64 / 78
第4章 悪魔の金貨は誰のもの?
侵入
しおりを挟む
ドーゼとの取引を終えたクイームは宿にとんぼ返りして、シャーロットから現状についての簡単な報告を聞く。
そうした話を一通り聞いてから。
「はぁ……この調子だと、とっとと出撃した方がよさそうだな」
「あの、体は大丈夫ですか? ずっと動きっぱなしですけど……」
「おおよそは大丈夫だ。別に怪我をしたとかそう言う訳でも無いし、今ある疲労感は大部分が気疲れだろう」
自分のコンディションを正確に把握するスキルは、暗殺者に限らず、プロであれば絶対に習得しておかなくてはならない必須スキルだ。
血統魔法の覚醒以降、劇的に肉体のポテンシャルが向上した所為で、どうも把握する感覚が掴みづらかったが、最近では随分精度が増してきた。
「で、敵総大将についての情報はあるか?」
「まだ何も。かなり奥まった所にいるみたいで、軍議の場以外には出席しませんし、その軍議の場ですら顔を隠しているのだとか」
「……それで総大将の勤めを果たせているのか?」
「どうなんでしょう。単にお飾りの総大将という可能性もありますからね」
自らの軍の正当性を主張するために、やんごとなき血族の誰それを神輿として担ぎ上げるのはよくある事だ。
逆に、例えば自国の王子に武勲を積ませるために、総大将として陣の奥に引っ込ませるだけ引っ込ませておいて、後は全て別の人間が采配するというケースもある。
主に継承権絡みで面倒臭いことになっている人間が、その継承権争いで優位に立つための技だが、国家全体で見れば費用対効果は最悪である。
戦争自体が国家に対して最悪の公共事業であるというのに、必要でもないのにそんなことをするのだから。
そのため、そこそこ余裕のある国でないとこんなことは出来ない。内ゲバが出来るのは余裕がある証拠だ。
「しかし、お飾りだとしたら、それこそドンドン露出させていくと思うんだが……」
「んー……単純に、『明確な誰か』と言うのを作りたくないのかもしれませんね」
「……どういうことだ?」
「今回はあくまでも『教国の強さ』をアピールしたいわけですよね?」
「まぁ、そういう事だろうという結論になったな」
「だったら、総大将が八面六臂の大活躍をしたら、教国じゃなくてその総大将が凄いというだけの話になってしまいます」
「なるほど、それなら、その総大将をそれこそ暗殺してしまえば、教国の覇権が潰えると解釈するところが出てくるわけか」
「はい。なので、その可能性を減らすために、不自然なまでに総大将の印象を薄めているのかと」
そうしたシャーロットの考察を聞いて考える。
「……となると、総大将1人殺しても、軍は引かないかもしれないな」
「あー……確かに、その可能性はありますね」
「まあ殺して損があるわけでも無いから殺すとして……連中が撤退するまで、将校の首を上から順番に刎ねていく必要があるかもしれん。最悪の場合は、だが……」
しかし仮に上から順番に、という事になると、クイームとしてもいい加減に疲れてくるだろう。
実際に撤退を始めるかどうかを確認する期間を取る必要もあるし、思いのほか長丁場になるかもしれない。
「まぁ、なんにせよ、今の総大将を殺せば多少は余裕が出来そうだな」
「そうですね。総大将が殺された後の動きは、私たちで観察するので、クイームさんには休みになると思います」
「時間が無いのは全部開戦までに片づけようとしたせいだったしな……」
主に戦死者を出来るだけ少なくするために、実際の戦闘が起きる前に事を為そうとしたが、魔法使いをして気疲れする現状は、相当予定に無理があった故ではないだろうか。
「んじゃまぁ、俺は敵総大将の暗殺に出発するわ」
「分かりました。私はこの後、外壁の方に行ってスタンバっておきます」
「他の2人は?」
「アンドリューさんは諜報員の始末がひと段落したとかで、食糧の確保に。新しく放ってくる諜報員が居なくなったみたいですね。クラウンさんは船の確保に動いています。船そのものは手配できなかったので、材木で小舟をでっち上げている最中だとか」
「……それ、大丈夫なのか?」
「……さぁ?」
石切り場で働いたら、間違えて石を握り潰してそうとまで言われるような女である。
『でっち上げる』程度のクオリティだとしても、果たして達成できるだけの器用さが彼女にあるのかどうか。
「まぁ、どうせ私の魔法で補強するので、船としての体裁さえ保っていれば大丈夫ではあるんですが……」
「一応言っておくが、穴の開いた板切れの集合体を『船』とは呼ばないんだぞ?」
「……やっぱり、私は予定変更して、クラウンさんの監督に行きます」
「それが良いだろうな」
そして部屋を出る直前。
「あぁそうだ、これはお前に預けておくわ」
「はい……」
