成り代わり物語

田原摩耶

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後編【執着型偏愛依存症】

side:馬淵

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 制服に着替え、いつものように久保田君の家へと向かう。
 古屋君のことも気になったが、やはり、学校へ行くしかない。

 久保田君の家の前。
 丁度寝ぼけ眼で出てきた久保田君に頬を綻ばせた僕は「おはよ」と声をかける。
 すると、久保田君は僕に気が付いたようだ。にこりと人懐っこそうな笑みを浮かべ、「おー、はよ」とやはりどこか眠そうに挨拶を返してくれた。
 こんな些細なやり取りだけでも、ここ最近のトラブル続きで荒んでいた心が潤わされる。
 それも束の間。いつまでもデレデレしてるわけにはいかないと気持ちを切り替えた僕は辺りを見渡した。

「……馬淵は?まだ来てないわけ?」
「ん?ああ、寝坊してんじゃねーの?」

 大きなアクビをする久保田君はにへらと笑い「最近遅刻多いからなぁ、あいつ」と他人事の用に続ける。
 いつもならなにがあっても久保田君の家に来るなりなんなりしていた古屋君がいないことになんとなく妙な胸騒ぎを覚えつつ、僕は「ふうん」と小さく呟いた。
 どうやら久保田君はそんな僕の反応が気になったようだ。

「なんだ?最近馬淵のこと気にしてんな、お前」
「え?……や、別にそういうわけじゃないけど、やっぱり気になるじゃん」

 そう内心ギクリとしながらわざと素っ気ない口調で答えてみるが、久保田君は嬉しそうに笑い、そして「おーそっかそっか!」となんだか含んだような満面の笑みを浮かべ僕の背中をバシバシと叩いてくる。

「な、なに……」
「いや、別に?仲直りしてくれたんだなって思って」

 肩を組むように絡んでくる久保田君になんだかもう緊張のあまり心臓が爆発しそうになって声を裏返させる僕に構わずそんなことを言う久保田君は楽しそうに笑い、そして「んじゃ、行こーぜ」と急かすように僕の背中を軽く叩く。
「……行く?」小さくよろめいた僕は、そのまま前を歩いていく久保田君の後ろ姿を見詰める。
 すると、こちらを振り返った久保田君はへらりと柔らかく笑んだ。

「ほら馬淵んち、行くんだろ?」

 ◇ ◇ ◇

 場所は変わって馬淵宅。というか、我が家だ。
 前に古屋君を押し切って部屋に上がったので久し振りの訪問と言うわけではないが、やはりこうして古屋将として自宅に帰ってくるというのは不思議な感じだ。

「こーんにちはー」

 隣にある渡利君の家を眺める僕に構わずインターホンを押す久保田君はそう機械に向かって声を掛けてみるが閉め切られた扉は一向に開く気配がない。
 この時間帯は既に他の家族は家を後にしているので無理もないが、恐らく家にいるであろう古屋君が出ないのは可笑しい。
 そう思案する僕を他所に、玄関の扉へと近付いた久保田君はそのままドアノブを掴む。
 すると、キィと小さな音を立て扉は開いた。
「お」と小さく声を洩らす久保田君。
 その肩越しに、開いた扉の隙間を覗いた僕はそのまま玄関内部を見渡し、そして硬直する。
 すっきりと片付けられた玄関口。そこには見慣れた靴と見覚えのある靴、計二足の靴が転がっていた。その靴の片方は僕のもので、もう片方は別の人物のものだ。
 見覚えのあるそれに、ふと記憶の中のそれと重なった。
 渡利君。確か、これは彼がよく穿いているスニーカーだ。

「うーん、誰もいねえな」

 人気のないそこの静けさで無人と判断したようだ。
「靴はあんのに」となにか不思議そうに唇を尖らせる久保田君はきょろきょろと辺りを見渡し、そして、彼もあることに気付いたらしい。
「ん?」と目を丸くし、顔を上げた久保田君は玄関を上がったすぐそこにある二階へと繋がる階段に目を向けた。

 しんと静まり返った一階に、上の階から僅かに小さな物音が聞こえてくるのだ。
 それはギッ、ギッ、となにかが軋むような音で、何故だろうか。今朝見た映像と今聞こえてくる音が被さった。とどめに、玄関の靴だ。いるはずの古屋君と渡利君は出てこない。
 ああ、これは、もしかしたら。出来ることならただの思春期染みた下世話な妄想だと思いたい。思いたいが、そうとしか考えられないのだ。
 もし僕の想像が当たっているとしたら、やることはただ一つ。
 二階への階段を見上げていた久保田君の制服の裾をくいっと引っ張れば、彼はこちらを振り返った。

「ね、そろそろ出ようよ」

「勝手に入ったら怒られるって」そう、言いながら僕は辺りを見渡す。
 怒られるもなにも他の家族たちがいないので全く関係ないが、久保田君をこの場から離れさせることが出来ればそれで構わなかった。

