雨崎少年の悪夢とその要因について

田原摩耶

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 俺は、学校が嫌いではない。
 中学生にもなると皆勉強なんてだるいだとかサボりたいなんて口にしたが、俺は、そんなことを考えたこともなかった。
 かといって特別学校が好きというわけではない。ただ、逃げ場が欲しかった。家にいるのが嫌だった。だから、毎日通わなければならない学校という存在が俺には必要不可欠だった。
 両親が離婚して、母親に引き取られ、市街地の片隅のアパートで母親と二人暮しすることになったのは小学生上学年の頃。
 母親は俺の自分の生活費を稼ぐために水商売を始めた。よくある話だ。女手一つで俺を育てるにはそうするしかなかったのだ。
 家では一人でいることかいつしか当たり前になっていた。子供心ながら寂しいと思ったこともあったが、もとより、一人でいるのは慣れていた。誰といるよりも一人で本を読むことが好きだった。
 だから、母親が仕事中、冷えたご飯をレンジで加熱し、テレビを見ながら食べる。それから空いた時間を使って勉強して、図書室で借りてきた本を読む。そんな生活がいつしか当たり前になっていた。
 そんな生活にも慣れてきた頃、母親が彼氏を連れてきた。
 俺が中学に上がった頃だ。母親が俺に紹介したのは、自分よりも十は離れた若い男だった。
 実業家だかなんだかいっていたが、どうにも普通の男のように思えなかった。
 父親とは違う、知らない男が俺と母親の家に転がり込んできたのだ。
 最初は週にニ、三度くればよかった。母親はその度男と部屋に籠もり、薄い壁からは生々しい声が聞こえてくるのが嫌で、俺は音楽を聞いて必死に目を反らしていた。
 いつしか男が来る頻度は増え、泊まることも多くなった。
 俺は、男のことが好きではなかった。母親が仕事に出ていく時間帯になっても我が物顔でこの部屋に居座り、そして、俺を呼ぶのだ。

「なあ、お前、オナニー知ってるか?」

 最初、そんなことを言われてびっくりしたのを覚えてる。
 男の傍にはいつも飲みかけの酒が置かれていた。
 自慰行為のことは、知っていた。読み物をしてるとそういう描写が出てきて、何度か試したこともあったのだ。それを知られたのかと思い、焼けるように顔が熱くなった。
 知らないです、と逃げようとするが、筋肉のついた太い腕に抱き込まれ、体を寄せられるのだ。
「なら、お兄さんが教えてやるよ」なんて、アルコールの臭気を漂わせながら、俺の服を脱がせる。
 うちは、あまり裕福ではない。
 食事も、他の同級生と比べたらあまりよく取れてない方だろう。事実、俺はあまり発育がよくないと言われた。
 健康診断では栄養失調気味だとも言われたこともある。母親が馬鹿にされてるみたいで、俺は、それを母親には伝えなかった。だから、人前で裸になることに酷く抵抗を覚えた。
 そして今、この男に自分の体を見られることが耐えられなくて、恐怖でしかなくて、暴れた。けれど、子供と大人、それも体格のいい男の力の差は歴然だ。されるがままになるしかなかった。
 初めて他人と体を重ねたのはそのときだ。
 酔っ払った母親の彼氏に抱かれた。
 痛みしかない行為は暴力行為にも等しい。声が枯れるほど泣き叫び、男のものを捩じ込まれたのだ。
 それからだ、男が更に家に入り浸るようになったのは。
 ほぼ同棲状態といった方が適切か。恐らくろくに働いていなかったのだろう。男は母親が仕事にいく時間帯を狙って俺の部屋の扉を開け、俺を抱いた。

 家に帰ることが苦痛だった。だから、できる限り家に帰らないようにギリギリまで粘った。図書室に遅くまで残った。
 何度か母親が帰ってくるまで外で過ごそうともしたが、警察に補導され、結局、迎えに来たあの男に捕まるのだ。
 俺が遅く帰ってきた日の行為は、いつも以上に酷かった。殴ることもあった。首を絞められ、本気で殺されると思った。
 それなのに、死にそうになりながらも射精する自分が気持ち悪くて、その翌日は決まって自己嫌悪で死にそうになった。
 それから門限が設けられる。

「今度六時過ぎて帰ってきたら殺す」

 そう男に囁かれ、俺は恐怖のあまり吐きそうになる。
 逃げ場など、なかった。
 相談することなんて出来ない。母親といるときのあいつは、優しい。見たことのない甘い顔で、母親を抱き寄せるのだ。
 もし、殴られたりするのが俺ではなく母親になるとと思うと、助けを求めることができなかった。
 他の大人もそうだ。母親の彼氏に毎晩女のように抱かれてるなんて知られると思っただけで生きた心地がしない。
 いっそのこと、誰かがあの男を殺してくれないか。そう、願うことしかできなかった。諦めるしかなかった。男が飽きるまで、言いなりになるのが一番よかった。そうすれば、男の機嫌がよくなるのだ。
「お前は可愛いな」と「俺のものだ」と、まるでお気に入りの玩具で遊ぶみたいに無邪気な顔で笑うのだ。
 男のいる家に帰りたくない俺にとっての唯一安息の場は昼間の学校だった。
 現実逃避するみたいに勉強に打ち込んだ。本を読んだ。そうすることで、毎晩の悪夢を忘れることができたからだ。
 けれど、体中に跡を残されるようになってから、ただでさえ苦手だったのに人前で着替えることができなくなる。
 皆が恋だとか友達だとかで盛り上がってる中、俺は、ただ机に向かっていた。そうすることでしか忘れる方法を知らなかった。
 みんなの話にもついていけない、運動も得意ではない、かといって並外れた話術があるわけでもない。人と話すことは得意ではなかったが、あの男に抱かれてから一層、他人と接することに嫌悪を覚えるようになる。
 違う、他人と話していると、自分の醜さが、汚さが、浮き彫りになるようで嫌だった。だから、最低限のコミニュケーションを除いて、俺は他人を避けた。
 中学生にもなるとそういうものは肌で感じるようになるらしい、周りも俺をいないもののように扱うようになる。
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