麻布十番の妖遊戯

酒処のん平

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第三話:霊 たまこ

たまこが一番気になってるのは、太郎の正体です

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「あの男、やっぱりあたしが殺してやりたかったわ」
 昭子が歯ぎしりをし、両の拳を握りしめてこたつテーブルを叩く。
「そりゃ俺らみんなが思ってることさ。昭子さんだけじゃあねえよ」
 侍も鼻息荒く「ちくしょうめ」と吐き捨てた。
 太郎はただただにんまりと笑っている。

「私のせいで『瑞香さん』は殺されたんですね。助けてくれようとした女性は、以前ここへ来たあの女性、瑞香さんですよね」
 三人の顔を真顔で見つめ、たまこが確認するように言う。

「おまえのせいじゃあない。あの男は遅かれ早かれみんな殺すつもりだったんだよ」
  侍が間髪入れず返し、
「自分のせいだと思うのは間違いよ。それは違う。あんたのせいっていうのだってあの男が言ったことでしょう? そんなこと思ってちゃ瑞香さんが可哀想ってもんよ」
 昭子がたまこの考えをやんわりと変え、たまちゃんの言う通り、殺されたのは瑞香だとさらっと言う。

「この前ここへ来たとき、たまちゃんは瑞香さんが見えていたけど、瑞香さんからたまちゃんは見えていなかったはずよ。黒い靄に見えてたと思う」
「靄に? なんで瑞香さんには見えないのに私には見えるんですか」

「たまちゃんは畑で自分の足と半分骨になった誰か別の人の頭のほかに、どこかで瑞香さんの一部を見てるはずなのよ。たぶん。思い出せないだけで見てるのよ。だから、彼女が見えたの。でも瑞香さんはあんたのことをぜんぜん知らないのよ。だから見えない」
 昭子はどこかで瑞香の一部を見ていると言った。
 確かにあの畑には切断された人間の体が埋まっていた。たまこがその一部を見ていたとしても、おかしくない話であった。

「彼女はあの小屋の中の様子が知りたくて中に入れないか、どこかに隙間がないか探してたの。たまちゃんが助けを呼ばなくても、遅かれ早かれ、彼女はたまちゃんを見つけてたわ。で、彼女によって助け出されてたかもね。でも、それもあの男は見越してたのよ。どうせ二人とも殺すつもりだったんだから。わかった?」 
  昭子は優しく微笑みかけ、涙をこぼしているまこの目元を拭ってやり、鼻水も拭いてやる。
 昭子の言葉を真剣に聞きながらたまこは顎を下に何度も引き、うんうんと鼻返事をする。
  心のどこかで、自分のせいじゃないと思いたかったのだ。そう思ってしまう自分自身にどうしようもなくやるせない気持ちにもなっていた。

「たまこちゃんが見たっていう黒い靄だけどね」
 太郎が薄気味悪い笑みを浮かべて一人でニヤついている。
「おや、あんた、言うつもりかい?」
 昭子もそんな太郎の態度に、目を細め口を両に裂けるように広げた。
 たまこは真っ赤な目をして無防備にきょとんとした顔を太郎に向けた。
「その靄、どんな形だった? ようく思い出してみな」
 楽しんでいる太郎に昭子が、なんだい太郎、わかってるなら早くお言いよ。とまたしてもふざけて楽しみ始めた。

「黒い靄は、そうだ、見ているうちに人の形になったり黒い塊になったりしました。時折体が炎に包まれてたし、時折黒い靄で体が覆われてたし、最後には人みたいな形になって歩いてたと思います。そう、足もあった。だから幽霊じゃないって思って。これから死ぬってときにも人の頭は正気の部分というか、冷静な部分があるんですね。あれは何? なんなのか知りたいって思って。幽霊じゃないってことは、」

「ああ、なるほど。そういうことかい。たまちゃんはその正体が知りたかったのか。それで、幽霊ってもんはああいうものじゃあない。幽霊が火を纏うなんて聞いたことがない。そう思った。だから行き着くところは妖怪になった。そんなところかい?」
 昭子のことばにたまこは大きく頷いた。

「まあ、じゃあその答えは今からあの男に会って確認しにいくとしようぜ」
 ニヤッと意味ありげに笑った太郎は、昭子と侍にも笑みを見せる。

「悪い奴だねえ太郎は」
「いやいや昭子さんには負けますよ」
「もういいからそういうの。俺とたまちゃんだけわかってねえじゃねえか」
 侍が二人の掛け合いを遮った。昭子と太郎は何かを既にわかっている。そしてそれを楽しんでいる。侍とたまこだけが蚊帳の外なのだ。

「たまちゃん、あんた、面白いものに会えるかもしれないよ」
 昭子が、それはもう面白いというように恐ろしい笑みを貼り付けた。
「やめろよ昭子さんその顔。たまちゃんが怖がってるじゃねえか」
 侍の後ろにこっそり隠れたたまこは侍の着物に顔を隠している。

 あらやだ、あたしとしたことが、いやだようまったく。と、袖で口元を隠してしおらしく笑ってみせたが、もう遅い。
「遅いってんだよ、なあ」
 侍がたまこの頭をやさしく撫でた。
 太郎はくくくっと喉の奥で笑ってそんなやりとりを眺めていた。

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