そういってクイームがシャーロットにつき出したのは、ドーゼから受け取った羊皮紙の筒。
「あぁ、これが例の……西方異大陸までの海図ですね?」
「そうだ。軽く見たが、思ったより精度が荒い。実際は参考程度にしかならんだろうな」
「まぁ、それは良いですよ。どうせ長い旅路になりますからね」
しかし、そんな精度の物であっても、この大陸においては……より正確に言えば、向こう側の大陸においても超の付く希少な情報だ。
これまで、こちらの大陸にとっての西方異大陸とは、要するに御伽噺だ。
西方人が居る訳だし、その西方人が全員こぞって語るぐらいなのだから、まあ存在はしているのだろう。
それで終わりだ。
誰一人として、交易も侵略も考えたりしなかった。
それは西方人たちがおどろおどろしく語る、双方の間にある海域が恐ろしいものであるからという理由もあるが、それ以上にそんなことをしているだけの余裕が無いのだ。
少なくとも、こちらの大陸に存在するほぼ全ての国家にとって。
しかし、今ここには、その御伽噺を現実へとつなぐ海図がある。
この海図は確かに需要こそないが、この大陸には2つと無い珍品である。
単なる伝聞と言う訳でも無く、曲がりなりにも『海図』と銘打てるだけの代物になっているのだから。
将来的に発生し得る需要という意味で言えば、死神に殺し以外の仕事をさせて余りあるだけのポテンシャルを秘めている逸品ではあるのだ。
もっとも、それを有効活用できる人間が、どれだけいるかはまた別の話だが。
◆◇◆◇
外壁の上から、教国軍を俯瞰する。
地形的には平原に近く、こちら側に巨大な城塞がある事を除けば、極々普通の平地だ。
山や丘陵といった起伏が無く、外殻を森が覆っている。
総合的に見て、盤上遊戯並みに初心者向けの戦場と言える。
教国軍が布陣するのは遥か遠方。
遠眼鏡などの道具を使わずとも、ある程度は肉眼で確認できる。この距離では、弓矢をいくらはなっても無意味という事が直感的にわかる。
しかし、魔法使いに限れば話は変わる。
両目に法力を集めたクイームからすれば、その陣形は手に取るようにわかる。
教国軍の布陣は、さしずめ基本中の基本。
柵を張り巡らせて外敵を跳ね返す、円形状の陣だ。
恐らく、あの陣そのものが戦闘に絡むことは無い想定なのだろう。
陣形らしい陣形は無く、ただ『陣』としか言えない、教国軍の一時的な占領地だ。
更にその外側を、教国軍の、いわゆる一兵卒が取り囲む。
こちらもまた、戦闘中ではないという事もあって、陣形らしい陣形を汲んでいるわけではない。
「ま、当然だわな」
そう、これは当然の采配である。
あのように構えられる陣は、大抵の場合本陣であり、伝令と兵士を供給する軍全体の脳にして心臓。
それを最も安全な最も後方に配置し、更なる安全の為に柵で取り囲む。
こうした采配は、無事に生存し続ける事が仕事である本陣にとっては、当然でしかない。
裏を返せば、あの本陣には恐らく『死んでしまっては不味い人間』が多く収容されているはずだ。
例えば、教国軍全体を采配する人間……総大将の様な人間が。
つまり、あれほど大げさに守りを固めている時点で、クイームからすれば完全にカモでしかないわけだ。
「さて、どうするか……」
しかし、カモでしか無い事は事実だとしても、カモだって捕まえて殺さなくては鴨鍋にはできない。
あの本陣の中にいる人間を殺すためには、あの本陣の中に侵入する必要性があるわけだが……あの本陣の中に侵入するためには、あの本陣に近付かなくてはならない。
この、ただただ広いだけの平原を、たった一人で走って。
言うまでも無く、その行動は超目立つ。
身を隠す森は確かにあるが、そこからある程度離れた場所に本陣は敷かれている。
当然、森の中には斥候を狩る為の斥候が大量に放たれていることだろうし、そうでなくとも、本陣やその周囲に存在する教国軍に近付こうとする存在に目を光らせている見張りも数多くいるだろう。
そうした見張りの目を掻い潜って、本陣の中に侵入しなくてはならない。
「できれば、魔物の力は使いたくないが……」
戦場全体に視線を向けながら、クイームは思案にふける。
その時、クイームの立っている真下の、外壁の出入り口から、謎の一団が出発した。
「おん? あれは……」
よく見ると、見るからに異質の装いをしている人間が一人見受けられる。
ここで言う『異質』とは、別の国の衣装が施されているとかそういう意味ではなく、この大陸、ひいてはこの世界においては明らかに不釣り合いな装いをしている、という意味だ。
そして街を出てから掲げた旗には、教国を意味する国旗。
「ははぁ、なるほど。アレはこの街に差し向けられていたという使者か……」
つまり、あの異質の装いをしている人間は、武装神官団の人間だ。
