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第十五話 均等な配分

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 前座としてのバトルを終えた伊吹たちは、回復役であるユーインの『可逆治癒』で傷を治され、当初の目的だったチャレンジバトル観戦の為に観客席へと戻っていた。最前列に伊吹とワニック、その後ろにウサウサ、シオリン、ブリオが座る。
「ふぅ~……」
 精神的に疲れ切って、伊吹は溜め息ばかりが出た。『可逆治癒』の効果は、あくまでも肉体的な回復でしかない。『課金地獄』の精神的ダメージは引きずったままだった。
「やぁ~、お疲れさん、お疲れさん」
 バトル前とは打って変わって、少し陽気になったパウエルが伊吹に歩み寄る。
「お蔭さんで、いい具合に盛り上がったよ。これならチャレンジバトルもヒートアップしそうだ」
「それはどうも……」
「そうそう、参加報酬をヒューゴさんから預かってきたんだ」
 パウエルは伊吹の手を開くと、銀貨1枚をのせて握らせた。
「ヒューゴさんも感謝してたよ。それと……」
 伊吹の耳元に口を近づけると、パウエルは小声で話し始めた。
「魚のユニットを使い続けてるのを不思議がってましてね。自分だったら、強化素材にしてるって……」
「進化や強化はしない方針なんですよ、うちは」
「ヒューゴさんもそうじゃないかと言っていましたよ。ああ見えて、あの人も昔はそうでしたから」
「えっ!? あの人が?」
 てっきり、最初から何の躊躇いもなくユニットを素材にする人だとばかり思っていた。
「いつだったか、一部のユニットから苦情が出たんですよ。ロクな働きをしていない奴と同じ待遇なのは納得がいかないってね」
 パウエルは昔を懐かしむように語る。
「それで、働き具合に応じた査定をするようになったんですが、今度は査定方法に不満が出たり、評価点ゼロで食えないユニットが出たりで苦労したそうですよ。使えないのは、いくらフォーローしてもダメだったみたいで……。それで、自分にルールを課したんだとか」
「ルール、ですか……」
「ひとつ、使えないと判断したら直ちに素材にする。ふたつ、所有するユニットには強化の瞬間を必ず見せる。みっつ、素材にしたユニットの今後をお祈りする。とまぁ、こんな感じでね。これを守ることで、働き具合の悪いユニットがいることでの不満を減らし、素材にされるという危機感を与え、先のような問題を解消したそうです」
 『課金地獄』の悲しみが深い理由が、少しだけわかった気がした。
「また、話が長くなってしまいましたね。そろそろ始まりそうなので、この辺で失礼しますよ」
 パウエルは中腰のまま観客の間をかき分け、何処かへと歩いて行った。
 伊吹は話題に上がったブリオの顔を眺め、「好きで能力なしのコモンになったワケじゃないのに」と心の中で呟いた。


 パウエルが立ち去ってから1分も経たないうちに、観客席にある大きな銅鑼が打ち鳴らされた。それが合図だったのか、バトルフィールドの上の空間に、赤い服を着たユニットが飛んでくる。
「ようこそ、アンフィテアトルムへ。私は本日のチャレンジバトルの司会、ヨアキムです。どうぞ、よろしく」
 ヨアキムはヨナーシュと同じ種族のようだった。背中にコウモリの羽根が生え、額に小さな角がある。ルックス的には渋めの中年男性で、その声は会場中に響き渡っていた。
「私の声は『拡声調整』というスキルで大きくしていますが、聴こえないという方はいらっしゃいますか? ……はい、いませんね。そうですよね、聴こえなかったら反応できませんからね」
 場内のあちこちで笑い声がする。
