麻布十番の妖遊戯

酒処のん平

文字の大きさ
50 / 56
第三話:霊 たまこ

殺され方2

しおりを挟む
「あの男はそのまま私を二、三日放置しました」

 水も食べ物もなくて、暑いし暗いし、体に力も入らないし、立つことだってままならなかった。外にも出られない。動けるようになったとしても外から鍵をかけられているんです。だから逃げられるはずもありません。そんな状態が続き、とうとう朦朧としだした意識の中で私は死を覚悟しました。

 そんなときでした、黒い大きな靄が目の前を通って行ったんです。何度も何度も。行ったり来たり。靄の周りを覆うように赤ぁく燃えていたのを覚えています。そして不気味に甲高い笑い声も聞こえました。それが何だったのかはいまだにわかりませんが、でも……

「靄ときたかい。靄っていったらなんだと思う? 」
「黒い大きな靄ねえ。俺らは影に潜めば何にでもなれるから一概にこれとは言い難いけど」
「靄だってよ太郎。でかい靄っていったら、あれだよ、あたしが思い浮かべるのは一つしかないね。そうだろう? どう思う?」
「ああ、でかい黒いのっつったらあれしか思いつかないけどねえ」
「あいつならやりかねないよねえ」
「時々人で遊びますからねえ」
「そんなことを言って、まったく仕方のない。ほんにあんたは仕方のない」
 昭子が肩を揺らして笑いを噛み殺している。
 太郎も同じように己の額をパンと叩き、「これは参った」と言いつつ昭子と共に笑っている。

「だからまた始まったよ。昭子さん、太郎、今はたまこちゃんが話してるんだから最後まで静かに聞きぃよ。まったく」

 昭子と太郎が待ってましたとばかりに話に割り込んできて、またしてもあれこれ推測して楽しんでいるのを見兼ねた侍は、たまこに話の先を促す。

「空腹と喉の渇きと体の痛さにもうダメだと思ったときでした。あの男が姿を現したんです。私は怖くて逃げようと頭では思いましたが体はぜんぜんいうことをきかなかったんです。動かしているつもりでしたがまったく動いていませんでした」

 男が大きなノコギリを持っているのが視界の片隅に見えました。
 男が私の腕を掴みました。腕にチクっとするものを感じ、すぐに視界がぐにゃりと歪んだんです。


 ああ、もうダメだ。最初のあのときの時間に戻って欲しい。そうしたら道案内なんかしない。描いてやった地図だけ渡してすぐに帰るのに。親切になんてしなきゃよかった。家に帰りたい。なんであのとき逃げなかったの。戻れるのなら同じ失敗はしない。そう思ったのを最後に意識が途切れたんです。
 あの男は何か言っていましいたが私の耳にはもう何も届きませんでした。そのまま暗い闇の中に落ちていきました。

 次に起きたとき、両足に激痛が走ったのを覚えています。
 動かそうとしても動かなかった。手が自由になっていることに驚いたのと同時に逃げようとしました。でも、立ち上がろうとしたときに異変に気づいたんです。
 激痛で足が動かないんです。

 相変わらず真っ暗なので、どうなっているのかわからなかったのが幸いだったと今では思います。
 痛みを和らげようと足を揉もうとして手を伸ばしましたが、あるべきところに脚はありませんでした。触れたのは地面でした。悲鳴をあげました。声が枯れるくらい悲鳴を上げ続けました。
 足がないんです。私の足は切り落とされていたんです。腿の付け根あたりからばっさり。恐怖と不安で胸の間がじんわりと痛みだして、それから逃れるために悲鳴を上げ続け、私はいつの間にか気を失いました。

 そうして、ようやく気を取り戻したとき、わたしは自分の着ている服で両足を止血されていることに気づいたんです。腿の付け根を恐る恐る触ってみました。激痛が走ったのを覚えています。

 最初は誰がやったんだか検討もつきませんでした。でもすぐに、あの男がやったんだって思うと、わざと生かされているみたいですごく怖かった。
 もう死んじゃえばいいのにって本気で思いました。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

呪われた少女の秘された寵愛婚―盈月―

くろのあずさ
キャラ文芸
異常存在(マレビト)と呼ばれる人にあらざる者たちが境界が曖昧な世界。甚大な被害を被る人々の平和と安寧を守るため、軍は組織されたのだと噂されていた。 「無駄とはなんだ。お前があまりにも妻としての自覚が足らないから、思い出させてやっているのだろう」 「それは……しょうがありません」 だって私は―― 「どんな姿でも関係ない。私の妻はお前だけだ」 相応しくない。私は彼のそばにいるべきではないのに――。 「私も……あなた様の、旦那様のそばにいたいです」 この身で願ってもかまわないの? 呪われた少女の孤独は秘された寵愛婚の中で溶かされる 2025.12.6 盈月(えいげつ)……新月から満月に向かって次第に円くなっていく間の月

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

私の守護霊さん

Masa&G
キャラ文芸
大学生活を送る彩音には、誰にも言えない秘密がある。 彼女のそばには、他人には姿の見えない“守護霊さん”がずっと寄り添っていた。 これは——二人で過ごした最後の一年を描く、かけがえのない物語。

処理中です...