あなたが貰える世界の半分

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あなたが貰える世界の半分

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「私の味方になれば、世界の半分をくれてやろう」
 勇者となった青年は、辛い旅路の末に、宿敵である魔王の元へと辿りついていた。すべてはコイツを倒すため、そう思って戦ってきた彼にとって、その魔王の言葉は聞き入れがたいものだった。
「そんな戯言に惑わされるものか!」
「私の提案を戯言と申すか。では問おう、勇者よ。そなたは私を倒して何を得る? 金か? 土地か? 私を倒せと命じた王から、確約された報酬はあるのか?」
 勇者はハッとした。確約された報酬など無いからだ。命じられるがままに旅に出て、それが使命だとばかりに魔物と戦ってきたが、得られたのはモンスターから奪ったゴールドくらいのもの。それも、武器や防具を購入するために費やし、手元に残ったのはスズメの涙ほど。
「確約された報酬はあるのかと訊いている、勇者よ」
「報酬はない。だが、敢えて言おう。名誉が得られると!」
 モンスターから街を救い、感謝されたことを思い出し、勇者は気を取り直して答えた。
「その名誉とやらは、そなたの腹を満たしてくれるのか? 老後の不安を取り除いてくれるのか? 今は強いお主とて、老いてしまえばスライム並みの力しか残らんのではないのか?」
 魔王の言葉が勇者の心に突き刺さる。冒険者なんて若い今だからできる職業じゃないか。いつまでも、こんな暮らしが出来るわけじゃない。迷い始めた勇者に、魔王は再び囁きかえる。
「勇者よ、私の味方になれば、世界の半分をくれてやろう」
「ええい、何度も言うな! そんな言葉に惑わされるものか。大体、世界の半分も何も、世界はお前のものじゃないだろうが!」
「私が支配する世界、という意味だ。全世界にしたところで、私とそなたが組めば手中に収めるのは容易いこと」
「それは、そうかもしれないが……。だが、悪逆の限りを尽くした魔王の軍門に下り、人々を悲しませる存在になど、なれるわけがないだろう!」
 勇者は声を張り上げて叫んだが、魔王は頷きながらニヤリと笑った。
「何も私の軍門に下る必要はない。これからは私も心を入れ替え、優しい元魔王として人々を統治しよう。私も年だ、いつまでも血気盛んな悪役をやってはいられない。そんな私と友達になろうという話だ、味方になってくれと云うのは」
「心を入れ替えるだと?」
「改心する者を襲うのも、勇者の仕事か?」
「いや、それは……」
 魔王、辞めるってよ……と言われれば、もはや勇者に彼を倒す理由は無い。せっかくやって来たので倒したいところだが、非道な悪を撃つという大義名分が無ければ、単なる暴力行為でしかなくなる。
「よし、お前が改心するというのなら、友達になってやろう。だが、その言葉に偽りがあった時には、お前を斬る」
「それで構わない。では、約束通り世界の半分をやろう」
「それ目当てで友達になったわけでは……」
「要らぬと言うのか?」
 損得勘定なしに奉仕の精神で生きてきた勇者だが、今後のことを考えると貰えるものは貰っておきたかった。備えあれば憂いなし、それは深いダンジョンンに潜るたびに思う。人生と云う下る一方のダンジョンンに潜り続けるなら尚更だ。
「友達がくれるというのなら、受け取るのが勇者だ」
「では、どういう分け方にするかだが……」
「まさか、海と陸地で分けて、海だけよこして半分だとか言うんじゃないだろうな!?」
「そんなことはしない、陸地は均等に分ける」
「それじゃ、肥沃な大地を独り占めして、痩せ細った土地をよこすんじゃないだろうな!?」
「そんなことはしない、肥沃な大地は均等に分ける」
「肥沃な大地は均等に分けたが、資源が豊富な土地は独り占めするんじゃないだろうな!?」
「そんなことはしない、資源も均等に分ける」
 涼しげな顔で答える魔王を見て、本気で均等に分けるつもりだと思い、彼を疑ったことを勇者は恥じた。
「わかった、お前が分けた世界の半分を受け取ろう。友達だからな」
「感謝するぞ勇者よ。では、さっそく誓約書にサインを」
 誓約書には“魔王と勇者は友達であり、それぞれは魔王が分けた土地を統治するものとする”とあった。勇者がそこにサインをすると、魔王は満面の笑みを浮かべた。
「これで世界の半分は、勇者のものだ! そっちの世界の統治は頼んだぞ」
 魔王が渡してきた地図には、青線で囲われた勇者の領土があった。魔王の領土は赤線で囲われていて、陸地や海の面積も均等なら、そこにある資源、肥沃な土地の割合も同じだった。
 だが、勇者の土地には“男”という文字があり、魔王の土地には“女”という文字が書かれている。
「この男と女って……」
「勇者よ、そなたには世界の半分、男の世界をやろう。男だけを集めた、むさくるしい世界だ。私は女の世界を貰う。異論は認めない」
「計ったな、魔王!」
「さらばだ、勇者よ。私はハーレムで余生を過ごす」
 自分の世界に転移していった魔王を、勇者は見送ることしかできなかった。
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