となると、馬車の中にいるのは、その使者と護衛の武装神官団だといった所か。
馬車の仲間では流石に見通すことは出来ないし、外の武装神官団の人間を見る限りでは、交渉がどうなったのかはイマイチよくわからない。
それは武装神官団の人間が表情を消すことに長けていたからなのか、そもそも話し合いの場には同席していなかったからなのか。
だが、仮にこれから戦闘開始だとすれば、馬車の中にいる使者は、恐らく武装神官団にそのことを言い含めるはずだ。
その場合、人間はどうしても高ぶってしまう。
戦争という異常行動に備えて、脳と肉体をチューニングしようと、脳内物質を分泌させる。
そのような高ぶりが見受けられないという事は、またしてもこの街の外交は上手くやったと言う訳だ。
「よし」
クイームはその使節団を見て、使節団の中に紛れ込んで、そのまま本陣近くまで行ってしまうことを考え付いた。
あとは、ついでに使者の独り言か愚痴の1つでも聞き取れれば万々歳だ。
使節団の死角となる位置へと落下して着地し、しばらく待つ。
すると、最後の使節団の人間が出たことを確認して、門が閉じられる。
この街の門は、上から巨大な金属製の柵を下ろして閉じられるもので、開門作業が出来るようにするためにそこそこの工夫が必要だが、閉門が簡単で防御力が高いという特徴がある。
その門が、けたたましい音を鳴らして地面にぶつかったその瞬間。
使節団の最後尾にいた人間の首を折り殺して、影の世界にぶち込む。
即座に自らも影の世界に入門して、手早く服を着替え、適当なところで何食わぬ顔をして合流した。
よしよし、これであとは待ってるだけで目的は達成される。
そのようにほくそ笑んだクイームは、さて今度はどうやって前の方に行き、情報収集をするかと思案を巡らせ始めた。
◆◇◆◇
クラウンは、街で購入した材木を折り曲げて船を作ろうとしていた。
しかし、彼女は生来不器用である。おまけに肉体的な出力が人間の限界を遥かに超えている所為で、すぐに板を壊してしまう。
そこに、監督としてやって来たシャーロット。
「どうですか?」
「ん、ああ……」
ばぎゃぁ。
と、そんな無情な破砕音が響く。
「とまぁ、この通りさ」
「はぁ、そんなことだと思いましたよ……」
シャーロットは周囲に散乱する木くずの山を見て、魔法を使って元の材木へと修復させる。
「あぁ、ありがとうね」
「一応、これでも結構高いんですからね」
なにせ、今この街では戦闘特需の真っ最中だ。
特に材木の類は、略奪に走るかもしれない教国軍から家族と財貨を守るために、民衆も大枚はたいて求めているものだから、特に高騰している。
それを次から次へと木くずに加工していては、ぼやかれるのも宜なるかな。
「どうだった?」
「何がですか?」
「クイームだよ。返って来たんだろ?」
「ええ、それで、そのまま教国軍の総大将を暗殺してくると」
「もう?」
「はい」
「っかーッ! ワーカホリックというか働き者というか……」
そんなことを言いながら、また一枚の板がひしゃげた。
そうした話を一通り聞いてから。
「はぁ……この調子だと、とっとと出撃した方がよさそうだな」
「あの、体は大丈夫ですか? ずっと動きっぱなしですけど……」
「おおよそは大丈夫だ。別に怪我をしたとかそう言う訳でも無いし、今ある疲労感は大部分が気疲れだろう」
自分のコンディションを正確に把握するスキルは、暗殺者に限らず、プロであれば絶対に習得しておかなくてはならない必須スキルだ。
血統魔法の覚醒以降、劇的に肉体のポテンシャルが向上した所為で、どうも把握する感覚が掴みづらかったが、最近では随分精度が増してきた。
「で、敵総大将についての情報はあるか?」
「まだ何も。かなり奥まった所にいるみたいで、軍議の場以外には出席しませんし、その軍議の場ですら顔を隠しているのだとか」
「……それで総大将の勤めを果たせているのか?」
「どうなんでしょう。単にお飾りの総大将という可能性もありますからね」
自らの軍の正当性を主張するために、やんごとなき血族の誰それを神輿として担ぎ上げるのはよくある事だ。
逆に、例えば自国の王子に武勲を積ませるために、総大将として陣の奥に引っ込ませるだけ引っ込ませておいて、後は全て別の人間が采配するというケースもある。
主に継承権絡みで面倒臭いことになっている人間が、その継承権争いで優位に立つための技だが、国家全体で見れば費用対効果は最悪である。
戦争自体が国家に対して最悪の公共事業であるというのに、必要でもないのにそんなことをするのだから。
そのため、そこそこ余裕のある国でないとこんなことは出来ない。内ゲバが出来るのは余裕がある証拠だ。
「しかし、お飾りだとしたら、それこそドンドン露出させていくと思うんだが……」