「皆様の笑い声がするということは、どうやら声は届いているようですね。では、まずはルールを説明させて頂きます。チャレンジバトルは1対1の戦いになります。勝利条件は1つ、相手を戦闘不能にすること。戦闘不能と言っても心配しないでください。回復役に転移係もいますので、自分のユニットを失う心配はございません」
 ヨアキムはフィールドの端に待機している審判団の周りを飛んでみせた。彼らの紹介のつもりらしい。
「戦う相手は運営スタッフが用意した強者達ですが、彼らを倒した方にはランクに応じた賞金が用意されています。我こそはという方は、ご自慢のユニットを戦わせてみましょう。対戦料金は1回につき金貨5枚になります」
 壁に掛けられた武器の前を飛びながら、ヨアキムは説明を続ける。
「チャレンジバトルでは武器の使用が認められていますが、使えるのは壁に掛けられている物に限られます。使う武器は対戦前のくじ引きによって決められますので、挑戦者が良い武器を使えることもあれば、その逆もあります。ただし、同じ武器は使えませんので、戦い続ければ必ず良い武器で戦うことができます。同一ユニットでの挑戦は10回までとなりますので、その点はお忘れなく」
 ヨアキムが最初の位置へと戻ってくる。
「本日、最初のファイターはA級クラスのゲオルクです!」
 銅鑼が激しく打ち鳴らされ、バトルフィールドに2m以上ある大男が現れた。一瞬での登場は、転移スキルの『強制離脱』に似ていた。
 ゲオルクは岩石のような肌を持ち、その岩の間から長い毛が伸びていた。眼は赤く血走っていて、鼻息も荒く、既に興奮状態のようだった。
「ゲオルクのスキルは強烈な風を起こす『衝撃波動』、アビリティは周囲に電気の網を巡らせる『電磁結界』です。賞金は金貨200枚。どなたか、挑戦される方は、いらっしゃいませんか?」
「はい!」
 恰幅の良い中年男性が名乗り出ると、ヨアキムが彼の元へと舞い降りた。
「お名前は?」
「私はロブレヒト。うちのカイルを出そう」
 ロブレヒトがヨアキムに金貨を渡す。
「チャレンジ、ありがとうございます! 本日の第一チャレンジャーは、ロブレヒトさんに決まりました!」
 観客席から歓声が上がる。
「さぁ、行けカイル」
 ロブレヒトは近くに座っていた豹顔の亜人種の背中を押した。カイルは立ち上がると、観客席からバトルフィールドへと続く階段を降りて行った。
「それでは、ロブレヒトさん。まずは対戦相手であるゲオルクの武器を決めましょう。どうぞ、こちらのカードから1枚お取りください」
 ヨアキムは異なる武器の絵が描かれた10枚のカードをロブレヒトに見せると、それを裏返した。ロブレヒトは中央にあるカードを引き、ヨアキムへと渡す。
「ゲオルクの武器はモルゲンステルン」
 バトルフィールド上では審判のヤスペルが、ゲオルクに鉄の棒の先に鉄球が付いたものを渡していた。その鉄球には棘が付いている。
「さぁ、次は挑戦者であるカイルさんの武器を決めましょう」
 ヨアキムは先のカードとは違う裏地のものを10枚出すと、同じようにロブレヒトに引かせた。
「カイルさんの武器はボーラ」
 場内が溜め息で包まれる中、カイルに渡されたのは、ロープの先に鉛の重りが付いた武器だった。
 ゲオルクの武器はフィールド中央より右側の壁から取られ、カイルの武器は左側の壁から取られていた。残っている武器は右側が9つ、左側も9つだった。
「運の要素が強いな。武器に違いがあり過ぎる」
 ワニックは壁に掛けられている武器を見て指摘する。モルゲンステルン、ボーラ以外では、短剣、長剣、槍、弓と矢、ハンマー、ドリルを2つ並べた物、鎖に繋がれた鉄球、皮の鞭が掛けられている。それを見ながら伊吹は思う。
「確かに、差が激しいというか、ダメージが少なそうなのがあるというか……。でも、これって、戦いを面白くして、続けて挑戦したくなる工夫なんじゃないかな」
「そうなのか?」
「武器次第で戦いが変わるからね。同じユニットの組み合わせでも新鮮味があるし、変な武器を引いても、二度とそれを引かないわけだから、次こそは……って、なるんじゃない?」
