麻布十番の妖遊戯

酒処のん平

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第三話:霊 たまこ

鼻で使う昭子と使われる侍の図

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「さて、今日の夜まであたしらは何をするってんだい?  こんな昼日中に出てるのは今日がぼた餅の日だからで、あたしらはこれを食ったらいつもはすぐに影の内に戻るけど、今日はなんだかそんな気分にはなれないねえ。どうする太郎」

 昭子は口の周りについた餡ををべろりと長い舌で舐めとった。

「どうするって俺は帰って一眠りできますぜ。餅も食ったことですし、昼間からここにいる理由もないですしね、端から食ったら帰るつもりでした」

 そんなことを言いながら太郎はこんぶ茶のおかわりを三人分持ってきた。
 昭子はそれを一気に飲み干した。

「相変わらずだねえ」
 昭子が太郎に「おまえは冷たい。あたしの数千倍冷たいじゃないか」と言葉を投げる。「そんなこと言われても、ここにいてもやることないでしょ」と至って太郎は自分のペースを崩さない。

 昭子は、特大のため息をこれ見よがしにつくと、

「侍はあたしと一緒にここに残るかい?」
 こんぶ茶をすすりながら侍の方に向き直る。
「いますよ。まだこのぼた餅を食いきっとらんですし、食後の運動にちょいと街をふらつこうと思ってたんでね」
 侍が箱の中に残っているぼた餅を覗き込む。

「まったくどいつもこいつも」
 ぼた餅に頬が緩んでいる侍を一瞥し、じゃ、あたしはごろんと横になって昼寝でもする。と言うと、座布団を半分に折って枕を作る。無造作に投げると、森の中に転がっている丸太のようにごろんと横になった。

 太郎が茶化そうと口を開いたが侍に首を振られて制された。
 ここで茶化したら太郎は昭子の怒りを買い、影に帰れなくなる。

 開いた口をゆっくりと閉じ、抜き足差し足で太郎は音もなく影の中に消えて行ったのであった。

「侍、こんぶ茶のおかわり淹れとくれな」
 寝っ転がったまま侍に指図する。
 へいへいと侍は仕方なく自分の湯呑みも持って台所に立つ。

「そういや俺のことは根ほり葉ほり聞いてくるのに、昭子さんのことはなんにも聞いてませんでしたよね。昭子さんのこと知ってるんですか?」
「あんたらが言ってないなら知らないはずだよ。あたしはなんにも言ってないからね」
「じゃ今日あたり聞いてくるんですかねえ」
「どうだかねえ。ま、聞かれりゃ答えるさ。自分からほいほい馬鹿みたいには言わないけどね。とは言っても、女ってもんは口に出して言わなくても通じ合える部分があるんだよ」
 ふふっと肩で笑う。そして大欠伸をした。
「今日がその日かと思うとなんだか寂しくなりますね」
「そうさねえ。今まではあたしら三人プラス1の存在になってたからねえ」
「自分から進んで手伝いもするし、時間も知らせてくれるし何かと役に立ってましたしね」
「ようくあたしらを観察してたっけねえ。もう仲間になったとばかり思ってたけど、やはりあの子は行くべきところに逝かないといけないんだねえ」
「あいつの居場所はここじゃないってことですか」
「上であの子のことを首を長くして待ってる奴らがいるんだろうよ。あ、侍、ちょっと熱めので淹れといておくれな。一眠りするから」

 侍は火からおろそうとしていたやかんを今一度火に戻す。
 熱めのを淹れておけば、うたた寝から目覚めても少し温いくらいで飲めるという魂胆だ。

「でも昭子さん、そんなこといっつも言ってますけどね、温い状態で飲める内に起きたことなんて一度もないっての覚えてます?」
 肩まですっぽりとこたつに潜り込んですでに寝息をたてている昭子にもんくを言うが、それはもう聞こえていなかった。

「まったく。どうせ冷えるんだからだったら熱くしないで適温で淹れて飲めばよかったぜ。俺は本当にお人好しだ。昭子さんの言う通りに熱めで淹れるんだからまたく世話ねえわな」

 自分に言ったもんくに自分でおかしくて一人笑いをしつつ、やかんを火からおろす。

 昭子の湯呑みと自分の湯呑みにこんぶ茶を淹れて、「さすがに熱いな」と声を漏らした。

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