「んー……単純に、『明確な誰か』と言うのを作りたくないのかもしれませんね」
「……どういうことだ?」
「今回はあくまでも『教国の強さ』をアピールしたいわけですよね?」
「まぁ、そういう事だろうという結論になったな」
「だったら、総大将が八面六臂の大活躍をしたら、教国じゃなくてその総大将が凄いというだけの話になってしまいます」
「なるほど、それなら、その総大将をそれこそ暗殺してしまえば、教国の覇権が潰えると解釈するところが出てくるわけか」
「はい。なので、その可能性を減らすために、不自然なまでに総大将の印象を薄めているのかと」
そうしたシャーロットの考察を聞いて考える。
「……となると、総大将1人殺しても、軍は引かないかもしれないな」
「あー……確かに、その可能性はありますね」
「まあ殺して損があるわけでも無いから殺すとして……連中が撤退するまで、将校の首を上から順番に刎ねていく必要があるかもしれん。最悪の場合は、だが……」
しかし仮に上から順番に、という事になると、クイームとしてもいい加減に疲れてくるだろう。
実際に撤退を始めるかどうかを確認する期間を取る必要もあるし、思いのほか長丁場になるかもしれない。
「まぁ、なんにせよ、今の総大将を殺せば多少は余裕が出来そうだな」
「そうですね。総大将が殺された後の動きは、私たちで観察するので、クイームさんには休みになると思います」
「時間が無いのは全部開戦までに片づけようとしたせいだったしな……」
主に戦死者を出来るだけ少なくするために、実際の戦闘が起きる前に事を為そうとしたが、魔法使いをして気疲れする現状は、相当予定に無理があった故ではないだろうか。
「んじゃまぁ、俺は敵総大将の暗殺に出発するわ」
「分かりました。私はこの後、外壁の方に行ってスタンバっておきます」
「他の2人は?」
「アンドリューさんは諜報員の始末がひと段落したとかで、食糧の確保に。新しく放ってくる諜報員が居なくなったみたいですね。クラウンさんは船の確保に動いています。船そのものは手配できなかったので、材木で小舟をでっち上げている最中だとか」
「……それ、大丈夫なのか?」
「……さぁ?」
石切り場で働いたら、間違えて石を握り潰してそうとまで言われるような女である。
『でっち上げる』程度のクオリティだとしても、果たして達成できるだけの器用さが彼女にあるのかどうか。
「まぁ、どうせ私の魔法で補強するので、船としての体裁さえ保っていれば大丈夫ではあるんですが……」
「一応言っておくが、穴の開いた板切れの集合体を『船』とは呼ばないんだぞ?」
「……やっぱり、私は予定変更して、クラウンさんの監督に行きます」
「それが良いだろうな」
そして部屋を出る直前。
「あぁそうだ、これはお前に預けておくわ」
「はい……」
そういってクイームがシャーロットにつき出したのは、ドーゼから受け取った羊皮紙の筒。
「あぁ、これが例の……西方異大陸までの海図ですね?」
「そうだ。軽く見たが、思ったより精度が荒い。実際は参考程度にしかならんだろうな」
「まぁ、それは良いですよ。どうせ長い旅路になりますからね」
しかし、そんな精度の物であっても、この大陸においては……より正確に言えば、向こう側の大陸においても超の付く希少な情報だ。
これまで、こちらの大陸にとっての西方異大陸とは、要するに御伽噺だ。
西方人が居る訳だし、その西方人が全員こぞって語るぐらいなのだから、まあ存在はしているのだろう。
それで終わりだ。
誰一人として、交易も侵略も考えたりしなかった。
それは西方人たちがおどろおどろしく語る、双方の間にある海域が恐ろしいものであるからという理由もあるが、それ以上にそんなことをしているだけの余裕が無いのだ。
少なくとも、こちらの大陸に存在するほぼ全ての国家にとって。
しかし、今ここには、その御伽噺を現実へとつなぐ海図がある。
この海図は確かに需要こそないが、この大陸には2つと無い珍品である。
単なる伝聞と言う訳でも無く、曲がりなりにも『海図』と銘打てるだけの代物になっているのだから。
将来的に発生し得る需要という意味で言えば、死神に殺し以外の仕事をさせて余りあるだけのポテンシャルを秘めている逸品ではあるのだ。
もっとも、それを有効活用できる人間が、どれだけいるかはまた別の話だが。
◆◇◆◇
外壁の上から、教国軍を俯瞰する。
地形的には平原に近く、こちら側に巨大な城塞がある事を除けば、極々普通の平地だ。
山や丘陵といった起伏が無く、外殻を森が覆っている。
総合的に見て、盤上遊戯並みに初心者向けの戦場と言える。
教国軍が布陣するのは遥か遠方。
遠眼鏡などの道具を使わずとも、ある程度は肉眼で確認できる。この距離では、弓矢をいくらはなっても無意味という事が直感的にわかる。
