犯罪者予備軍共

田原摩耶

文字の大きさ
2 / 24
VS草食系食人鬼

02

しおりを挟む

 日暮の気を引くための演出とし自分の手で体に適当な擦り傷切り傷内出血を作り、サービスとし制服も所々ダメージ加工を施して置く。
 因みに、設定は俺に対して嫉妬を覚えた日暮の取り巻きたちにリンチされそうになって逃げてきたというあれだ。
 我ながら完璧である。
 なんてことを思いながら、屋上を降りたダメージ加工済み俺はそのまま保健室へと向かった。

 側を通りすぎていく生徒たちは相変わらず俺の存在に気付いていない。
 こういうとき、ターゲット以外から声を掛けられないのはなかなか便利だな。
 なんて思いながら、俺は保健室の前までやってくる。
 静かに扉を開こうとしたとき、不意に背後から「出?」と声を掛けられた。
 ここで俺の名前を呼ぶやつなんて一人しかいない。

「せ……先輩?」

 怯えたように目を丸くした俺は、慌てて背後を振り返りそこに立っていた青年もとい日暮一色に目を向けた。
 先程の女子生徒の体を背負っていた日暮は、俺の格好を見て驚いたような顔をさせる。

「……お前、それ……」

 さっそく食い付いてきた。
 切った口の端に滲む血と鬱血の痕に目を向ける日暮はじっとこちらを見据えてくる。
 心配する表情の裏、欲情した日暮の本性が垣間見えた。

「あ、すみません。入るんですよね。どうぞ」

 日暮の背にいる女子生徒に目を向けた俺は、そうわざとらしい笑みを浮かべながら扉の前から慌てて退く。

「出」
「……日暮君、どうしたの?」

 なにか言いたそうな顔をして名前を呼んでくる日暮に対し、おぶられていた女子生徒は不安そうに声をかけた。
 女子生徒には俺の姿は見えない。
 一人でごちゃごちゃ言っている日暮に呆れたような顔をする女子生徒。
 俺は彼女を一瞥し「早く手当てしてもらった方がいいんじゃないんですか」と日暮に声をかけた。

「……ああ、そうだな。わかってるよ」

 俺に促され、慌てて顔を逸らした日暮はそう言って保健室へ足を踏み入れる。
 このとき保健室には人気はなく、本来はいるはずである養護教諭は偶然席を外していた。
 日暮一色は二人きりの隙を狙って犯行に及んだ。
 ということは、第三者の俺が介入した今日暮は女子生徒に手を出すことは出来ない。
 もっと言うならば、今現在日暮の意識は俺で占められているはずだ。
 問題は、ここからだ。
 女子生徒か俺、どちらかがいなくなり二人きりになった瞬間日暮は動き出す。
 この場合女子生徒に出ていってもらうことになるわけだが、それがまた面倒な問題だった。

「先生いないね」

 日暮から降りた女子生徒は言いながら薬品棚に近付く。
 そこには予め俺が用意していた傷薬と大きめのガーゼが置かれていて、それを見付けた女子生徒は「あっ」と声をあげた。

「薬、勝手に使ってもいいのかな」
「……さあ、どうだろう」
「んじゃ、使っちゃお」
「一人で大丈夫?」
「うん、なんとか」

 静まり返った保健室内、会話を交わす二人を横目に俺も保健室に移動する。
 ちゃんと初心者でもわかるように用意してやったんだからどんどん使えよ、なんて思いながら俺は「先輩」と日暮に声を掛けた。

「先生いないんですか?」
「……みたいだけど、どうした?」
「薬塗ってもらおうと思ったんですが、なら仕方ないですね」

 小さく笑いながら、俺はそのまま保健室を後にしようとする。
 そして、日暮に腕を掴まれた。

「そのままじゃ悪化するだろ。薬ならあるから、傷、見せろよ」

 そう言いながらこちらに目を向けてくる日暮は俺の傷を凝視したまま続ける。
 よしきた、死亡フラグ立った。

 まるで傷口に話し掛けられているような気分になりながら、俺は「じゃあ、お願いします」と微笑んだ。


 日暮一色は怪我をした女子生徒を無人の保健室に運び、二人きりなのをいいことに「怪我の手当てをする」と女子生徒に迫る。
 その際少なからず日暮に好意を寄せていた女子生徒がほだされ、見事ベッドまで引き摺り込まれ何されるかとドキドキ淡い期待を寄せているところを日暮に踊り食いの食材にされるわけだ。
 第一発見者は養護教諭。
 悲鳴を上げ、暴れる女子生徒を押さえ込んでもぐもぐと体を貪っていたところをたまたま戻ってきた養護教諭が悲鳴に気付き、そこで発見される。
 そのときもう既に至るところを食い千切られていた女子生徒は虫の息で、真っ赤に染まった保健室のベッドの上で引き取った。

