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第三話:霊 たまこ
うすうすわかってましたけどね
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一
麻布十番の三叉路に、闇に紛れてひっそりと現れる瓦葺造りの小さな家。
色で表すならば黄土色。
昔ながらの小さな家で、建てつけの悪い引き戸に苦労はするが、懐かしい家だと思わせる。田舎の家独特の木と草のにおいが疲れた心をほぐしてくれる。そんな感じの家だった。
昼間にここへ来てもそこはただの道。お天道様が昇っている時間にはみんな影に潜んでいるのだ。
夜遅く辺り一面暗闇に包まれた頃の三叉路に、揺れる木の葉の影に紛れるようにどこからともなくスと現れるのがこの家だ。
ちょっとよそ見をしている間に、瞬きをしている間に、あたかも最初からありましたとばかりに現れる。
外から見ると家の中に灯りなない。真っ暗だ。人の気配もしない。
夜夜中、小さな子供が一人で歩くような時間ではない。
そんな時分に、影の内からぬるっと現れた少女がいる。瞬きを数度。自分のいる場所を確かめるように辺りをきょろきょろとした。軽く頭を振る。
分厚いノートを胸の前で抱え、両の眉尻を下げ肩を丸めて家の前に立っている。目の前の家を見上げて、口をぽかんと開けた。強張っていた体から力が抜ける。
口角がすぅっと三日月型に伸び、顔に笑みを浮かべた。
ああそうか、やはりそうか。と、小さく呟き、己を納得させるように一つ頷く。
この家に入り浸るようになってから、『人』そのものに会ったことがない。と少女は改めて思った。
ここで言う『人』とは、まだ生きている人のことだ。
会うものは全て霊だった。
直近で出会ったものといえば、猫夜と犬飼だが、彼らは動物の霊だ。
その前は確か女の人の霊だった。
更にその前は、スポーツ選手の霊だった記憶が少女にはある。
彼は試合の帰りに駐車場脇で待ち伏せしていた対戦相手だった一人に殺された。試合に負けたことの逆恨みだったと聞いている。結局、犯人は捕まることなく逃げ果して一生を終えた。犯人の父親が大層金持ちだったとかなんとかで、多方面において顔がきく人だった。
金の匂いがあちこちにしていたと太郎が嬉しそうに漏らしていたのが印象的だった。
だから犯人の死を待って、今までの悪事をみんなひっくるめ、盛大に復讐をしてやったと昭子が話していた。
「昭子さんらしいや」
少女が思い出すように笑う。
胸に抱えている分厚いノートを今一度、両腕で潰してしまうくらいに強い力で抱きしめた。
ここに来られるのは死んだ人だけだ。生きている人間が来ることはできない。そういうところだ。
家の中に薄い灯りが灯った。
三人がやってきたのだろう。影が左右に動いている。
中から昭子の笑い声が漏れてきた。
太郎が台所に立ったのであろうか、皿やグラスを持つ影がうっすらと見える。
「よし」と一言。唾を飲み込み、少女はその小さい手を引き戸にかけ、力をこめた。
麻布十番の三叉路に、闇に紛れてひっそりと現れる瓦葺造りの小さな家。
色で表すならば黄土色。
昔ながらの小さな家で、建てつけの悪い引き戸に苦労はするが、懐かしい家だと思わせる。田舎の家独特の木と草のにおいが疲れた心をほぐしてくれる。そんな感じの家だった。
昼間にここへ来てもそこはただの道。お天道様が昇っている時間にはみんな影に潜んでいるのだ。
夜遅く辺り一面暗闇に包まれた頃の三叉路に、揺れる木の葉の影に紛れるようにどこからともなくスと現れるのがこの家だ。
ちょっとよそ見をしている間に、瞬きをしている間に、あたかも最初からありましたとばかりに現れる。
外から見ると家の中に灯りなない。真っ暗だ。人の気配もしない。
夜夜中、小さな子供が一人で歩くような時間ではない。
そんな時分に、影の内からぬるっと現れた少女がいる。瞬きを数度。自分のいる場所を確かめるように辺りをきょろきょろとした。軽く頭を振る。
分厚いノートを胸の前で抱え、両の眉尻を下げ肩を丸めて家の前に立っている。目の前の家を見上げて、口をぽかんと開けた。強張っていた体から力が抜ける。
口角がすぅっと三日月型に伸び、顔に笑みを浮かべた。
ああそうか、やはりそうか。と、小さく呟き、己を納得させるように一つ頷く。
この家に入り浸るようになってから、『人』そのものに会ったことがない。と少女は改めて思った。
ここで言う『人』とは、まだ生きている人のことだ。
会うものは全て霊だった。
直近で出会ったものといえば、猫夜と犬飼だが、彼らは動物の霊だ。
その前は確か女の人の霊だった。
更にその前は、スポーツ選手の霊だった記憶が少女にはある。
彼は試合の帰りに駐車場脇で待ち伏せしていた対戦相手だった一人に殺された。試合に負けたことの逆恨みだったと聞いている。結局、犯人は捕まることなく逃げ果して一生を終えた。犯人の父親が大層金持ちだったとかなんとかで、多方面において顔がきく人だった。
金の匂いがあちこちにしていたと太郎が嬉しそうに漏らしていたのが印象的だった。
だから犯人の死を待って、今までの悪事をみんなひっくるめ、盛大に復讐をしてやったと昭子が話していた。
「昭子さんらしいや」
少女が思い出すように笑う。
胸に抱えている分厚いノートを今一度、両腕で潰してしまうくらいに強い力で抱きしめた。
ここに来られるのは死んだ人だけだ。生きている人間が来ることはできない。そういうところだ。
家の中に薄い灯りが灯った。
三人がやってきたのだろう。影が左右に動いている。
中から昭子の笑い声が漏れてきた。
太郎が台所に立ったのであろうか、皿やグラスを持つ影がうっすらと見える。
「よし」と一言。唾を飲み込み、少女はその小さい手を引き戸にかけ、力をこめた。
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