天国か地獄

田原摩耶

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√β:ep. 1『不確定要素』

18

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「齋藤君」

 会長の部屋に居させてもらうと決まってから数時間。
 既にもう校舎の方では全ての授業が終わった頃だろう。
 不意に名前を呼ばれ、振り返ればそこには紙袋を手にした会長がいた。

「間に合わせだが、制服を用意してきた。サイズを確認してもらっても構わないか」
「えっ?!あ、あの、用意って……」
「間に合わせのものだ。そのため、内側の刺繍がないが……」

 本来、制服のブレザーの裏側にそれぞれ生徒の名前が刺繍されている。けれど、見た目には関係ない。
 間に合わせというが、わざわざ新品の制服を用意してもらうなんて……。

「あ……ありがとうございます……!けど、こんな……申し訳ないです」
「君が気にすることはない。先生に聞いたんだ、制服を引っ掛けてしまったから替えがないかと。そしたら何着かあるというから君のサイズに合いそうなものを何着か見繕ってみた」

「着てみてくれないか」と促され、俺は「分かりました」とそれを受け取り、着替えることにする。
 着ていたTシャツを脱ごうとしたとき、会長は慌てて俺に背中を向けた。

「すまない。……部屋を移動した方がいいだろうか」
「えっ、いえ、大丈夫です!」

 少し慣れないが別に、他人に着替えを見られたくないと駄々捏ねる程でもない。
 逆にそこまで気を遣わせてしまうと申し訳なくなるわけで、「分かった」と言いながらも会長は俺に背中を向けたまま待機していた。
 俺は慌てて着替えることにした。

 制服は、少し袖が余ったがキツすぎることも大きすぎることもない、丁度よさだった。
 スラックスも、気になるところはない。
 それよりも、新品特有のぱりっとした感触がなんだか懐かしいくらいだ。

 会長がわざわざ俺のために用意してくれたのだと思うと頭が上がらない。
 俺が我慢して、あの部屋に戻って制服を探せばいいだけの話だというのに。
 俺が、部屋に戻りたくないと言ったからか。

「……」
「……どうだ、サイズはよかったか?」
「……はい、丁度よかったです。……本当、ありがとうございます」
「気にしなくてもいい。寧ろ、借り物で悪いがな」
「いえ、そんな……」
「……もう、振り向いても大丈夫か?」
「あっ、は、はい!すみません、大丈夫です!」

 まさかタイミングを伺っていたなんて思ってなくて、慌てて声を掛ければ会長はこちらを振り返る。
 まじまじと爪先から頭の天辺までを眺められれば、なんだかドキドキしてしまった。

「……少し、袖が余っているな。腰回りは大丈夫そうだ……ズボンの裾も丁度いいな」

 ぽんぽんと軽く叩かれるように肩周り、腰回り、足元と触れてくる会長。
 その手つきにいやらしさの欠片もないというのに、そんな何気ない会長の動作になんだか必要以上にドキドキしてしまう。

「……やっぱり、君にはうちの制服が似合うな」

 屈み込んでいた会長は立ち上がり、微笑む。
 そんなこと、言われたこともなかった。
 似合う似合わないで制服を選んだことなんてなかった俺にとって、着れればいいと思っていたのに。

「う……嬉しい……です」

 意図せず耳が熱くなる。
 以前の俺がどのように会長と接していたのか分からなくなって、余計、変に意識してしまう自分を殴り飛ばしたくなった。
 そんな俺に気付いたようだ。
 会長は慌てて手を離し、「ああ」と頷く。

「明日からそれを着ていくといい」
「わかりました。……あの、本当、ありがとうございました。制服まで用意していただくなんて……」
「元はと言えばなんの準備も出来ていない状態で連れてきた俺にも非があるからな。……鞄や教材も必要ならば言ってくれ」
「いえ、そこまでしていただくのは……それに、教材は一応、教室に置いてきてるので」
「そうか。……わかった。またなにか困ったことがあれば俺に言ってくれ」
「……ありがとうございます」

 何回頭を下げても感謝し切れない。
 けれど、やっぱりあの教室に顔を出さなければならないと思うと気が進まない。
 ……が、ここまでしてくれた会長の気持ちを無下にすることも出来ない。

