聖剣なんていらんかったんや~苦し紛れに放った暗殺者が魔王を倒して世界を救ってしまったのだが~

余るガム

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第4章 悪魔の金貨は誰のもの?

侵入

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 ドーゼとの取引を終えたクイームは宿にとんぼ返りして、シャーロットから現状についての簡単な報告を聞く。

 そうした話を一通り聞いてから。

「はぁ……この調子だと、とっとと出撃した方がよさそうだな」
「あの、体は大丈夫ですか? ずっと動きっぱなしですけど……」
「おおよそは大丈夫だ。別に怪我をしたとかそう言う訳でも無いし、今ある疲労感は大部分が気疲れだろう」

 自分のコンディションを正確に把握するスキルは、暗殺者に限らず、プロであれば絶対に習得しておかなくてはならない必須スキルだ。
 血統魔法の覚醒以降、劇的に肉体のポテンシャルが向上した所為で、どうも把握する感覚が掴みづらかったが、最近では随分精度が増してきた。

「で、敵総大将についての情報はあるか?」
「まだ何も。かなり奥まった所にいるみたいで、軍議の場以外には出席しませんし、その軍議の場ですら顔を隠しているのだとか」
「……それで総大将の勤めを果たせているのか?」
「どうなんでしょう。単にお飾りの総大将という可能性もありますからね」

 自らの軍の正当性を主張するために、やんごとなき血族の誰それを神輿として担ぎ上げるのはよくある事だ。
 逆に、例えば自国の王子に武勲を積ませるために、総大将として陣の奥に引っ込ませるだけ引っ込ませておいて、後は全て別の人間が采配するというケースもある。

 主に継承権絡みで面倒臭いことになっている人間が、その継承権争いで優位に立つための技だが、国家全体で見れば費用対効果は最悪である。
 戦争自体が国家に対して最悪の公共事業であるというのに、必要でもないのにそんなことをするのだから。
 そのため、そこそこ余裕のある国でないとこんなことは出来ない。内ゲバが出来るのは余裕がある証拠だ。

「しかし、お飾りだとしたら、それこそドンドン露出させていくと思うんだが……」
「んー……単純に、『明確な誰か』と言うのを作りたくないのかもしれませんね」
「……どういうことだ?」
「今回はあくまでも『教国の強さ』をアピールしたいわけですよね?」
「まぁ、そういう事だろうという結論になったな」
「だったら、総大将が八面六臂の大活躍をしたら、教国じゃなくてその総大将が凄いというだけの話になってしまいます」
「なるほど、それなら、その総大将をそれこそ暗殺してしまえば、教国の覇権が潰えると解釈するところが出てくるわけか」
「はい。なので、その可能性を減らすために、不自然なまでに総大将の印象を薄めているのかと」

 そうしたシャーロットの考察を聞いて考える。

「……となると、総大将1人殺しても、軍は引かないかもしれないな」
「あー……確かに、その可能性はありますね」
「まあ殺して損があるわけでも無いから殺すとして……連中が撤退するまで、将校の首を上から順番に刎ねていく必要があるかもしれん。最悪の場合は、だが……」

 しかし仮に上から順番に、という事になると、クイームとしてもいい加減に疲れてくるだろう。
 実際に撤退を始めるかどうかを確認する期間を取る必要もあるし、思いのほか長丁場になるかもしれない。

「まぁ、なんにせよ、今の総大将を殺せば多少は余裕が出来そうだな」
「そうですね。総大将が殺された後の動きは、私たちで観察するので、クイームさんには休みになると思います」
「時間が無いのは全部開戦までに片づけようとしたせいだったしな……」

 主に戦死者を出来るだけ少なくするために、実際の戦闘が起きる前に事を為そうとしたが、魔法使いをして気疲れする現状は、相当予定に無理があった故ではないだろうか。

「んじゃまぁ、俺は敵総大将の暗殺に出発するわ」
「分かりました。私はこの後、外壁の方に行ってスタンバっておきます」
「他の2人は?」
「アンドリューさんは諜報員の始末がひと段落したとかで、食糧の確保に。新しく放ってくる諜報員が居なくなったみたいですね。クラウンさんは船の確保に動いています。船そのものは手配できなかったので、材木で小舟をでっち上げている最中だとか」
「……それ、大丈夫なのか?」
「……さぁ?」

