一兆円ジャンケン

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第一話 賞金一兆円

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「一兆円が貰えるジャンケン大会?」

 渡された書類を読んで、新見拓也が目の前にいる友人に訊く。

「ああ、一兆円が貰えるジャンケン大会だ」

 高橋大樹が答える。
 二人は喫茶店の窓際の席に向かい合って座り、同じ書類に目を通していた。それは政府主催のジャンケン大会の概要説明だ。
 説明書には、若年層の自殺率の高さを受け、“希望のある社会づくり”の一環として、優勝賞金一兆円のジャンケン大会が開催されるとある。
 政府がジャンケン大会を主催するのはバカげているが、その賞金が一兆円ともなれば、そのバカさにも磨きがかかる。磨きに磨きすぎて、その異質さは光の速さで全世界に広がった。主にインターネットで。

「大樹は、出るの?」
「もちろん! 拓也も出ろよ、運だけは良いじゃん」

 大樹がニッと笑う。彼の白い歯と浅黒い肌が、陰湿さのイメージから程遠いせいか、その言葉は嫌味に聞こえない。運だけしか良い点がないと言われても。

「僕は、運が良い自覚はないんだけど……。そもそも、運が良かったら、あんな会社に入ってないし」

 そう言って拓也が窓の外を見る。窓に映る彼は、覇気がない顔をしていた。

「拓也、それを言うなら、俺も同じ会社に入ったんだ。互いに会社運はねぇ~よ。だが、お前はあのブラック企業をメール一通で辞められたんだ。他の奴が辞めるのに苦労したってのに」
「それは、まぁ……」

 拓也の脳裏によぎるのは、理不尽な企業研修だった。情報通信業の会社に入ったのに、穴掘りや土嚢を担いで走る研修合宿があり、肝心の業務内容を教えられないまま、合宿後は飛び込み営業やテレアポをやらされている。
 職場では怒号が飛び交い、残業や休日出勤は当たり前。なのに、給与は低水準。入社して一年以内の離職率は50%を超えていた。なかなか辞めさせてくれないのに50%以上あるのが、あの会社の恐ろしさだ。

「拓也を真似て何人もメールを送ったが、みんなダメだった。結局、アイツらは俺と同じで、会社が破産するまでいたんだ」
「最後まで残ってる方が、凄いと思うよ。耐え抜いたと思えば……」
「意味のないしごきに耐えても、何も得られないがな。で、話を戻すが、出るだろ? ジャンケン大会」

 再び説明書に目を通し、拓也は小さい文字で書かれた規約を指さした。

「規約がびっしり書いてるんだけど……。この海外移住の禁止とか、あまり見ないような……」
「別に海外になんか、住まないだろ? 日本語しか、話せないんだし。ってか、政府が主催なんだぜ? 問題あることしねぇ~だろ」
「それは、そうかもだけど……」

 納得いかない面持ちで、拓也は大樹から目を逸らす。思いがけず、隣の席に座った客の新聞の見出しが目に入る。

『日本国憲法第22条第1項、改正』

 目を凝らし、見出しに続く文章を読む。『何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。この一文を部分的に改正』とあり、施行は令和元年とある。

「憲法、改正するんだ」
「……らしいな。で、出るだろ? 拓也」
「……うん」

 思わず、生返事で頷いてしまう。

「よし! 頑張れよ、拓也。もし、お前が一兆円を手にしたら、俺にも少し分けてくれよ。なんたって、俺が教えなければ、チャンスさえなかったんだからな」
「そう……だね……」

 押し切られるように、拓也は了承してしまう。だからといって、特に不満はない。どうせ、お互い序盤で負けて終わりだろう。そんな風に思っていた。それよりも気がかりなのは、運の話だった。

「あのさ、僕がメールで辞めた件だけど、あれって民法627条に言及したからで……」
「そういう話はいいよ。じゃ、忘れずにジャンケン大会に応募するんだぞ。参加は無料だからな」

 それだけ言うと、大樹は席を立って喫茶店から出て行った。
 一人残された拓也は、テーブルの上に置かれた伝票を取り、独り言をつぶやく。

「辞職メールは、僕なりに色々と調べた結果だから、運じゃないって……」


* * *

 数ヶ月後――

 木枯らし吹きつける競輪場には、特設ステージが設けられていた。
 ゴールスタンド前に設置されたステージには『一兆円ジャンケン大会 決勝トーナメント』の看板が取り付けられ、その後ろの巨大スクリーンでは場内が映し出されている。場内は無観客で、コート姿の警備員と中継スタッフが所定の位置についていた。
 静まり返った場内に競輪選手用の入場曲が流れ、8人の若者が一列になって登場する。その中に、拓也の姿もあった。
 彼らの姿がスクリーンに映し出され、画面内に文字が流れ始める。『始まった』『税金の無駄遣い』『優勝者、結婚して』といったコメントが目立つ。どれもネットの書き込みだ。

