3 / 22
前編【誰が誰で誰なのか】
03
しおりを挟む
「男子便所で喧嘩だって」
休み時間。次の移動教室に備えて教材を取り出していると、廊下からそんな声が聞こえてくる。
通りでいつもに増して廊下が賑やかだと思えば。
「見に行こう」とか「誰と誰が?」とかそんな会話が交わされる中、俺は不良からメールがないことを気にかけていた。
最初は軽口のつもりだったし強要しているわけではないから別に来なくても然程問題でもなかったが、喧嘩と言われ胸に引っ掛かるものを感じる。
「古屋君一緒に行こー」
クラスメートの友人に声をかけられ、教材を手にした俺はその子たちと教室を後にした。
喧嘩の件も気になったが、どうせ後で噂になるだろう。
校舎内、特別教室前。
数人のクラスメートたちと話しながら教室へ向かっていると、下の階から怒号が聞こえてきた。
「おら、さっさと歩け!」
怒鳴り声にビックリした友人たちは、「見に行こうぜ」と階段に降り下の階を覗く。
興味なかったが、女子に引っ張られつられるように俺は階段下を見下ろした。
体育教師だ。体育教師が一人の生徒を引き摺るように歩いている。
く見ると側に数人他の教師がいた。
「あれ、渡利君じゃん」
「うっそ、ホントだ。停学解けてたんだ」
どうやら周りのやつらはその生徒に心当たりがあるようだ。
制服のYシャツの代わりに派手なTシャツを着たその生徒は、階段上から聞こえるこちらの声に気付いたらしい。
渡利と呼ばれた生徒は、振り返るようにこちらに目を向けた。
無造作な黒い髪。着ていた原色のTシャツには、赤黒い染みが滲んでいる。
はじめてみる顔だった。友人たちの話を聞く限り停学していたというが、ここ数年久保田と一緒にいたせいか他のことに興味が失せていたのもあるだろう。
渡利とかいう生徒を見て、俺は直感でこいつがさっきの喧嘩騒動のやつだとわかった。
あまり興味がなかったのでそのまま視線を逸らそうとしたとき、不意に渡利と目が合う。
睨むような視線をこちらに向けてくる渡利。不良というのは誰彼構わずガン付けるのが決まりなのだろうか。不愉快だったので、階段から顔を引っ込めた俺は一足先に教室に向かうことにする。
授業が終わり、あっという間に放課後になる。案の定、休み時間で一部の二年で噂になっていた喧嘩騒動は放課後になると校内中に知れ渡っていた。
加害者が例の渡利とかいう不良で、被害者は俺の知り合いの不良数人。
メールが来ないことから嫌な予感はしていたものの、まさか不良同士で揉めているとは思わなかった。
パトカー来たり救急車が来たり暫く校舎全体が浮いた雰囲気になっていたが、それも放課後になれば大分落ち着いていた。もともとそういうのが少なくない学校だからこそだろう。
別にあいつらが喧嘩してみっともなく負けようが俺には関係なかったが、ひとつだけ心配なことがあった。
どうすんだよ、馬淵のこと。退学へ追い込んでやるつもりが、まさかイレギュラーの存在に不良たちの方が追い込まれるとは。渡利とかいうやつ、余計なことしやがって。
なにもなければ、順調だったのに。内心舌打ちをしながら、俺は久保田の教室へと向かった。
早く久保田に会いたい。イライラしてしょうがなかったからこそ、早く久保田に会って癒されたかった。
馬淵のことは、また後で考えよう。それに、俺にはまだたくさんの友人がいる。馬淵を追い込む方法は沢山ある。
自分に言い聞かせるように口の中で呟き、俺は強張っていた顔を緩ませた。
こんな顔して久保田に会えない。いつものように笑みを浮かべ、俺は久保田の教室の扉を開いた。
教室には、久保田がいた。