 伊吹は夜店で当たりが出るまでくじを引いたことを思い出していた。
「チャレンジバトル第一戦、開始!」
 角笛が吹かれ、バトルフィールドでは両者が身構える。
 先に動いたのはカイルだった。ボーラのロープを握って振り回して勢いをつけると、ゲオルクの足元を狙って投げつけた。
 ゲオルクが大きく息を吸い込んで吐くと、それは強い風となってボーラを吹き飛ばした。彼のスキル『衝撃波動』だった。カイルは戻ってきたボーラをジャンプしてかわすと、1秒程度でゲオルクの元へと走り寄り、相手の喉元に飛び蹴りを食らわせた。
 だが、ゲオルクは何事もなかったかのように、カイルの頭を狙ってモルゲンステルンを振り下ろした。カイルは直撃を避けたものの、擦れた肩が腫れ上がった。
 カイルは間合いを取り、負傷した肩に手を当て、『可逆治癒』のスキルで元の状態へと戻した。
「挑戦者の方が分が悪いな」
「うん。でも、回復できるのは強みかも」
 ワニックと伊吹が戦いの感想を言っている間も、カイルはヒットアンドアウェイを繰り返していた。スピードはカイルの方があったが、ゲオルクの力と硬さの前に苦戦しているのは、誰の目にも明らかだった。
 カイルは落ちていたボーラを拾うと、ゲオルクが繰り出す『衝撃波動』を避けながら、背後を取って大きく跳躍した。ゲオルクの肩に飛び乗り、ボーラのロープで首を締め始める。
「ぐおぉ!」
 ゲオルクはモルゲンステルンを投げ捨て、首に巻かれたロープを取りにかかるが、なかなかロープを掴めないでいた。岩の肌の間にロープが食い込み、取りづらくなっていた為だ。
 カイルが更に締め付けると、ゲオルクは右手を前に突き出し、自分の周りに電気の網を出現させた。それはカリスタも使っていた『電磁結界』だった。
 ゲオルクが電気の網にカイルの体を押し当てる。
 カイルだけでなく、ゲオルクにも強い電気が走ったが、押し当てる力を弱めることはなかった。それどころか、苦しむカイルの声を聴いて笑みを浮かべた。
 『電磁結界』によって痺れたカイルが絞める力を弱めると、ゲオルクはカイルを掴んで地面に叩きつけた。
「ぐはぁっ!」
 叩きつけられたカイルの体がピクピクと痙攣する。ゲオルクはモルゲンステルンを拾うと、カイルの頭を殴りつけた。
 血しぶきがあがった……かに思われたが、気づけばカイルの顔が光で覆われて見えなくなっていた。突如として発生した光に、場内がざわつき始める。
「あの光、どこかで……」
 ワニックの言葉に伊吹はハッとした。あれは隠したいものや見たくないものを光で覆うウサウサのアビリティ『光耀遮蔽』ではないかと。
 このままではクレームに繋がると思った伊吹は、後ろにいたウサウサの手を握ると、観客の間を縫って外へと飛び出した。
 慌てて走ったせいか、息が上がるのも早かった。
「ハァ……ハァ……あれって、君のアビリティだよね」
 ウサウサは黙って頷いた。
「ああいうの、ダメなんだね……」
「そうみたいです……。ごめんなさい」
「いやまぁ、仕方ないよ。でも、見続けるわけにはいかないよね。あちこち光で隠しちゃったら、観戦にならないし……」
 伊吹たちの後を追ってワニック達がやってくる。
「何かあったのか?」
「挑戦者の顔を覆った光なんだけど、ウサウサのアビリティなんだって……。どうしても発動しちゃうみたいだから、今日の観戦はここまでにしよう」
「残念だが、そういうことであれば仕方ない」
「シオリン的には、もう充分ですねぇ~」
「じゃ、帰ろっか。きっと、チガヤ達が待ってるよ」


 “チガヤ達が待ってる”と言って帰路に就いた伊吹たちだったが、家のドアを開けてみると、中にいたのはチガヤではなく見知らぬ男女だった。
「あれ? 間違えた?」
 辺りを確認してみるが、どう考えてもチガヤの家で間違いない。
「……誰?」
