天国か地獄

田原摩耶

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√β:ep. 3『王座取りゲーム』

05※

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 遠くから聞こえていたシャワーの音が止む。続いて聞こえてくるのは扉が開く音。
 縁が戻ってくる。

「佑樹……」

 俺は、何を、躊躇っているのか。
 縁に面倒を見てもらったこと、温かい手料理と笑顔が過り、胸に鋭い痛みが走る。
 十勝は小さく舌打ちをし、そして、引っ込めようとした俺の手を掴んだ。

「っ、十勝君……」
「……お前は、ここにいたらダメだ」

 それだけを言って、十勝はそのまま歩き出す。引っ張られ、足が縺れる。転びそうになって、肩を支えられる。

「やっぱり、出来ないよ……俺っ、戻れない……」
「そうかよ」
「十勝君……ッ!」
「なら、俺は無理矢理にでもお前を連れて帰るだけだから」

 言うなり、視界が反転する。ぐるりと世界が周り、顔を上げれば部屋の奥が目に入る。

「暴れるなよ」

 そう一言、俺を担ぎ上げた十勝はそのまま走り出す。開いた扉から廊下へと飛び出す。本気か、無茶苦茶だ、下ろしてくれ。言いたいことは色々あったが、少しでも暴れたら落ちてしまいそうな不安定感に俺は十勝にしがみつくことで精一杯だった。
 決して体重が軽い方ではない。重たいに決まってる。それでもスピードを緩めず、ひたすら走っていく十勝に視界が揺れる。怖い、とかそんなものじゃない。ずるずると落ちそうになればまた雑に抱え直され、十勝は人気のない廊下を歩いていく。向かう先は、すぐに分かった。
 芳川会長の部屋の前、担がれたまま、十勝は芳川会長の部屋の扉を二回ノックする。
 扉はすぐに開いた。
 部屋から現れたのは鉄仮面の男だった。灘和真は、十勝を見て、それから俺を見た。

「和真、会長いるんだろ、上げてくれ」
「……お伺いしたいことは色々ありますが、目立ちます。入ってください」

 相変わらず、温度を感じさせない冷たい目。期待していたわけではないが、それでも、追い返されないだけましなのかもしれない。「よいしょ」と、俺から手を話した十勝は俺の手を取り、立たせてくれた。

「歩けるか?」
「俺は大丈夫だけど……十勝君は」
「佑樹の一人や二人でへばってたら女の子なんて守れないだろ」

 明るく笑う十勝。顔の傷が痛々しいが、そんなことを気にさせないほど変わらないそれに、俺は、何も言えなくなる。
 それも束の間。

「扉、施錠しますので入って下さい」

 早くしろ、ということなのだろう。灘に急かされ、俺は慌てて会長の部屋に上がった。
 会長の部屋に上がるのは初めてではない。それでも、もとよりあまり部屋に上がられることを嫌う会長の部屋に、それもこんな形で上がることになるなんて。
 そもそも何故灘がここにいるのか、とか考えてる余裕もなかった。
 部屋の中には、芳川会長がいた。会長は、俺と十勝を交互に見遣り、少しだけ、眉根を寄せた。

「阿賀松のところにいたのか」
「こいつは縁方人のとこにいたんですよ。ついでにつれて帰ってきました」
「……っ、……」

 会長の視線が、冷たい。爪先から頭の天辺まで向けられるその絡みつく視線に全身を締め上げられるようなそんな息苦しさを覚えた。
 手放しに再会を喜んでくれるとは思っていなかった。それでも、久し振りに見た会長の顔は、冷たくて、怖かった。
 あの目だ。俺の事を信じてくれなかった、あの目。

「あの、俺……」

 ごめんなさい、とも、会いたかったです、とも言えなくて、言い掛けた言葉はそのまま宙に霧散する。
 十勝は俺を見て、それから小さく小突いた。「何俯いてるんだよ」と言うかのように。十勝は、気づいていないのだろうか。それとも、敢えてなのか。会長の警戒心に、剥き出しの敵意に。

