犯罪者予備軍共

田原摩耶

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VS草食系食人鬼

01

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 日暮一色ひぐれいっしき、十八歳。
 容姿良し、性格良し、おまけに愛想もよく要領もいいお陰か、周りからはよく頼られているらしい。
 本人も本人で頼られたら断れない性格のようで、結構自分の中に溜め込むタイプだと言う。
 老若男女共に好かれる苦労性なこの好青年が今回のターゲットのようだ。

 俺は先程部下から手渡された書類に目を走らせ、そして肺に溜まった空気を口から吐く。
 日暮の顔写真が貼られた書類には生年月日、身長体重、好きな食べ物から初恋の子の名前とミニエピソードまで様々なデータが記されていた。
 そんな中、赤いペンで囲まれた項目に目を止める。
 最後に口にしたもの――クラスメイトの血。

 これはまた可愛らしい。なんて思うわけがなく、「ここ最近は大人しかったのに」と無意識の内に何度目かの溜息が漏れる。
 それにしてもカニバリズムか。食人嗜好の人間の相手をするのは初めてではないが、あまり得意ではない。
 丁寧に切り取られる時もあれば無我夢中に貪られ、どちらも相手の腹の中に体の一部を持っていかれるから嫌なのだ。
 ……駄々捏ねたって仕方ないのだろうけれど愚痴るくらいは許していただきたい。

 薄暗い部屋の中、書類をテーブルの上に置いた俺は部屋の壁に取り付けられた鏡の前に立つ。
 とはいっても鏡に移るのは『向こう側』の俺の部屋で、フレームの中には今いる部屋とそう変わらない殺風景が広がっている

 ――今回、俺は日暮一色の一個下の後輩になる。
 上からはなんでもいいと言われたが、やはり一番学生相手に馴染むにはこれが一番やり易い。ヘラヘラ笑っとけばすぐ気に入られるし、まじ楽。あと制服も色々着れるから楽しい。

 そう、鏡に触れた俺は鏡の向こう側の世界にいるあの子を呼び起こす。とはいえいまだにその影はない。念じる。思い浮かべる。すると、鏡の中に波紋が広がり向こう側の景色が波打つように歪んでいくのだ。
 そして触れた指先、その向こう――先ほどまでなにもなかったそこに、茶髪の青年が浮かび上がる。
 猫目を細めてこちら側へと微笑みかけてくるその青年の名前は、目比出むくいいずる。十七歳。
 日暮一色の通う高校の二年生で、家が近所の仲がいい後輩。という設定。
 ――そして、またの名を向こうの俺。

「出ちゃん、頑張ってね」

 鏡越しに立つ青年もとい目比出もとい俺にそう軽く唇を重ねれば、出はくすぐったそうに笑い手を振り返してくる。
 ……とはいえど、頑張るのは俺なんだけども。
 考えている間に、出のいるあちら側の部屋に家具やらなんやらと様々なものが浮かび上がる。
 数分もしないうちに先程まで殺風景だったあちらの部屋にはどこにでもいるような男子高生の部屋に変化した。

 どうやら準備が整ったようだ。流石記憶操作班、仕事が早い。
 なんて思いながら俺は、自律して動き出す出を見送る。鏡から離れた出はそのまま部屋の扉へと歩き出す。そして出が扉を開くのを最後に、こちら側の俺の記憶は途切れた。



 某日、午前七時。
 本来ならば空き地だったそこには今現在俺の拠点――もとい仮家があった。まあ、今回の仕事が終わるまでの付き合いだ。すべてが終われば空き地へと還り、他の同業者が家を造る、所謂そういう場所だ。
 一時的時空をねじ曲げて作った家の中、俺は予め用意されていた制服に袖を通す。因みにこの制服自体初めて着るわけで特にドキドキはしない。
 着替え終わり、俺は部屋に置かれている時計に目を向けた。
 そろそろだ。そう思ったのとほぼ同時に、壁に取り付けられたインターホンのベルが鳴り響く。どうやらターゲットがやってきたようだ。「はーい」と声を上げつつ、鞄を手にした俺は客人を迎えるため玄関へと向かう。

「おはよーございます、先輩!」

 そして、扉を開いた俺は飛びっきりの笑顔を浮かべながら扉の前に立っていた青年に抱き着いた。

 目比出、十七歳。
 日暮一色の後輩で、家庭の事情で数ヵ月前に引っ越してきた。両親は共働きで基本家を空けている。
 ーーそして十二歳の頃敬愛していた兄が死に、学校でよくしてくれている日暮に兄の姿を重ねている。

 以上、記憶操作班が日暮の記憶を弄り植え付けた出に対しての記憶である。
 相変わらずの記憶操作班の趣味が滲み出たこの余計な設定には今さら呆れはしない。正直楽しかったりする。
 けど趣味丸出しの設定はもう少しなんとかならないかとは思ったりしなかったりするが。

「うっわ、っぶないだろ!」

 ぎゅうっと抱き着けば、俺の重みに耐えられなかったようだ。支えきれず、慌ててドアノブを掴んで耐えた日暮。貧弱なやつだ、偏食するからだぞ。と思いつつも「ごめんなさい、丁度目の前に抱き着きやすそうな腰があったので」と目を潤ませておく。
 すると、日暮は出鼻挫かれたような顔をした。それもほんの一瞬、やれやれと言わんばかりに日暮は息を吐き、そして俺の体をやんわりと外すのだ。