 その様子を建物内にある実況席から眺める中年男性がいた。ジャンケン大会の実況を担当する沢田隆と、解説の堀英樹だ。

「優勝賞金一兆円を賭けたジャンケン大会、決勝戦の幕開けであります。全国の予選を勝ち抜いたジャンケン猛者たちが、競輪場のバンクをゆっくりと進みます」

 沢田の声が響く中、彼が言うところのジャンケン猛者たちがステージに上がっていく。

「若年層の自殺率の高さを受け、“希望のある社会づくり”の一環として企画された本大会も、残る出場者はステージ上の8名となりました。果たして、一兆円は誰の手に渡るのか。また、その使い道は、どうなるのか。私も一国民として気になります」

 カメラがステージから実況席に切り替わる。

「本日、実況を務めさせていただきます、沢田隆です。どうぞ、よろしくお願い致します」

 沢田はカメラに向かって一礼し、隣に座る堀に目を向ける。

「それから、ゲストとして、実業家の堀英樹さんにお越しいただいております。堀さん、今日はよろしくお願い致します」
「よろしくお願いします」
「早速ですが、堀さん。このような大会が国策として、税金を投じて行われることについて、どうお考えでしょうか」
「普通じゃないと言えば、それまでですが……。まぁ、いいんじゃないですか。今までだって、ロクなことに使わなかった事例は山ほどあるんだし。それに比べたら、面白い試みだと思いますよ、僕は」

 沢田はディレクターをチラリと見た後に頷く。

「なるほど」
「あれ? 随分とあっさりした返事ですね。僕はてっきり、世論の批判がどうのと言われるとばかり……。あぁ、この放送も、国がスポンサーですもんね、ある意味」

 カメラが切り替わり、今度は特別観覧席に座るスーツ姿の集団を映した。

「特別観覧席には、総理や都知事の姿が見えますね。なお、この放送は地上波、衛星放送、動画配信サイトで、同時配信しております。また、一兆円ジャンケンのハッシュタグを付けてSNSに投稿すると、その内容が番組内で紹介されます」
「総理、室内にいるんですね。ステージ上で、何か喋らなくてもいいんですか?」
「開会宣言なら、予選のときにしましたので……」
「はぁ、そんなもんですか」

 スクリーンで流れるネット上のコメントは、『福祉に使え』『天下り先の確保』といった文字が増え、途端に画面が場内に切り替わる。
 場内では、一人の高齢男性がステージに向かって歩いていた。彼は脇に抽選箱を抱え、白と黒のストライプシャツを着ている。

「決勝戦の審判を務めるのは、ボクシングの審判歴30年以上の森田茂さんです。幾多の拳の行方を見定めてきたベテランレフェリーですが、この日の為にカナダのジャンケン世界一決定戦を視察したそうです」

 森田はステージに上がると、ステージ中央に向かって一礼し、ジャンケン猛者たちの前に歩み出た。
 一列に並んでいたジャンケン猛者たちが、順に抽選箱から紙を取っていく。順番が来た拓也も紙を取り、それをカメラの前で広げてみせた。紙には数字の1が書かれている。
 拓也が振り返ると、スクリーンにはトーナメント表が表示されていた。左から順に、新見拓也、大日陰由佳、有栖未希、真々田翔、田所健太、相良洋平、池戸亮、谷口香織とある。
 競輪で使用される鐘が鳴ると、拓也と由佳を残し、ほかの出場者は来た道を戻っていった。そういう段取りなのだ。

「組み合わせが決まりました。初戦は、新見拓也さん対大日陰由佳さん。では、二人の紹介映像をご覧ください」

 拓也の紹介映像がスクリーンで流れる。
 卒業アルバムの写真、ブラック企業での集合写真、バイト先のコンビニで働く様子が、次々に映し出されていく。

「新卒で入社した会社は研修で逃げ出し、その後は気ままなバイト生活。退職願はメールで済ませたイマドキの青年。小学校のときに、ゆとり教育が始まったフルゆとり世代。ゆとりエリート、新見拓也!」

 そんな紹介を聞き、さらにはスクリーンの映像を見て、拓也は顔をしかめた。
 映像はインタビューに切り替わり、『賞金の使い道は?』というテロップが出る。スクリーンに映る拓也の答えは「貯金します」だった。

 続いて、由佳の紹介映像がスクリーンで流れる。
 こちらは卒業アルバムの写真がメインだが、制服の種類が多い。

「転勤族の親に連れられ、引っ越す先々で災害に遭う不運な少女時代。バイトを掛け持ちし、生活費や学費にあてた大学時代。社会人になるも、入社一年目にリーマンショック。会社が傾き、再び就職活動。転職先も倒産で、行き着いたのは派遣の仕事。長く働けば正社員になれると言われていたのに、その一歩手前で解雇。もし、運を使い果たすように、不運も使い果たせるなら今日までと願いたい。アンラッキー・ヒロイン、大日陰由佳!」

