麻布十番の妖遊戯

酒処のん平

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第二話:霊 猫夜と犬飼

昭子の優しさ

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 その後、兄弟猫も徐々に散り散りになり、私は一人ぼっちに戻り、あの公園に戻りました。

 でも、猫みたいに上手に獲物を捕らえられない私はゴミを漁る毎日でした。
 そんな時、あの男に会ったんです。猫夜と同じように最初は優しくされ、家に連れて行ってくれて、回復するまで大切に育てられました。病院にも連れて行ってくれて治療もしてくれた。やさしく撫でてもくれた。だから、酷い目にあってももしかしららまた優しくしてくれるんじゃないかっていう期待があったんです。
 だから逃げなかった。

「しかし、結局最後に見たあの男の目は、私を殺すのを楽しみにしている冷たい目をしていました。そこに愛情は見出せなかったんです。猫夜には悪いことをしたと思っています。猫の中に好奇心が住み着いているのを私はよく知っていたのに拾ってきてしまったんですから」
 本当に申し訳なさそうに猫夜に頭を下げた。

「何をいうか犬飼。あたしはあたしの意思であの家に行ったんだ。おまえに同情されるいわれはないよ」
 ぴしゃりと言い退けた猫夜であったが、その小さい手から伸びる爪はノートに深く入り込んでいる。泣きそうになるのを堪えていた。そんな姿を犬飼には見られたくないのだ。猫夜の小さなプライドだった。

 犬飼がありがとうと言うように優しい目を猫夜に向け、「そのノート、私にも見せておくれ」とノートに目をやり、手を伸ばした。猫夜は食い込ませている爪のあとを見られると思って一瞬体が強張る。犬飼はまだ猫夜の強がっている気持ちに気づいていない。しかし、そういう気持ちの部分だけは汲み取るのが上手な犬飼だ。きっと猫夜の気持ちもすぐに感じ取るだろう。

「いい話だわあ! 感動した。猫ちゃん、ワンちゃんの前にあたしにそのノートを触らせて。あなたを触れないならかわりにそのフワフワのノートでいいから」

 昭子が猫夜の気持ちを察し、涙が浮かんでいる己の目元をぐぅと拭うと、腰を浮かせてノートに素早く手を伸ばす。


 猫夜は自分のノートを取られると思い、伸びた昭子の手に無意識にパンチを入れたが昭子が華麗に避ける。ノートを引く。爪が刺さったまま引きずられ、犬飼が「ああ」と心配する声を漏らす。

 昭子の手を止めようと猫夜が反対の手で昭子の手をパンチするもするりとかわされノートに爪が入る。昭子がノートを引くと食い込んだ爪も一緒に引かれ、新たに爪痕が入る。
 数回そんなことを繰り返し、

「もうやめてくださいよ、ノートが破れちゃいますよ」
 犬飼が泣きそうな声を出す。
 昭子がぱっと手を離す。
 犬飼が素早くノートを自分の元に滑らせる。猫夜が咄嗟に犬飼の手元を見る。

「ほら、こんなに傷だらけになっちゃってる」
 犬飼が昭子に抗議の目を向ける。
「悪かったわね。でもわざとじゃないんだから許してちょうだいね」
 と昭子が胸の前で手をきれいにちょこんと合わせた。

 最初に猫夜が立てた爪痕はうまい具合に引っ掻き傷で隠されていた。
 猫夜が息を飲んで昭子に目を向ける。

 まん丸い瞳に見つめられて昭子が「はう」と何度目かのたまらん声を漏らす。お目目がまん丸の猫夜が可愛くて仕方ないのだ。

 猫夜は昭子がわざとノートを引っ張ったのだと気づいた。しばらく昭子の顔をじっと凝視し、昭子は頬を膨らませて眉を垂れ放題に垂れさせて猫夜を見つめていた。

「なんにせよだ、復讐はできたんだからよかったってことだな」
 太郎が猫夜と犬飼に言い、温かいミルクを出してやる。
 二匹は、本当にすっかり気が晴れましたとばかりに澄み切った笑みを太郎に向けた。それからお互いに顔を合わせ、確認し合うように大きく頷き合う。

 目の前のミルクの甘い香りに、猫夜のヒゲがぴくっと嬉しげに跳ね、喉がごろごろと鳴る。

 犬飼も尻尾をぶんぶん振った。悪気はないのだが体が巨大な分力も強くなる。その尻尾が猫夜の背を打ったものだからまたしても猫夜のパンチをもろに尻尾に食らうことになる。
 腰を浮かして尻尾を腹の内に収納すると尻尾の先がまだ嬉しさに左右に振れていた。

 穏やかな表情の二匹はお互いの背をピタリとつけた。
 猫夜はこたつのテーブルに前足を乗せて立った格好で、犬飼は顔をこたつに近づける格好で温かいミルクを飲み始めた。

 無意識に揺れている猫夜の真っ白くてきれいでふさふさの尻尾が犬飼の背に優しく当たる。

 ミルクを飲み干す頃になると二匹の姿とノートは透き通りはじめ、本人たちも気づかぬままに行くべきところへと逝ったのであった。

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