「転んだら危ないだろ。毎回毎回、朝から心臓に悪いんだって」
「でも俺のお陰で少しは鍛えられたんじゃないんですか?」
「……まあ、確かに。って、少しは反省しろって」

 ついほだされそうになる日暮は、そうむっとする。
 怒ったフリだとわかっていたので、俺はニコニコと笑いながら「はぁーい」と答えた。
 そのまま玄関を出ていく俺に、日暮は呆れたような顔をしたが「んじゃ、行きましょうよ。先輩」と再びぎゅっとその腕を掴めば、わかりやすく日暮の顔が赤くなる。

「あんまはしゃぐなって。転ぶぞ」
「転んだら先輩も道連れにします!」
「ばか、やめろよ」

 パタパタと先を歩く俺の後ろから日暮がついてくる。
 朝の住宅街、俺はターゲットである日暮一色とともに家を出た。


 いつも、ターゲットと初めて接触するときは不思議な感じだった。お互い初対面同士なのに、幼い頃からの知り合いだったり家族だったり恋人だったり親友だったりするわけだからもう可笑しくて堪らない。
 とはいえど、こちらはターゲットのなにからなにまで熟知している身だ。当たり前の初対面とは訳が違うが、やはりいつになっても最初はあまり慣れなかった。

 監視班班長兼お食事係――それが俺に振り分けられた役割だ。
 監視班はそのまま指定された区域で暮らす人間のメンタルコンディション諸々を全てを調べ、お食事係はその中でも欲求不満が限界に近付き犯罪を犯しそうになるやつに接触し欲求を発散させる。
 要するに、一般市民を犯罪者の手から守るという素晴らしい仕事なわけである。
 本当なら掛け持ちは職員の負担になるという理由からご法度なのだが、うちの会社ではお食事係が極端に少ないので監視班の俺が自ら監視している可愛い可愛い犯罪者予備軍どもに会いに行っているというわけだ。
 勿論、今回のターゲット日暮一色もこいつがガキの頃から俺が目を付けていた物件で全く赤の他人というわけではないのだが、普段ターゲットとの接触を許されない監視班の俺がこうして初めて顔合わせすることができるのはお食事係の出番になったときだけだ。
 犯罪者になったターゲットとしか接触出来ないなんてなんと世知辛い世の中だろうか。

 とはいえど、今の仕事は結構好きだったりする。
 だって、なんか犯罪から町を守るってカッコいいし。取り敢えずそんな感じ。


 ――校舎、屋上にて。
 下で日暮と別れ、のこのこと階段を上がってきた俺は屋上から学生たちが本業に勤しんでいる姿を見下ろしていた。
 日暮がいない今、なにもやることがない。
 不幸か幸いか、目比出という俺の姿はターゲットである日暮にしか認識されないようになっており、他の人間からは見えないように出来ている。
 端から見れば日暮が一人ではしゃいでいるだけだが、勿論そこはうちの有能な記憶操作班たちが周りの人間の記憶をちょこちょこいじっているから問題ない。
 まあそこまで有能なら犯罪の一つや二つを防げよという話になるのだが、いくら腕前がよかろうと記憶操作班たち頑張っても精々我慢させて期限を伸ばすことだけが限界で、日暮のような溜まりに溜まった人間の欲を発散させるには一度それを爆発させるしかないというわけだ。
 そこで、不死身である俺たち能力者もといお食事係の仕事だ。

 ……あともうちょっとだな。
 監視班専用携帯型通信機で現時点での日暮のコンディションを確認し、校庭を見下ろす。
 日暮のクラスは今、外で体育の授業を受けていた。
 本来ならば、この時間で転んだ女子生徒が日暮に保健室まで運ばれ殺害されるはずだ。
 しかしそれは俺がいないときの話だ。記憶操作班と俺が時空を歪めてでしゃばってきた今、誰一人死なせない。……うーん、決まったな。
 なんて思いながら校庭を見下ろしていると、日暮の側を走っていた女子生徒がべしゃりと転ぶ。
 あーあー、ちゃんと靴履かないからだろ。
 鉄柵から手を離し、そんな女子生徒の側へ駆け寄る男子生徒の姿を見た。
 慌てて女子生徒の側に座り込む日暮は「大丈夫?」と言いながら女子生徒の膝に目を向けるのだ。
 どうやら擦りむいたようだ、よっぽど痛かったのか涙ぐむ女子生徒の砂で汚れた膝は転んだ拍子砂利で皮が剥け、そこからじわりと赤い血が滲んでいた。さぞ日暮にとってはたまらん光景なのだろう。ほら、目を逸らすことすら忘れてガン見してる。少しは隠した方がいいぞ、紳士的ではあったが下心が隠せていない。
 ただいま日暮の心拍数上昇中。こっからでも半勃ちになったものがよく見えた。

 段々騒ぎが大きくなり、周りに他の生徒が集まる中ただじっと女子生徒の膝の傷を凝視する日暮に思わず俺は笑ってしまう。
 ――本当に、分かりやすいやつだ。
 今の会社に勤め出し、丁度日暮がまだ幼い頃から監視していたからだろうか。欲求不満を爆発させるその寸前すらなんだか愛しく見えた。
 でも、だからと言ってあいつの好きにさせるわけにはいかない。この世界の平和のためにもだ。

 ……さて、そろそろ俺も行きますか。
 女子生徒を抱えて校舎へと向かう日暮を見送り、俺は大きく伸びをした。
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