クラスメートと話していた久保田は、入ってくる俺に気付き手を振ってくる。きゅんとときめきながら、俺はそれに振り返した。
「まだ帰らねえの?」
「馬淵待ち。来る途中会わなかった?」
またあいつか。
首を傾げて尋ねてくる久保田に、思わず顔を引きつらせそうになり咄嗟に笑みを浮かべる。
「馬淵なら先帰っとけだってよ。なんか先生に呼ばれたとか言ってた」
「馬淵が?」
「遅くなるかもって」
「まじかー、タイミング悪いなー」
まあ、嘘なんだけどな。
まず疑うことをしない久保田は俺の言葉を丸々信じ込んだらしく、少し残念そうな顔をして笑った。
自分でついた嘘なのに、寂しそうな顔をする久保田に胸がつっかえそうになる。
馬淵のことで久保田がそういう顔をするのは面白くなかったが、久しぶりに二人きりで下校できると考えればまだましだった。
馬淵と鉢合わせ、なんてことになったら面倒だったので俺は久保田とともにさっさと学校を後にする。
久保田と二人で帰る道はいつも以上に楽しかったが、時折楽しそうに馬淵の話題を出す久保田に平然を装って返事をするのは大変だった。
その日、俺は久保田とともに久しぶりに充実した放課後を送ることになる。
翌日。
「古屋、昨日馬淵待ってたって言ってっけどどーいうこと?」
いつも通り久保田の家に行けば、久保田は不思議そうな顔をして尋ねてくる。
久保田の隣にいる馬淵に目を向ければ、馬淵はさっと顔を逸らした。
どうやら馬淵がなんで先に帰ったのか聞いたのだろう。まあ、このくらいは想定内だ。
「え?そーなの?俺、馬淵に先帰っててって言われたんだけど」
「あーもしかして聞き間違いだったかも」そう笑いながら言えば、久保田は「ちゃんと聞いとけよ」と俺につられるように笑った。
相変わらず能天気というか、まず俺がわざと嘘をついたという可能性を考えない久保田の純粋さには呆れさせられる。まあ、そういうところも含めていいのだけれど。
結局なにごともなかったかのようにいつも通り久保田と並んで登校した。
その後ろからくっついてくる馬淵はずっと居心地悪そうにしていて笑えた。
学校に着き、いつも通り本鈴ギリギリまで久保田とその友人たちと教室前で話す。
その後教室入りし、一日の学校生活が始まった。
◆ ◆ ◆
「馬淵っていんじゃん、そーそー根暗根暗。あいつ好きにしていいよ。お前金ねーつってたじゃん、脅せばすぐ出してくんじゃね?……あ?ばーか、ちげーよ。俺がいじめなんてするわけねーだろ。噂?違う違う、合意だって。あいつ真性マゾだからさー相手探してやってんの、優しいだろ」
休み時間、人気のない廊下にて。
「んじゃ、またな」一頻り絶賛不登校の連中と電話で話し終えた俺は、携帯電話を制服に戻す。
事情を知らない不良たちに赤の他人を標的にさせるのはあまり楽なことではなかった。
俺がただ馬淵のことを気に入らないからという理由で全力で加勢してくれるやつは少ないだろう。
だからこそ、自然と捏造も入ってくるわけだ。
不良たちの間で既に俺が馬淵を標的にいじめているという話が出回っていたのは驚いたが、いつかは知れ渡ることになるとは想像ついていた。
まあ普段からまともなことをしていない不良がどれだけ騒いでもただの噂止まりになるだろうし、特に深刻なことでもない。
教室へ戻るため、廊下を歩き階段に足をかける。
と、同時に上から声が聞こえてきた。普段から使う人が少ない階段だっただけに、ちょっと驚きながらも気にせず上がろうとしたときだ。
「……やっぱり、無理だ。これ以上渡利君に迷惑かけられない」
ピタリと足を止める。聞き覚えのある、ぼそぼそとした細い声。
馬淵だ。馬淵がこの上にいる。
上から聞こえてきた嫌いなやつの声に、俺は手摺を掴んだまま上の様子を窺った。
渡利って、最近どこかで聞いたことがある名前だな。思いながら俺は息を潜める。
「迷惑とか、そんな問題じゃないだろ。こっちから手え出しといて今更後に引けねえよ」
もう一人の声が聞こえた。
聞き覚えのない声。こいつが馬淵の言っていた渡利なのだろう。
そこまで考えて、俺は昨日教師に引っ張られていた渡利とかいう不良を思い出した。
まさか、あいつか。探したらどこにでもいそうな名前なだけに確信は持てなかったが、だとすればなんで馬淵と話しているのかがわからなかった。
「だって、また渡利君が捕まったらおばさんが悲しむかもしれないし……」
「馬鹿か。お前がいじめられてるって聞いた方が悲しむぞ」
「……いじめ、なのかな。やっぱり」
「どう見てもいじめだろ。俺がいなかったらあのまま帰れなかったかもしれなかったんだぞ!」
あまりにも他人事な馬淵にイラついたのか、渡利とかいう男子生徒は声を荒げる。
その一言に、俺はこの間見た校舎裏のことを思い出した。
全裸の馬淵に服を渡していたのは、もしかして渡利なのかもしれない。二人の会話を聞く限り、家族ぐるみの仲のように感じた。
馬淵の周りの人間関係に興味はなかったが、もし複数の不良相手に喧嘩して病院送りにするようなやつが友人にいるとしたら俺の計算が狂ってくる。
幼馴染みか、小中の同級生か。会話の内容はともかく、どこか親しげな二人の会話を聞く限り恐らく両方なのかもしれない。
糞、面倒なやつ味方につけやがって。
渡利とかいうやつがでしゃばってきた今、馬淵本人を追い込むには渡利を消す必要がある。
でないと、このまま馬淵の元に不良を送り込んでもまた渡利に病院送りされるかもしれない。
口の中で舌打ちをしながら、俺は足音を立てないように階段を降り、別の階段へと向かうことにした。
とにかく、渡利のことを調べた方がいいだろう。幸い、俺の友人の中に渡利のことを知っているやつが何人かいた。
昔に比べて人脈が増えた今、情報を集めるのは容易いことだ。
馬淵に渡利のような友人がいたのは予想外だったが、使い用によっては馬淵を陥れることも可能だろう。
頭の中で計画を組み直しながら、俺は一人人気のない廊下を歩いて教室に帰った。
渡利の情報を手に入れるのには、然程時間は要しなかった。
渡利敦郎、十七歳。中学の頃に性格が原因でいじめられ、キレた渡利がいじめていた生徒を病院送りにする。それがきっかけでいじめはなくなるが、周りは腫れ物のように扱っているらしい。
前からあまり素行はよくなかったが、そのときから頻繁に喧嘩をするようになり何回も警察のお世話になっているようだ。
極度の短気で、ヒステリー。馬淵とは小さい頃からの幼馴染みらしく、渡利にとって唯一の友人らしい。
友人たちから聞いた話を頭の中でまとめながら俺は少し考え込む。
思っていたよりも難儀な問題になりそうだ。やつの性格を考える限り派手な喧嘩を起こして逮捕させればいいのだが、聞く限り渡利の素行の悪さは校内でも有名らしく、喧嘩を売りたがるようなやつはいないらしい。
俺自身が渡利に喧嘩を売るというのも考えたが、そんなことしたら間違いなく俺は病院どころじゃ済まなくなるだろう。
馬淵に手を出した今、いつ渡利がけしかけてきてもおかしくない。生憎、俺はまだ生きていたい。じゃあ、どうしようか。
自宅自室内。一人悶々と考えながら、俺はいつも通り来ていたメールに返信をする。
渡利にその気があるのなら、無理矢理にでも馬淵とくっつけてさっさと久保田から離れさせたいが、正直今の段階で渡利の性癖は判断できなかった。
いや、それもいいかもしれない。馬淵が渡利に気があると吹き込んで仲違いさせ、馬淵から手を引かせる。そして馬淵は数少ない友人にまで見捨てられ、めでたしめでたし。
想像していたよりもいいかもしれない。渡利に嫌われたときの馬淵の顔を想像しながら俺は一人笑みを浮かべた。
翌日。
いつも通り久保田と一緒に登校する。邪魔もいたが、なかなか充実した時間だった。
不良たちがいなくなったお加減か、ここ数日馬淵の調子が良さそうに感じた。
精々残り僅かな安息の時間を暢気に過ごせばいい。もたもたとついてくる馬淵を尻目に、俺はそう口許を歪める。
馬淵が渡利に気があるという噂を校内に流すのはあまり難しい話ではなかった。
噂好きの女子に声をかければすぐにその作り話は辺りに広まる。
時間が経つにつれ、『馬淵が渡利に気がある』という噂に尾ひれはひれがつき『渡利が馬淵を脅して性欲処理に使っている』だとか過激なものになっていった。
どこでそんなに話がでかくなったんだよと呆れる反面、愉快で愉快で仕方なかった。
放課後。
いつものように久保田の教室まで行けば、そこに久保田はいなかった。
「ああ、久保田ならさっき保健室行ってたの見たよ」
久保田のクラスメートの女子にそう聞いた俺は、そのまま保健室へと向かう。
なんで久保田が保健室に行ったのだろうか。もしかしてなにか怪我でもしたのだろうか。怪我して入院なことになったら毎日会えなくなってしまうんじゃないのだろうか。
保健室に向かう途中、そんなことばかりを考えて気が気でなかった。
焦りからか自然と足が早くなる。部活動に向かう生徒や帰宅する生徒たちに混じって廊下を歩いた。
俺が保健室につくまで、あまり時間はかからなかった。
休み時間。次の移動教室に備えて教材を取り出していると、廊下からそんな声が聞こえてくる。
通りでいつもに増して廊下が賑やかだと思えば。
「見に行こう」とか「誰と誰が?」とかそんな会話が交わされる中、俺は不良からメールがないことを気にかけていた。
最初は軽口のつもりだったし強要しているわけではないから別に来なくても然程問題でもなかったが、喧嘩と言われ胸に引っ掛かるものを感じる。
「古屋君一緒に行こー」
クラスメートの友人に声をかけられ、教材を手にした俺はその子たちと教室を後にした。
喧嘩の件も気になったが、どうせ後で噂になるだろう。
校舎内、特別教室前。
数人のクラスメートたちと話しながら教室へ向かっていると、下の階から怒号が聞こえてきた。
「おら、さっさと歩け!」
怒鳴り声にビックリした友人たちは、「見に行こうぜ」と階段に降り下の階を覗く。
興味なかったが、女子に引っ張られつられるように俺は階段下を見下ろした。
体育教師だ。体育教師が一人の生徒を引き摺るように歩いている。
く見ると側に数人他の教師がいた。
「あれ、渡利君じゃん」
「うっそ、ホントだ。停学解けてたんだ」
どうやら周りのやつらはその生徒に心当たりがあるようだ。
制服のYシャツの代わりに派手なTシャツを着たその生徒は、階段上から聞こえるこちらの声に気付いたらしい。
渡利と呼ばれた生徒は、振り返るようにこちらに目を向けた。
無造作な黒い髪。着ていた原色のTシャツには、赤黒い染みが滲んでいる。
はじめてみる顔だった。友人たちの話を聞く限り停学していたというが、ここ数年久保田と一緒にいたせいか他のことに興味が失せていたのもあるだろう。
渡利とかいう生徒を見て、俺は直感でこいつがさっきの喧嘩騒動のやつだとわかった。
あまり興味がなかったのでそのまま視線を逸らそうとしたとき、不意に渡利と目が合う。
睨むような視線をこちらに向けてくる渡利。不良というのは誰彼構わずガン付けるのが決まりなのだろうか。不愉快だったので、階段から顔を引っ込めた俺は一足先に教室に向かうことにする。
授業が終わり、あっという間に放課後になる。案の定、休み時間で一部の二年で噂になっていた喧嘩騒動は放課後になると校内中に知れ渡っていた。
加害者が例の渡利とかいう不良で、被害者は俺の知り合いの不良数人。
メールが来ないことから嫌な予感はしていたものの、まさか不良同士で揉めているとは思わなかった。
パトカー来たり救急車が来たり暫く校舎全体が浮いた雰囲気になっていたが、それも放課後になれば大分落ち着いていた。もともとそういうのが少なくない学校だからこそだろう。
別にあいつらが喧嘩してみっともなく負けようが俺には関係なかったが、ひとつだけ心配なことがあった。
どうすんだよ、馬淵のこと。退学へ追い込んでやるつもりが、まさかイレギュラーの存在に不良たちの方が追い込まれるとは。渡利とかいうやつ、余計なことしやがって。
なにもなければ、順調だったのに。内心舌打ちをしながら、俺は久保田の教室へと向かった。
早く久保田に会いたい。イライラしてしょうがなかったからこそ、早く久保田に会って癒されたかった。
馬淵のことは、また後で考えよう。それに、俺にはまだたくさんの友人がいる。馬淵を追い込む方法は沢山ある。
自分に言い聞かせるように口の中で呟き、俺は強張っていた顔を緩ませた。
こんな顔して久保田に会えない。いつものように笑みを浮かべ、俺は久保田の教室の扉を開いた。
教室には、久保田がいた。
クラスメートと話していた久保田は、入ってくる俺に気付き手を振ってくる。きゅんとときめきながら、俺はそれに振り返した。
「まだ帰らねえの?」
「馬淵待ち。来る途中会わなかった?」
またあいつか。
首を傾げて尋ねてくる久保田に、思わず顔を引きつらせそうになり咄嗟に笑みを浮かべる。
「馬淵なら先帰っとけだってよ。なんか先生に呼ばれたとか言ってた」
「馬淵が?」
「遅くなるかもって」
「まじかー、タイミング悪いなー」
まあ、嘘なんだけどな。
まず疑うことをしない久保田は俺の言葉を丸々信じ込んだらしく、少し残念そうな顔をして笑った。
自分でついた嘘なのに、寂しそうな顔をする久保田に胸がつっかえそうになる。
馬淵のことで久保田がそういう顔をするのは面白くなかったが、久しぶりに二人きりで下校できると考えればまだましだった。
馬淵と鉢合わせ、なんてことになったら面倒だったので俺は久保田とともにさっさと学校を後にする。
久保田と二人で帰る道はいつも以上に楽しかったが、時折楽しそうに馬淵の話題を出す久保田に平然を装って返事をするのは大変だった。
その日、俺は久保田とともに久しぶりに充実した放課後を送ることになる。
翌日。
「古屋、昨日馬淵待ってたって言ってっけどどーいうこと?」
いつも通り久保田の家に行けば、久保田は不思議そうな顔をして尋ねてくる。
久保田の隣にいる馬淵に目を向ければ、馬淵はさっと顔を逸らした。
どうやら馬淵がなんで先に帰ったのか聞いたのだろう。まあ、このくらいは想定内だ。
「え?そーなの?俺、馬淵に先帰っててって言われたんだけど」
「あーもしかして聞き間違いだったかも」そう笑いながら言えば、久保田は「ちゃんと聞いとけよ」と俺につられるように笑った。
相変わらず能天気というか、まず俺がわざと嘘をついたという可能性を考えない久保田の純粋さには呆れさせられる。まあ、そういうところも含めていいのだけれど。
