あなたが怖れるグレムリン無双

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あなたが怖れるグレムリン無双

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「今日も敵役、お疲れ様でした。乾杯!」
「乾杯!」

 居酒屋でモンスターたちがジョッキをぶつけ合う。
 面子は幹事のグレムリンに、オーク、ドラゴン、スケルトン。みんな、モンスター学校の同級生だ。

「最近、どうっすか?」

 幹事のグレムリンが、ざっくりとした話題を振る。

「オラは好景気だ。ここ数年は、女騎士バブルでガッポガッポよ」

 ご機嫌な顔でオークが腹を叩く。

「我は相変わらず忙しい」

 渋い顔で飲むのはドラゴンだった。彼を入れる為に幾つかの席を片付け、特別にスペースを確保している。

「ドラゴンさんは人気ですからねぇ~。よっ、キング・オブ・モンスター」
「ホント、羨ましい限りでやんす」

 おだてるグレムリンと、妬むスケルトンだった。

「よしてくれ、忙しいのはブラックな仕事が増えたからだ」
「と、言いますと?」

 グレムリンが問うと、ドラゴンはビールを一口で飲んで語り始める。

「ソシャゲーが増えたことで、レイドボスの仕事が増えてな。あれが中々にキツい」
「どんなところがっすか?」
「ボスとして出るのはいい。だが、場合によっては攻撃されることなく放置される。それが辛い。放置されようとも、登場したからには、出現時間は守らなくてはいけない。人の気配が無くとも待ち続け、時間が来たら撤収。これほど、やり甲斐のない仕事は無い」

 ボス経験が少ない他のモンスターは唸るしかなかった。

「そういう仕事は、時給なんでやんすか?」
「いや、ダメージ給だ。受けたダメージと与えたダメージに応じて支払われる歩合制になる。だから割に合わない」

 スケルトンに訊かれ、ドラゴンは更に渋い顔になる。

「生、おかわり!」
「はい、少々お待ちを」

 店員にジョッキを渡し、ドラゴンがゲップをする。

「スケルトンさんは、どうっすか?」
「オイラは落ち目でやんす。出番があるのも、RPGやカードゲームくらいなんでやんすが、その数がめっきり減っちまって……。同じアンデッドでも、ゾンビの野郎はガンシューティングじゃ花形モンスター、映画にも出るほどの活躍ぶりでやんす。それに比べて、オイラは……」
「まぁまぁ、僕に比べたらいいじゃないっすか。もうゲームは、すっかりご無沙汰っすよ。映画が公開されてた頃が懐かしい……」

 グレムリンは、ふぅ~と溜め息をついた。

「どうしてこうなった?」
「聴いてくださいよ、オークさん。僕はモンスターとしての歴史が浅いんっす。その上、機械に悪戯をするなんて設定があるもんだから、純粋なファンタジーじゃ、お呼びがかからなくて……」
「待ちの姿勢は、いかん。自分から営業を仕掛けるべきだ」

 注文した生を受け取り、すぐに飲み干したドラゴンが言う。

「生、おかわり!」
「はい、少々お待ちを」

 店員にジョッキを渡し、ドラゴンがゲップをする。

「営業っすか……」
「そうだ。我も似たようなのが多くいるからな、競争に負けぬよう、技術の習得を続けている」
「技術と言うと?」
「まずはポリゴンになれるかどうかだ。それが無理でも、Live2Dは狙ってもいいのではないか? 体の色替えで稼げる時代は終わっているんだからな」
「なんか、大変そうっすね」

 グレムリンは他人事のように笑った。

「我らは、まだいい方だ。人間の方がよっぽど辛かろう。見よ、あちらで飲んでる美女を」

 ドラゴンが顎で指した方を見ると、着物姿の美女たちが酒を酌み交わしていた。見た目は若いのに、胡坐をかいて豪快に飲んでいる。

「彼女達が大変なんっすか? 一体、どの辺が……」
「ああ見えて、元は男なのだ」
「え~っ!?」
「一番奥にいる派手な着物の女子、あれは織田信長だ。シミュレーションゲームの雄も、美少女化という時代の流れには逆らえん。ああして、女になってまで仕事を得ておる。あれに比べれば、我々など……。まぁ、一部の者は擬人化され、美少女化もしているがな」

 何という時代になったのだと、グレムリンはすっかり取り残された気持ちになった。同時に、もっとアグレッシブに攻めていなかいとダメだなと痛感する。




 数日後、グレムリンはソーシャルゲームのオーディション会場にいた。
 採用されるモンスターは一匹。一緒に審査されるのは、コボルトとサラマンダーになる。

「中にお入りください」

 面接官に呼ばれて中に入ると、私服の男性が三人、並んで座っていた。面接官の特徴を一言で言うと、眼鏡、メタボ、ガリガリになる。

「失礼するっす」

 断りを入れて中に入る。
 三匹が椅子の後ろに立つと、メタボ面接官が座るように手で指示した。三匹が座るのを待って、眼鏡の面接官が口を開く。

「志望動機を。コボルトさんから」
「お金が欲しいとです」
「サラマンダーさんは?」
「御社の理念に共感し、自分もその一翼を担いたいと……」
「そういうの、いいですから。じゃ、グレムリンさん」
「何でも、チャレンジしないとダメだと思ったんっす」
「あぁ、そう……。君ら、モンスターでよかったね。人間だったら、まず受からないよ。そんな答えじゃ」