 映像がインタビューに切り替わり、『賞金の使い道は?』というテロップが出る。スクリーンに映る彼女の答えは「両親に家をプレゼントしたいです」だった。

 紹介映像が終わり、向かい合う拓也と由佳、その二人の間に立つ森田が映される。

「方や貯金、方や親孝行。異なる願いの両者が、運命の瞬間を迎えます。できれば、彼女に勝ってほしい。そう願う人が多いのか、投稿は彼女の応援が目立ちます」

 実況通り、由佳を応援する投稿が目立った。
 “不幸が売り”みたいな彼女ではあるが、その身なりは安っぽい派手さが垣間見える。

「ジャンケン……」

 森田の掛け声に合わせ、拓也と由佳が拳を振りあげる。

「ポンッ!」

 出した手は、拓也がチョキ、由佳がパー。
 一瞬の間をおき、由佳が落胆する。対して、拓也は無表情だ。

「勝者、新見拓也」

 森田が勝者を宣言する。ネットの書き込みは拓也に対する罵声と、由佳を励ます投稿があふれた。その視聴者コメントに呼応するように、沢田がハイテンションで叫ぶ。

「なぜだ!? なぜ、彼女は負けてしまったのか!?」

 熱のこもった叫びに、解説の堀も口を開く。

「そりゃ、チョキにパーを出せば、負けますよ」

 解説として呼ばれたからには、ジャンケンの解説をしなくてはいけない。彼なりの判断である。

「多くの声援虚しく、彼女は散ってしまいました。……おや?」

 沢田は泣き崩れる由佳の映像に合わせ、悲劇を煽る言葉を続けようとしたが、涙を拭うハンカチがアップになると、疑問が先に出た。

「ハンカチに、何か書いていますね」

 ハンカチには文字がプリントされている。それは由佳の銀行口座だった。
 ネットの書き込みは同情から一転、『何、あれ』『振り込めってか』『コイツ、地元じゃ虚言癖で有名』『いいから、国民にバラまけ』といった投稿に変わっていく。
 トーナメント表からは由佳の名前が消え、拓也の線が太くなって先に伸びていた。

 カメラは再び実況席の二人を映し出す。

「初戦が終わったところで、改めて本大会について、考えたいと思います。自殺する若年層が増える中、生きる希望を与えるため、この一兆円ジャンケンが始まったわけですが、この金額について、掘さんは、どう思われますか?」
「さっきね、国民にバラまけって、投稿がありましたけど、それをやったら一人一万円にも満たない配分。配布する手間を考えたら、やる意味があるのかっていうレベルですよね、一兆円は」
「なるほど」
「金額に関しては、ぶっちゃけ、答えようがないかな。何をやるのかによって、要る額は違うんで」
「でも、国家予算の1%ですよ」
「一般会計のね。特別会計を含めてくださいよ。問題は、何に使うのかです。個人が私的に貰う額としては、一億円でも大きい。だけど、事業で使う一億円なら大した額じゃない」
「それは、掘さんだから言えることで」
「僕じゃなくても、そうですよ。今の時代、クラウドファンディングでも何でも、集めやすい案件には、集まるものです。それより、僕が事業で使う一億円に言及したのは、この大会に参加する際にサインする書類を見たからですよ」

 掘が取り出したのは、大会の概要説明だった。拓也と大樹が喫茶店で手にしていたのと同じ物になる。




 カメラが実況席を映しているころ、出場者控室となった検車場では、ジャンケン猛者たちが自分の番を待っていた。控室になっているとはいえ、いつも通り自転車が並べられ、天井からもぶら下がっている。
 そんな場所の一角で洋平、香織、亮はパイプ椅子に座り、健太は部屋の奥で体操をしていた。洋平の手にはノートパソコンがあり、対戦相手のデータが入っている。
 その検車場に入ろうとする拓也の前に、由佳が体を滑り込ませた。

「アンタが優勝したら、振り込んでよね。一兆円も貰えるんだから、百万くらい余裕でしょ。いい?」

 口座番号が書かれたハンカチを押し付けられ、拓也は黙って受け取ることしかできなかった。由佳は渡せて満足したのか、そのまま出口に向かって足早に進んでいく。
 彼女にかける言葉が見つからず、拓也は彼女の背中を見送るだけだった。ジャンケンの勝者が敗者にかける言葉など、思いつきはしない。スポーツで健闘を称えられるのは、そこに互いの努力が見られるからだ。ジャンケンには、それがない。
 そんな彼の想いも、広げたハンカチが打ち消す。口座番号と彼女の言葉は、どう解釈しても“金をくれ”なのだから。それでも、そのハンカチを捨てる気にはなれず、ポケットにしまい込んで検車場に入る。
 あいている椅子に座り、スマホを取り出してコミュニケーションアプリを起動すると、画面上部には『大樹』の文字が出た。二人のやり取りが始まる。

『勝っちゃったよ』
『見てた。あの紹介VTRは、ないよな』
『あの会社を知らないから、言えるんだよ。ネット関連の会社なのに、研修で穴掘りして、土嚢を担いで走らされたら、こんなヤバい会社にはいられないって、誰でも思うはず』
『だよな。それに、ゆとりエリートは酷い。相変わらず、俺らの世代を馬鹿にした感じでムカつく。国際的な学力調査で、前の世代より良かったのに』
『そういうのは報道しないし、誰も調べないからなぁ。フルゆとり世代って言うなら、次に出てくる彼女の方が、年齢的には適切だし』


 そのフルゆとり世代の有栖未希は、競輪場のフードコートにいた。
 そこには簡素な長テーブルと椅子があり、ステージの方向を指すように『順路』と書かれた案内板が設置されている。案内板の横では『一兆円ジャンケン大会運営委員会』のジャンパーを着たスタッフが立ち、未希を怪訝そうに見つめていた。
 その視線を気にせず、未希はテーブルに自撮り用のスマホを置き、占いで使う振り子“ペンデュラム”を揺らしている。一枚のカードの上にペンデュラムを持っていくと、急に旋回のスピードが速まった。

「先ほど、占いましたところ、パーで勝つと出ました。この動画をご覧の皆さんには、私の占いが当たる瞬間を見届けてほしいと思います」

 黒く長い髪をベールで覆い、いかにもな占い師が動画配信中という感じだが、その様子を物陰から見る男がいた。彼女の対戦相手、真々田翔である。本人は物陰に潜んでいるつもりだが、細長い四肢は少しも隠れていなかった。
 彼はスマホを取り出し、小声で通話する。

「もしもし、お母さん? あのね、対戦相手の人、パーを出すみたい」

 そう話す彼の手は、チョキになっていた。




 鐘が鳴り、未希と翔がステージへと進んでいく。
 スクリーンに流れるコメントは、未希を待ちわびる投稿が目立つ。それは、彼女の紹介映像が始まると『来た!』に変わり、沢田のナレーションが始まると意味不明な単語の羅列になった。

「大学生になってから始めた占いが当たると評判になり、占いサイトを開設。今では月間一億PV。動画配信を始めると、さらに人気上昇。彼女なしでは行動が決められない人が続出。若きカリスマとなった占いプリンセス、有栖未希!」

 映像はインタビューに切り替わり、『賞金の使い道は?』というテロップが出る。スクリーンに映る未希の答えは「手にしたときに占います」だった。
 続いて、真々田の紹介映像がスクリーンで流れ始める。使われる画像は親子の記念写真ばかりだ。

「会社の面接は母親同伴、親子ともどもお祈りされて、やっと決まった就職先も、母の一言で退職。いつも母と二人三脚。二人羽織の前の方。究極の指示待ち君、真々田翔!」

 映像はインタビューに切り替わり、『賞金の使い道は?』というテロップが出る。スクリーンに映る翔の答えは「それを決めるのは、僕じゃないので」だった。
 『ヤバいマザコン、キター』『キモい』といった投稿が増えていく。

 紹介映像が終わり、向かい合う未希と翔、その二人の間に立つ森田が映される。

「勝つのは占いか、母の助言か。本人の意思とは関係のない勝負が始まります!」

 実況に文句を言う占いガチ勢の投稿が見られる中、未希の涼しげな顔が映し出される。対する翔はニヤついていた。

「ジャンケン……」

 森田の掛け声に合わせ、未希と翔が拳を振りあげる。

「ポンッ!」

 出した手は、未希がグー、翔がチョキ。
 ニヤついていた翔は呆然とし、未希は微笑んだ。

「勝者、有栖未希」

 森田が勝者を宣言する。
 カメラに向かって手を振る未希を見て、実況の沢田が立ち上がって叫ぶ。

「彼女の占いは本物か! 私も占ってほしい」

 そんな沢田に対し、今度は『手のひらクルー』という投稿が寄せられる。『さすが未希様』『彼女には似つかわしくないステージ。ショボい』という内容も見られた。

「ステージ、ショボいそうですよ」

 解説することがない掘が、コメントを拾う。

「ショボいですかね?」
「僕はいいと思いますよ、無駄に税金をかけるより。豪華にすれば、無駄遣いだと文句を言い、簡素にすればショボいと文句を言う。何をしても、文句を言う人はいるもんですよ」

 『ラクダに乗る老夫婦の話』を掘がし始めたところで、トーナメント表からは真々田翔の名前が消え、有栖未希の線が太くなって先に伸びていく。




 検車場へと続く廊下では、未希と翔が並んで歩いていた。

「パーで勝つんじゃなかったの?」
「運命は、変わるものです」

 翔の追及を一蹴し、未希は検車場に入っていく。
 中では、拓也、香織、亮が椅子に座り、タンクトップ姿の健太が部屋の奥で屈伸。ジャケットを着た洋平が、ドア付近に立って電話をしていた。

「ええ、お話は嬉しいのですが、もう手いっぱいでして……。はい、はい」

 電話をする洋平の前を通り、未希は拓也の後ろの椅子に座るも、屈伸を終えた健太が近づくと席を立ち、部屋から出て行った。
 彼女に続くように、香織、亮も出て行き、拓也は鼻をつまんだ。健太から漂う悪臭に……。

「失礼します」

 電話を切るとすぐに、洋平も鼻をつまむ。
 そんな彼らを気にせずに、健太は堂々と歩いていく。

「臭い」

 健太が通り過ぎてから、洋平はポツリとこぼし、ノートパソコンを開いた。
 健太のデータには、チョキの比率が高いとある。




 鐘が鳴り、健太と洋平がステージへと進んでいく。
 スクリーンでは、健太の紹介映像が流れていた。その内容は彼が釣りをしているシーンばかりで、釣り上げた魚くらいしか変化がない。

「親から引き継いだアパートの経営をする傍ら、趣味の釣りにいそしむ毎日。資産家の家に生まれ、宝くじを買えば当たる。いいことがあったら、パンツは取り換えない主義。幸運の星の元に生まれたミスターラッキー、田所健太!」

 映像はインタビューに切り替わり、『賞金の使い道は?』というテロップが出る。スクリーンに映る健太の答えは「釣りのテーマパークを造ります」だった。
 『金持ちは出るな!』『パンツ換えろ』といったコメントが連投される。
 続いて、洋平の紹介映像がスクリーンで流れ始める。使われる画像は、パソコンを操作している姿しかない。

「エンジニアとして幾つもの会社を渡り歩き、豊富な開発経験を持つフリーランスエンジニア。ジャンケン大会への参加は、あくまで運試し。口癖は“コストカットは、人付き合いから”。コストパフォーマンスの良い仕事を追い求める孤高の探究者。クールぼっち、相良洋平!」

 映像はインタビューに切り替わり、『賞金の使い道は?』というテロップが出る。スクリーンに映る洋平の答えは「結婚相手を見つけ、その人と考えたい」だった。
 『優勝したら、結婚して』『仕事を頼みたい』といった投稿が目立つ。

 紹介映像が終わり、向かい合う健太と洋平、その二人の間に立つ森田が映される。
 森田と洋平は、健太を見て険しい表情をしていた。

「審判も、いつになく険しい表情です」

 沢田が緊迫感を煽る。

「臭いんじゃないですかね、彼。パンツ換えてないんでしょ、しばらく」

 堀が淡々と状況を解説する。

「ジャンケン……」

 森田の掛け声に合わせ、健太と洋平が拳を振りあげる。

「ポンッ!」

 出した手は、健太がチョキ、洋平がグー。
 勝った洋平は鼻をつまみ、負けた健太が悔しがる。誰も喜んでいる人がいないステージとなった。

「勝者、相良洋平」

 森田が勝者を宣言し、洋平は健太から距離を取った。

「チョキで勝ち続けてきた彼の強運も、ここまででした」

 どこか嬉しそうな沢田の実況が入る。

「チョキで勝てていたのは、匂いのせいじゃないですか? だってほら、臭くて手に力が入らないと、パーしか出せないし」
「それは、あるかもしれませんね」

 ステージから去る洋平と健太の間には、距離があった。

「運試しして、どうすんの?」

 臭い男、健太が問う。

「いえ、出会いを求めての出場です。運試しやコストカットの話は、勝手に作られてしまっただけで……」

 洋平はジャケットの下に着ている恋人募集Tシャツを見せた。
 Tシャツの自己紹介欄には、エンジニアとしての実績が書かれている。『運用』『試験』『効率』といった言葉があり、『用』や『験』などの文字が消えかかっているため、『運』『試』と読めなくもない。

「へぇ~。で、成果はどうよ?」
「それが、なぜか割に合わない仕事の依頼ばかり増えて、困ってますよ」

 答え終わると、洋平は歩行スピードを上げ、健太との距離を広げていった。




 トーナメント表から健太の名前が消え、洋平の線が太くなって先に伸びていく。
 スクリーンでは『今さらだけど、何で競輪場でやるの』という投稿が流れていた。そのコメントを堀が拾う。

「競輪場での開催理由って、公表されているんですか?」
「いいえ。一説には、全国的な施設配置、配信設備、ナイター設備、スーパースローでの再生が可能なことが、ポイントだったと言われていますが……」

 そう言って場内を見渡す沢田の目に、競輪の宣伝ポスターが目に入る。
 『競輪を管轄している経産省が大会運営に関与しているから』という投稿が流れていた。




 検車場では拓也と未希が座って待ち、亮は部屋の隅でスマホをセッティングしていた。スマホを自転車の上にミニ三脚で固定し、“料簡法意”と書かれた法被を着て喋り出す。

「今回も、最初にグーを出します」

 握りこぶしを作って言うと、亮は録画した映像をSNSに投稿した。




 その亮の対戦相手となった香織は、女子トイレの便器に座り、手のひらに人の字を書いて飲み込んでいた。幾人も飲み込むうちに、メガネが曇っていく。
 一呼吸置いた後、スマホを取り出す。ホーム画面に映る美少年のイラストを見て、思わず顔をニヤける。
 SNSを立ち上げると、亮の投稿がトレンドに入っていた。その投稿にあった動画を再生すると、「今回も、最初にグーを出します」という彼の声が個室に響いた。




 鐘が鳴り、亮と香織がステージへと進んでいく。
 スクリーンでは、グーで勝ち進む亮の紹介映像が流れていた。

「震災の影響で内定を取り消しになった不運なフリーター。出す手を宣言するユニークな戦法で、ここまで上り詰めてきました。今日こそは、幸運を掴んでほしい。宣言は、いつもグー、池戸亮!」

 スクリーンの映像を堀が指さす。

「彼、宣言通りに出すんですか?」
「その時々みたいですよ」

 沢田が解説にまわる。
 映像はインタビューに切り替わり、『賞金の使い道は?』というテロップが出る。スクリーンに映る亮の答えは「豪遊!」だった。
 『俺も混ぜてくれ!』『うちの店で使って』といった投稿が目立つ。
 続いて、香織の紹介映像がスクリーンで流れ始める。使われる画像は、彼女がつけているメガネのアップばかりだ。

「大学では心理学専攻。相手の心を読んで、出す手を決めると噂のエスパー。心理状態とジャンケンで出す手の関連性を調べるため、ジャンケン協会に所属。その成果が今日、試される。心理学ジャンケン、谷口香織!」

 映像はインタビューに切り替わり、『賞金の使い道は?』というテロップが出る。スクリーンに映る香織の答えは「推しに使います」だった。

「推しって、何です?」
「応援しているアイドルでしょうかね」

 沢田は手元の資料を見るも、答えに辿り着かなかった。
 その間に紹介映像は終わり、向かい合う亮と香織、その二人の間に立つ森田が映される。

「ジャンケン……」

 森田の掛け声に合わせ、亮と香織が拳を振りあげる。

「ポンッ!」

 出した手は、亮がグー、香織がパー。
 亮は天を仰ぎ、香織はスマホを胸に抱いた。

「勝者、谷口香織」

 森田が勝者を宣言し、対戦した二人がステージから下りていく。

「宣言通りにグーを出しての敗北。当たり前と言えば、当たり前!」

 地味な絵面を打ち消すかのように、沢田が叫ぶ。

「猜疑心を抱かせるのに、失敗したんだね。グー宣言を信じない人は、パーを出さない。パー以外なら、グーを出せば負けない。そんな展開を望んでいたんでしょ」

 堀がグー宣言を分析する。

「相手の裏を読む勝負でしたね。彼女が、裏の裏を読んだ感じでしょうか」
「まぁ、裏の裏は表ですけどね」

 沢田の分析に掘が言葉を付け足す。
 トーナメント表は亮の名前が消え、香織の線が太くなって先に伸びている。

「出場者が残り4名となったわけですが、掘さんは、ここまでの戦いをどうご覧になりましたか?」
「戦いと言っても、ジャンケンはジャンケンですよ。誰がやっても、大差ない。ただまぁ、スポーツの大会みたいな人物紹介があるせいで、勝手にドラマが作られている感はありますね。見せ物は、こうやってつくられるんだなと、感心しますよ。勝ち負け以上の内容なんて、ないのにね」
「何か、気になった点などは?」
「最後の彼女、えっと……谷口香織さん。彼女の職業は何です?」

 沢田が資料を読み進める。

「え~、手元の資料によれば、家事手伝いですね」
「つまり、無職ですよね。会社員が一人もいない。そこが気になったかな」
「決勝に会社員がいないことがですか?」

 意外そうな顔つきで、沢田が堀に迫る。

「ええ、予選を平日に開催したこともあるんでしょうけど、交通費などが自己負担で、優勝者以外は賞金なし。勝敗は、運で決まる。そんな大会に、参加する層というのが、垣間見えた気がしますよ」
「確率的に低いものに賭ける人の傾向、ということでしょうか」
「酷い言い方をすれば、それ。でもまぁ、『希望のある社会づくり』って企画意図的には、目的を果たしていると言えるんじゃないですか。仕事を失ってる人が、希望を持てない最有力候補みたいに言われているじゃないですか」
「掘さんは、最有力ではないと?」
「ええ、僕は個人で稼ぐ時代に入ったと考えているんで、組織に属しているかどうかは、前ほど気にすることじゃない」
「個人で稼ぐというのは、自営業という認識で、よろしいのでしょうか?」

 掘は腕組みをし、仰け反って座る。

「なんて言えばいいんですかね。江戸時代は、8割以上の人が農民だったわけでしょ。それが今じゃ、農家は人口の3%未満。そのくらいになっても、食糧を確保できるようになった。だから、割合が減った。輸入という手段が増えたにせよ、そういった構造的な変化が起きている。それはオフィスワークにも言えることで、会社員は前ほど要らない。僕が言いたいのは、そういうことですよ」




 女子トイレの個室では、香織がスマホを握る手を震わせていた。

「心理学は、心を読む学問じゃないし、ジャンケン協会に行ったのは一度だけだし、必勝方法はネットで調べただけだし……。何なの、この紹介、本当に何なの!?」

 彼女のスマホに映っていたのは、自分の紹介映像だった。




 トーナメント表で拓也と未希の名前が強調されているころ、拓也はフードコート手前の通路で立ち止まっていた。彼の視線の先には、ペンデュラムを揺らす未希がいる。

「先ほど、占いましたところ、パーで勝つと出ました。この動画をご覧の皆さんには、私の占いが当たる瞬間を見届けてほしいと思います」

 その光景を見た拓也は黙って引き返した。
 対戦相手である自分が見てはいけない光景に出くわした、そう思っての判断である。
 とはいえ、ステージに向かうには、順路であるフードコート前を通らなくてはいけない。どうしたものかと思い悩みながら辺りを歩き、取り敢えずでトイレに向かう。
 拓也がトイレに入ると、個室から声が聞こえてきた。

「あのね、お母さん。占いの結果がパーって言ってたんだ。だからね、僕はそう……えっ? そんな動画はない?」

 話の内容からして、この声の主は翔だ。となれば、パーで勝つ占い結果が意味するのは“釣り”ではないか。
 彼女が占い通りパーを出すなら、チョキを出せば勝てる。パーを出すのが釣りなら、彼女はチョキに勝つためにグーを出す。自分がパーをさせば、どっちに転んでも負けることはない。
 拓也の出す手は決まった。




 鐘が鳴り、拓也と未希がステージへと進んでいく。
 スクリーンの左側には拓也の顔、名前、25歳、『ゆとりエリート』の文字が表示されている。右側には、未希の顔、名前、22歳、『占いプリンセス』の文字が表示されている。
 ステージに上がった拓也と未希が向き合い、その間に森田が立つ。

「夢の一兆円まで、あと少し。決勝に進むのは占いプリンセスか、ゆとりエリートか。彼らに許された選択肢は3つだけ!」

 静まり返った場内に、沢田の声が響く。

「3つの選択肢って、グー、チョキ、パーでしょ」

 少しの沈黙の後、掘が突っ込む。

「ジャンケン……」

 森田の掛け声に合わせ、拓也と未希が拳を振りあげる。

「ポンッ!」

 出した手は、拓也がパー、未希がグー。
 未希はピクッと眉を動かし、拓也は無表情のまま突っ立っている。

「勝者、新見拓也」

 森田が勝者を宣言し、対戦した二人がステージから下りていく。
 トーナメント表から未希の名前が消え、拓也の線が太くなって先に伸びている。『ウソでしょ、未希様』『くたばれ、ゆとり』といった投稿が続く。

「決勝に進んだのは、ゆとりエリート、新見拓也!」

 沢田の声を聞きながら、拓也と未希が建物内に入っていく。
 少し歩き、周囲に誰もいない場所まで来ると、先を行く拓也に未希が駆け寄る。

「あの」

 未希に呼び止められ、拓也が立ち止まる。

「あとで、またお会いできませんか?」
「えっ、どうして?」
「ビジネスです」

 また金目当てかと思った拓也だったが、想定外の理由に首を傾げる。

「私、占いで稼いでいるんです。当たるって評判なんですよ。その私に勝ったあなたには、大きな宣伝効果が見込めます。私の占いを凌駕する幸運の手相。切り口は、そんな感じでしょうか」
「はぁ……」
「私が、あなたを鑑定し、人を呼び込み、収益に繋げる。その見返りとして、何かお礼をします。すぐには決められないと思うので、連絡先を伝えておきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「別に、いいですけど」

 未希が差し出した名刺を受け取り、何気なく裏面を見ると地図が書かれていた。彼女の活動拠点らしいが、そこには占い館っぽい名称はなく、有栖興信所ビル2Fとなっている。

「興信所?」

 気になって訊こうとしたが、未希は目の前にいなかった。既に、何歩も先に行っている。
 追いかけてまで聞く理由もないなと、拓也は自分のペースで歩いて検車場に戻っていく。




 検車場では、洋平が椅子に座って、パソコンの画面を見ていた。
 画面に表示されているのは、対戦相手である香織のデータで、出す手の比率は同等になっている。
 洋平は少し間を置いた後、ジャンケン必勝法のサイトにアクセスした。




 同時刻に、香織もジャンケン必勝法のサイトをトイレで見ていた。洋平が見ているのと同じサイトになる。

香織「初心者はグーを出す。緊張して、手に力が入るから。でも、彼は、そんな感じじゃなかった。あいこになったら、人は違う手を出す。だから、違う手で勝つ方を出して……あぁ、ヤバい。緊張してきた」

 ブツブツと呟いた後、香織は手のひらに人の字を書き始めた。




 トーナメント表で洋平と香織の名前が強調される。
 鐘が鳴り、洋平と香織がステージへと進んでいく。
 スクリーンの左側には洋平の顔、名前、34歳、『クールぼっち』の文字が表示されている。右側には、香織の顔、名前、31歳、『心理学ジャンケン』の文字が表示されている。

 ステージに上がった洋平と香織が向き合い、その間に森田が立つ。

「夢の一兆円を賭け、ゆとりエリートと戦うのは、どちらか」

 沢田の実況後、一瞬の沈黙が訪れ、森田が口を開く。

「ジャンケン……」

 拳を振り上げる、洋平と香織。

「ポンッ!」

 洋平がチョキ、香織がチョキ。
 互いの顔を見る洋平と香織。

「あいこで……」

 拳を振り上げる、洋平と香織。

「しょっ!」

 洋平がパー、香織がパー。

「あいこで……」

 拳を振り上げる、洋平と香織。

「しょっ!」

 洋平がパー、香織がパー。

「あいこで……」

 拳を振り上げる、洋平と香織。

「しょっ!」

 洋平がグー、香織がチョキ。
 香織は息を飲み込み、洋平は大きく息を吐いた。

「勝者、相良洋平」

 少し間をおいて、洋平と香織はステージからゆっくりと降りていった。
 トーナメント表から香織の名前が消え、洋平の線が太くなって先に伸びている。
 『相良さん、結婚まであと一人』『あいこ、長っ』といった投稿が増えていく。

「いやぁ~、接戦でしたね!」
「接戦って、単なる偶然でしょ、あいこは」

 興奮気味の沢田に、堀が苦笑する。




 拓也は、検車場でスマホの画面を見ていた。画面上部には『大樹』の文字がある。

『いよいよ決勝か。あの日の約束、覚えてるよな?』
『覚えているよ。一兆円を少し分けるって話でしょ』
『なら、いいんだ。で、決勝戦で出す手は決めたか?』
『決めてないよ。いつも通り、何となく出すだけ』

