天国か地獄

田原摩耶

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√α:ep.4 『共犯関係』

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「し、志摩……随分早かったね」
「そりゃ、走ってきたからね。齋藤がそいつに変なことされないように」
「こんなやつじゃ変なことする気にもなれねーよ」
「は? なにか言った?」
「なんも言ってねえよ。……いいからさっさと門開けろ」
「お願いします、だよね? そこは普通」

 このままではまた不毛な争いが起きかねない。「お願い、志摩」と俺からも声をかければ、志摩は「仕方ないな」と息を吐いた。
 元よりそのつもりで中へと入ってもらったはずなんだけどな、と思いつつ、一先ず言うことを聞いてくれた志摩にほっとする。

 それから、志摩の手によって門の鍵を開けてもらうこととなった。幸い南京錠などもなかったお陰ですんなり入れたものの、今更ながら罪を重ねて言ってる気がしてならない。
 ……本当に今更だが。

 開いた鉄柵の扉を潜り抜け、そして俺たちは学園敷地内へと踏み込んだ。今度こそ、本当の意味で俺たちはまたここへと帰ってきたのだ。
 志摩がゲートを閉め直すのを見守っていると、不意に栫井が一人手に歩き出す。
 そして、志摩がそれを見逃すはずがなかった。
「おい、どこに行くんだよ」と声をあげる志摩の肩を掴み、宥める。

「大丈夫、栫井からはもう聞いてるから」
「は? なに、どういうこと?」

 理解できないという顔をしてこちらを見る志摩。その奥、栫井はそのまま校舎の方へと消えていく。

 ――本当だったら一緒に行動したい気持ちは勿論あったが、栫井の考えは既に聞いていた。そして、これから栫井がどうするつもりなのかも。
 八木のことも聞いたし、部屋のカードキーも貰った。……つまり、栫井への用は済んでる。ならばこれ以上無理に引き止める必要もない。
 それに、俺たちも俺たちでやらなければいけないことがある。

「栫井から必要な話は聞いた。……だから、ここから先は別行動ってこと」
「……齋藤はそれでいいの?」
「栫井が決めたことならね」

 そりゃあ、一緒にいてくれた方が心強いけれども、という言葉は飲み込んだ。志摩がまた機嫌を悪くしそうな気がしたからだ。
 そして、俺の言葉に少しだけ神妙な顔をした志摩だったが、志摩もこれ以上栫井を無理に拘束する必要はないと判断したらしい。「齋藤がいいならそれでいいけど」と、少しだけ皮肉っぽく笑う志摩に、俺は「ありがとう」とだけ呟いた。志摩ならそう言ってくれると思っていた。

 それから栫井がいなくなったあと、俺達は一旦目立たない道を通って学生寮へと移動することになる。

「志摩は、休学ってことにはなってないんだよね」
「そうだね。何かいいこと思い付いた?」
「そのことなんだけど……一回、志摩に会長や阿賀松たちの様子を見てきてもらいたいんだ。二人に近い人たちの様子も、皆」

「勿論、一人じゃ大変だと思うから俺もできる範囲で探ってみるけど、流石にこの格好で堂々と校舎の中を歩くのは目立つから」そう、自分の服の裾を引っ張った。
 病院を抜け出す際に志摩から借りた私服は街中では馴染むが、いかんせん制服が基本である校舎では目立ちすぎる。「頼めるかな」と志摩を見上げれば、志摩は何故だか笑っていた。
 なんとなく、意地の悪い笑みだと思った。

「いいの? 齋藤。俺にそんな重大任務任せちゃって。齋藤を誘導するために嘘の情報教えちゃうかもよ?」
「……志摩はそんなことしないよ」
「どうしてそう言い切れるの?」
「どうしてって……しても意味ないからだよ。志摩も知ってるだろ。俺と志摩は目的は同じだから。……志摩が嘘を吐いたところでメリットはない」

 やることは変わりない。ただ、余計な手数が増えるだけだ。……俺が困った顔をするのが見たいというのならば別だろうが。
 校舎の外周に植えられた木々の下、日差しを避けるように隣を歩いていた志摩はこちらを見た。その口元には先程までの笑みはない。

 いい加減志摩の性格も分かってきた。確かに感情に流されやすいところもあるし憎まれ口を叩くけれど、その行動の本筋はいつだって真っ直ぐだった。それはもう、愚直なまでに。
 だから志摩はいつだって結果的に俺を助けてくれた。

「本気なんだね」
「……」
「けど、それを聞いて安心したよ」
「……俺は、ずっと本気だよ」
「わかってるよ。でも、やっぱり芳川の顔を見たら『やっぱり会長がいい!』とか言い出さないかなって思ってさ。不安だったんだ」
「……志摩」
「齋藤が芳川に会う前に、あの人潰しといた方がいいかなーとかさ、考えてさ」

 そう、あっけらかんとした調子で続ける志摩に今更驚きはしない。どうせそんなことだろうとは思っていたが。
 志摩、と視線を向ければ、「分かってるよ」と志摩は笑みを浮かべる。

「大丈夫、手は出さない。偵察、してきたらいいんだよね? スパイ映画みたいでわくわくするね」

 ……本当に大丈夫なのだろうか。
 少しだけ不安になったが、こういうことは俺よりも志摩の方が向いているのは明らかだ。

「齋藤、携帯持ってるよね?」

 ポケットの中の感触を確かめ、頷き返す。病院を出る時に志摩から預かったままになっていたのだ。――とはいえど、俺のものではないが。

「なにか分かったら連絡するよ」
「分かった。それじゃあその間、俺は栫井の部屋で待ってるから」
「うん。わかっ……………………は?」

 わかった、と言い掛けて何かが引っかかったらしい。そこで俺はハッとした。
 しまった、志摩に栫井から鍵をもらったことはまだ伝えてなかったんだった。忘れていた。

「なに、栫井の部屋って」
「あ、ごめん、言い忘れてたんだけど……さっき栫井に部屋のカードキーを貰ったんだ」
「は?」
「だ、だからその……勝手に使っていいって言ってたから……」
「は?」
「……」

 まずい、本気で怒っている。確かにその時言わなかった俺も悪いが、ちゃんと話聞いてくれたっていいのではないか。……と、思うが志摩に睨まれたら何も言えなくなってしまう。
 項垂れる俺に、志摩はわざとらしく大きな溜め息を吐いた。

「あのさあ、齋藤。……今まで一応齋藤も齋藤なりにちゃんと考えてるんだろうって思ってずーっと目を瞑ってきたんだけどさ、流石にちょっと無防備過ぎるんじゃないの?」
「む、無防備って……」
「言っておくけど、俺は栫井平佑を信じたつもりはないよ。その鍵だって罠かも知れないし、部屋の扉を開けた瞬間芳川がいたっておかしくないんだよ?」

 こちらに反論の隙を与えず次々と飛んでくる志摩の言葉は真っ直ぐ俺に突き刺さる。否定できない。

「で、でも、俺、今自分の部屋の鍵もってないし、入れたとしももしかしたら阿賀松もいるかもしれないし……」
「それなら俺の部屋にいればいいじゃん」
「だって、十勝君いたら……」
「……っ、でも……っ!」
「栫井は一人部屋だから」

 ――そう、そこだ。
 俺は一度栫井の部屋に上がって一人部屋であることを確認してる。用意された選択肢の中では一番安全のはずだ。
 そう説得すれば、今度は志摩が何も言えなくなる番だった。立ち止まった志摩と暫し見つめ合うような形になったが、やがて志摩の方が先に折れた。

「……わかったよ、そんなに栫井がいいなら栫井の部屋に行けばいいんじゃないの?」

 挙句の果て、そう拗ねたようにそっぽ向く志摩。
 なぜそこに着地するのだろうか。呆れて「志摩」とその名前を呼べば、志摩は目だけを動かしてこちらを見る。

「その代わり、俺も行く」
「志摩、偵察は」
「別にいいでしょ、後からでも。それよりも安全を保証できる拠点が必要なんじゃないの?」
「そ、そうだけど……」
「それともなんなの? 俺のいないところでこっそり二人で会う予定でも立ててたわけ? ねえ?」
「ち、違うってば。本当鍵貰っただけだから……」
「だけ? だけなの? 齋藤がもし俺の立場だったらどう? 自分の彼女がどこの馬の骨か分からない他の男から『いつでも来いよ』って部屋の鍵渡されてホイホイついていってたらどう思う?」
「た、確かに嫌だけど……俺、志摩の彼女じゃないし、俺も男なんだけど……」
「そんなことどうでもいいんだよ!」

「要は気持ちの問題だよ、齋藤は警戒心がなさ過ぎる」そうすっかり臍を曲げた志摩。そんな言い合いしながらも、なんとか学生寮へと忍び込んだ俺と志摩。
 ここから先は人の目を避けるだけだ。敢えて非常階段を使い、三階まで向かう俺と志摩。……だったが、志摩と言えばさっきからずっとこんな調子だ。

「わかったよ、気をつけるってば……」
「……」
「……志摩」
「……」
「本気で怒ってるの?」
「別に」

 ……これは結構根が深そうだ。
 栫井の部屋へと着くときまでには機嫌が直っている事を願うばかりだ。


 そんなこと考えてる内に、あっという間に俺達は学生寮の三階までやってきていた。
 幸い通路に人気はなく、俺たちは難なく栫井の部屋へと辿り着くことができた。

「齋藤、鍵」

 そして志摩もようやく口を利いてくれた。ホッとしながらも俺は栫井から貰っていたカードキーを取り出そうとスラックスのポケットに手を突っ込んだときだった。いつの間にかに背後に立っていた志摩の手が、割り込むようにしてポケットの中に侵入してきたではないか。

「ちょっと、志摩っ」
「なに?」
「なに、じゃ、なくて……っ」

 手ががっつり重ねられようがお構いなしである。俺の手の中からカードキーを奪った志摩は、そのままポケットから手を引き抜いた。そして、何事もなかったかのように栫井の扉を解錠する。

 本当に、なんなんだ。
 言いたいことは色々あったが、志摩のこういうところを気にしだしたらキリがないのも事実だった。さっさと扉を開き中の様子を確認する志摩に続いて、俺は栫井の部屋へとあがった。

 相変わらず物が少なく、質素な部屋だ。
 一足先に机の下からクローゼットの中、トイレまで確認した志摩は「誰もいないみたいだね」と呟いた。

「そりゃあそうだよ」
「まだ分からないよ。あいつが意図してなくとも、会長さんなら何するか分からないからね」

 言いながら冷蔵庫の扉を開く志摩。当たり前だが、そこに人影はない。

「へえ、一応飲み物はあるね。食事はゼリー飲料ばっか。……ま、ないよりかはましか」

 なにかをブツブツ呟きながら冷蔵庫の扉をどんどん開け、中身を確認していったと思えば今度は隣の棚までも確認していく志摩。誰か隠れていないか調べるのはまだしも、流石にこれ以上は栫井に申し訳ない。

「志摩、これ以上は……」
「まあ、これくらいなら問題なさそうだね」

 やめときなよ、という俺の言葉を遮るように志摩はこちらをくるりと振り返る。そして、志摩は先程までの不機嫌面とは打って変わってとてもいい笑顔をしていた。

「齋藤はここで大人しくしてなよ」
「うん、まあ最初からそのつもりだったけど……」

 ――なんだろうか、すっごく嫌な予感がする。

「それじゃ俺は早速行ってくるよ。齋藤。何かあったらすぐに連絡しなよ。俺もなるべく早く戻ってくるつもりだけどね」
「うん、気をつけてね」
「齋藤に心配されるなんて、俺も頑張らないといけないな」

 なんて言いながらも、さっさと栫井の部屋を出ていこうとする志摩。そこで俺は志摩が栫井の部屋のキーを持ったままだということを気付く。

「あっ、志摩、鍵……」

 返して、と言い掛けた矢先のことだった。目の前で勢いよく扉が閉まる。そして、すぐに外からロックを掛けられたことに気づいた、

「……?!」

 慌ててドアノブを掴み、捻るが、びくともし ない。
 どうやら外から掛けられた鍵は外から解錠しないと開かないようになっているらしい。と、冷静に分析している場合ではない。

「っ、し、志摩!」

 ――もしかして、閉じ込められた?
 慌てて扉を叩いたときだ、携帯がメッセージを受信した。慌てて端末を開けば、志摩からだ。

『齋藤はそこで大人しくしてなよ』
『ちゃんと。じっと。大人しくね』

 わざわざ二回に分けて送られてきたメッセージを見つめたまま、俺はそのままその場に座り込んだ。
 ……まさか、最初からそのつもりだったのか。別に抜け出すことなんて……ない、というわけではなかっただけに、強制的に行動を制限してきた志摩に俺は頭を抱えることとなった。




 ――栫井の部屋。

 志摩が出ていってから数分、玄関、扉の前からふらりと立ち上がった俺はリビングへと移動した。そして、一人分にしては広いソファーに腰を下ろす。

 やることがない。かと言って、志摩のように栫井の部屋を漁る気にもなれなかった。
 もしかして志摩、最初からこのつもりだったのか。
 確かに志摩の言いつけを守らずに破ってきた前科はあるが、それにしたってせめて一言くらいいってくれればいいものの。

 今の俺に出来ることなど、じっと志摩からの連絡を待つことだけだった。一応部屋には備え付けのテレビもあったが、今はそれを見る気にはな!なかった。

 それに、ここにいるとなんとなく落ち込んだ気分になるのもあった。
 栫井の部屋で寝泊まりをし、目を覚ましたとき――栫井の姿がなくなっていた。その代わり、俺の側にはいるはずのない灘がいたのだ。
 今思えばあの日からだ、俺と芳川会長の関係が一気に変わったのは。疑惑が確信へと変貌した瞬間、俺は見てきたものの全てが信じられなくなった。
 それすらも遠い昔のことのように思えるのだから不思議なものだと思う。

 仮眠する気にもなれないまま、ただじっと膝の上に載せた端末を睨んでいたときだった。
 不意に、ぱっと端末の画面が明るくなった。そして、表示されたのは志摩の名前だ。俺は考えるよりも先にその通話に出た。

「っ、志摩!」
『その声、もしかして怒ってる?』
「べ……別に、怒ってはないけど。せめて一言くらい言ってくれたらよかったのにとは思ってるよ。……こんな閉じ込めるような真似」
『わざわざそんなこと言ったところで齋藤、はいどうぞとはなんないでしょ。寧ろ俺からしてらみ縛り付けてないだけ感謝してほしいんだけど?』
「……それは」

 ……そうかもしれないけど。
 口をもごつかせれば、『それより本題なんだけど』と露骨に志摩は話題を変えてきた。

『一応、生徒会のやつらの様子は確認できたよ』

 流石志摩、というべきだろうか。俺という足枷がない分動きやすいのかもしれない。自分で言ってて少し悲しくなったが。
「聞かせて、志摩」と呟けば、端末の向こうで『勿論』と志摩が笑う気配がした。
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