「灘」

 短い沈黙の末、会長は扉の横に立っていた灘に声を掛ける。
「はい」と同様短く答える灘に、会長は目配せをした。

「彼に何か仕掛けられてるかもしれん。調べろ。別室を使え」
「わかりました」

 一瞬、そのやり取りを理解するのに時間が掛かった。
 何かというのは盗聴器のことなのか、それとも別の何かなのか。それも、疑われてるのは俺か。
 レンズ越し、向けられた目に背筋が凍る。「何も仕掛けられてないです」ということも出来ただろう。けれど、前科がある。
 近付いてきた灘に腕を捕まれ、咄嗟に俺はそれを振り払った。

「あの、自分で調べます……ッ」
「貴方は自分の背中や身体の奥まで見ることが出来るのですか」
「な……ッ」
「部屋、お借りします」

 軽く会釈をし、灘は俺の腕を乱暴に掴んだ。強い力。食い込む指先に、声が漏れる。

「おい、和真」と十勝が宥めるが、芳川会長は「いいから行け」とその言葉を遮った。
 その目はもう、俺の方を見ていなかった。
 別に、ただの身体検査だ。気にする必要ない。寧ろ、状況が状況だ。ピリピリしてるのは仕方ない。それに、俺はずっと縁たちのところにいたのだ。疑われても仕方ない……。言い訳染みた言葉を並べてみるも、胸の奥に空いた穴は防げそうにない。
 俺は、抵抗をやめてせめて転ばないように灘の後をついていく。別室は閑散としていた。物置と呼ぶには物もなく、乱雑に置かれた机とイスと本棚に、俺はなんとなくドラマや映画でよく見る取調室を思い出した。
 閉じた扉。隔離されたように静まり返ったその部屋の中に灘と二人きりになる。俺は、ただ息苦しさだけを覚えていた。
 早く、ここから出たい。
 思いながら、俺はポケットの中に手を突っ込み、それをひっくり返してみせた。

「灘君……あの、俺、なにも持ってないよ」

 何も入っていないそこを見せようとした時だった。
 伸びてきた手に、シャツを掴まれる。託し上げられそうになり、慌てて身を引いた。けれど、問答無用で服を捲られ、脱がされそうになり、慌てて灘を突き飛ばした。
 けれど、灘はびくともしない。
 骨ばった腕を掴み、その手を止めようとするが、ずるりと頭から引き抜かれたシャツ。暖かくなり始めたとはいえ、いきなり外気に晒される全身に寒気が走った。

「な……なに、して……っ」
「持ち物検査と言ったではありませんか」

「……手短に済ませたいので、暴れないで下さい」笑っていない目。
 どこを見てるのか分からないその目に、間違いなく俺は写っていない。
 阿賀松との行為から時間も経っていない。未だ指の感触が取れない身体を他人の目に晒されるということほど耐えられないものはない。

「……ッ、灘君……ッ!」

 抵抗する。やめろ、やめてくれ、と手足を動かし、灘の腕を引き離そうとした。けれども、腕を大きく掴み上げられ、頭の上へと強引に束ねられれば無防備になった全身がカッと熱くなった。

「……っ、ぅ、く……ッ!」

 無理に動いたせいか、節々が鈍く痛む。
 それでも、悟られたくなかった。
 向けられた視線は相変わらず冷たいもので、俺の体に目を向けた灘は何も言わない。
 冷たい指先が、腹部、筋肉の筋を辿り、それからゆっくりと降りてくる。ベルトを緩めるその指先に、「やめてくれ」と首を横に振るが、灘の耳には届いていない。
 緩められたウエスト。思いっきりスラックスをずり降ろされる。外気に晒された足が、全身が硬直する。下着一枚になった下腹部に、灘は視線を落とした。