 これが、実際起きた事件だ。
 取り敢えずただ一言。いい人面してるくせに即ベッドってどうなんだよ。

 被害者となるはずだった女子生徒は俺が用意した傷薬で手当てを済ませ、保健室にまだ残るという日暮を置いて一足先に校庭へ戻った。そして、本来なら女子生徒がいるはずのそこには俺がいる。


 ――校舎内、保健室。

「……酷い傷だな」

 そう呟く日暮は、言いながら俺の顔に触れた。
 日暮の手に顎を軽く掴まれ、そのまま斜め上を向かされる。
 正面には日暮の顔があり、相変わらず日暮の目には俺の顔の傷が写り込んでいた。
 相変わらず、人の目を見て話さないやつだな。

「喧嘩でもしたのか」
「はい。まあ、人数が多くて流石にやばかったんで逃げてきました」

「あ、でも一対一なら絶対余裕で勝ててましたよ!」そう俺的無邪気な顔で続ければ、日暮は「バカ」と呆れたような顔をした。

「あんまり無茶なことすんなよ。……親御さんが心配するだろ」

 そう不安そうな顔をして続ける日暮は、確かに俺のことを心配してくれているようだ。
 慌てて目を伏せ、そう俺を宥める日暮に俺は少しだけ驚いた。
 本来ならば二人きりになった今即手を出してくるはずなのに。どうやら、記憶操作班の余計なキャラ設定が災いしたようだ。変に感情移入した日暮は、悲しそうな顔をする。おいおいさっさと襲えよ。躊躇ってんのか、こいつ。

「ごめんなさい、気をつけます」
「俺に謝るなよ。でも、本当無事でよかった」

「って、そう無事でもないか」そう苦笑を浮かべ自答する日暮は、再び俺の顔に目を向けた。
 目と目が合い、日暮は視線を逸らす。先ほどからちらちらこちらを見てくるので恐らく興味がないというわけではないのだろう。寧ろ、傷のことで頭がいっぱいなはずだ。
 しかし、それ以上に日暮は俺自身のことを思ってくれているのも事実のようだ。
 近付きすぎたか。楽しんでいたこの余計な設定が今はただ邪魔で仕方ない。
 殺されるためにわざわざやってきたのに殺すのを躊躇われるというとはどういうことだ。今度から記憶操作班にはキツく注意しておくようにするか。
 思いながら俺は日暮の目を見つめ頬を緩ませた。
 まあ、日暮が我慢しようと俺が煽るだけなのだけれど。日暮ぐらい我慢し続けた人間の理性なんてすぐ壊れる。今まで何百人も見てきた俺がそう断言するんだ、間違いない。

「ああ、これですか?多分、殴られたときに出来ちゃったのかも」

 言いながら俺は唾液で濡らした舌で血が滲んだ唇を舐める。
 ピリッと微かに小さな痛みが走り、口内に血液独特の錆びたような味が広がった。目の前の日暮の顔が僅かに硬直するのがわかる。
 本当、分かりやすい性癖だな。なんて思いながら、俺は舌を引っ込め「舐めとけば治りますよね」と日暮に笑いかけた。
 日暮に無理矢理唇を重ねられるのとそれを言い終わるのはほぼ同時だった。