 眼鏡の面接官は嘲笑し、質問を続けた。

「キャリアビジョンを。コボルトさんから」
「いっぱい、お金が欲しいとです」
「サラマンダーさんは?」
「五年後には、四大精霊で一番人気になり、火属性は勢いだけというイメージを……」
「そうですか。次、グレムリンさん」
「グレムリン無双っすね」
「ちなみに、その将来の展望に対して、どのような努力をされていますか?」

 室内がシーンと静まり返る。モンスターたちが何も言えないでいると、ガリガリの面接官が手を挙げて問う。

「この中で、ポリゴンになれる人は?」
「はい」

 返事をしたのはサラマンダーだけだった。

「なるほど、サラマンダーさんだけと。私の方は以上です」

 ガリガリの面接官の視線は、眼鏡の面接官に向けられる。他の質問をどうぞ、そう顔に書いているかのようだ。

「では皆さんに訊きます。今まで仕事してきた中で、一番辛いと感じたことは何でしょう? コボルトさんから」
「ゴブリンがおるんで、要らないって言われたとです。それが一番堪えたとです」
「サラマンダーさんは?」
「サラマンダーより、ずっと速いって、ヒロインに言われた時ですかね……」
「グレムリンさんは?」
「仕事が無いのが、一番辛いっす」

 軽く頷いたかと思うと、眼鏡の面接官はダメ出しを始めた。

「こういう質問はね、どんなことを大変だと感じているか以上に、それをどうやって乗り越えたのかを聴きたいんですよ。仕事に困難はつきもの。故に、その困難の乗り越え方が問われる訳ですが……。まぁ、モンスターに言っても仕方ないですね」
「オホン」

 メタボの面接官が咳払いをする。眼鏡の面接官は喋るのをやめ、メタボの面接官を見て軽く頭を下げた。

「え~、質問はありますか?」

 メタボの面接官が問いかける。

「あの、メンテナンス中は休めるんっすか?」
「グレムリンさん、ソシャゲーに休みはありません。メンテ中もスタッフがアクセスし、動作チェックを行っています。弊社の場合、サーバーも開発環境、テスト環境、本番環境で用意していますので、その何処かで出番があるでしょう」
「サーバーは、どちらを……」
「サラマンダーさん。それを貴方が訊いても仕方ないでしょうが、AWSを使っているとだけ答えておきましょうか。あとはまぁ、OS的な都合で大文字と小文字が区別されるので、名前の表記は小文字で統一願いますよ」
「は、はい……」
「他には?」

 モンスターたちは黙ってしまった。

「では、これで面接は終了とします。本日は、弊社のオーディションを受けて頂き、誠にありがとうございました。合否に関しては、一両日中にお伝え致します」

 面接官たちが立ちあがったので、モンスターたちも真似をする。メタボの面接官が入り口に手を向け、退室を促した。

「失礼したっす」

 頭を下げてモンスターたちが出て行く。

「あっ、グレムリンさんだけ、隣の部屋に入ってください」
「はい……」

 ガリガリの面接官に言われて、隣の部屋に入り直す。何も無い部屋でまごついていると、ガリガリの面接官が入って来た。

「あの、何かヤバいこと、言ったっすか?」
「いや、何も……。モンスターとしては普通でしたよ」
「それじゃ、何で……」

 不安げなグレムリンを見て、面接官は優しく肩を叩いた。

「グレムリンさんには、違う仕事を頼みたいからですよ。ちなみに、我々がもっとも恐れているモンスターは、ご存知ですか?」
「……ドラゴンさんっすか?」
「いえ、虫ですよ」

 踏みつぶせば誰でも殺せる虫が怖いとは、変な人間もいたものだとグレムリンは思った。だが、虫の類にはデカいのもいると思い直す。

「虫っていうのは、ワームみたいな大型の奴っすか?」
「そうですね。ワームも怖いですが、私が恐れているのはバグですよ。アイツらの精神攻撃のお陰で、私たちはデスマーチを強いられることもあるんですからね」
「アイツら、そんなに厄介だったんっすね……」
「ええ、でもグレムリンさんには、バグ以上の恐怖をもたらすことが可能なハズ……。何せ、機械に悪戯するのが得意だとか……」

 ガリガリの面接官は不気味な笑みを見せてくる。

「その能力を誰に使えって言うんっすか?」
「私たちのライバル会社にですよ。彼らのオフィスに侵入して、妨害する仕事を引き受けてくれませんかね。さぁ、貴方が願った“グレムリン無双”を始めましょう。フフッ、アハハハハ!」

 狂ったように笑う面接官を見て、人間ほど恐ろしいモンスターはいないと思うグレムリンだった。
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