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第三話:霊 たまこ
最期のお願い
しおりを挟む「みなまで言うな。俺らの間にそんな他人行儀なんていらんだろうよ。水臭え。それに俺らもかなり楽しませてもらったしな。昭子さんなんか俺がおまえをとっとと送り返そうとしたら、「いいじゃないか、たまには人間の霊を飼うのも悪くないだろう。それにこいつはガキだ。そのときが来るまでここにいたって気づきゃしないさ。それまで置いとこう」って言ったんだぜ。この際だからバラすけど」
侍が早口で最後に昭子の件をたまこにバラす。昭子に殴られるかと目をギュッとつぶってぶたれるのを予測し頭を両手で隠すが、鉄拳がふるわれることはなかった。おかしい。目を少しばかり開けてみる。
「殴りゃあしないさ。氷漬けにしておまえもついでに太郎に持って行ってもらうまでさ」
嘘か本気か知らないが、真顔で侍を見下ろす昭子の顔に笑みはない。真っ白い目がサメを思わせる。侍は太郎に助けを求めようとするが、ああ、そうだ、太郎は本来の火車の姿に戻り仕事にかかっている。すかさずたまこに、
「たまちゃん、助けてお願い」と懇願した。
たまこはそんな侍を見て、笑いを堪えられなくなった。笑っている場合じゃねえやい、と本気で青ざめる侍を見て、
「昭子さん、私の最後のお願いを聞いてください」と満面の笑みを浮かべた。
「そうかい、今すぐ氷漬けにしてほしいのかい、わかったよ。おまえの冥土の手土産にしてやるよ。見てな」
昭子が口元に手を持っていく。小さく息を吸い、
「違います違います。凍らせちゃダメです。逆ですよ。許してあげてください。私も最後にみなさんのことを全部知れて嬉しいし。これも侍さんのおかげです」
急いで昭子を止めた。
危ねえ。と、侍が腕で額の汗を拭う。
「なんだい、違うのかい?」
面白くなさそうに手をおろす。
「太郎さんが死体を食べる火車で、昭子さんが雪女、侍さんが成仏しそこなって名無しの妖怪になったってことが私のノートに刻みこまれました。そして、太郎さんは今から霊のあの男をも食べようとしてるんですよね。あいつの本体はもう既に食べちゃったのかな…… ああ、そうか、生きてる人間には興味ないって言ってましたよね。でも死体は…… まあ、でもこれで心置きなくこの世から逝けます。だから、侍さんのこと怒らないでください。凍らせないで」
たまこが昭子にお願いした。眉を下げ、手を胸の前で合掌させる。
ふん。と昭子は鼻息荒く侍を睨む。
「今回だけは見逃してやるよ。たまちゃんのお願いだからねえ、聞かないわけにはいかないさ」
忌々しい目を侍に向けるが、口元は笑っている。
「それと最後にあと一つだけ。侍さんはどうしてメロンソーダが好きなんですか? いつも持ってるけど、それはどうして?」
「なんだお前、これから逝くってえのにまだそんなこと言ってんのかい。そんなに気になるかい? 仕方ねえ、じゃ教えてやるよ。今からほんの少し前の昭和の時代にな、一時だけどすんごく流行ったんだよ。ぜんぜんメロンの味なんかしないけどな、このよくわからん緑色の液体にバニラアイスが溶けたときの味に衝撃を受けたんだよ」
侍が大きく頷いた。
「それだけ?」
「……なんだよ、美味いもんは美味いんだから別にそれでいいじゃねえか」
好きな理由なんかそんなもんしっかりなくてもいいだろうが。と本気になってもんくを言う。
そんなことはお構いなしとたまこがぱあっと明るい顔になる。昭子もまんざらでもない様子でにたにたしていた。
「さ、もういいだろう。早く行け。太郎は俺と違って待っちゃあくれねえぞ。あいつはそういうとこ気が利かねえからな」
太郎の方を急いで向けば、痛みに耐えられずじたばた暴れまわって悲鳴を上げ続ける司が目に入る。司の血まみれになった頭を鷲掴みにしたまま真っ暗な穴の中に引きずり去っていくところであった。
そのすぐ側で、瑞香がたまこをじっと待っていた。こちらを向いて無表情で立っている。
たまこはもう一度昭子と侍に目を向けると、三人で同時に大きく頷きあった。お互いに今までで一番の笑顔を見せ合い、たまこは瑞香の元へ走って行った。
瑞香とたまこは太郎の後ろにべたりと張り付いたまま、闇の奥底へと消えていく。
後にしばらく残ったのは、司の張り裂けんばかりの恐怖に打ちのめされる悲鳴と何人もの女の甲高い笑い声のみであった。
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