しかし、魔法使いに限れば話は変わる。
両目に法力を集めたクイームからすれば、その陣形は手に取るようにわかる。
教国軍の布陣は、さしずめ基本中の基本。
柵を張り巡らせて外敵を跳ね返す、円形状の陣だ。
恐らく、あの陣そのものが戦闘に絡むことは無い想定なのだろう。
陣形らしい陣形は無く、ただ『陣』としか言えない、教国軍の一時的な占領地だ。
更にその外側を、教国軍の、いわゆる一兵卒が取り囲む。
こちらもまた、戦闘中ではないという事もあって、陣形らしい陣形を汲んでいるわけではない。
「ま、当然だわな」
そう、これは当然の采配である。
あのように構えられる陣は、大抵の場合本陣であり、伝令と兵士を供給する軍全体の脳にして心臓。
それを最も安全な最も後方に配置し、更なる安全の為に柵で取り囲む。
こうした采配は、無事に生存し続ける事が仕事である本陣にとっては、当然でしかない。
裏を返せば、あの本陣には恐らく『死んでしまっては不味い人間』が多く収容されているはずだ。
例えば、教国軍全体を采配する人間……総大将の様な人間が。
つまり、あれほど大げさに守りを固めている時点で、クイームからすれば完全にカモでしかないわけだ。
「さて、どうするか……」
しかし、カモでしか無い事は事実だとしても、カモだって捕まえて殺さなくては鴨鍋にはできない。
あの本陣の中にいる人間を殺すためには、あの本陣の中に侵入する必要性があるわけだが……あの本陣の中に侵入するためには、あの本陣に近付かなくてはならない。
この、ただただ広いだけの平原を、たった一人で走って。
言うまでも無く、その行動は超目立つ。
身を隠す森は確かにあるが、そこからある程度離れた場所に本陣は敷かれている。
当然、森の中には斥候を狩る為の斥候が大量に放たれていることだろうし、そうでなくとも、本陣やその周囲に存在する教国軍に近付こうとする存在に目を光らせている見張りも数多くいるだろう。
そうした見張りの目を掻い潜って、本陣の中に侵入しなくてはならない。
「できれば、魔物の力は使いたくないが……」
戦場全体に視線を向けながら、クイームは思案にふける。
その時、クイームの立っている真下の、外壁の出入り口から、謎の一団が出発した。
「おん? あれは……」
よく見ると、見るからに異質の装いをしている人間が一人見受けられる。
ここで言う『異質』とは、別の国の衣装が施されているとかそういう意味ではなく、この大陸、ひいてはこの世界においては明らかに不釣り合いな装いをしている、という意味だ。
そして街を出てから掲げた旗には、教国を意味する国旗。
「ははぁ、なるほど。アレはこの街に差し向けられていたという使者か……」
つまり、あの異質の装いをしている人間は、武装神官団の人間だ。
となると、馬車の中にいるのは、その使者と護衛の武装神官団だといった所か。
馬車の仲間では流石に見通すことは出来ないし、外の武装神官団の人間を見る限りでは、交渉がどうなったのかはイマイチよくわからない。
それは武装神官団の人間が表情を消すことに長けていたからなのか、そもそも話し合いの場には同席していなかったからなのか。
だが、仮にこれから戦闘開始だとすれば、馬車の中にいる使者は、恐らく武装神官団にそのことを言い含めるはずだ。
その場合、人間はどうしても高ぶってしまう。
戦争という異常行動に備えて、脳と肉体をチューニングしようと、脳内物質を分泌させる。
そのような高ぶりが見受けられないという事は、またしてもこの街の外交は上手くやったと言う訳だ。
「よし」
クイームはその使節団を見て、使節団の中に紛れ込んで、そのまま本陣近くまで行ってしまうことを考え付いた。
あとは、ついでに使者の独り言か愚痴の1つでも聞き取れれば万々歳だ。
使節団の死角となる位置へと落下して着地し、しばらく待つ。
すると、最後の使節団の人間が出たことを確認して、門が閉じられる。
この街の門は、上から巨大な金属製の柵を下ろして閉じられるもので、開門作業が出来るようにするためにそこそこの工夫が必要だが、閉門が簡単で防御力が高いという特徴がある。
その門が、けたたましい音を鳴らして地面にぶつかったその瞬間。
使節団の最後尾にいた人間の首を折り殺して、影の世界にぶち込む。
即座に自らも影の世界に入門して、手早く服を着替え、適当なところで何食わぬ顔をして合流した。
よしよし、これであとは待ってるだけで目的は達成される。
そのようにほくそ笑んだクイームは、さて今度はどうやって前の方に行き、情報収集をするかと思案を巡らせ始めた。
◆◇◆◇
クラウンは、街で購入した材木を折り曲げて船を作ろうとしていた。
しかし、彼女は生来不器用である。おまけに肉体的な出力が人間の限界を遥かに超えている所為で、すぐに板を壊してしまう。