 その日、俺にベッドを借りて眠ることになった。
 会長はというと、やり残したことがあるからと言って夜遅くまで机に向かって何かをしているようだった。
 パソコンのキーボードを叩く音を聞きながら目を閉じていると、いつの間にか眠りに落ちる。

 次に目を覚ましたときは、窓の外から聞こえてくる鳥の囀りが耳についた。

「……会長……?」

 もぞもぞと動き、ベッドを探るが会長の感触はない。
 ゆっくりと起き上がれば、そこに会長の姿はなかった。
 壁の時計は朝の六時を指している。
 いつも早朝四時に目を覚ますと会長は言っていたが……もう起きて何かしてるのだろうか。
 寝惚け眼を擦りながらベッドを降りたとき、扉が開く音が聞こえた。
 ……会長だろうか。

「……おはよう。……もしかして起こしたか?」

 現れたのは予想通り、会長だった。
 既に制服に着替えていた会長は、まだ寝間着のままの俺を見て申し訳なさそうな顔をする。
 俺は慌てて首を横に振った。

「いえ、丁度起きたら会長がいなかったので……探していたところです。……おはようございます、会長」
「ああ。今日は寝癖はないみたいだな」

 からかうように笑う会長に、俺は咄嗟に頭を抑えた。
 先日のことを思い出し、なんとも気恥ずかしくなったが会長が楽しそうなので、まあいいか……。

「あの……どこか行ってたんですか?」
「ああ、ちょっとな。……まあ、散歩みたいなものだ、朝の空気が吸いたくなってな」

 確かに、早朝の空気というのはひんやりしてて気持ちいいが……。
 本当かどうかは分からないが、会長が言わないことを無理矢理根掘り葉掘り問い質す気にはなれなかった。

 それから俺は、顔を洗い、制服に着替えることにする。
 登校、したくないなぁ……。
 その気持ちは登校時間が近付けば近付く程強くなる。
 けれど、我儘言ってられない。
 自分で選んだことだ、壱畝からどう言われようともそれは自業自得である。
 なんでもかんでも会長に甘えてはいられない。
 喝を入れ、ネクタイをぎゅっと結べばなんとなく気合が入ったような気がした。

「……くく、随分と気合が入ってるじゃないか」
「そ、そうですかね……」
「久し振りの登校だからな、精一杯机に齧り付いてくるといい。……授業が終われば俺に連絡しろ。君が帰る頃には迎えに行く」
「……はい」
「本当は君を一人にしたくないんだが……生憎俺は君と同じ教室で授業を受けることは許されない。代わりと言ってはなんだが、何かあればすぐに俺に連絡しろ。いつでも連絡取れるようにしている」
「わかりました」

 やっぱり、過保護のような気がするが会長の気遣いは有り難い。
 せめて、心配を掛けないようにとしっかり頷き返したつもりだったのだが、会長の表情は浮かないままで。

「……」
「あ、あの……会長……?」
「……本当は、ずっとこの部屋にいてもらいたいのだがな……」
「そ、それは……」
「分かってる。君にも授業があり、未来がある。それまでを妨げる資格、今の俺にはないからな。……これは独り言だ。聞き流してくれ」
「……」

 本当は、俺もそうしたいです、なんて言ったらそれこそ本末転倒だ。
 俺は敢えてその言葉には何も返さなかった。
 けれど、少なからず同じ気持ちでいるというのはやはり安心する。……内容が内容なだけに、褒められたものでもないが。


 そんなこんなで準備を済ませ、会長と一緒に部屋を出たときだった。

「……」

 扉の横、佇んでいたその陰は出てくる俺たちを見るなり「おはようございます」と頭を下げた。
 灘だ。

「……おはよう。お前一人か?」
「はい、自分だけです」
「……そうか」

 五味と栫井がいないことを気にしているのだろうか。
 気になったが、敢えて口を紡いだ。
 灘も制服に着替えている、ということは通常通り授業に復帰するのだろうか。
 けれど、生徒会役員は授業を免除されていると聞いたことがあるし、生徒会活動のみに参加ということか。
 なんて考えてると、灘の視線がこちらを向いた。

「あ、お……おはよう」

 咄嗟に挨拶をすれば、「おはようございます」と灘は視線を外した。
 相変わらず何を考えてるか分からない灘だが、なんとなくよく思われていないのではというのは分かった。
 特に盛り上がるわけでもなく、「そろそろ行くか」という会長の言葉を皮切り動き出したときだ。

