多々ある。
当然、そんなものが売れたり、あまつさえ軍の正式装備に抜擢されることなど無い。
今は戦国なのだ。
忖度やイデオロギーなんて『無駄遣い』をしていられる余裕のある人間は少ない。
より正確には、そんなことをしていた奴は大体全部死んだ後だ。
しかし使い手が必死なら作り手も必死である。
仮に、新しい正式装備に採用されるような名作を作り出せれば、その人生は一気に変わる。
だからこそ、こんなダーティなやり方でもフィードバックを求めていた。
改善の手掛かりになる何かを。
「まぁ、色々と非効率だが、熱意は伝わったよ」
「え、何処から?」
「舌打ち」
「え、其処から?」
「だから、こっちの刃引きしてる方を貰うよ。代わりにフィードバックを書面に起こして渡してやるから、タダで寄越せ」
「えぇ……それ絶対持ち逃げされる奴では……」
「今から路地で軽く振り回してくる。心配ならついてこい」
「あとそもそも原価にプラスアルファぐらいは貰わないと……」
「じゃあ元の売値の4割な」
「まさかのドンピシャ!?」
30分後、そこには刃引きされた鎖鎌を無残にも奪われた鍛冶屋見習いが居た。
まぁ、多少の生活費と意見書を貰ったので、彼は彼で渋々ながら納得していた。
◆◇◆◇
「……これで一通り見て回りましたかね?」
「だな。振り返ってみると、案外短いものだ」
「単純に目を引く物が無かったってだけですけどね……」
綺麗に映る鏡なんて望むべくも無い事は理解していたが、それを抜きにしても酷いラインナップだった。やはり掘り出し物はそうそう見つからないから掘り出し物だ。
「あの武器屋の刃物も全然顔映らなかったしなぁ……ちゃんと研いどけよ……」
「研いでどうにかなる問題だったんですかね?」
一応、終盤にはいくらか見どころもあった。
というか、飲食ゾーンに突入したので夕食にした。得体のしれない串焼き肉をスルーしてスープ系に逃げたのは今でも英断だったと思っている。
だが、それぐらいしかなかったのも事実だ。
「じゃあ、これで宿に帰りますか」
「いや、実はもう1つ寄るところがある」
「寄るところ?」
やや疑問を抱いてはいるが、シャーロットは素直についてきた。
そして歩くこと5分。
「わぁ……」
そこに広がっていたのは、夕日。
交易の船が今日の仕事を終え、もはや出港も入港も途絶えたこのタイミングに、ちょうど水平線と重なる太陽。
極めて浅い角度で顔をのぞかせる太陽は、その光を大気と海面に乱反射させ、世界を朱に染める。
シャーロットはしばらく感動していて、我に返った所でクイームが話しかけた。
「凄いだろ?」
「はい……これも、情報屋で?」
「いや、これは自分で計算した」
「計算……?」
「港の運営時間と天文学で」
「天文学で!?」
占星術師の振りをすることもあったので、その時に軽く齧ったのだ。
流石に死兆星がどうとかは忘れてしまったが、日没を日付から逆算するぐらいはできる。
結局、2人は完全に日が没するまで、その光景を眺めていた。
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50歳元艦長、スキル【酒保】と指揮能力で異世界を生き抜く。残り物の狂犬と天然エルフを拾ったら、現代物資と戦術で最強部隊ができあがりました
月神世一
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「命を捨てて勝つな。生きて勝て」
50歳の元イージス艦長が、ブラックコーヒーと海軍カレー、そして『指揮能力』で異世界を席巻する!
海上自衛隊の艦長だった坂上真一(50歳)は、ある日突然、剣と魔法の異世界へ転移してしまう。
再就職先を求めて人材ギルドへ向かうも、受付嬢に言われた言葉は――
「50歳ですか? シルバー求人はやってないんですよね」
途方に暮れる坂上の前にいたのは、誰からも見放された二人の問題児。
子供の泣き声を聞くと殺戮マシーンと化す「狂犬」龍魔呂。
規格外の魔力を持つが、方向音痴で市場を破壊する「天然」エルフのルナ。
「やれやれ。手のかかる部下を持ったもんだ」
坂上は彼らを拾い、ユニークスキル【酒保(PX)】を発動する。
呼び出すのは、自衛隊の補給物資。
高品質な食料、衛生用品、そして戦場の士気を高めるコーヒーと甘味。
魔法は使えない。だが、現代の戦術と無限の補給があれば負けはない。
これは、熟練の指揮官が「残り物」たちを最強の部隊へと育て上げ、美味しいご飯を食べるだけの、大人の冒険譚。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
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「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
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【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
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とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
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#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
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追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
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