天国か地獄

田原摩耶

文字の大きさ
138 / 371
√α:ep.4 『共犯関係』

13

「今日はありがとう」
「いいわよ、亮太ちゃんのお願いなんだもの! またいつでも来てちょうだいね」

 すっかり明るくなった店の前。
「貴方達もね」とこちらに向かって微笑みかけてくる女将さんにに、俺は慌てて「お世話になりました」と頭を下げた。

 結局、一睡も出来なかった。それはどうやら隣にいる栫井も同じようだった。
 俺達は女将さんにお礼を言い、そのままその場を後にする。

「それじゃ、そろそろ行こうか。登校時間には遅れないようにしないとね」
「……そうだね」
「……齋藤、もしかして寝てない?」
「い、一応寝たよ。……少しだけ」

 何か言いたげな顔をして、じと、とこちらを見てくる志摩に、慌てて俺は「でも大丈夫だから」と続ける。

 そう。あの後、本当に栫井がいなくならないかと慌てて探しに行った。結局、気付けば栫井は部屋に戻ってきて休んでいたのだ。
 それを確認して、ようやく俺は眠ることができた。

 眠れはしなかったが、こうして朝まで栫井が残ってくれていたのは素直に嬉しかった。
 ……俺が言ったから、というわけではないだろうが。

 ちらりと栫井の方を見れば、目が合う。それから、栫井はそのまま素知らぬ顔をしてそっぽ向くのだ。
 いつもと変わらない反応ではあるが、それでも十分だった。

「ねえ、さっきからなに栫井の方ばっか見てるの?」
「え? み、見てないよ」
「本当に?」
「本当だよ、……うん」
「それならいいけど。俺が寝てる間、隠れてコソコソなにかやってたわけじゃないならね」

 そうさらりと図星を刺してくる志摩に、思わず噎せそうになる。咳払いをして誤魔化したが、全身にじっとりと嫌な汗が滲んだ。

「…………齋藤?」
「な、なんでもない。それより、そろそろ移動しようか」 

 なんとかこの流れを変えるために強引に声をかければ、「そうだね」と志摩は微笑む。
 その奥、余計なこと言うなよ、とこちらをじろりと睨んでくる栫井の目がチクチクと痛かったが、俺は気付かないフリをしてやり過ごすことを選んだ。


 その路地から学園までは然程距離はない。
 ようやく始発が動き出した時間帯。まだ閑散とした町中を通り抜け、俺たちは学園へとその足で向かうことになった。
 朝と夜とでは大分印象が変わる街だと思った。
 晴れ渡る空の下、ひんやりとした空気が今は気持ちよかった。

 そして、帰ってきた矢追ヵ丘学園校門前。
 聳え立つ門の奥に、やたらきらびやかな大きな校舎と寮が見えた。

「こうやって見ると本当にでかいね、うちの学校は」
「……そうだね」

 こうして自分たちの学校を外側からまじまじと見る機会なんてなかった。客観視していると、不思議と気持ちが落ち着いていくのがわかった。

 ――どこにも逃げる場所なんて無いと思っていた。
 けれど実際はどうだ。普段は閉塞的な建物の中を逃げ回っていただけで、外には当たり前のように広い世界が広がってる。
 視野を狭めていたのは俺自身だったのかもしれない、なんて妙に感傷に浸りながら俺は志摩を見た。

 良くも悪くも、“逃げる”以外の選択肢があることを教えてくれたのは志摩だった。
 皮肉なことであるが、その点については感謝しなければならないだろう。

「どうしたの? 齋藤。変な顔して」
「へ、変な顔……」
「齋藤らしくない顔だね」

 ――だとしたらそれも、志摩のお陰かもしれないな。
 なんて思いながら、俺は「そうかな」とだけ返した。

 今は感傷に浸っている場合ではない。とにかく、今は目の前の壁を壊すことを優先させるべきだろう。

 目の前の聳え立つ門を見上げる。
 本来ならば外部からの侵入を防ぐためのものではあるが、その門は一瞬、学園の中の生徒を閉じ込める檻のようにも見えた。

「それにしても、どこから入ったらいいんだろ……」
「ここは正々堂々正面突破でいいでしょ」
「えっ? このままっ?」
「どうせ学園の出入り口にはどこにでもカメラは仕込まれてるんだし、また何かあったら走って逃げればいいよ」

