麻布十番の妖遊戯

酒処のん平

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第三話:霊 たまこ

殺され方3

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 現実から逃避し、これは私じゃない、これは悪い夢だ。そうやって自分自身を自分自身の意識から遠ざけていたとき、小屋の外から誰かが戸を叩く音がしました。
 あの男かと思い、恐怖に体が凍りつきました。冷たい汗が背をつたい、体が小刻みに震え始めました。音を立てちゃダメだと思って震えを止めようとしましたが、全然ダメで。それでも声を潜め、外の音に全神経を尖らせました。

 その声は女性のものでした。女性は小屋の周りをぐるぐる回っているようでした。だから私は枯れて出ない声を振り絞り、助けてと言い続けました。爪で地面を叩いたり引っ掻いたりして気づいてもらえるようにひたすらに助けを求めました。

 すると、しばらくすると声が女性に届いたんです。その女性は、鍵を取ってくるから待っててと言いました。よかった、これで助かると思いました。
 しかし、いくら待っても何日経っても彼女がここへ来ることは二度とありませんでした。もしかしたらあの男に捕まっちゃったのかもしれない。そうしたら私のせいだ。どうしようって不安でいっぱいになりました。

 そのうちに私の体力もとうとう限界がきて、そうだ、私が殺される日のことでした。思い出した。

 あの男に、「ここに来た女がいただろう。お前を助けるために鍵を取りに行った女だ。お前のせいだぞ。あの女が死んだのは」と言われて、私は身体中を針で刺されたような感覚に陥りました。
 私があの女性を殺してしまったんだ。そう思えば思うほど、悔しくて悲しくてどうにかなりそうで、泣き続けました。後悔が募るばかりでした。助けてなんて言ったせいだ。申し訳ないことをした。
 そして、これで終わりだと直感しました。だって、もうどこにも助かる見込みがなかったんです。

 男は鼻歌を歌いながら私の襟首を掴んで引きずり、私を助けようとしてくれた女性が埋まっているという畑に連れて行きました。

 歩けない私は小屋から畑までずっと引きずられていました。不思議と痛みはありませんでした。久しぶりの外の空気も灰のにおいしかしなかった。両腕はまったく力が入りませんでした。両腕は地面に擦れて、壊れた人形を引きずるように土と小石の上を跳ねていました。私が落とした物干し竿がまだ転がっていて、無性に悔しくなりました。それよりも、自分の足がないのを見るのはとてつもなく惨めでした。

 あの男は土を掘り返し、あの女性の頭を私に見せつけました。恐ろしかった。自分もこれからこうなると思うと体が震えました。涙もよだれも垂れ流し状態で泣き叫びました。

 でも、少し違和感があったんです。私が見た頭は半分骨が見えていたんです。

 私とあの女性が話してから数日程度しか経っていない。記憶がなくなっていたし時計もなく、真っ暗で時間はわかりませんが、でも、そんな少ない日にちで骨になるだろうかと、冷静に考えている自分もいました。

 男は私を土の上に腹這いにさせ、見えるようにノコギリを目の前に出しました。刃には血の跡がこびりついていました。まだ新しい血もありました。涙がとめどなく流れました。
 恐怖でした。生きたまま切られるのかと思うと、止めようにも身体の震えは止められませんでした。

 男は畑を掘り返しました。私はまだ切られないことで更に恐怖で呼吸ができなくなりました。
 掘り返した畑の中から出てきたのは、土色に変わった長い物で、男は土を払うと気持ちの悪い笑みで私にこう言いました。

「おまえの右足だ」

 私はこの信じられない状況に発狂しました。
 自分の悲鳴で鼓膜が破れればいい、喉が切れればいい、頭が張り裂ければいい。ここから消えたい。もういい。もうやめて。もう殺してくれ。そう思いました。

 男は私の右足を私の前に投げつけました。そしてノコギリを持ち上げたんです。

「それが私の最期の記憶です」

 たまこは言い終えると、心なしかスッキリした顔をした。笑顔さえ見える。

 そうだ、そういう人生だった。と最期まで思い出せたという気持ちがたまこをすっきりさせたのかもしれない。

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