53 / 56
第三話:霊 たまこ
太郎の正体
しおりを挟む
七
司は目の前の光景に驚愕していた。
己は今、自分の畑にいるのだ。
最後の方に殺した女二人が埋まっている畑の上に足を投げ出して座っていた。
俺は確か、瑞香にしたことと同じことを瑞香本人にされて殺されて、バラバラに切り落とされたはずだ。それから暗闇の中に捨てられた。その後、上から黒い靄が覆い被さってきて、バラバラになっていた体が徐々にくっつき始めていって。
元に戻ってからが苦しくて、息ができなくて、自分の喉をかきむしった。喉の皮を剥き、中の肉をひっかき回し、自分で自分の首を締めた。
首を締める手に力を入れる度に体の穴という穴から血が噴き出した。
視界が霞み始めたと思ったら眼球が毬のように転げ落ち、それを自分の手で踏み潰した。
そうやって俺は苦しみの中で悶え死んだはずだ。しかし。
己の目の前には女が二人、無表情で己を見下ろしている。
相変わらず尻餅をついている情けない状態の司は全身が怯える子犬のように震えていた。尻を擦って後ずさる。
「なんでだよ、なんでだよ、なんでまたここに戻ってくるんだよ。俺はここから暗闇に落とされたじゃねえか。誰もいない暗闇の中で、ひとりぼっちでいた。そこで瑞香に、おまえに殺された。死んだじゃねえか。死んだだろう、なあ、そうだろう、殺しただろう、俺のこと。もういいだろう。苦しいんだよ。それに、なんで瑞香だけじゃなくてこいつまでいるんだよ」
震える指をさして泣き叫んでいる。まるでこどもだ。
女二人とは、もちろん瑞香とたまこのことだ。司に殺された二人は、己を殺した男が死ぬのを待ち、死してから同じことをして殺すのを待ちわびていたのだ。
まずは瑞香が自分のために殺し、次はたまこが自分のために殺す。その後は、その他に犠牲になった女たちが暗闇で今か今かと待ち構えている。
昭子と太郎と侍は、待ちわびた新作映画を心待ちにしているが如く、これからの事の成り行きに心躍らせていた。
そんな三人に司が「おまえらのことは前にも見た気がする。くそ、思い出せない。でも見てる。嫌な奴だったはずだ」と化け物でも見るような目には恐怖以外何も浮かんでいない。
「いいねえ、その目。いつ見てもぞくぞくする」
昭子が血のように真っ赤で長い舌で口の周りを一周ベロリと舐めて、氷柱のような鋭く太い牙を見せる。
うひゅっと短く息を吸い込む音は司の喉の奥から出たものだ。
「その声、俺が首を切られたときに出た音と同じだぜ」
侍が己の首に真一文字に親指をするりと沿わす。みるみるうちに真っ赤な鮮血が首筋から垂れ落ちた。
はぁぁぁと声にならない音を立てた司は涙も鼻水も冷汗も一混ぜにした顔を梅干しのように塩っぱくしかめていた。
「生前、悪事を重ねたお前みたいなやつが、俺の好物なんだよ」
太郎の全身はどこぞの鬼のように巨大化し、それを包むように炎が体を覆っていた。綺麗な金髪の毛先が赤黒く燃えている。
恐怖に震えて歯をガチガチ鳴らしている司を目にして、太郎の顔に狂気の笑みが上がる。
その目は顔半分まで埋まるほど大きく見開かれ、真っ黒だった。口は耳まで裂け、サメのように鋭い牙が上下にたっぷり見え隠れする。両手の指先には力を入れなくてもなんなく切り落とせる性能のいいナイフのように鋭い爪。食蟻獣のような細長い舌でしきりに己の口の周りや歯列を執拗に舐め回す。涎がツツと垂れた。
太郎が一歩足を前に、司の元へ歩む。生肉が床に落とされたようなグシャリという音が太郎が歩く度にする。
両の指先がピアノを弾くように滑らかに動き、鋭い爪が空気を切り裂く音を立て、その度に白い光が弧を描く。
「やれ困ったもんだ。もう太郎が元の姿に戻っちまったよ。あたしらの楽しみはなくなったね侍」
昭子が楽しそうに肩を揺らすと、司を無表情で見ているたまこの背をぽんと叩く。
はっと意識を戻したたまこは昭子の方を向き、目を大きく見開いた。
「昭子さん、私」
「いいんだよそれで。太郎を見てみな。あんたが望んでいたものが見れるから。面白いもんが見れると言ったろ」
たまこの両肩にてを置き、腰をかがめて顔を近づける。「お前が望んでたもんだよ」と、鼻の奥で笑った。
司は目の前の光景に驚愕していた。
己は今、自分の畑にいるのだ。
最後の方に殺した女二人が埋まっている畑の上に足を投げ出して座っていた。
俺は確か、瑞香にしたことと同じことを瑞香本人にされて殺されて、バラバラに切り落とされたはずだ。それから暗闇の中に捨てられた。その後、上から黒い靄が覆い被さってきて、バラバラになっていた体が徐々にくっつき始めていって。
元に戻ってからが苦しくて、息ができなくて、自分の喉をかきむしった。喉の皮を剥き、中の肉をひっかき回し、自分で自分の首を締めた。
首を締める手に力を入れる度に体の穴という穴から血が噴き出した。
視界が霞み始めたと思ったら眼球が毬のように転げ落ち、それを自分の手で踏み潰した。
そうやって俺は苦しみの中で悶え死んだはずだ。しかし。
己の目の前には女が二人、無表情で己を見下ろしている。
相変わらず尻餅をついている情けない状態の司は全身が怯える子犬のように震えていた。尻を擦って後ずさる。
「なんでだよ、なんでだよ、なんでまたここに戻ってくるんだよ。俺はここから暗闇に落とされたじゃねえか。誰もいない暗闇の中で、ひとりぼっちでいた。そこで瑞香に、おまえに殺された。死んだじゃねえか。死んだだろう、なあ、そうだろう、殺しただろう、俺のこと。もういいだろう。苦しいんだよ。それに、なんで瑞香だけじゃなくてこいつまでいるんだよ」
震える指をさして泣き叫んでいる。まるでこどもだ。
女二人とは、もちろん瑞香とたまこのことだ。司に殺された二人は、己を殺した男が死ぬのを待ち、死してから同じことをして殺すのを待ちわびていたのだ。
まずは瑞香が自分のために殺し、次はたまこが自分のために殺す。その後は、その他に犠牲になった女たちが暗闇で今か今かと待ち構えている。
昭子と太郎と侍は、待ちわびた新作映画を心待ちにしているが如く、これからの事の成り行きに心躍らせていた。
そんな三人に司が「おまえらのことは前にも見た気がする。くそ、思い出せない。でも見てる。嫌な奴だったはずだ」と化け物でも見るような目には恐怖以外何も浮かんでいない。
「いいねえ、その目。いつ見てもぞくぞくする」
昭子が血のように真っ赤で長い舌で口の周りを一周ベロリと舐めて、氷柱のような鋭く太い牙を見せる。
うひゅっと短く息を吸い込む音は司の喉の奥から出たものだ。
「その声、俺が首を切られたときに出た音と同じだぜ」
侍が己の首に真一文字に親指をするりと沿わす。みるみるうちに真っ赤な鮮血が首筋から垂れ落ちた。
はぁぁぁと声にならない音を立てた司は涙も鼻水も冷汗も一混ぜにした顔を梅干しのように塩っぱくしかめていた。
「生前、悪事を重ねたお前みたいなやつが、俺の好物なんだよ」
太郎の全身はどこぞの鬼のように巨大化し、それを包むように炎が体を覆っていた。綺麗な金髪の毛先が赤黒く燃えている。
恐怖に震えて歯をガチガチ鳴らしている司を目にして、太郎の顔に狂気の笑みが上がる。
その目は顔半分まで埋まるほど大きく見開かれ、真っ黒だった。口は耳まで裂け、サメのように鋭い牙が上下にたっぷり見え隠れする。両手の指先には力を入れなくてもなんなく切り落とせる性能のいいナイフのように鋭い爪。食蟻獣のような細長い舌でしきりに己の口の周りや歯列を執拗に舐め回す。涎がツツと垂れた。
太郎が一歩足を前に、司の元へ歩む。生肉が床に落とされたようなグシャリという音が太郎が歩く度にする。
両の指先がピアノを弾くように滑らかに動き、鋭い爪が空気を切り裂く音を立て、その度に白い光が弧を描く。
「やれ困ったもんだ。もう太郎が元の姿に戻っちまったよ。あたしらの楽しみはなくなったね侍」
昭子が楽しそうに肩を揺らすと、司を無表情で見ているたまこの背をぽんと叩く。
はっと意識を戻したたまこは昭子の方を向き、目を大きく見開いた。
「昭子さん、私」
「いいんだよそれで。太郎を見てみな。あんたが望んでいたものが見れるから。面白いもんが見れると言ったろ」
たまこの両肩にてを置き、腰をかがめて顔を近づける。「お前が望んでたもんだよ」と、鼻の奥で笑った。
0
あなたにおすすめの小説
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
呪われた少女の秘された寵愛婚―盈月―
くろのあずさ
キャラ文芸
異常存在(マレビト)と呼ばれる人にあらざる者たちが境界が曖昧な世界。甚大な被害を被る人々の平和と安寧を守るため、軍は組織されたのだと噂されていた。
「無駄とはなんだ。お前があまりにも妻としての自覚が足らないから、思い出させてやっているのだろう」
「それは……しょうがありません」
だって私は――
「どんな姿でも関係ない。私の妻はお前だけだ」
相応しくない。私は彼のそばにいるべきではないのに――。
「私も……あなた様の、旦那様のそばにいたいです」
この身で願ってもかまわないの?
呪われた少女の孤独は秘された寵愛婚の中で溶かされる
2025.12.6
盈月(えいげつ)……新月から満月に向かって次第に円くなっていく間の月
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
私の守護霊さん
Masa&G
キャラ文芸
大学生活を送る彩音には、誰にも言えない秘密がある。
彼女のそばには、他人には姿の見えない“守護霊さん”がずっと寄り添っていた。
これは——二人で過ごした最後の一年を描く、かけがえのない物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる