雑談クラブ

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第八話 ご都合主義を擁護しよう

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「あのさ、批評家って“ご都合主義”って言葉が好きだよね」
 今日も部室で、遥が部活には関係のない話題を切り出す。
「どうしたの? 急に」
 と葵。
「だってさ、みんな同じこと言うんだよ。あたしが好きな映画に対して」
「あぁ、好きな作品がディスられて気分を害したのね」
「そうなのよ! あんな批評、聴いて喜ぶ人いるの? その映画が好きならイラッとするし、まだ観てない人が聴いたら観に行かなくなるんじゃない? 営業妨害だよねぇ~」
「聴いて喜ぶのは、アンチの人じゃないかな。自分が嫌いなものを嫌いだと言う人が居て、楽しんでる連中より自分の感性はマシだって思う。そんな感じじゃないのかなぁ?」
 淡々と答える葵に遥がムッとする。その横で楓は教科書に落書きをしていた。
「それじゃ、あたしの感性がマズいみたいじゃない」
「アンチの人の中では、そうだというだけの話。相容れない水と油、気にしても仕方ないよ、遥」
「えぇ~、納得いかな~い」
 頬を膨らませ、遥がテーブルを叩く。
「その気持ちは、わからなくはないけど……。まぁ、批評家っていっても、言ってるのは単なる感想が多いかな。批評と云えるほど作り手や作品に関する知識がないし、自分を強く押し出し過ぎていて、対象と受け手の橋渡しという意義を失ってるのが大半よね。誰かの感想ならネット上で嫌というほど見れるのに、いまだに自分の感想を言うだけの批評家がテレビで需要があるのは……」
 言ってる途中で皮肉っぽくて嫌だなと思い、葵は続きを言うのをやめた。
 このまま話し続ければ、兄が言っていた内容を繰り返してしまいかねない。やれ批評家は総じて作家崩れだ。彼らが映画や小説に抱く“こうあらねばならない”は、非現実的な理想の異性を語る輩のようにキモい……等々。
 好きな作品の批判を耳にするたび、兄がテレビに向かって言っていた言葉が、いつの間にか心に沁みついていた。
「でさ、ご都合主義って何?」
「は?」
 頬を膨らませていたかと思えば、遥は根本的な質問を今になってしてきた。
「色んな人がダメだって言ってるけど、そもそも“ご都合主義”って何?」
「え~っと……そこからなの? ご都合主義は、簡単に言えば、都合のいい展開のこと。こういう設定ですと説明があったのに、急にそれが覆っちゃうとか……」
「例えば?」
「主人公より敵の方が強いって設定だったのに、何の伏線も無かった“覚醒によって新たな力を得る”とかで逆転するとか。異世界の人や地球外生命体と遭遇したけど、言葉が通じる便利な何かがあるとか。非常に手の込んだ殺人現場に、偶然にも名探偵が居合わせるとか……。遭遇確率は幾らよ、みたいな」
「えぇ~、別にいいじゃん。あたしは気にならない」
 何となく、そう言われるような気がしていた葵だった。
「ねぇ、葵。面白ければ、いいんじゃないの?」
「最終的にはそうなんだけど……。あまりにも都合が良すぎるとリアリティに欠けるから、物語に入り込めなくて面白くない人も出てくるの」
「細かいことを気にしなきゃいいのにね。そうしたら、もっと楽しめるものが増えるのに……。その、ご都合主義が嫌いな人たちって、都合が悪い主義なの? 都合が悪い方が楽しいの? 殺人事件が起こったけど、解決できる人がいませんでした、終わり~みたいな?」
「それじゃ物語にならないでしょ……。意図的に用いることが許されるケースと、そうでないケースがあるの。遥だって、主人公が凄いピンチに追いやられて、どうにもならない、死ぬかも……って展開だったのに、実は夢でしたぁ~なんて“夢落ち”は嫌でしょ?」
「それは嫌かも」
 そう言われたことにホッとし、葵は言葉を続けた。
「何処までが許されるケースかは、線引きが難しいところだけど、そういう批判は大昔からあるんだよ。古代ギリシアの演劇で、絶対的な力を持つ存在デウス・エクス・マキナが現れて、強引に物語が収束するとか、当時の人も批判してたくらいで……。日本でも、歌舞伎で客の反応がイマイチだと、強引に義経を出すというのがあったけど…………これは似て非なるものかな?」
「へぇ~、葵って演劇のことも詳しいんだぁ~」
「あの、うちら演劇部員なんだけど……」
 遥がポンッと手を叩いた。顔に忘れていたと書いてある。
 部活に関係のない話ばかりしているが、ここは演劇部の部室であって、3人とも演劇部員なのだ。訳あって、役者が居なくなって裏方だけが残り、これまた訳あって辞めずに活動しているフリをしている。その為の雑談なのだ。
「でさ、思ったんだけど」
「何を?」
「ご都合主義って、可哀想じゃない?」
「は?」
 今度は何を言い出す気だろうと、葵は次の言葉に身構えた。
「ほら、だって色んな人から嫌われてるじゃん。ご都合主義って……。だから、あたしらで良いところを見つけてやんないと、可哀想かなって」
「可哀想って、ご都合主義が?」
「そう」
 人が可哀想、物が可哀想、というのは聴いたとこがあるが、主義を可哀想というのは、葵的に初耳だった。
「葵、ご都合主義の良いところって何だと思う?」
「それはまぁ、推理ものが成り立つのは、偶然そこに名探偵がいたというご都合主義があるからだけど……」
「まず、ひとつ。あとは?」
「男女が運命的に出会う偶然も、会わないと始まらないから仕方ない気も……」
「なかなか、良いところがあるね、ご都合主義も。それで、それで」
「怪獣が映画の制作国ばかり襲うのも、制作費的に仕方ないかなと……」
「なるほど。海外に出現したら、お金がかかりそうだもんね」
「あと、本来なら言葉が通じない相手と、意思疎通ができる便利アイテムも、それが無いと話が進められないから必要かも。そういう設定で見せたい部分は他にあるし、お互いの言語を理解するまでのやりとりを長々と見せられたら、飽きちゃうかもしれないし……」
 そう言いながらも、なんで自分が“ご都合主義”を擁護させられているんだと疑問に思う葵だった。
「なんかさ、こうやって聴いてると、ご都合主義って大事だよねぇ~。ところで、楓は何かある?」
 楓は落書きをしていた手をピタリと止め、ゆっくりと口を開いた。
「美男や美女が多く登場する」
 その一言に葵と遥が目を合わせる。
「それ、あるよねぇ~」」
「確かに、世の中は美男や美女ばかりじゃないし、割合的なことで言ったら、大半の作品で美男や美女が出過ぎってことになるけど……」
「けど、何?」
「そういうものじゃないの? だって、見てくれがいい方が観ていて気分がいいでしょうに……」
「わかんないよ、葵。都合が悪い主義の人の中には、“美人が多すぎる、なっとらん”って言う人もいるかもよ。そうだ! 都合が悪い主義の人が、美人が多すぎる映画を絶賛してたら、美人が多いのは“ご都合主義”じゃないかって突っ込もう!」
「えっ?」
 驚く葵をよそに、遥はスマホを取り出して何やら調べ始めた。
「あの批評家、何を褒めてるかなぁ~っと……。おっ、あったあった。何これ、通販番組の商品ばっか褒めてんじゃん」
「出演者なんじゃないの?」
「そうだ、出演してるっぽい。それじゃ、あれだ。今はディスってるけど、自分が出てる通販番組で取り上げられたら絶賛するかも。よぉ~し、あたしの好きな作品のDVDを取り上げるよう、ここに電話してみよう!」
「えぇ~……」
 そこまでして自分の好きな作品を褒めてほしいのかと思うと、何も言えなくなる葵だった。
「電話かけるから、この話は終了~」
 と言って遥は、この話題を終わりにした。
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