 石切り場で働いたら、間違えて石を握り潰してそうとまで言われるような女である。
 『でっち上げる』程度のクオリティだとしても、果たして達成できるだけの器用さが彼女にあるのかどうか。

「まぁ、どうせ私の魔法で補強するので、船としての体裁さえ保っていれば大丈夫ではあるんですが……」
「一応言っておくが、穴の開いた板切れの集合体を『船』とは呼ばないんだぞ?」
「……やっぱり、私は予定変更して、クラウンさんの監督に行きます」
「それが良いだろうな」

 そして部屋を出る直前。

「あぁそうだ、これはお前に預けておくわ」
「はい……」

 そういってクイームがシャーロットにつき出したのは、ドーゼから受け取った羊皮紙の筒。

「あぁ、これが例の……西方異大陸までの海図ですね?」
「そうだ。軽く見たが、思ったより精度が荒い。実際は参考程度にしかならんだろうな」
「まぁ、それは良いですよ。どうせ長い旅路になりますからね」

 しかし、そんな精度の物であっても、この大陸においては……より正確に言えば、向こう側の大陸においても超の付く希少な情報だ。

 これまで、こちらの大陸にとっての西方異大陸とは、要するに御伽噺だ。
 西方人が居る訳だし、その西方人が全員こぞって語るぐらいなのだから、まあ存在はしているのだろう。

 それで終わりだ。
 誰一人として、交易も侵略も考えたりしなかった。

 それは西方人たちがおどろおどろしく語る、双方の間にある海域が恐ろしいものであるからという理由もあるが、それ以上にそんなことをしているだけの余裕が無いのだ。
 少なくとも、こちらの大陸に存在するほぼ全ての国家にとって。

 しかし、今ここには、その御伽噺を現実へとつなぐ海図がある。
 この海図は確かに需要こそないが、この大陸には2つと無い珍品である。

 単なる伝聞と言う訳でも無く、曲がりなりにも『海図』と銘打てるだけの代物になっているのだから。

 将来的に発生し得る需要という意味で言えば、死神に殺し以外の仕事をさせて余りあるだけのポテンシャルを秘めている逸品ではあるのだ。

 もっとも、それを有効活用できる人間が、どれだけいるかはまた別の話だが。

◆◇◆◇

 外壁の上から、教国軍を俯瞰する。
 地形的には平原に近く、こちら側に巨大な城塞がある事を除けば、極々普通の平地だ。
 山や丘陵といった起伏が無く、外殻を森が覆っている。

 総合的に見て、盤上遊戯並みに初心者向けの戦場と言える。

 教国軍が布陣するのは遥か遠方。
 遠眼鏡などの道具を使わずとも、ある程度は肉眼で確認できる。この距離では、弓矢をいくらはなっても無意味という事が直感的にわかる。

 しかし、魔法使いに限れば話は変わる。
 両目に法力を集めたクイームからすれば、その陣形は手に取るようにわかる。

 教国軍の布陣は、さしずめ基本中の基本。
 柵を張り巡らせて外敵を跳ね返す、円形状の陣だ。

 恐らく、あの陣そのものが戦闘に絡むことは無い想定なのだろう。
 陣形らしい陣形は無く、ただ『陣』としか言えない、教国軍の一時的な占領地だ。

 更にその外側を、教国軍の、いわゆる一兵卒が取り囲む。
 こちらもまた、戦闘中ではないという事もあって、陣形らしい陣形を汲んでいるわけではない。

「ま、当然だわな」

 そう、これは当然の采配である。
 あのように構えられる陣は、大抵の場合本陣であり、伝令と兵士を供給する軍全体の脳にして心臓。

 それを最も安全な最も後方に配置し、更なる安全の為に柵で取り囲む。
 こうした采配は、無事に生存し続ける事が仕事である本陣にとっては、当然でしかない。

 裏を返せば、あの本陣には恐らく『死んでしまっては不味い人間』が多く収容されているはずだ。
 例えば、教国軍全体を采配する人間……総大将の様な人間が。

 つまり、あれほど大げさに守りを固めている時点で、クイームからすれば完全にカモでしかないわけだ。

「さて、どうするか……」

 しかし、カモでしか無い事は事実だとしても、カモだって捕まえて殺さなくては鴨鍋にはできない。
 あの本陣の中にいる人間を殺すためには、あの本陣の中に侵入する必要性があるわけだが……あの本陣の中に侵入するためには、あの本陣に近付かなくてはならない。

