麻布十番の妖遊戯

酒処のん平

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第二話:霊 猫夜と犬飼

三人怒ってます

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 四

 三人の顔には、苦虫をごりごりに噛み潰したような、酸っぱい梅干しを食ったときのような、複雑な表情が張り付いている。
 しばしの間、しんと沈黙が訪れた。

 外を通るバイクの音に沈黙は破られた。通り過ぎたバイクの音を追うように雨音が聞こえてくる。
 知らない間に降り始めた雨に世界はねずみ色に濡れていたのだ。
 シトシトと降る雨のにおいに猫夜が鼻をヒクつかせて嫌な顔をした。
 猫夜は雨が嫌いなのだ。小さい体をぶるりと震わせた。
 犬飼が小さく頷いた。

「死んでからもう一度殺さねえと気がすまねえ」
 湿ってよどんでいる空気をすっぱりと切ったのは太郎の声で、
「その男、どのツラさげて生きてきやがったんだ。俺がこの手で同じことをしてやりてえ。どんなツラでこっちに来るか、楽しみになって来たぜ」
 と、どす黒い殺気を帯びた低い声で独り言ち、若干楽しげな表情を浮かべて犬飼と猫夜を睨みつける。
「太郎、この子達を睨んだってしょうがないじゃないか。あんたが動物を好きなのは知ってるけどねえ、そこまで感情が入るのって初めてじゃないかい? そんなにこの子たちが気になるのかい? ほら、猫ちゃんはまだしもワンちゃんがびびってるわよ。おやめなさいな」
 昭子が太郎の楽しげな表情に気づき、わざとらしく挑発し、酒の入ったグラスをゆっくり口に運ぶ。

「どっちにしろ今日でおまえらの恨みが晴らせるんだから、思い切りやってやれよ」
 侍の言葉に猫夜も犬飼も大きく頷き合う。

「どれ、じゃ、ちょっとばかり早い時間だが俺の気がおさまらねえ。そろそろその男のところに出向いてみようとしようじゃねえか」
 太郎が目をギラつかせてにやつく。
 昭子のように表には出さないが、太郎も昭子に負けず劣らず動物が大好きなのだ。

「まったくこれだよ。太郎、お前がただ早く食いたいだけだろうが」
「なんの話だかさっぱりわかりゃあしませんねえ、昭子さんも飲みすぎて酔っ払ってるんじゃないんですか」

 太郎と昭子が悪い笑みを浮かべながら肩を揺らしている。

 猫夜の仕草を見ても太郎は顔色一つ変えていなかったから皆には感情がわからないが、実は、足の指をもじもじさせて猫夜を触りたい衝動を必死に抑えていたのだ。

 そんなこととはつゆ知らず。猫夜と犬飼は少しばかり太郎に恐怖を感じていた。

「ちょっと待ってください。その前に、お宅様方は一体どなた様なんですか? あたしらは侍さんはわかると言いましたが。侍さんのおかげであたしらは復讐できるんですから。ですが、お宅様方は……」

 猫夜がいろいろと話はしたが、今目の前にいる二人が一体なんなのか、検討もつかなかったのである。太郎と昭子を交互に探るように見る。
 話しながらいろいろ考えを巡らせてはみたものの、今までに会ったことはない。接点がまったくないのだ。
 太郎と昭子はどんな人なのか、なぜここにいるのか。
 はたまた太郎がどうやらリーダーっぽいと思うが、それがなぜなのか、いまいち解せないでいた。

「ああ、そのことなら俺が説明しちゃる。俺がお前らに会ったときに話しただろ。そのときが来たら『俺ら』に話せって。俺にはおもしれえ仲間がいるっつっただろう。それがこの二人のことよ。俺には力はまったくねえが、この二人はそれができる。おまえらの恨みを晴らす手伝いをしてくれるってえのはこの二人のことさ」
 侍が答え、大きく頷いてみせる。
 猫夜と犬飼が、なるほどとストンと事情を飲み込んだ。

「俺たちは江戸の前からここに生きてるんだよ。お前さん方よりうんと昔からいる。その時代時代で姿形を変えながら、もうずうっとこの地で人間の生き様を見て来たさ。なあに、時代が変わっただけで人間なんてなにも変わりゃあしない。全て欲に従って動いてるだけのいきもんだ。最後には百パーセント死ぬっつうのに、他人と己を比べてもがきまくって生きている。おもしれえだろ。けっこうな数を見て来てな、だいたいみんな似たり寄ったりな生き方、死に方に正直飽きたわけよ」

 侍がそれはそれは可笑しそうに人間とはなんたるかを説明した。


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