そこに、監督としてやって来たシャーロット。
「どうですか?」
「ん、ああ……」
ばぎゃぁ。
と、そんな無情な破砕音が響く。
「とまぁ、この通りさ」
「はぁ、そんなことだと思いましたよ……」
シャーロットは周囲に散乱する木くずの山を見て、魔法を使って元の材木へと修復させる。
「あぁ、ありがとうね」
「一応、これでも結構高いんですからね」
なにせ、今この街では戦闘特需の真っ最中だ。
特に材木の類は、略奪に走るかもしれない教国軍から家族と財貨を守るために、民衆も大枚はたいて求めているものだから、特に高騰している。
それを次から次へと木くずに加工していては、ぼやかれるのも宜なるかな。
「どうだった?」
「何がですか?」
「クイームだよ。返って来たんだろ?」
「ええ、それで、そのまま教国軍の総大将を暗殺してくると」
「もう?」
「はい」
「っかーッ! ワーカホリックというか働き者というか……」
そんなことを言いながら、また一枚の板がひしゃげた。
0
あなたにおすすめの小説
スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜
東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。
ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。
「おい雑魚、これを持っていけ」
ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。
ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。
怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。
いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。
だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。
ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。
勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。
自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。
今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。
だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。
その時だった。
目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。
その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。
ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。
そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。
これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。
※小説家になろうにて掲載中
クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました
髙橋ルイ
ファンタジー
「クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました」
気がつけば、クラスごと異世界に転移していた――。
しかし俺のステータスは“雑魚”と判定され、クラスメイトからは置き去りにされる。
「どうせ役立たずだろ」と笑われ、迫害され、孤独になった俺。
だが……一人きりになったとき、俺は気づく。
唯一与えられた“使役スキル”が 異常すぎる力 を秘めていることに。
出会った人間も、魔物も、精霊すら――すべて俺の配下になってしまう。
雑魚と蔑まれたはずの俺は、気づけば誰よりも強大な軍勢を率いる存在へ。
これは、クラスで孤立していた少年が「異常な使役スキル」で異世界を歩む物語。
裏切ったクラスメイトを見返すのか、それとも新たな仲間とスローライフを選ぶのか――
運命を決めるのは、すべて“使役”の先にある。
毎朝7時更新中です。⭐お気に入りで応援いただけると励みになります!
期間限定で10時と17時と21時も投稿予定
※表紙のイラストはAIによるイメージです
「元」面倒くさがりの異世界無双
空里
ファンタジー
死んでもっと努力すればと後悔していた俺は妖精みたいなやつに転生させられた。話しているうちに名前を忘れてしまったことに気付き、その妖精みたいなやつに名付けられた。
「カイ=マールス」と。
よく分からないまま取りあえず強くなれとのことで訓練を始めるのだった。
地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。
転落貴族〜千年に1人の逸材と言われた男が最底辺から成り上がる〜
ぽいづん
ファンタジー
ガレオン帝国の名門貴族ノーベル家の長男にして、容姿端麗、眉目秀麗、剣術は向かうところ敵なし。
アレクシア・ノーベル、人は彼のことを千年に1人の逸材と評し、第3皇女クレアとの婚約も決まり、順風満帆な日々だった
騎士学校の最後の剣術大会、彼は賭けに負け、1年間の期限付きで、辺境の国、ザナビル王国の最底辺ギルドのヘブンズワークスに入らざるおえなくなる。
今までの貴族の生活と正反対の日々を過ごし1年が経った。
しかし、この賭けは罠であった。
アレクシアは、生涯をこのギルドで過ごさなければいけないということを知る。
賭けが罠であり、仕組まれたものと知ったアレクシアは黒幕が誰か確信を得る。
アレクシアは最底辺からの成り上がりを決意し、復讐を誓うのであった。
小説家になろうにも投稿しています。
なろう版改稿中です。改稿終了後こちらも改稿します。
50歳元艦長、スキル【酒保】と指揮能力で異世界を生き抜く。残り物の狂犬と天然エルフを拾ったら、現代物資と戦術で最強部隊ができあがりました
月神世一
ファンタジー
「命を捨てて勝つな。生きて勝て」
50歳の元イージス艦長が、ブラックコーヒーと海軍カレー、そして『指揮能力』で異世界を席巻する!
海上自衛隊の艦長だった坂上真一(50歳)は、ある日突然、剣と魔法の異世界へ転移してしまう。
再就職先を求めて人材ギルドへ向かうも、受付嬢に言われた言葉は――
「50歳ですか? シルバー求人はやってないんですよね」
途方に暮れる坂上の前にいたのは、誰からも見放された二人の問題児。
子供の泣き声を聞くと殺戮マシーンと化す「狂犬」龍魔呂。
規格外の魔力を持つが、方向音痴で市場を破壊する「天然」エルフのルナ。
「やれやれ。手のかかる部下を持ったもんだ」
坂上は彼らを拾い、ユニークスキル【酒保(PX)】を発動する。
呼び出すのは、自衛隊の補給物資。
高品質な食料、衛生用品、そして戦場の士気を高めるコーヒーと甘味。
魔法は使えない。だが、現代の戦術と無限の補給があれば負けはない。
これは、熟練の指揮官が「残り物」たちを最強の部隊へと育て上げ、美味しいご飯を食べるだけの、大人の冒険譚。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる