天国か地獄

田原摩耶

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√β:ep. 4『日は沈む』

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 他人に期待をしてはいけない。
 幸せになりたいと思ってはいけない。
 自分だけ助かろうとしてはいけない。
 自分のしてきたことから目を反らしてはいけない。
 裏切ろうとしてはいけない。

 あの人を見捨ててはいけない。


 ◆ ◆ ◆


 自室のベッドの上、飛び起きる。
 外はまだ暗かった。時計を見る余力もなく、俺はぼんやりとした頭の中起き上がった。

 志摩裕斗と志木村に、全部告げた。
 転校してからのこと、阿賀松に脅されて会長に協力してもらっていたこと、そして、俺は会長を助けたいと思っていること。全部。他人にここまで話したのは、会長以来だった。それでも、今はあの頃とは立場が違う。

 裕斗も志木村も、終始黙って話を聞いてくれた。
 途中何度も言葉に詰まったときも、急かさず待ってくれていた。口に出して、わかってしまう。自分の言っていることが無茶苦茶だと。自分の気持ちの矛盾に気付いてしまうと自分の存在が嘘くさく感じてしまって、本当の自分がどこにいるのかわからなくなっていた。最後の方は支離滅裂になっていたことだろう。
 流石に、会長たちが俺と裕斗のことを知っていると聞いたときは志木村の目の色がかわかった。
 それが、昨日だ。あのあと、とにかく落ち着いて休んだ方がいいという志木村の言葉に甘えて俺は自室へと連れ帰られていた。
 あとのことはまたあとから話しましょう、という志木村の言葉を合図に解散したのだが……久し振りに一人で眠るベッドはあまりにも冷たく感じて落ち着かなかった。

 酷く心は凪いでいた。
 俺は、最低だ。酷いことをしてた。わかっていたけれど、それでも頭の中は恐ろしく冴え渡っていた。
 志木村はともかく裕斗は、俺の言葉を信じてくれているだろう。会長は、全部を裕斗に擦り付けると言っていた。そして、逆に裕斗を告発すると。
 その結果、どうなるのか。考えれば火を見るより明らかだ。裕斗と芳川会長は二人とも罰を受けるだろう。その結果、生徒会が不在の学園のトップに誰が降臨するか。
 赤い髪のあの男だ。それだけは、避けたかった。なんとしてでも。
 芳川会長を生徒会長の座に戻し、阿賀松伊織を引き摺り落とす。そのためには裕斗の存在は必要だった。

 こんなこと考えたくなかった。裕斗の純粋な好意を踏み躙りたくなかった。けれど、何もかもが手遅れだった。俺は、裕斗に助けてもらう価値はない。
 それでも裕斗は言ってくれた、自分を利用しろと。
 だから、俺は――……。

 携帯端末を確認すれば、裕斗からメッセージが入っていた。目を覚ましたらいつでもいいから連絡してくれという内容だった。俺は少しだけ迷って、水を飲んだあと折り返し電話することにした。数回のコールの末、裕斗は出た。

『よう、今起きたのか』
「すみません……早めに連絡した方がいいのかと思って。……寝てましたか?」
『……少しだけ』

 電話越しの裕斗の声はあくび混じり、少し眠たそうだ。「すみません」ともう一度謝れば、裕斗は『謝んなよ、いつでもいいって言ったろ』と笑う。

「それで、あの、メッセージのことなんですけど……」
『ああ、なんとなく気になって。あのあとバタバタだったろ?怪我のことも気になったし……なあ、今からそっち行っていい?』
「え?い、今から……ですか?」
『……志木村からうるさく言われたんだけどな、今日くらい一人にさせてやれって。俺がいると余計休まらないって。けど、なんかすげー気になってさ』

 その言葉に、胸の裏側がぞわりと反応する。……嬉しい、というか、なんだろう。そこまで俺のことを気にしなくていいのに、そう申し訳なく思う半面――正直、一人でいると落ち着かないのも事実だ。

「……だい、じょうぶです」
『よかった、断られるんじゃないかとドキドキしてたんだよな。……わかった、じゃあすぐ行く。つか、走っていく』
「あ、歩いてで大丈夫です……俺も、寝れなかったところだったので」
『そうか、齋藤もか。……わかった、そのまま待ってろよ』