 この、ただただ広いだけの平原を、たった一人で走って。

 言うまでも無く、その行動は超目立つ。
 身を隠す森は確かにあるが、そこからある程度離れた場所に本陣は敷かれている。

 当然、森の中には斥候を狩る為の斥候が大量に放たれていることだろうし、そうでなくとも、本陣やその周囲に存在する教国軍に近付こうとする存在に目を光らせている見張りも数多くいるだろう。

 そうした見張りの目を掻い潜って、本陣の中に侵入しなくてはならない。

「できれば、魔物の力は使いたくないが……」

 戦場全体に視線を向けながら、クイームは思案にふける。
 その時、クイームの立っている真下の、外壁の出入り口から、謎の一団が出発した。

「おん? あれは……」

 よく見ると、見るからに異質の装いをしている人間が一人見受けられる。
 ここで言う『異質』とは、別の国の衣装が施されているとかそういう意味ではなく、この大陸、ひいてはこの世界においては明らかに不釣り合いな装いをしている、という意味だ。

 そして街を出てから掲げた旗には、教国を意味する国旗。

「ははぁ、なるほど。アレはこの街に差し向けられていたという使者か……」

 つまり、あの異質の装いをしている人間は、武装神官団の人間だ。
 となると、馬車の中にいるのは、その使者と護衛の武装神官団だといった所か。

 馬車の仲間では流石に見通すことは出来ないし、外の武装神官団の人間を見る限りでは、交渉がどうなったのかはイマイチよくわからない。
 それは武装神官団の人間が表情を消すことに長けていたからなのか、そもそも話し合いの場には同席していなかったからなのか。

 だが、仮にこれから戦闘開始だとすれば、馬車の中にいる使者は、恐らく武装神官団にそのことを言い含めるはずだ。

 その場合、人間はどうしても高ぶってしまう。
 戦争という異常行動に備えて、脳と肉体をチューニングしようと、脳内物質を分泌させる。

 そのような高ぶりが見受けられないという事は、またしてもこの街の外交は上手くやったと言う訳だ。

「よし」

 クイームはその使節団を見て、使節団の中に紛れ込んで、そのまま本陣近くまで行ってしまうことを考え付いた。
 あとは、ついでに使者の独り言か愚痴の1つでも聞き取れれば万々歳だ。

 使節団の死角となる位置へと落下して着地し、しばらく待つ。
 すると、最後の使節団の人間が出たことを確認して、門が閉じられる。

 この街の門は、上から巨大な金属製の柵を下ろして閉じられるもので、開門作業が出来るようにするためにそこそこの工夫が必要だが、閉門が簡単で防御力が高いという特徴がある。
 その門が、けたたましい音を鳴らして地面にぶつかったその瞬間。

 使節団の最後尾にいた人間の首を折り殺して、影の世界にぶち込む。

 即座に自らも影の世界に入門して、手早く服を着替え、適当なところで何食わぬ顔をして合流した。

 よしよし、これであとは待ってるだけで目的は達成される。

 そのようにほくそ笑んだクイームは、さて今度はどうやって前の方に行き、情報収集をするかと思案を巡らせ始めた。

◆◇◆◇

 クラウンは、街で購入した材木を折り曲げて船を作ろうとしていた。

 しかし、彼女は生来不器用である。おまけに肉体的な出力が人間の限界を遥かに超えている所為で、すぐに板を壊してしまう。

 そこに、監督としてやって来たシャーロット。

「どうですか?」
「ん、ああ……」

 ばぎゃぁ。
 と、そんな無情な破砕音が響く。

「とまぁ、この通りさ」
「はぁ、そんなことだと思いましたよ……」

 シャーロットは周囲に散乱する木くずの山を見て、魔法を使って元の材木へと修復させる。

「あぁ、ありがとうね」
「一応、これでも結構高いんですからね」

 なにせ、今この街では戦闘特需の真っ最中だ。
 特に材木の類は、略奪に走るかもしれない教国軍から家族と財貨を守るために、民衆も大枚はたいて求めているものだから、特に高騰している。

 それを次から次へと木くずに加工していては、ぼやかれるのも宜なるかな。

「どうだった?」
「何がですか?」
「クイームだよ。返って来たんだろ?」
「ええ、それで、そのまま教国軍の総大将を暗殺してくると」
「もう?」
「はい」
「っかーッ! ワーカホリックというか働き者というか……」

 そんなことを言いながら、また一枚の板がひしゃげた。
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