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第三話:霊 たまこ
昭子の正体
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たまこは昭子に言われたとおりの方に目を向けると、そこには真っ赤な炎に包まれた太郎の後ろ姿があった。時折黒い靄が太郎にまとわりつく。
司が太郎から逃げようと震える己の体に「動け、動けよ!」と怒鳴っているが、体は既に動くことを放棄していた。尻を擦り、逃げる。炎まみれの太郎は司をいたぶるように追い詰める。
たまこは時間をかけて唇を左右に引いていく。嬉しそうに目を細め、
「太郎さんもやっぱり妖怪だったんだ。そう思ってた。でも待って。これってもしかして私が見た靄と同じかもしれない」
夜空に浮かぶ星のようにキラッキラに輝いたたまこの目の中に映る太郎は、司の頭に鋭い爪を食い込ませて鷲掴みにしたところだった。
「たまちゃん、あんたが見た黒い靄ってのはねえ、あれだよ。太郎だよ。太郎はねえ、己の炎をコントロールすために時折ああやって靄で身を包むんだ。じゃないと近くにあるものずべてを燃やしちゃうからね」
たまちゃんが死にそうなときに見たのはこれだよ。生憎、太郎は生きてる人間に興味がない。あいつは死体を食らうからね。それも、悪事をはたらいてどす黒く変色した死体を好むんだ。あいつは『火車』っていう妖怪さ。たまちゃんが見たってときはきっと近くでどこぞの悪いやつが死んだんじゃないかい。葬式があったはずさ。
生きてる人間には太郎は見えないけど、半分死にかけてくたばりかけてたたまちゃんだからこそ見えたのかもね。
昭子は気を使う喋り方を知らないのだ。
たまこは口の中で「火車」と呟き、己の頭に『太郎さんは火車という妖怪だった』と落とし込む。
「ところで、太郎もってどういうことだい? 侍は妖怪じゃなくて昔はただのどうしようもない人の霊だってわかったじゃないか」
昭子が侍をディスり、からかうように言う。
「だって昭子さんは妖怪だってわかってましたから。昭子さんの周りには冷たさが漂ってるし、隣にいるといつも寒かったし、それに、すごく綺麗だったから」
昭子を真正面に、純真無垢な顔で言ってのけた。
「それで?」
「昭子さんは雪女」
昭子がそれを聞いて嬉しさに喉を鳴らす猫のような顔になる。
「やっぱりたまちゃんはお利口な子だね。感が鋭い、いい子だ。あたしらの自慢だよ」
たまこの頭を猫の頭を撫でるように撫で、優しく抱きしめた。
眉も目も垂れて名残惜しそうな顔をしたが、たまこを己から離すときには、いつもの冷たい笑みを浮かべていた。
「さ、そろそろお別れだ。瑞香さんに着いてきゃ、大丈夫だよ」
たまこの顔を冷たく白い手で包む。それを見て侍がぶるっと震え「ああ、さみいさみい」と聞こえないように呟く。
司が悲鳴をあげる。太郎のすぐ後ろには瑞香がべたりと張り付いている。
自分もそこへ行かないと。そうたまこは直感した。
しかし、数歩踏み出したところで躊躇した。
昭子の方を向く。そこには侍の姿もある。
二人とも優しい笑みを浮かべていた。
これでお別れだ。もうこの三人とも会えなくなる。二度と、会えない。
太郎さんの作ったワンパターンなご飯をみんなで食べられなくなるし、笑って話すこともできなくなる。昭子さんと侍さんの言い合いや、いつも言い負けてる侍さんが昭子さんにやる小さい仕返しも、それを見抜かれて倍返しにされるところも、みんなの昔話やほかの妖怪のことだって聞けなくなる。楽しかったことが終わっちゃう。
寂しい。でも。
たまこは、太郎、昭子、侍を交互にしっかりと、忘れないように細かいところまでじっくりと見て、瞼の裏に、頭に、心に記憶する。
きゅっと目をつぶり唾を飲む。悲しさを堪える。
眉尻を落とす。下を向く。手を胸の前できつく握る。
「よかったねたまちゃん、さ、もういいんだよ。太郎と瑞香さんに着いてお行き。あんたが行くべきところにあいつらがこの先は案内してくれるさ」
昭子があっちへお行きと手の甲を二度振る。
「やっとこのときが来たんだ。おまえの番が来たんだ。気が済むまでいたぶったれや」
侍もメロンソーダを乾杯というように宙に掲げていちいち格好つける。
それがぜんぜん格好よくなくておもわず笑ってしまったたまこに、「こんなときに笑うとか失礼なやつだなおまえは」と侍が笑いながら怒っている。
たまこが大きく息を吸い込み、大きく頷く。
「昭子さん、侍さん、ありがとうございました。侍さん、私を拾ってくれてありがとう。みんなに会えなくなるのは寂しいし辛いけど、」
深く頭を下げた。
司が太郎から逃げようと震える己の体に「動け、動けよ!」と怒鳴っているが、体は既に動くことを放棄していた。尻を擦り、逃げる。炎まみれの太郎は司をいたぶるように追い詰める。
たまこは時間をかけて唇を左右に引いていく。嬉しそうに目を細め、
「太郎さんもやっぱり妖怪だったんだ。そう思ってた。でも待って。これってもしかして私が見た靄と同じかもしれない」
夜空に浮かぶ星のようにキラッキラに輝いたたまこの目の中に映る太郎は、司の頭に鋭い爪を食い込ませて鷲掴みにしたところだった。
「たまちゃん、あんたが見た黒い靄ってのはねえ、あれだよ。太郎だよ。太郎はねえ、己の炎をコントロールすために時折ああやって靄で身を包むんだ。じゃないと近くにあるものずべてを燃やしちゃうからね」
たまちゃんが死にそうなときに見たのはこれだよ。生憎、太郎は生きてる人間に興味がない。あいつは死体を食らうからね。それも、悪事をはたらいてどす黒く変色した死体を好むんだ。あいつは『火車』っていう妖怪さ。たまちゃんが見たってときはきっと近くでどこぞの悪いやつが死んだんじゃないかい。葬式があったはずさ。
生きてる人間には太郎は見えないけど、半分死にかけてくたばりかけてたたまちゃんだからこそ見えたのかもね。
昭子は気を使う喋り方を知らないのだ。
たまこは口の中で「火車」と呟き、己の頭に『太郎さんは火車という妖怪だった』と落とし込む。
「ところで、太郎もってどういうことだい? 侍は妖怪じゃなくて昔はただのどうしようもない人の霊だってわかったじゃないか」
昭子が侍をディスり、からかうように言う。
「だって昭子さんは妖怪だってわかってましたから。昭子さんの周りには冷たさが漂ってるし、隣にいるといつも寒かったし、それに、すごく綺麗だったから」
昭子を真正面に、純真無垢な顔で言ってのけた。
「それで?」
「昭子さんは雪女」
昭子がそれを聞いて嬉しさに喉を鳴らす猫のような顔になる。
「やっぱりたまちゃんはお利口な子だね。感が鋭い、いい子だ。あたしらの自慢だよ」
たまこの頭を猫の頭を撫でるように撫で、優しく抱きしめた。
眉も目も垂れて名残惜しそうな顔をしたが、たまこを己から離すときには、いつもの冷たい笑みを浮かべていた。
「さ、そろそろお別れだ。瑞香さんに着いてきゃ、大丈夫だよ」
たまこの顔を冷たく白い手で包む。それを見て侍がぶるっと震え「ああ、さみいさみい」と聞こえないように呟く。
司が悲鳴をあげる。太郎のすぐ後ろには瑞香がべたりと張り付いている。
自分もそこへ行かないと。そうたまこは直感した。
しかし、数歩踏み出したところで躊躇した。
昭子の方を向く。そこには侍の姿もある。
二人とも優しい笑みを浮かべていた。
これでお別れだ。もうこの三人とも会えなくなる。二度と、会えない。
太郎さんの作ったワンパターンなご飯をみんなで食べられなくなるし、笑って話すこともできなくなる。昭子さんと侍さんの言い合いや、いつも言い負けてる侍さんが昭子さんにやる小さい仕返しも、それを見抜かれて倍返しにされるところも、みんなの昔話やほかの妖怪のことだって聞けなくなる。楽しかったことが終わっちゃう。
寂しい。でも。
たまこは、太郎、昭子、侍を交互にしっかりと、忘れないように細かいところまでじっくりと見て、瞼の裏に、頭に、心に記憶する。
きゅっと目をつぶり唾を飲む。悲しさを堪える。
眉尻を落とす。下を向く。手を胸の前できつく握る。
「よかったねたまちゃん、さ、もういいんだよ。太郎と瑞香さんに着いてお行き。あんたが行くべきところにあいつらがこの先は案内してくれるさ」
昭子があっちへお行きと手の甲を二度振る。
「やっとこのときが来たんだ。おまえの番が来たんだ。気が済むまでいたぶったれや」
侍もメロンソーダを乾杯というように宙に掲げていちいち格好つける。
それがぜんぜん格好よくなくておもわず笑ってしまったたまこに、「こんなときに笑うとか失礼なやつだなおまえは」と侍が笑いながら怒っている。
たまこが大きく息を吸い込み、大きく頷く。
「昭子さん、侍さん、ありがとうございました。侍さん、私を拾ってくれてありがとう。みんなに会えなくなるのは寂しいし辛いけど、」
深く頭を下げた。
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