 さらりと言ってみせる志摩。
 今の今までは栫井や志摩がいるからなんとかなったものの、今度こそもし捕まる可能性だってあるのだ。
 そう思ったが、志摩と栫井、二人がいたらなんとかなりそうだな。と志摩の強引な策にも納得させられそうになる自分もいた。

 というわけで、どうやってこの学園のセキュリティを突破するかということについて志摩と栫井と話し合っていたわけだけれども。
 本来ならば学生の出入りにも許可証がないと不可能とされているうちの学園のゲートに、実質休学中である俺と栫井がいきなり現れて簡単に通してもらえるかわからない。
 何かしらの手続きをさせられることになるとして、一番厄介なのはそんなことをしてる間に会長たちの耳に俺達の動向が耳にことが入るのだった。
 どうせなら、休学中の身というこの立場を最大限利用したいというのが本音だ。
 誰にも気付かれないよう、なんとか学園内部に入り込むことは出来ないだろうか。

 そう考えたときだ。

「……こいつに任せる方が馬鹿だな」

 溜め息混じりに吐き捨てる栫井。そんな栫井の態度に、志摩がぴくりと反応する。

「裏門に監視カメラが使えないところがある。……バリケードがあるから外部からの侵入については問題はないだろうと言ってたから、恐らくまだ放置したままだ」

 流石副会長だ。栫井が副会長らしいことをしてるのを初めて見たかもしれない。
 むっとなる志摩を無視して続ける栫井に、つい俺は拍手しそうになった。
 それだ、それなら人目を最小限に押さえる事ができる。

「バリケードってまさか、あれを登るつもり?」
「え、そんなに大変そうなの……?」
「見たら分かるよ。と言っても、まあ不可能ではないけどね」
「別に全員で登る必要はない。一人がバリケードを昇って、そのまま裏口の鍵を開ければいい」

 一人って、まさか。
 嫌な予感がして、思わず栫井を見た時だった。

「――お前なら出来るだろ、志摩亮太」

 ああよかった、俺じゃなかった。

「ああ、副会長さん自信無いんだ。まあいいよ。運動音痴に明らかに非力そうなやつ、この中じゃ確かに俺が適任だろうね」

 確かに志摩は運動神経はいいし、怖いもの知らずなところもある。
 ついでにチクチク人を刺しながらもご指名には悪い気はしてないらしい。気をよくする志摩を横目に栫井がコイツちょろすぎだろという顔してるが、俺は敢えて何も言わないことにする。

「待っててね、齋藤。今から開けてくるから」
「え、一人で大丈夫?」
「これくらいの潜入なら朝飯前だよ、任せて」
「……そう、じゃあよろしくね」

 そして、笑顔で裏へと駆けていく志摩を見送ることとなった。
 確かに、志摩よく勝手に他人の部屋に忍び込むし大丈夫か。ここは専門の人間に任せることにしよう。

 ということで、志摩がいなくなった校門裏。

「……」
「……」

 志摩がいなくなったというだけで、ここまで静かになるものなのだろうか。
 既に明るくなっていた空、どこからともなく鳥の囀りが聞こえてくる。すっかり朝だ。

 門に凭れ掛かり、そのまま座り込んでいた栫井はこちらを見ようともしない。
 俺もなるべく栫井のことを意識しないようにと思ったが、無理だ。どうしても今朝のキスのことを思い出しては、ちらちらと栫井の方を伺ってしまう。

「……おい」

 なんて思った矢先、栫井がこちらを睨んだ。

「な、なに……?」
「さっきからちらちらちらちらうるせえんだよ」
「な、何も言ってないよ」
「目の動きがうるせえって言ってんだ。分かんねえのかよ」

 そしてしっかりと俺の視線も気付かれていた。
 栫井からの指摘になんだか無性に恥ずかしくなりながらも、俺は「ごめん」と呟いた。
 そして再び沈黙が流れる。流石に気まずくなり、俺は咄嗟に話題を探った。

「……栫井は、これからどうするの?」

 ええいと半ばヤケクソになった俺は栫井に問いかければ、細められた目が、ちらりとこちらを向いた。そして、それもすぐに逸らされる。

「……一応、生徒会に顔出すつもりだ。……休学届けは出されてたみたいだけどな」

 てっきり関係ないだろ黙れと突っぱねられると思っていただけに、普通に答えてくれる栫井に驚いた。
 やはりそうなるのか。この後の栫井のことを考えるとこちらまでお腹が痛くなりそうだ。

「……そっか」
「あんたは……本気であの人を止めるつもりなわけ?」

 今度は栫井の方から質問が飛んでくる。
『あの人』と口にした瞬間、僅かにその声音が変わったような気がした。ここで嘘を吐く必要もないだろう。俺はうなずき返す。

「志摩亮太と二人で?」
「……うん。約束したから」
「……」

 志摩は俺のために兄弟を切り捨てた。俺はそれに応えたいと思った。有り体に言えばそれだけが俺達の全てでもある。
 無論、俺自身の平穏な学園生活のためでもあるが、そこに至るまでに背中を押してくれたのは間違いなく志摩だった。
 俺の言葉を聞いて、「あ、そ」と小さく栫井は呟いた。そして再び沈黙。と思い器や、ポケットを弄っていた栫井は何かを取り出した。

「おい、手を出せ」

 立ち上がる栫井。なんだろうかと思いつつ、促されるがまま俺は栫井に手を差し出した。
 その時、広げた掌の上に何かが置かれた。

「っ、これって」
「……俺の部屋のカードキー」
「えっ?」

「好きに使えよ」と、なんでもないように続ける栫井。そのままふい、とそっぽ向く栫井に、今度こそ俺は狼狽えた。

「えっ、でも……」
「うるせえな。いいから持ってろ」

 ただでさえ大切な合鍵を貰うわけにはいかない。
 慌てて栫井に返そうとするが、栫井は頑なにそれを受け取ろうとしなかった。
 それどころか。

「あんたの部屋、阿佐美詩織と一緒だろ」
「……っ!」
「あいつらとはやりにくいだろう、普通に。……俺のはどうせいらねえからいいんだよ」

「必要ないなら適当に捨てとけ」これは、栫井なりの優しさなのだろうか。
 ぼそりと吐き捨てるように呟く栫井に、俺は掌の中の鍵に視線を落とす。見た目よりも重く感じた。けれど、その重みは俺の気を引き締めさせるのには十分なものだった。

「栫井……ありがとう」
「邪魔だったから処分しただけだ」
「……そっか、それでも嬉しいよ」

「ありがとう」ともう一度口にすれば、栫井は俺に背中を向ける。もしかして照れているのか。
 栫井からのプレゼントは素直にありがたかった。俺はそれを失くさないようしっかりとポケットにしまい込む。
 そのときだった。

「ねえ、今齋藤に何かしてなかった? お前」

 どこからともなく聞こえてきたその声に、背筋がひんやりと冷たくなった。
 ――志摩だ。
 ゲートの向こう、既に侵入成功していたらしい志摩は走ってここまで戻ってきたようだ。柵越しに栫井を睨みつけていた。
感想 16

あなたにおすすめの小説

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科 空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する 高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体 それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった 至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する 意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク” 消える教師 山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー

穏やかに生きたい(隠れ)夢魔の俺が、癖強イケメンたちに執着されてます。〜平穏な学園生活はどこにありますか?〜

春凪アラシ
BL
「平穏に生きたい」だけなのに、 癖強イケメンたちが俺を狙ってくるのは、なぜ!? トラブルを避ける為、夢魔の血を隠して学園生活を送るフレン(2年)。 彼は見た目は天使、でも本人はごく平凡に過ごしたい穏健派。
なのに、登校初日から出会ったのは最凶の邪竜後輩(1年)!? 
他にも幼馴染で完璧すぎる優等生騎士(3年)に、不良だけど面倒見のいい悪友ワーウルフ(同級生)まで……なぜか異種族イケメンたちが次々と接近してきて―― 運命の2人を繋ぐ「刻印制度」なんて知らない! 恋愛感情もまだわからない! 
それでも、騒がしい日々の中で、少しずつ何かが変わっていく。 個性バラバラな異種族イケメンたちに囲まれて、フレンの学園生活は今日も波乱の予感!? 
甘くて可笑しい、そして時々執着も見え隠れする 愛され体質な主人公の青春ファンタジー学園BLラブコメディ! 月、水、金、日曜日更新予定!(番外編は更新とは別枠で不定期更新) 基本的にフレン視点、他キャラ視点の話はside〇〇って表記にしてます!

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は未定 ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い ・本格的に嫌われ始めるのは2章から