結局なにごともなかったかのようにいつも通り久保田と並んで登校した。
その後ろからくっついてくる馬淵はずっと居心地悪そうにしていて笑えた。
学校に着き、いつも通り本鈴ギリギリまで久保田とその友人たちと教室前で話す。
その後教室入りし、一日の学校生活が始まった。
◆ ◆ ◆
「馬淵っていんじゃん、そーそー根暗根暗。あいつ好きにしていいよ。お前金ねーつってたじゃん、脅せばすぐ出してくんじゃね?……あ?ばーか、ちげーよ。俺がいじめなんてするわけねーだろ。噂?違う違う、合意だって。あいつ真性マゾだからさー相手探してやってんの、優しいだろ」
休み時間、人気のない廊下にて。
「んじゃ、またな」一頻り絶賛不登校の連中と電話で話し終えた俺は、携帯電話を制服に戻す。
事情を知らない不良たちに赤の他人を標的にさせるのはあまり楽なことではなかった。
俺がただ馬淵のことを気に入らないからという理由で全力で加勢してくれるやつは少ないだろう。
だからこそ、自然と捏造も入ってくるわけだ。
不良たちの間で既に俺が馬淵を標的にいじめているという話が出回っていたのは驚いたが、いつかは知れ渡ることになるとは想像ついていた。
まあ普段からまともなことをしていない不良がどれだけ騒いでもただの噂止まりになるだろうし、特に深刻なことでもない。
教室へ戻るため、廊下を歩き階段に足をかける。
と、同時に上から声が聞こえてきた。普段から使う人が少ない階段だっただけに、ちょっと驚きながらも気にせず上がろうとしたときだ。
「……やっぱり、無理だ。これ以上渡利君に迷惑かけられない」
ピタリと足を止める。聞き覚えのある、ぼそぼそとした細い声。
馬淵だ。馬淵がこの上にいる。
上から聞こえてきた嫌いなやつの声に、俺は手摺を掴んだまま上の様子を窺った。
渡利って、最近どこかで聞いたことがある名前だな。思いながら俺は息を潜める。
「迷惑とか、そんな問題じゃないだろ。こっちから手え出しといて今更後に引けねえよ」
もう一人の声が聞こえた。
聞き覚えのない声。こいつが馬淵の言っていた渡利なのだろう。
そこまで考えて、俺は昨日教師に引っ張られていた渡利とかいう不良を思い出した。
まさか、あいつか。探したらどこにでもいそうな名前なだけに確信は持てなかったが、だとすればなんで馬淵と話しているのかがわからなかった。
「だって、また渡利君が捕まったらおばさんが悲しむかもしれないし……」
「馬鹿か。お前がいじめられてるって聞いた方が悲しむぞ」
「……いじめ、なのかな。やっぱり」
「どう見てもいじめだろ。俺がいなかったらあのまま帰れなかったかもしれなかったんだぞ!」
あまりにも他人事な馬淵にイラついたのか、渡利とかいう男子生徒は声を荒げる。
その一言に、俺はこの間見た校舎裏のことを思い出した。
全裸の馬淵に服を渡していたのは、もしかして渡利なのかもしれない。二人の会話を聞く限り、家族ぐるみの仲のように感じた。
馬淵の周りの人間関係に興味はなかったが、もし複数の不良相手に喧嘩して病院送りにするようなやつが友人にいるとしたら俺の計算が狂ってくる。
幼馴染みか、小中の同級生か。会話の内容はともかく、どこか親しげな二人の会話を聞く限り恐らく両方なのかもしれない。
糞、面倒なやつ味方につけやがって。
渡利とかいうやつがでしゃばってきた今、馬淵本人を追い込むには渡利を消す必要がある。
でないと、このまま馬淵の元に不良を送り込んでもまた渡利に病院送りされるかもしれない。
口の中で舌打ちをしながら、俺は足音を立てないように階段を降り、別の階段へと向かうことにした。
とにかく、渡利のことを調べた方がいいだろう。幸い、俺の友人の中に渡利のことを知っているやつが何人かいた。
昔に比べて人脈が増えた今、情報を集めるのは容易いことだ。
馬淵に渡利のような友人がいたのは予想外だったが、使い用によっては馬淵を陥れることも可能だろう。
頭の中で計画を組み直しながら、俺は一人人気のない廊下を歩いて教室に帰った。
渡利の情報を手に入れるのには、然程時間は要しなかった。
渡利敦郎、十七歳。中学の頃に性格が原因でいじめられ、キレた渡利がいじめていた生徒を病院送りにする。それがきっかけでいじめはなくなるが、周りは腫れ物のように扱っているらしい。
前からあまり素行はよくなかったが、そのときから頻繁に喧嘩をするようになり何回も警察のお世話になっているようだ。
極度の短気で、ヒステリー。馬淵とは小さい頃からの幼馴染みらしく、渡利にとって唯一の友人らしい。
友人たちから聞いた話を頭の中でまとめながら俺は少し考え込む。
思っていたよりも難儀な問題になりそうだ。やつの性格を考える限り派手な喧嘩を起こして逮捕させればいいのだが、聞く限り渡利の素行の悪さは校内でも有名らしく、喧嘩を売りたがるようなやつはいないらしい。
俺自身が渡利に喧嘩を売るというのも考えたが、そんなことしたら間違いなく俺は病院どころじゃ済まなくなるだろう。
馬淵に手を出した今、いつ渡利がけしかけてきてもおかしくない。生憎、俺はまだ生きていたい。じゃあ、どうしようか。
自宅自室内。一人悶々と考えながら、俺はいつも通り来ていたメールに返信をする。
渡利にその気があるのなら、無理矢理にでも馬淵とくっつけてさっさと久保田から離れさせたいが、正直今の段階で渡利の性癖は判断できなかった。
いや、それもいいかもしれない。馬淵が渡利に気があると吹き込んで仲違いさせ、馬淵から手を引かせる。そして馬淵は数少ない友人にまで見捨てられ、めでたしめでたし。
想像していたよりもいいかもしれない。渡利に嫌われたときの馬淵の顔を想像しながら俺は一人笑みを浮かべた。
翌日。
いつも通り久保田と一緒に登校する。邪魔もいたが、なかなか充実した時間だった。
不良たちがいなくなったお加減か、ここ数日馬淵の調子が良さそうに感じた。
精々残り僅かな安息の時間を暢気に過ごせばいい。もたもたとついてくる馬淵を尻目に、俺はそう口許を歪める。
馬淵が渡利に気があるという噂を校内に流すのはあまり難しい話ではなかった。
噂好きの女子に声をかければすぐにその作り話は辺りに広まる。
時間が経つにつれ、『馬淵が渡利に気がある』という噂に尾ひれはひれがつき『渡利が馬淵を脅して性欲処理に使っている』だとか過激なものになっていった。
どこでそんなに話がでかくなったんだよと呆れる反面、愉快で愉快で仕方なかった。
放課後。
いつものように久保田の教室まで行けば、そこに久保田はいなかった。
「ああ、久保田ならさっき保健室行ってたの見たよ」
久保田のクラスメートの女子にそう聞いた俺は、そのまま保健室へと向かう。
なんで久保田が保健室に行ったのだろうか。もしかしてなにか怪我でもしたのだろうか。怪我して入院なことになったら毎日会えなくなってしまうんじゃないのだろうか。
保健室に向かう途中、そんなことばかりを考えて気が気でなかった。
焦りからか自然と足が早くなる。部活動に向かう生徒や帰宅する生徒たちに混じって廊下を歩いた。
俺が保健室につくまで、あまり時間はかからなかった。
20
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる