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第二話:霊 猫夜と犬飼
ラストノート
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七
六畳一間程度のこぢんまりとした家、部屋の真ん中にはこたつが一つ。
太郎、昭子、侍、そして猫夜と犬飼が席についていた。
たまこも太郎の後ろに座っている。胸の前には分厚いノートを抱えている。その顔はなぜか不機嫌そうだった。
猫夜と犬飼は喉元につっかえた骨が取れたような、すっきりとした顔をしている。
初めて見る優しい笑みを浮かべていた。
その二匹の前に太郎が一冊のノートをスと置いた。
猫夜と犬飼が同時にノートに目を落とし、同時に首を右へちょいと傾けた。
昭子が、「はぅっ」と、たまらん顔をする。
「このノートは?」
猫夜が小さくて白い手をパフッとノートに乗せた。そのまま爪で軽くひっかけて自分のところに引き寄せる。
「ふわっふわで気持ちがいい。これはまるであたしのようだねえ。色も雪みたいに純真無垢で真っ白。これもあたしにそっくり。いいノートだね」
喉をゴロゴロ鳴らして目を細めた。
犬飼も頷き、そうだねえ、私もそう思うよと言っている。
「そうかい、それは猫夜と犬飼の人生のノートだよ。人生というよりは動物生とでもいったほうがいいのか」
「あたしのこれまでですか?」
「そう、もちろんそこには犬飼もいるぞ。忘れないでやってくれよ。今そのノートを触って感じた気持ちが、自分の人生に起こったすべてをひっくるめた総評みたいなもんだ。猫夜は自分が大好きな人生だったってこったな。犬飼はそれを優しく見守ってる。本当に猫夜が好きなんだな」
太郎が珍しく微笑ましい笑みを浮かべた。
それを見て昭子が感心したように鼻を鳴らす。
侍は首を大きく首肯させて目をつぶり、口をへの字に曲げて何か考えている風を装っている。
「あたしの人生はあたしのものだけど、なんで犬飼が」
ちらりと犬飼を見やる猫夜は耳がなぜか悲しげに下がっている。それを見て犬飼が優しく頷き、
「私は猫夜と初めて出会ったときにね、昔の私と重なったんですよ」
自分のことなど話したことのない犬飼であったが、ここへ来てぽつりと語り始めた。
猫夜は犬飼の方に耳を向けた。
猫夜の大きくなった目を見て昭子が触りたくてたまらない表情になるが、また触ろうとして怒られて嫌われたくないので、鼻の奥で荒く呼吸をしてその欲求をおさえていた。
手をもじもじさせながらに痒みを堪えるように体が揺れている。
太郎もまったく同じであった。
そんな二人を横目に侍は眉間にしわをこしらえ目を細めて首を左右に振っていた。
犬飼は続けた。
私がまだ子犬の頃の話です。
私は捨て犬でした。猫夜を拾ったあの公園で私は捨てられたんです。猫夜がいた場所と同じ場所でした。
同じく冬の寒さに凍えて、死を待つのみとなっていたのを巨大な猫が助けてくれたんです。
今となっては自分が小さかっただけだったんだと思いますが、そのときは本当に驚いて体が固まったのを覚えてますよ。食われるって思いましたから。
何日も食べていない私は体力も無く、抵抗する力もありませんでした。もうダメだと思いました。この猫に食われるんだと思うと恐怖で涙がでました。
しかしその猫は私を食うどころか、むしろ反対に助けてくれたんです。
その猫には数匹の赤ちゃん猫がいました。
私もそこに混じって乳を貰い、小猫たちと一緒になって遊んで、喧嘩もして、みんなで獲物の狩り方も教わりました。
しかし、猫ってもんは一通り自分の力で生活していく力を身につけると母猫に出て行けと追い出されるんです。
兄弟猫と私は戸惑いました。いつまでも母猫のところにいたかった。いられると思っていたんですから。
何度も戻ろうとする私らを母猫は威嚇し遠ざけました。すごく悲しくて心臓が痛くなったのを覚えています。今までに味わったことのない感覚でした。
ある朝、兄弟猫とともに目覚めて母猫のところへ行ってみたらもうそこには母猫はいなかったんです。近所を探しましたがどこにも母猫の姿はありませんでした。
「それ以来一度も母猫には会っていません」
犬飼はしゃんと背筋を伸ばし、
「それでよかったんだと思います。今ではその気持ちがよくわかる」
自分自身に納得させるように言い、「誰かが困っているときには助けよう」そう思ったんです。と、つけくわえた。
六畳一間程度のこぢんまりとした家、部屋の真ん中にはこたつが一つ。
太郎、昭子、侍、そして猫夜と犬飼が席についていた。
たまこも太郎の後ろに座っている。胸の前には分厚いノートを抱えている。その顔はなぜか不機嫌そうだった。
猫夜と犬飼は喉元につっかえた骨が取れたような、すっきりとした顔をしている。
初めて見る優しい笑みを浮かべていた。
その二匹の前に太郎が一冊のノートをスと置いた。
猫夜と犬飼が同時にノートに目を落とし、同時に首を右へちょいと傾けた。
昭子が、「はぅっ」と、たまらん顔をする。
「このノートは?」
猫夜が小さくて白い手をパフッとノートに乗せた。そのまま爪で軽くひっかけて自分のところに引き寄せる。
「ふわっふわで気持ちがいい。これはまるであたしのようだねえ。色も雪みたいに純真無垢で真っ白。これもあたしにそっくり。いいノートだね」
喉をゴロゴロ鳴らして目を細めた。
犬飼も頷き、そうだねえ、私もそう思うよと言っている。
「そうかい、それは猫夜と犬飼の人生のノートだよ。人生というよりは動物生とでもいったほうがいいのか」
「あたしのこれまでですか?」
「そう、もちろんそこには犬飼もいるぞ。忘れないでやってくれよ。今そのノートを触って感じた気持ちが、自分の人生に起こったすべてをひっくるめた総評みたいなもんだ。猫夜は自分が大好きな人生だったってこったな。犬飼はそれを優しく見守ってる。本当に猫夜が好きなんだな」
太郎が珍しく微笑ましい笑みを浮かべた。
それを見て昭子が感心したように鼻を鳴らす。
侍は首を大きく首肯させて目をつぶり、口をへの字に曲げて何か考えている風を装っている。
「あたしの人生はあたしのものだけど、なんで犬飼が」
ちらりと犬飼を見やる猫夜は耳がなぜか悲しげに下がっている。それを見て犬飼が優しく頷き、
「私は猫夜と初めて出会ったときにね、昔の私と重なったんですよ」
自分のことなど話したことのない犬飼であったが、ここへ来てぽつりと語り始めた。
猫夜は犬飼の方に耳を向けた。
猫夜の大きくなった目を見て昭子が触りたくてたまらない表情になるが、また触ろうとして怒られて嫌われたくないので、鼻の奥で荒く呼吸をしてその欲求をおさえていた。
手をもじもじさせながらに痒みを堪えるように体が揺れている。
太郎もまったく同じであった。
そんな二人を横目に侍は眉間にしわをこしらえ目を細めて首を左右に振っていた。
犬飼は続けた。
私がまだ子犬の頃の話です。
私は捨て犬でした。猫夜を拾ったあの公園で私は捨てられたんです。猫夜がいた場所と同じ場所でした。
同じく冬の寒さに凍えて、死を待つのみとなっていたのを巨大な猫が助けてくれたんです。
今となっては自分が小さかっただけだったんだと思いますが、そのときは本当に驚いて体が固まったのを覚えてますよ。食われるって思いましたから。
何日も食べていない私は体力も無く、抵抗する力もありませんでした。もうダメだと思いました。この猫に食われるんだと思うと恐怖で涙がでました。
しかしその猫は私を食うどころか、むしろ反対に助けてくれたんです。
その猫には数匹の赤ちゃん猫がいました。
私もそこに混じって乳を貰い、小猫たちと一緒になって遊んで、喧嘩もして、みんなで獲物の狩り方も教わりました。
しかし、猫ってもんは一通り自分の力で生活していく力を身につけると母猫に出て行けと追い出されるんです。
兄弟猫と私は戸惑いました。いつまでも母猫のところにいたかった。いられると思っていたんですから。
何度も戻ろうとする私らを母猫は威嚇し遠ざけました。すごく悲しくて心臓が痛くなったのを覚えています。今までに味わったことのない感覚でした。
ある朝、兄弟猫とともに目覚めて母猫のところへ行ってみたらもうそこには母猫はいなかったんです。近所を探しましたがどこにも母猫の姿はありませんでした。
「それ以来一度も母猫には会っていません」
犬飼はしゃんと背筋を伸ばし、
「それでよかったんだと思います。今ではその気持ちがよくわかる」
自分自身に納得させるように言い、「誰かが困っているときには助けよう」そう思ったんです。と、つけくわえた。
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