「んっ、ふぅ……ッ」

 まさかキスされると思っていなかった俺は、貪るように口端に吸い付いてくる日暮に目を丸くした。
 別に男からキスされることに嫌悪を感じるわけではないが、俺が今まで監視してきたとき日暮は同性愛者らしい素振りを見せなかったから尚更日暮の行動に驚く。
 が、唾液でたっぷりと濡れた舌で嬲るように口端の傷を味わう日暮に、俺はこれがキスではないことに気付いた。
 ちぅ、と音を立て擦れた肌に滲んだ血を軽く吸う日暮の目的は間違いなく俺の傷のようだ。そのまま頬の薄い肉を唇で挟み、口の中に含めた日暮はそこに軽く歯を立てる。傷口に当たる日暮の歯が、そのままゆっくりと沈んでいく。
 皮膚にめり込むその感触に僅かに体を強張らせれば、そこで日暮はハッと目を見開いた。

「ぅ、うわ、ご……ごめん……っ」

 あと少しのところで踏み止まったのか、なけなしの理性を取り戻した日暮は慌てて俺の肩を掴み離した。
 いいとこだったのに止めるか普通。血で濡れた口許を手の甲で拭う日暮は、顔を青くしてそのまま保健室を後にしようとする。
 まずい。ここで逃げられてはまた最初からやり直しだ。
 タイムワープするのは楽だが、こんな簡単な仕事で何度もやり直しをするなんて俺の名が廃る。

「先輩」

 慌てて立ち上がった俺は、言いながら日暮の制服の裾を引っ張った。

「ごめ……離して」
「そんなに慌てなくても良いですよ。お腹減ってるんですよね」
「……っ」
「俺のこと食べたいなら好きなだけ食べていいですよ」
「なに言って……別に、俺はそういうつもりじゃ……」
「知ってますよ、俺。気付かないと思ってたんですか?いつも日暮先輩ったらじぃっと俺の体見てるので嫌でも気付きますよ」

 饒舌に話す俺に、狼狽える日暮はじわじわと顔を青くした。すると、制服の中に入れていた監視班専用携帯通信機が僅かに震え出す。普通異常が発生したときのみこうやって震動し出すのだが、どうやらなにか異常が発生したようだ。
 異常事態である現在異常の知らせがなるのは可笑しい。どういうことだ。
 日暮の隙を盗んで制服の中の通信機を取り出した俺はそれをこっそり見る。そして、顔をしかめた。

 通信機に表示された日暮一色のデータベース。そこに表示された日暮の犯罪欲求を示すメーターが点滅している。先程まで満タンだったはずのメーターは、徐々に減っていく。
 有り得ない。今まで犯罪欲求を解消するには実行させて発散するしかないと思っていただけに、いきなり起きたその異変に俺は冷や汗を滲ませる。
 そして、慌てて日暮に目を向けた。

「……ごめん」

 そうなんだかやりきれないような顔をして謝罪してくる日暮に、俺はなんだか鈍器で殴られたような衝撃に襲われる。
 なんだ、なんでそんな申し訳なさそうな顔をするんだ。
 対して、通信機の犯罪欲求メーターは平均以下まで減少する。
 もしかしてこいつ、萎えたのか。俺に。

「……なんか俺、疲れてたみたい。ちょっとそこで顔洗ってくるよ」

 そうどこか吹っ切れたように笑う日暮は、言いながら保健室に取り付けられた洗面台まで歩いていく。
 背中を向け、バシャバシャと顔を洗い出す日暮になにがなんだかわからなくなった俺は慌てて通信機を取り出し日暮のデータベースを調べ直す。

 犯罪欲求が萎えるなんて有り得ない。そうムキになってデータベースに目を走らせた俺は、とある項目で目を止めた。

 好きなタイプ。明るくて元気な人。守ってあげたくなる人。一途な人。
 苦手なタイプ――積極的すぎる人。

 この草食系犯罪者が。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

ファントムペイン

粒豆
BL
事故で手足を失ってから、恋人・夜鷹は人が変わってしまった。 理不尽に怒鳴り、暴言を吐くようになった。 主人公の燕は、そんな夜鷹と共に暮らし、世話を焼く。 手足を失い、攻撃的になった夜鷹の世話をするのは決して楽ではなかった…… 手足を失った恋人との生活。鬱系BL。 ※四肢欠損などの特殊な表現を含みます。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

ある日、友達とキスをした

Kokonuca.
BL
ゲームで親友とキスをした…のはいいけれど、次の日から親友からの連絡は途切れ、会えた時にはいつも僕がいた場所には違う子がいた

処理中です...