 洋平が検車場に入ってくる。
 椅子に座るとパソコンを立ち上げ、対戦相手である拓也のデータを見た。出す手の比率は同等とある。




 トーナメント表で拓也と洋平の名前が強調される。
 鐘が鳴り、拓也と洋平がステージへと進んでいく。
 スクリーンの左側には拓也の顔、名前、25歳、『ゆとりエリート』の文字が表示されている。右側には、洋平の顔、名前、34歳、『クールぼっち』の文字が表示されている。

 ステージに上がった拓也と洋平が向き合い、その間に森田が立つ。

「生涯年収は平均3億円。宝くじの一等前後賞合わせて10億円。その金額の先にあるのが、一兆円。それを手にする者が今日、この場で決まります。一兆円ジャンケン大会、最後の戦いが始まります」

 沢田が言い終わるのを待ってから、森田が口を開く。

「ジャンケン……」

 拳を振り上げる、拓也と洋平。

「ポンッ!」

 拓也がグー、洋平が少し遅れてパー。
 すかさず、森田が洋平を指さす。

「遅出し!」

 遅出し判定に、ネットの投稿が荒れる。一瞬にして遅出し判定の肯定派と否定派に分かれた。

「おっと、ここでまさかの遅出し判定。スーパースローで見てみましょう」

 沢田が言い終わる前に、拓也と洋平の手の動きが、スローモーションで再生される。
 洋平がワンテンポ遅い。

「確かに遅い。よく気づけるなぁ」

 堀が唸る。

「遅出し認定で、注意1が付きます。2回目の注意で失格というのが、本大会のルール。相良さん、後がありません」

 沢田がルールを解説する。
 洋平は頭を掻きむしった後、所定の位置に戻って拓也と向き合った。
 森田は、二人とアイコンタクトをしてから、ゆっくりと口を開く。

「ジャンケン……」

 拳を振り上げる、拓也と洋平。

「ポンッ!」

 拓也がパー、洋平がグー。
 洋平は膝をつき、拓也は何もなかったかのように無表情で立っている。

「勝者、新見拓也」

 スクリーンには拓也の顔が大きく映り、『金、くれ』という投稿が幾つも流れていく。

「遂に、一兆円を手にする人物が決まりました。堀さん、彼の勝因は何でしょう?」
「グーに対して、パーを出したことですね」
「なるほど。ここで、もう一度、新見さんのインタビュー映像をご覧いただきます」

 スクリーンで拓也のインタビュー映像が流れる。『賞金の使い道は?』というテロップが出て、拓也の「貯金します」という声が響く。




 その様子を特別観覧席で見て、鼻で笑う者がいた。都知事の平橋勇である。

「貯金? 運用って発想はないのかね」

 彼の横に座っていた総理大臣の立花清が、平橋の言に頷いて話しだす。

「まったく、金は回ってこそ価値があるものを。まぁ、使い道なんぞ、最初から決まっているがね」

 その横に座っていた八王子市長の黒岩豊も口を開く。

「アレの準備は、できていますので」

 立花と平橋は、黒岩を見て頷いた。




 ステージ上では『一兆円ジャンケン大会運営委員会』のジャンパーを着たスタッフが動きまわっていた。
 椅子やテーブルを置き、トロフィーを運ぶ。優勝者の拓也はステージの端で、置物になっていた。

「特設ステージでは、授賞式の準備が進められています。気になる一兆円の使い道は貯金ということですが、これについての意見をお聞かせください」

 場をつなぐために、沢田が掘に質問する。

「貯金しても、大手銀行の金利は無いに等しいですからね。使うなら、ネットバンクですよ。サービスの組み合わせ次第で、相当変わるんで」
「なるほど。微々たる金利でも、一兆円ですからね。夢が膨らみます」
「いや、そもそも一兆円のうち、どのくらい手元に残せるのかっていう……」

 沢田が、ステージを見る。

「授賞式の準備が整ったようです」

 ステージ中央に置かれたテーブルの上では、ジャンケンの3つの手を模した金のトロフィーが輝いている。その横には椅子が置かれ、拓也が座らされていた。




 総理大臣の立花がステージに続く通路を進む。
 その後ろをスーツ姿の中年男性がついていく。長身で掘の深い顔をした彼の名は、前田誠司。官僚である。
 立花は振り返って前田と目を合わせると、微笑して頷く。
 前田は、立花に頭を下げ、来た道を戻った。


 戻って来た前田に、待機していた数人のジャンケン大会スタッフが駆け寄る。
 前田は立ち止まり、指示を出す。

「説明には、キッズルームを使う。マスコミに気づかれないよう、彼を誘導してくれ。本番は、これからだ」

 スタッフは返事をすると、一斉に走り去っていく。

 そのころ、競輪場の正門では十数人の警備員が道を塞ぎ、それを邪魔そうに見る報道陣がうろついていた。




 一方で、ステージ上では、拓也がトロフィーを受け取っていた。

「今、総理の手からトロフィーが贈られました」

 沢田が見たままの状況を説明する。
 スクリーンには、トロフィーを持つ無表情の拓也が映され、『税金泥棒』という投稿が目立っていた。
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