 はい、と頷いて、通話を切る。通話が終わったあとも暫く余韻に浸っていた。……裕斗がこれからくる。
 流石に起きたままの状態で出迎えるのも失礼だ、俺は慌てて洗面台へと行った。
 それから顔洗って寝癖を直して、寝間着も着替えた方がいいのだろうかと迷っていたところに扉が叩かれる。裕斗だ。
 扉を開けば、予想していた人物がいた。

「裕斗先輩……本当に走ってきたんですか?」
「そりゃ、俺が向かってる間に齋藤が寝たりでもしたら困るだろ」
「そ、それは……」

 流石にない、とは言えないのが難しい。
「どうぞ、入ってください」と裕斗を招き入れる。
「お邪魔します」と部屋へ上がってくる裕斗。
 なんか、変な感じだ。俺のことを知ってもまだ俺のことを受け入れてくれる裕斗だからだろうか、いつもみたいな緊張はなくなって、その代わり、心地の良い暖かさが込み上げてくる。
 裕斗はソファーに腰を下ろす。
 俺はその向かい側に座ろうとして、裕斗に「こっち」と隣へと座らせられた。そのままおずおずと座れば、裕斗はこちらをじっと見てきた。

「ぁ、あの……」
「なあ、よく寝れたのか?」
「は、はい……あれからすぐ寝て、本当さっき起きたので……」
「一人の方がやっぱり眠れるのか?」

 言われて、ギクリとした。
 そんなわけではないとわかってても、裕斗が言うと含みがあるように聞こえてしまうのだ。きっとそれは俺の思考に問題があるのだろうが。
 少しだけ迷った末、俺は正直に答える。

「……いえ、少し……慣れなくて」
「だろうな。実は俺もなんだよ。ここ最近ずっと一緒に寝てただろ、だから、齋藤いなくなってめちゃくちゃ広く感じるんだよ」

「でも、お前も一緒なら良かった」と、裕斗は嬉しそうに笑う。心の裏側から擽られるみたいに胸がざわつく。

「あ、あの……志木村先輩は、あれから……」
「ああ、あいつもすぐ部屋に戻ったよ」
「……大丈夫、でしたか。あのあと」

 志木村に叩かれた頬の腫れは引いていたが、それでも裕斗の心境を考えると聞かずにはいられなかった。
 恐る恐る裕斗の頬に触れれば、裕斗は目を細める。

「……まあ、めちゃくちゃ怒られた」
「……ごめんなさい」
「どうしてそんな顔をするんだ。あいつに知られたんだ、あいつの前でコソコソする必要もなくなるんだぞ」

「俺としては、殴られてむしろスッキリしたけどな」なんて笑う裕斗はそっと俺の手に手のひらを重ねてくる。そのまま手の甲を撫でられ、思わず手を引こうとすれば掴まれた。トクトクと脈打つ心臓がやけに煩くて。

「……せ、んぱい……」
「なあ、もっと撫でてくれよ」

「そうしてくれたら、すぐ治りそうだ」なんて、悪戯っ子のように笑う裕斗。
 抵抗する気などとうもなかった俺は、裕斗の頬を撫でる。くすぐったそうに、それでも気持ち良さそうに目を細めていた裕斗はそのまま俺の腰に手を回した。
 ああ、この流れは。と思ったときには呑まれていた。スイッチが音を立てて切り替わる瞬間。いや、もしかしたら俺が裕斗を招き入れたときからわかっていたことだ。
 そして、俺と裕斗はどちらともなく唇を重ねる。
 抱き締められると安心する。裕斗の熱が心地よくて、気付けば凭れ掛かるような体勢になってしまう。隙間を埋めるように、何度も角度を変えてキスをする。口の中を舐められ、舌ごとしゃぶられ、深
った深夜の自室に濡れた音と衣擦れ音が響く。何も考えることができなかった。こんなことしてる場合じゃないのに、頭でわかってても、だからだろうか。余計焦れったくて、胸の奥で燻る熱はじわりじわりと広がっていくのだ。

 腹部、服の裾ごと掴まれ、脱がされそうになったとき、咄嗟に俺は裕斗の手を掴んだ。あの、だとか、待ってください、だとか。そんなことを言おうとしたとき、焦れたように裕斗は「嫌か?」と聞いてくる。耳元で囁かれ、俺は慌てて首を横に振った。

「で……電気、だけ……消してください」
「恥ずかしいのか?……今更じゃないか?」

 恥ずかしい、というのもあるが、確かに裕斗の言うとおり服を脱ぐことよりも恥ずかしいことはいくらでもやってきた。というよりも、寧ろ体を見られたくなかったというのが本音だった。シャワーを浴びたとはいえ、昼間の芳川会長との行為の痕はまだ色濃く残っている。

 けれど、あまり言うのも変に思われるだろうか。そう、裕斗から目を離せば、裕斗は「わかったよ」と明かりを小さくしてくれた。豆電球だけの薄暗い室内。

「これでいいのか?」
「あ、りがとう……ございます……」
「可愛い後輩の頼みだからな」

 そう、裕斗の手がするりと服の中へと入ってくる。腰周りを撫でられ、そのまま裾ごと持ち上げるように脇腹から胸元へと撫でられれば堪らず体が震えた。先輩、と咄嗟に腰を引きそうになるが、あっという間に上に乗しかかってきた裕斗に押し倒されるような形になる。
 柔らかいクッションの感触。暗がりの中無遠慮に触れてくる手の感触を余計意識してしまい、声を我慢するのが精一杯だった。

「っ、……俺のことは、いいので……」
「なんでだよ。人に触られるのは嫌いか?」

 好きになれるわけがない。そう思っていたが、裕斗から触れられるのは……嫌いではなかった。俺は少し迷って、首を横に振る。それが裕斗に伝わったのかわからないが、すぐに顎を掴まれ、唇を塞がれた。首筋から頬を撫でられ、そのまま耳朶を親指でなぞられればそれだけで腰がずくんと重くなる。

「……ッ、は……んむ……ッ」

 こんなことだけで反応してしまう自分の体が恥ずかしかった。けれど、裕斗の言ったとおりだ。撫でられるのは、気持ちがいい。恥ずかしいけど、それ以上に安心してしまう。もう片方の手が臍を伝い四肢に触れるのを感じ、一瞬ギクリとしたがそれも束の間。閉じていた腿の間に触れてくる裕斗の指に心臓がうるさくなる。

「っ……ん、ぅ……っ」
「声我慢するなよ。お前の声聞きたい」
「っ、そ、んな……っぁ、っ、待……ッ」

 待ってください、という言葉を飲み込む。指の腹で滑るように腿を撫でられ、それだけでもこそばゆさで声が漏れてしまいそうだったのを更に奥、浅ましく反応し始めていたそこを衣類越しに撫でられ、堪らず俺は裕斗の肩を掴んだ。

「っ、せ、んぱ……おれ、も……いいです……から」
「なんで?まだ何もしてないだろ」

 言葉ではうまく伝えられない。俺は、跨ってくる裕斗の腰を手で探り、恐る恐るその下腹部に手を伸ばす。薄暗い中でもわかる、裕斗だって早く楽になりたいはずだ。膨らんだそこを撫でれば、裕斗は「おい」と息を吐く。

「いれて、ほしいです……裕斗先輩の」
「……っ、お前な」

 萎えていたらどうしようと思ったが、良かった。もたもたとスウェットを脱がせようとすれば、裕斗に手首を掴まれた。何故裕斗が止めるのかがわからなくて、恐る恐る見上げるが裕斗の顔は影がかかって表情までは見ることはできなかった。

「ぁ、あの……しないんですか?」
「今日は、齋藤の負担かからないようにするつもりだったんだよ、俺は」
「……え?」
「……挿れたら止まんねえってわかってんだろ」

 ……わかる。嫌ってほど知ってる。けれど、何故。それこそ今更裕斗が俺のことを気遣うのがわからなくて、表情が見えない分余計戸惑う。

「俺は、大丈夫です。……それで」

 それがいい、なんて口にしたら今度こそ軽蔑されかねない。けれど、このまま変に裕斗に体を触られる続ければ本当にどうにかなってしまいそうで怖かった。裕斗は何かを言いかけたが、俺はそれを遮るように裕斗に口付ける。

「っ、ん、……おい、さい……っ、ん……ッ」
「……っ、ん……ぅ……ッ」

 技巧もない、ただ舌を探り当て、擦り付けるので精一杯だった。それでも、いつの間にかに今度は裕斗の舌に絡め取られていて、抱き締められる体、腹部に当たる硬い感触が先程よりも大きくなってるのを感じながら俺は手を動かす。濡れた音が大きくなる。
 遠慮なんてされたくなかった。気遣いもいらない。裕斗が喜んでくれるなら、もっと。

「後から後悔するなよ」

 はい、という言葉は返さなかった。膝裏を抱え込まれ、曝された下腹部。下着の中に入ってくる裕斗の指を感じながら、俺は小さく頷いた。
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