 見慣れたリビングの椅子に、中年の男女が呆けた顔をして座っているのを見て、伊吹はシオリンに小声で問いかけた。
「チガヤのパパとママですよぉ……」
「あれが……」
 二人の存在は知っていたし、同じ家にいることも聴かされていたが、実際に見るのは初めてだった。ずっと奥にある部屋から出てこなかった上に、中に入らないようチガヤから言われていたのを守っていたからだ。
 チガヤの両親が部屋から出てこない原因は病気にある。この国の人間が働くと罹るという社畜病になり、寝ているだけの状態になっていた。チガヤが中に入らないようにと言ったのは、二人がガチャによるユニットの召喚に反対する組織に属していたことにある。故にユニットである伊吹は、二人が目の前にいる状態では家に入れないでいた。
「パパ、ママ、掃除が終わったから、入っていいよー」
 奥の部屋からチガヤの声がする。
 椅子に座っていた二人はゆっくりと立ち上がると、のそのそと歩いて奥にある自室へと入っていった。二人と入れ替わるように、水桶を持ったチガヤが出てくる。
「あっ、おかえり」
 伊吹たちに気づいたチガヤが、部屋のドアを閉めて声をかける。
「……ただいま」
 小さめの声で返し、伊吹は家の中へと入った。
「モデルのお仕事、どうだった?」
「無事に終わったよ。と言っても、モデルになったのはワニック達で、僕は見ていただけなんだけど……」
「そうなんだ。こっちはね、サーヤが頑張ってくれたから、依頼した人に喜んでもらえたよ」
「そういえば、サーヤは?」
「もう寝ちゃったよ。ちょっと、疲れたみたい」
 天井を見上げると、専用のハンモックの上で横になっているサーヤが見えた。
「市場で、ご飯を買ってきてるから食べてね。テーブルにあがってるから」
「お腹すいたんだな」
 ブリオがテーブルに置かれた麻袋を開くと、中には様々な木の実が入っていた。それをヒレのような手で掻き込む。
「全部食べちゃダメですよぉ~」
「食べる時だけは早いな」
 シオリンとワニックも椅子に腰かけると、木の実を手に取って食べ始めた。ウサウサはブリオ達が食べるのを後ろから眺めている。
「イブキは食べないの?」
「食べるよ。その前に……」
 前座代としてもらった銀貨をポケットから取り出して渡す。
「これ、どうしたの?」
「臨時収入。依頼主から別の仕事を頼まれて、それで……」
 “バトルに出る”と言うだけで困った顔をするチガヤだけに、戦って稼いできましたとは言いづらかった。
「報酬が銀貨って……大変な仕事だったんじゃない?」
「うん、まぁ……そこそこに」
「あっ、そうだ。お金、少し貯まったから分けるね。みんなも買いたい物とか、あるよね」
 チガヤは受け取った銀貨を伊吹に返すと、貨幣を入れている袋から銀貨を取り出し、ウサウサ、ワニック、シオリン、ブリオの順で1枚ずつ渡していった。均等な配布に、ヒューゴが行った“働き具合に応じた査定”のことが脳裏をかすめる。
「サーヤは渡しても持つの大変だと思うから、使いたい時に声をかけてもらうことにするね」
「それはいいけど……。大丈夫なの? 配っちゃって」
「うん。バトル初勝利の時に金貨を貰ってるから、まだ結構残ってるよ。サーヤの分を抜いても、あと銀貨5枚と銅貨が7枚ある」
 “微妙な数だな”というのが、正直なところだった。彼女のこういうところが、召喚された日のような無一文状態に陥る要因に思えた。無計画だと言ってしまえばそれまでだが、宵越しの銭は持たない江戸っ子のように、貯蓄するという発想がないのかもしれない。
 とはいえ、受け取ったものを返す気はない。これはこれで、いざという時のために取っておきたかった。伊吹は銀貨を再びポケットに入れると、ワニック達に混ざって木の実を貪るように食べた。
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