「ここと……ここにも、ですか」

 腿の裏、それから臍の傍、胸元へ目を移した灘は、小さく口にした。それが何を言わんとしてるのか、俺にはわかった。分かってしまったのだ。
 阿賀松に弄られ、愛撫され、口を付けられた箇所。そこに唇の、歯の感触はしっかりと残ってる。

「鬱血痕。……ただの痣ではないようですが」

 しかもそれは感触だけではなく、灘の目にも可視できるものとなっていたようだ。
 鷹揚のない声で指摘され、全身を巡る血が沸騰するかのように熱くなった。
 キスマーク、なんて可愛らしいものではない。中には歯の跡がくっきりと残っているものもあった。
 見られた、見られてしまった。

「っ、会長には……言わないで……っ、お願いだから……」

 声が、震える。こんなこと、頼むこと自体おかしいのだと分かっていてもそれでも、口にせずにはいられなかった。
 汗が滲んだ体に、灘の手は余計冷たく感じた。その手が、一瞬、離れた。

「っ、な、だ君……?」

 もしかして、分かってくれたのだろうか。
 拘束する手が離れ、内心ホッとしながらも灘を見たときだった。灘は、内ポケットから白い、薄手のゴム手袋を手に嵌めていた。

「何、して」
「言ったではありませんか、不審物がないか調べると」

 血の気が引いた。
 いやまさか、本気なのか。
 眉一つ動かさない灘は、あくまでも義務的だった。

「……ッ」

 疑われても仕方ないと思っていた。確かに、ここに来る前まで犯されたのも事実だ。けれど、そこまで疑われるとなると、正直、屈辱でしかない。
 俺は、逃げ出そうとした。裸だろうがなんだろうがいい。けれど、信じてもらえていないこの状況で更に身体の奥まで見られるとなると、正直、耐えられない。
 灘を突き飛ばし、会長と十勝がいる部屋に逃げる。そうすれば、少なからず灘からは逃げられるはずだ。
 そう思って、思いっきり両手で灘の胸板を押し返す。けれど、びくともしない。

「何をしてるんですか?」

 蚊にでも刺されたかのようなそんな灘の振る舞いに、血の気が引く。
 しまった、と思うよりも先に、灘に手首を取られた。思いっきり捻り上げられ、あらぬ方向に曲げられた腕に口から悲鳴が漏れる。
 壁に押し付けられ、無理矢理腰を突き出さされた。

「っ、ぐ」
「先程、手短に済ませたいと申したはずですが」

 やめてくれと、何度目かの懇願を口にしようと開いたとき、口に何かを捩じ込まれる。咥内に溜まった唾液を吸い上げるそれはハンカチのようだった。
 声をあげようとすればするのど余計渇く咥内、咄嗟に吐き出そうと口の中の異物をつまんだ時だ。

「っ、ん、ぅ゛、ぐッ!」

 下着の中を捲られ、剥き出しになったそこにゴム手袋を纏った灘の指が入ってくる。
 否、入ってくるなんて生易しいものではなかった。挿入時の摩擦で腫れた内壁を引っ張り、無理矢理入り込んでくる長い指。それは中が裂けても構わず、奥まで入ってくる。

「ふっ、ぅ、ぐッ」
「よくもこんな状態で会長に会おうと思えましたね」
「っんん、ぅ゛……ッ!」

 涙が滲む。ハンカチが無ければ悲鳴を上げていただろう。劈くような激痛に、全身の筋肉が引きつった。
 阿賀松との行為の残滓が湯に混ざって腿へと落ちる。
 左右へと大きく拡げられたそこに、灘の視線を感じた。自分でもそうそう見れない場所を、灘に見られている。
 初めてではないにしろ、他人に腹の奥まで暴かれるのは気持ちのいいものとは思えなかった。
 それなのに。