「ちょっと、ちょっとぉ!武蔵ちゃん、待ちなさいよ!」

 聞き覚えのある甲高い声とともに、大きな足音がこちらに近付いてくる。
 その声に、振り返ったときだった。
 すぐ背後に佇む巨大な陰に驚いたのも束の間。

「芳川」

 底冷えするような低い声に、名前を呼ばれたわけでもないのに震えそうになった。
 そこには、五味がいた。
 真っ直ぐに芳川会長を捉えた五味に、何かを察したのだろう、灘が構えそうになるのを芳川会長は視線で制す。

「おはよう。……随分と酷いクマじゃないか。寝不足か?」
「正直に答えろ……十勝が帰ってきたというのは本当か?」

 昨日のような怒気はない。
 けれど、だからこそ余計静かなその声が恐ろしく感じられたのかもしれない。

「……相変わらず、お前は心配性だな」
「応えろ、芳川。場合によっては俺は、お前を……」
「ンもぉ!武蔵ちゃん足早いわよ~!」

 五味の声を遮るその声の持ち主・連理貴音は俺たちの空気に気付いたようだ。

「ストップ、スト~ップ」

 言いながら、芳川会長と五味の間に割り入った連理。

「おい、邪魔なんだよ」
「貴方たち、朝から顔が物騒なのよ。もう少し爽やかな顔出来ないわけ?」
「……」
「武蔵ちゃん、貴方に言ってるのよ」
「……チッ、別に俺はこれが普通なんだよ」
「嘘言わないでよ!武蔵ちゃんはもっと優しい顔してるわよ!」
「……、……」

 臆せず止めに入る連理に、五味は出鼻を挫かれたような顔をしていたが、やがて深くため息をつく。……いつもと変わらない、面倒臭そうな五味だ。

「だから嫌なんだよ。お前と同じ部屋は。ついてくんなっつっただろ」
「別についてきてないわよ。アタシもトモ君と佑ちゃんに会いたかっただけなの!武蔵ちゃんは関係ないわ」
「……はいはい」

 そんなやり取りを見て、場違いながらほっとする。
 やっぱり、五味と会長の仲裁に入ることかできる連理の存在は大きかった。
 先程よりも幾らかその場の空気が緩ぎ、安堵したその矢先のことだった。

「十勝が帰ってきたというのは、嘘だ」

 揺るぎかけたその場の空気をぶった切る、会長の言葉に再度辺りが水を打ったように静まり返った。
 流石の連理もその顔は強張り、せっかく、落ち着いていた五味の目付きが変わる。
 そして、無表情でそのやり取りを見ていた灘も、微かにその目が開かれるのを俺は見た。

「お前……自分で言ってる意味わかってるよな?」
「すまないことをしたと思ってる。が、敵を欺くためには味方からだと言うだろう」
「トモ君、貴方ね、武蔵ちゃんがナオちゃんのことどれだけ心配してるのか知ってるでしょ?」
「それについては言ってるだろう、余計な心配をしなくてもいいと」
「んだと……?」

 今にも殴り掛かりそうになる五味に、連理は止めに入らない。
 その空気に堪えられず、「落ち着いて下さい」と慌てて会長の前に出たときだった。

「っ、齋藤く……」
「あっれー?生徒会室にいねーと思ったらこんなところで皆揃ってんのかよ」

 齋藤君、と会長が俺の方を見た矢先だった。
 聞こえてきた、突き抜けて明るいその声に、一瞬にして空気が凍り付いた。
 それも、先程とは違う意味でだ。

「おはようございまーす!見ない内に皆ヒデー顔になってますね」

 指先で髪を弄りながらやってきたのは、今まさに話題の中心となっていた十勝直秀本人だった。
 俺は勿論、目を見開き硬直する五味と連理。
 相変わらず何を考えているか分からない灘は置いておいて、全員が自分の目を疑った。……ただ一人、会長を除いては。

「え、なんすかそのリアクション。ってかなに?もしかして俺、ものすごーくタイミング悪かったりします?」
「……十勝。お前、五味たちに連絡してなかったのか」
「そうそう、会長に言われたからしようと思ってー女の子たちに返事してたら盛り上がっちゃってー……あっ、そのまま寝てました」

 やっちゃったと言わんばかりの満面の笑みを浮かべる十勝に、芳川会長は「どうせそんなことだろうと思った」と呆れたように吐き捨てる。
 けれど、まさか、本当に戻ってきていると思わなかった。
 会長は心配しなくてもいいと言っていたが、それでも本人の音沙汰がないから余計心配していたのだけれど……なるほど、そういうことか。

「はは、もしかして皆俺のこと心配してくれてたんすか?まじ?やべ、嬉し~!」
「……っんの……」
「へへ、どーしたんすか五味さん、めっちゃ俺のこと心配してたんすよね?感動で泣きそ……いってぇ!!な、なんで殴るんすか!!」
「うるせぇ!報告連絡相談はしろっつってんだろいつも!」
「ええっ!!なんすかそれ!」
「俺が、十勝には消えてもらうように頼んだんだよ」

 泣き真似をする十勝は、そのままささっと俺の後ろに隠れてくる。それを一瞥し、会長は続けた。

 会長曰く、十勝にはあることをお願いしていたらしい。
 そのため、その間連絡を取ることが出来ず(ただ単に十勝が電源を切ったまま忘れていたようだが)、お陰で十勝の現彼女が心配して五味に連絡。よって事が大きくなってしまい、全て十勝の行動を把握している会長は本当のことを言えずにいたという。
 それでも昨日、用が終わって灘に「大丈夫だ」と言ったものの十勝本人が現れないせいで余計ややこしくなって現在に至る、ということらしい。
 五味や灘としては身内に騙され、骨折り損ということになっているが、それを聞いて俺はただ安心した。会長は嘘を吐いていなかったのだ。

 疑ってしまったことが申し訳なくなるが、会長は「信憑性のない『大丈夫』を繰り返されて信じれるはずがないだろう」と言っていた。
 けれど、それでもだ。

「……どうして言ってくれなかったんだよ」

 吐き捨てるように、五味は会長を睨んだ。
 殴り掛かる気配はないが、その声音から五味が怒っているのは分かった。

「だから言ってるだろう。これは身内から騙す必要があったと。……信じる、信じれないの問題ではない」
「……お前はいつもそうだよな。一人で決めて一人で突っ走ってさぁ……」
「まーまー!俺が帰ってきたからにはもう大丈夫っしょ!ほら、どんどん任せてくださいよー!」
「うるせぇ!馬鹿!」

 十勝は相変わらずだが、十勝が戻ってきて嬉しい反面釈然としない五味の気持ちも分かった。
 その原因は恐らく、会長のいう『身内を騙さなければならない』という言葉だろう。
 そして、恐らくその身内には俺も入っているわけだ

「……取り敢えず、場所を移動するか。ここでは人の目が付く」
「……」
「五味も、それでいいだろう」
「……別に、お前に任せるよ」

 なんとか、一発触発の空気は免れたようだ。
 多少ぎこちないものの、普通に会話をしている五味と会長にほっとする。

 歩き出す二人に続いて、「行きましょ、ユウちゃん」と連理に背中を叩かれる。
「先輩もくんすか」と呆れる十勝に続いて、静かに後を追う灘。


 大人数でやってきた先は学生寮食堂、テラス。
 そこには既に多数の生徒で賑わっていたが、阿賀松たちの陰はない。
 阿賀松達とは違い、会長たちは擦れ違う度いろんな生徒たちが挨拶していた。
 ……やっぱり、学園では有名人だしな。
 それだけではないと分かってるが、そんな人たちに混ざっていることが逆に悪目立ちしていないか心配せずにはいられなかった。
 しかしそれも杞憂だったようだ。

 適当な席に腰を下ろす。
 俺の右隣に会長、そして左隣には灘が座る。
 そし向かい側に腰を掛ける五味、連理、十勝。

「……それで?俺たちにも内緒でコソコソこいつに何を頼んでいたんだよ」

 最初に口を開いたのは五味だった。
 まさに単刀直入というやつだ。
 五味の問い掛けに、芳川は「そうだな」と辺りに目を向け、少しだけ考え込む。

「頼んでいたというよりも、実験だな」
「……実験?」
「そうだな、言っただろう。身内から騙さなければならないと」
「……それがなんだよ」
「十勝がいなくなったと連絡を貰ったのは五味、お前だ。そしてそれに付き合って探していた灘、連理と、灘から聞いた齋藤君。十勝本人は勿論、俺も知っててもおかしくない。あとは……灘、栫井にも言っているんだろう」
「はい。俺が伝えました。『放っておけ』と言ってましたが」
「んだよ、あいつ本当素直じゃねえな」
「……十勝の友達はさておきだ、全員『十勝がいない』と知っていても特におかしくはないな。問題はここからだ。結論から言えば、俺は生徒会に阿賀松たちに情報を流している奴がいるのではないかと考えたんだ」
「トモ君、それって……」
「そうだな、早い話鼠探しだ。適当な情報を流して、その流出源を探る。昨日の生徒会室への侵入者の件にしろ、誰かが縁方人に齋藤君の居場所の情報を流さなければあんな速さで特定されることはなかったはずだ」

 会長の視線が、俺を向いた。
 会長が言わんとしていたことは分かった。
 だからこそ、息が詰まりそうになる。
 つまり、それは、ようするに。

「……俺が、鼠だと思ったんですか」

 声が震える。
 実際、疑われても仕方ない。
 この場にいる中で一番阿賀松たちと深く関わりを持っているのも、俺だ。

「早い話、そうだな。だから、敢えて君を一人にして様子を見ることにした」
「っでも、あの時、会長を灘君を怒ったのは……」
「灘が君に話すことは想定内だ。もし話さなければ、俺の方から話すつもりだったしな。君の行動、携帯の発信履歴も監視させてもらったがそれらしき行動はない。つまり君はあいつらと関わっていないということが証明されるわけだ」
「……」

 監視、という言葉に目の前が白くなった。
 何かと会長が部屋を空け、俺を一人だけにしていたことにはそういう訳があったのか。
 灘も会長に聞かされていないというが、灘の反応はいつもと変わらないものだった。

「……トモ君って、本っ当デリカシーないわよね。アタシだったらその綺麗な顔、ぶん殴ってやってるわ」
「そうだな、齋藤君に失礼なことをしていると自覚はあった。けれど、器物破損までされておいて私情を混同するつもりはない。……しかし蓋を開けてみればとんだ思い違いだったようだな。代わりと言ってはなんだが、君の身の潔白は俺が保証させてもらう」
「潔白も何も、だから言ったじゃないっすか。佑樹はそんなコソコソするやつじゃないって」
「それは知っている、しかし本人にその気がなくてもあいつは脅迫してなんでもさせるやつだ。二度とあんな屈辱は味わいたくないからな」

 その言葉に、俺は、阿賀松の命令で会長を眠らせたあの夜のことを思い出す。
 ……疑われるような真似をしたのは、俺だ。会長は許してくれると言ってるのだから寧ろ喜ぶべきなのだろうが、それでも俺は手放しで喜ぶことは出来なかった。

「齋藤があいつらと繋がっていねーのはわかったが、だとしたらお前の言う鼠は見つかったのか」
「大体の見当はついている。……が、まだ確証がない」
「……まさか、あいつとかいうわけじゃねえよな」
「言わない。あいつが関わっていることは既に知っている。しかし、俺はまだ他にも迷い込んでる鼠はいると考えている」

 誰も口に出さないが、俺は、五味と会長が誰を指しているのか分かったが。
 唯一この場にいない生徒会役員である栫井平佑だろう。
 でも、栫井以外になるということは……。

 そこまで考えて、脳裏に八木と呼ばれた男の顔が過ぎった。
 確かに、縁が生徒会室に入ってくる前に八木が生徒会室に訪れていた。
 ……そこから居場所が漏れたというのは考えられないだろうか。

「……どうした?齋藤君、そんなに難しい顔をして」
「……えっ?」
「何か心当たりでもあったのか?」

 静かに尋ねられ、心臓がぎゅっと掌で潰されるような、そんな緊張感にどっと冷や汗が滲む。
 心当たりと呼ぶには黒に近いグレーで、それでも俺は八木のことを知らないだけに下手なことが言えないのも事実だ。
 言えばいいと思ったが、この前、俺の発言のせいで栫井が会長に怪我を負わされた時のことが蘇り、俺は開きかけた口を閉じる。

「……すみません、なんでもないです」

 鼠探しは会長に任せておくべきだ。俺が、下手に口を挟む問題ではない。
 ……それに、無責任に口にしたそのせいで他人が傷付くのは見たくなかった。
 周りのやつらが何を思ったのか分からないが、会長の「そうか」という言葉がいつもよりも冷たく響いた。
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