「……浅ましい」

 身体の奥に盗聴器や暗殺道具が隠されてるわけではなかった。そんなわけがない。そんなの、自分の身体ならわかることだ。最初から分かっていた。
 耳が焼けるように熱い。自然と息が浅くなる。ぬるい涙が頬を濡らしてはカーペットの上にぽたぽたと落ちた。
 体に残っていたのは忌まわしい行為の跡だけだ。
 それを確認した灘は俺から手を離し、ゴム手袋を外す。
 灘の支えを失った俺は、激痛のあまり感覚を失った下腹部で立つことも出来なかった。
 床に座り込む。唾液を含み、ぐっしょりと濡れたハンカチを回収し、灘は床に散乱した衣類を次々に拾い上げていく。
 どこかへと持っていくつもりなのか。慌てて灘に手を伸ばせば、振り払われた。乾いた音が響く。痛みは既に感じなくなっていた。

「衣類はもう一度こちらで調べさせていただきます」
「っ、それじゃあ……服は……」

 どうすれば、と乾いた喉から声を振り絞れば、灘は目を細めた。

「他人に肌を曝すことくらい、貴方には造作もないことでしょう」

 吐き出されたその言葉は、鋭利な刃物となって心臓を貫いた。

「自分は会長に伝えてきます。それで貴方はそこにいて下さい。……処遇は後程伝えに来ます」

 反論する隙すらなかった。衣類の山を抱え、灘は部屋を出ていった。
 閉まる扉。俺の目には、灘のあの目がこびりついて離れなかった。
 灘は、確かに感情の起伏がなく、何を考えてるか分からなくて冷たい印象を抱く男だ。けれど、あんな目で見られることなかったのに。
『浅ましい』
 灘の言葉が、声が、目が、あの空気の冷たさが、リアルに蘇っては全身からどっと汗が滲んだ。
 情けない。情けない。情けない。信じてもらえるどころか、あんな、辱めを受けて、侮蔑される。仲良くなりたくなかったといえば嘘になる。友達になりたかった。なれるのかもしれない。そんな風に思ってたときだってあった。

「っ、……クソ……ッ」

 楽しかった記憶が、思い出が、黒く塗り潰されていくような気分だった。
 全部、全部、俺のせいだ。分かっている。
 剥き出しになった下腹部、内壁の裂傷による激痛に苛まれていたそこが今は熱かった。頭を持ち上げかけていたそこを手で抑えながら、ひたすら自分を呪った。
 反応してしまう浅ましい自分を何度も呪った。
 扉が開く音が聞こえた。現れたのは、紙袋を手にした芳川だ。

「っ、……ぁ……」

 こんな恰好、見られたくなかった。慌てて背を向けたとき、ばさりと背後から何かを被せられる。それはTシャツとジャージだった。

「それに着替えろ」
「……っ、会長……」

 静かな室内、響くその声は冷たかった。
 ありがとうございますと喉まで出掛かったが、俺はその言葉を飲み込んだ。

「……すみません」

 感謝の言葉よりも先に出たのは謝罪の言葉だった。
 会長の顔を見ることも辛かった。けれど、こうして会長がわざわざ俺のために服を用意してくれたことは純粋に嬉しくもあり、居た堪れなくなる。

「それは何に対しての謝罪だ?」
「……っそれは……」
「俺を裏切ったことに対する謝罪のつもりか?」

 心臓がドクリと脈打った。
 裏切ったつもりは、あった。正確には、もう捨てられたと思ったからだ。けれど、会長からしてみれば些細な問題だ。
 背筋に汗が流れる。それは、と言葉に詰まった時、視界の端に会長の足が映り込む。瞬間、伸びてきた手に無理矢理顔を掴まれた。
 散々泣き腫らした顔を見られたくなかった。それなのに、会長はそれを許さない。

「……ッ」

 嫌だ、と咄嗟に手を動かした時、乾いた音とともに何かが落ちる音がした。
 血の気が引く。足元に落ちていたのは、細いフレームの眼鏡だった。恐る恐る顔を上げれば、微かに片頬が赤くなった会長が俺を睨んでいた。

「……ぁ……っ」

 バクバクと脈打つ心臓。
 こちらを見下ろすその恐ろしく底冷えした目に、視線に、頭が真っ白になる。謝らないと、そう思うのに、口が動かない。手が、指先が震える。

「ごっ、ごめんなさ……ッぅ、んんッ」

 辛うじて、謝罪の言葉を口にしたときだった。視界が遮られる。
 唇に触れる暖かな感触。
 会長にキスをされている。どうして、とか、考える隙すらなかった。
 あの時とは違う、噛み付くような、酸素ごと奪うような、強引な口付けに思考が停止する。

「はっ、ぅ、んん……ッ!」

 唇を割って侵入してくる肉厚な舌先に、口の中、頬肉、裏顎までねっとりと嬲られる。耳が熱くなり、息苦しさに頭がクラクラした。
 顔を逸らそうとするが、がっしりと掴まれた顔は動かすことすら許されない。

「っ、ぅ、んん、ふ……ッ」

 会長にキスをされている。
 またこうして会長に触れられる。そのことを望んでいたはずなのに、あの時のような幸福感はまるでなかった。
 何度も角度を変えられ、舌を絡められ、吸われる。阿賀松や縁とは違う、紛れもない会長の舌、唇、唾液、体温。
 それなのに、どうして。

「……っ、ふ、ぅ……」

 濡れた音を立て、引き抜かれる舌。その舌先に銀糸が引いてるのを見て顔が熱くなる。顔だけではない、会長に触れられた箇所が、火傷にでもなったかのように疼くのだ。

「……君は、誰とでも簡単に唇を重ねられるのだな」

 会長の声が、冷たく響く。
 何よりも、芳川会長にそんな風に思われていたことが俺にとってショックだった。

「そ、れは……」

 違います、と、言い切ることは出来なかった。
 けれど、今、こうして会長とキスをして抵抗をしなかったのは、相手が会長だからだ。
 会長じゃなければ、俺は……。

「ならば、あの男は特別か。嫌がりもせずに自ら股を開くのだから、相当心を許してるのだろうな」
「え……?」

 芳川会長の言葉を理解するのに時間が掛かった。
 そして、特定の相手を指しているということも。
 心当たりがあったから、余計、俺は芳川会長の言葉を聞き逃すことが出来なかった。

「会長、何を言って……」
「恍けるつもりか」

 細められた目には確かに侮蔑の色が含まれていた。
 眼鏡がないせいか、普段以上に鋭いその視線に全身が石のように固くなり、動けなくなる。
 阿賀松のことか、縁のことか、どちらにせよ、問題は会長がまるでそれを見ていたかのような口振りをすることだ。
 何を言ったところで会長は信じてくれないだろう。そう思えるほど、その態度に取り付く島もなかった。

「……もういい」

 何も言えなくなる俺に、会長はとうとう痺れを切らしたようだった。
 嫌われた、呆れられた。今度こそ本当に、見限られる。
 そう思うと、急に心細くなって、不安になって、どうすればいいのかわからなくなる。

「ご、めんなさ……っごめんなさい……」

 情けない、と思うのに、涙が滲んで仕方なかった。泣かれたところで会長だって鬱陶しがるはずだ。分かっているのに、拭っても拭っても止まらない。

「……何故、君が泣く必要がある」
「っ、それ、は……っ」

 もしかしたら、もしかしたら、また前みたいに優しく撫でてくれるのではないか。「君は悪くない」と抱き締めてくれるのではないだろうか。
 触れる指先に、そんな淡い期待を抱いていたのだろう。
 けれど、現実は違った。

「泣けば許してもらえるとでも思ってるのか」

 聞こえてきたその声に、背筋がゾッと凍りつく。
 浮かんだその笑みは見たことのないもので。

「だとしたら俺も甘く見られたものだな」

 締め切った部屋の中、芳川会長は俺を引き摺り上げ、机の上へ身体を押し付ける。
 硬く、冷たい机の感触を味わう隙もなかった。

「っ、会ちょ……ッんんッ」

 視界が遮られたと思えば、キスをされる。
 先程と同じ、強引なそれに、身体が震えた。逃げようと思えば逃げられた……かもしれない。それでも、俺は、会長を突き飛ばすことが出来なかった。
 あの目を、見たくなかった。

「っ、ふ、ぅ、んん……ッ」

 ねっとりと絡められる舌に、無意識の内に俺は自分から舌を突き出していた。会長がキスをしてくれるなら、こんな形でもいい。受け入れてもらえるのならそれで良い。
 そう思い込むことでしか、耐えられなかったから。

「……っ、ぅ、あ……」
「抵抗しないのか」
「っ、そんなこと」

 会長だから。なんて言える立場ではない。それでも、少しでも伝わればと思った。けどそれは甘かったようだ。

「そうか、君は誰にでも股を開く数寄者だったな」

 嘲笑。芳川会長の言葉に、胸が痛む。心臓が破裂しそうだった。

「っ、……違……っ……」
「縁方人……あの男も、そうやって誘ったのか」
「……ッ、……」

 このタイミングで縁の名前を出されて、血の気が引いた。バレていないとは思っていなかったけど、面と面向って指摘されると、息が詰まりそうになる。

「何をそんなに驚いている。君は、何も知らされていなかったのか」

「それとも、それもフリか?」まるで会長は何かを知ってるかのような、確信を持ったその言葉に、バクバクと鼓動が加速する。全身鳴り響くそれはまるで時限爆弾かのようだった。
 いっそのこと、四肢爆散してしまった方がましなのではないか。
 そう思える程だった。

「どういうこと、ですか……」
「それは、自分自身に聞いてみればいいのではないか。俺よりもよっぽど、身を持って知ってるだろう」

 剥き出しになった下腹部、太腿を掴まれ、条件反射で身体が震えた。

「何を……ッ!や、め……って、下さ……い……っ!」

 汗が止まらない。震えもだ。
 手の跡のくっきり残ったそこを掴まれ、腿の筋をすっとなぞられれば恐ろしいくらいに腰が揺れた。

「か、いちょ……っ」

 逃げないと。止めないと。頭ではそう思っているのに、会長に触られてること自体に歓びを感じてしまう浅ましい自分がいるのだ。
 このままでは、ダメだ。頭で理解しても、会長の一挙一動から目が離せない。

「……っ、ぁ、あ……っ」

 何をされてるわけでもない。腿を掴まれ、撫でられただけだ。それなのに。

「……これはなんだ」
「っ、ごめん……なさい」
「君は、触られれば誰にでも反応するのか」

 収まっていたはずのそこが再び勃ち上がり始めてるのを見た芳川会長に、耳が熱くなる。死にたかった。自制すら利かない自分がただ情けなくて、隠そうとすれば芳川会長に大きく足を開かされる。開脚されたその股の間、芳川会長は自分の指に舌を這わせ、唾液を絡めた。その指の隙間、こちらを見るその暗い瞳と視線がぶつかり、背筋が震える。それと同時に、身体が熱くなった。
 そして、

「淫乱が」

 耳元、吐き捨てられたその言葉に全身の血が一斉に騒ぎ始めた。滲む汗。敏感なそこに触れる細い指先に、息を飲む。

「かっ、いちょ……そんなこと……っ」
「男が相手なら誰でもいいのか、君は。……自分だけだと自惚れていた俺が馬鹿みたいだな」

 ほんの一瞬、会長の目が悲しそうに伏せられた。それも瞬きする間のことで。
 唾液を塗り付けるように性器を握り込まれ、ゆるく上下される。摩擦される度に全神経が会長の手の中に集まり、神経も尖っていくのがわかった。

「ぁっ、あ、っ、だ、め……です……会長……っ!」

 息が浅くなる。会長の手の中ではぐちゅぐちゅと濡れた音が響き、混ざり合い、その手の動きに合わせて、腰が揺れ始める。
 会長に扱かれている。その事実だけでも俺には耐え難いのに、その手は明確に俺の弱いところを狙ってくるのだ。
 裏筋を擽る指先、カリの凹凸部分までも包み込むように全体を摩擦されれば、何も考えられなくなる。
 気持ちいい、というよりも恥ずかしさの方が大きかった。赤く腫れ上がった性器は既に限界が近かった。腰が震える。競り上がってくる快感の波から逃げるように腰を引くが、会長がそれを許さなかった。

「かい、ちょ……っ」

 熱い。身体も、全部、蕩けてしまいそうだった。
 先走りが溢れて、どろどろになったそこは先程よりも粘着性のある音が響き、それが余計厭らしくて、俺は、机の上からずり落ちそうになるのを必死に会長の腕にしがみつき、耐えていた。

「ぁっ、あ、やッ……ぁあ……ッ」

 ぐずぐずに蕩けていく。不安感も、恐怖も、全部、快感に混ざってはどんどん形を大きくして俺を飲み込んでいく。
 顎を掴まれ、上を向かされたと思えば唇を重ねられる。
 無意識だった。どちらからともなく舌を絡ませる。あらゆる器官が麻痺していくような、そんな錯覚だけは確かにあった。

「っ、ふ、んん……っ」

 舌を絡め、付け根ごと嬲られた瞬間、我慢の糸が切れたようにとうとう俺は会長の手で射精してしまう。上を向いたそこから白濁液は飛び出し、ぼたぼたと自分の腹を汚した。何も考えることが出来なかった。
 自分が何をしてるのか、されているのかも。

「っ、ぁ、はッ、はぁ……ッんん……っ」

 腹の上を汚すそれを指先で拭った会長は、じっと自分の指を見つめていた。
 そして、そのまま精液を絡めた指先を俺の足の間、その最奥へも潜り込ませる。

「っ、ぁ、やっ、ぁ……」
「まるで性器だな」

 肛門、その周囲に精液を塗り込まれ、全身が痙攣する。笑うその言葉に、普段見えない自分の身体がどのように会長の目に映っているのか怖くて、恥ずかしくて、堪らなかった。
 触られてる。見られてる。つぷりと埋め込まれる細い指に、息を飲む。

「っ、ぁ、あ、嘘、駄目です……ッ会長……ッ」
「他の男はよくて、俺は駄目なのか。……嫌われたものだな」

 みちみちと入り込んでくる二本の指。炎症も収まっていないそこにとって、指とは言えど挿入行為は拷問でしかなかった。

「っ、ぁ、嘘、抜いッ……下さ……ぁ、あぁ……ッ」

 自分でも分かるくらい熱く腫れ上がったそこに会長の指が掠る度に、激痛と熱で頭がどうにかなりそうだった。腰が震える。足をばたつかせるが、ろくに力の入っていない四肢はまともな抵抗にすらならなかった。
 身体を押さえつけられ、内壁をぐにぐにと指の腹で弄られる。バラバラに動く指先に頭の奥がぼうっと熱くなって、射精したばかりのそこが再び持ち上がりはじめた。

「ん、ぅ、うッ、ひ」

 執拗に体内を弄られる。二本の異物から逃げるように腰を動かしたときだった、会長の指が凝りに触れ、その瞬間、電流が走ったかのように目の前が点滅する。

「あ゛……ッ」

 汗が、滲んだ。開いた口から唾液が溢れ、硬直する俺を見て、会長は目を細めた。そして。

「ぁ、あ゛、ぁァ、あッ!」

 身体を押さえ付けられ、抉られる。執拗にその箇所を指で責められれば、頭が真っ白になり、口からは自分のものと思えないような絶叫が漏れた。痙攣する身体。勃起した性器が揺れ、その先端から白く濁った先走りが溢れる。

「やだ、ゃッ、嫌だ、会長ッ、ぁ、嘘ッ、ぁあ、ァ」

 止まらない指の動きに、絶え間なく与えられる快感に下腹部が最早別の生き物かのように動いた。二度目の射精は一度も性器に触れられなかった。勝手に持ち上がり、勝手に射精する。濁った精液を断続的に吐き出しながらも、会長の責め苦は止まなかった。

「待っ、ぁ、あ、ひッ、ィ」

 喉が酷く乾いた。無意識に持ち上がった腰はガクガクと震え、自意識と身体が切り離されたかのような錯覚すら覚えた。汗が止まらない。気持ちいいと通り超えて、ただひたすら苦しくて辛かった。会長の腕の下、藻掻く。それでも執拗に責めてくる会長の指は抜かれるどころか更に早まり、瞼が、全身が、痙攣した。焼けるように熱くなる体内。

「ぁッ、あ、や、めッ、ぇ」

 口を閉じることすら許されない。カラカラに乾いた口からは舌とだらしない声が溢れるだけだ。
 腹の奥底、確かに競り上がってくるそれには恐怖しか覚えなかった。腫れたように勃起した自分の身体が腹立たしかった。唾液を拭うことも出来ず、ただ獣のように呻くことしか出来ず、腰を動かすことしか出来ない。
 会長はそんな俺を見ていた。冷めた目で、俺を。
 気持ちいいとかそういうレベルではなかった。息する暇もなく与えられる続ける快感は暴力と同等だ。

「ぁ、あ゛、あアぁ!!」

 ガチガチに勃起したそこからはもう精液と呼べるようなものは出なかった。透明な液体がぴゅっと飛び出す。そのほんの一瞬だった。射精時に筋肉が弛緩してしまったのだろう、一気に我慢していた尿意が襲ってくる。
 ぶるりと腰が揺れ、血の気が引いた。ダメだ、と思っても身体はもう、自制出来るレベルではなかった。
 チョロチョロと黄色がかった透明な先端から溢れ、自分の身体を汚した。腿を伝い、机に溢れ、床へと水溜りを作っていく。
 止めないと、我慢しないと。そう思うのに、一度決壊したダムでは堰き止めることもできない。

「ぁ……あぁあぁぁ……っ」

 恥ずかしさで死にそうだった。こんな、年にもなって、お漏らしだなんて。
 最後の一滴まで出してしまったとき、そこでようやく会長の指が引き抜かれる。
 拭わないと、そう思うのに、机の上、仰向けになった俺はそこから動くことすら出来なかった。
 呼吸を整えることで精一杯で、霞む視界の中、芳川会長と視線が合う。

「小便垂れるほど気持ちよかったのか」

「まるで犬だな、盛りついた雌犬」不愉快そうに顔を歪める会長に耳まで熱くなる。
 周囲に広がる濃厚なアンモニア臭。しかも、他の誰でもない会長の部屋を、私物を汚してしまったことによる罪悪感に苛まれる。
 それなのに、情けないことに指一本も動かすことは出来なかった。
 眼球を動かすことが精一杯だったのだ。
 まな板の上の魚か何かのように横たわる俺を見て、会長は自分の下腹部に手を伸ばす。聞こえてきたジッパーを下ろす音に、全身が反応した。

「っ、ぁ、あ……ッ」

 まさか、まさか、まさか。
 身体が再び熱を持ち始める。こんな状況下にも化変わらず、俺は、会長が俺で勃起してくれたことに興奮した。
 浅ましいと言われるはずだ。辛くて、もう死んだ方がましだと思うのに、それでも、勃起した会長の下腹部を見て、あらぬ思考を働かせては勝手に固唾を呑んでしまうのだ。どうかしている。
 緩められたベルト、下着の中から取り出されたそれから俺は目を離せないでいた。

「……舐めろ」
「っ……」

「君のその口で濡らすんだ。根本までな」

 目の前、突き付けられたそれに、俺は、息を飲んだ。
 指なんかよりも比べ物にならない太さ。濃厚な会長の匂いに、頭がクラクラする。
 逆らえるわけがなかった。喉がひりつく。それでも、俺は自ら会長の股に顔を埋めた。
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