「あー……、そうだな」

 久保田君も久保田君で僕の言いたいことを理解してくれたようだ。
 やはり上が気になっていたようだが、言いながらも渋々久保田君を室内から連れ出すことができた。

 そして、『彼は入れ違いになったのかもしれない』と久保田君を納得させた僕はそのまま古屋君を置いていくという形で久保田君とともに校舎へと向かった。
 住宅街を出て、通りを歩いていたときだ。
 不意に、僕は進めていた足を止める。

「……古屋?」
「ごめん、ちょっと忘れ物したみたいだから先行ってて」
「忘れ物?」

 思い出したようにそんなことを言い出す僕に目を丸くさせる久保田君だったが、間髪入れずに「んなら俺もついて行く」と続けた。
 久保田君は優しい。だから、この反応は想定内だ。

「一人で大丈夫だって。それに、遅くなるかもしれないし」

 そう、あくまでもやんわり断ればしょんぼりとした久保田君は少しだけ不満そうな顔をしながらも「んー……わかった」と小さく頷いた。
 寂しそうな久保田君にただならぬ罪悪感に耐えられなくなった僕は「ごめんね」と苦笑を浮かべる。


 久保田君と別れた僕は再び自宅に戻ろうと住宅街を歩いていた。
 流石に、久保田君の前であの二人を引きずり出すような真似は出来なくて一先ず彼には離れさせてもらったが、久保田君のことだ。僕がいなくなってもまた別の誰かと話しながら登校してくれるだろう。
 再び自宅に戻ってから自分がなにをするつもりなのかだとか、なんで戻る必要があるのかだとか全くわからなかったが見て見ぬフリはできなかった。
 とにかく、早く戻らなければ、古屋君が。そう、脳裏で繰り返し呟きながら足を加速させたときだった。
 不意に、目先の曲がり角から人影が現れる。
 僕だ。僕の姿をした古屋君が飛び出してきた。
 どうやら彼も彼で慌てて久保田君の後を追いかけていたようだ。
 目の前の僕にぎょっと目を見開いた古屋君だったが、構わず、彼は僕の横を通り過ぎようとする。
 勿論、見逃すわけにはいかなかった。
 擦れ違いざまに相手の腕を掴み、強引に引き留める。
 捕らわれ、忌々しそうに舌打ちをした彼は僕の腕を振り払おうと暴れるが、そのまま腕を捻り上げ無理矢理相手の動きを防いだ。やり過ぎてしまったのか、古屋君は苦痛に呻く。

「古屋君」
「っ、離せよ」

 それでも古屋君は諦めず、僕の腕から逃げ出そうともがいた。
 自由な方の手で殴られそうになり、そちらも掴み上げた僕は古屋君がこれ以上暴れないよう後ろ手に拘束する。
 そのときだった。暴れ、振り乱れる髪の下。普段なら髪で隠れている項に赤い痕が滲んでいるのが見えた。
 キスマーク。そんな単語が脳裏を過る。

「これ、もしかして渡利君に……」

 色の濃さからして、つい最近出来たもので間違えないだろう。背筋が寒くなり、嫌な汗が滲む。
 そう、恐る恐る古屋君に尋ねようとしたときだった。

「離せって言ってんだろッ!」

 苛ついたような古屋君の怒鳴り声に僅かに狼狽える。
 その隙を狙われたようだ。古屋君が僕の腕を振り払ったと思った矢先、こちらを振り返った古屋君に思いっきり脛を蹴り上げられた。
 瞬間、激痛。

「っつぅ、……ッ」

 電流のような痛みに呻き、蹴られた足を手で押さえ踞ったときだ。
 こちらに背中を向けた古屋君はそのまま何事もなかったかのように久保田君がいるである方向に向かって駆け出す。

「っ古屋君!」

 痛みで痺れる足を強引に立たせた僕はそう古屋君を呼び止めようとするが、勿論彼が止まってくれるはずもなく。
 擦りながら僕はただ脱兎の如く走る古屋君の背中を眺め、そして小さく溜め息を吐いた。
 もしかしたら全部自分の思い違いかもしれない。いや、思い違いであってほしい。そう思っていた僕の願いは無惨に叩き潰された。

 あのキスマーク、間違いなくついさっきつけられたものだろう。
 本当は不本意でついたものだったり知らない女の子につけられたものなら尚いい。
 渡利君がつけたものでなければ、いい。
 そうは思うがやはり、今の僕には情報量が少なすぎてどれもただの憶測でしかない。
 だから、判断するには直接本人に尋ねるしかないのだ。

「ねえ、どういうことかちゃんと説明してくれるよね」

 古屋君の去っていった方角を眺めていた僕は、言いながら背後を振り返る。
 そして、そこに立っていた昔馴染みの青年を眺めながら「渡利君」と小さくその名前を呼んだ。

「……」

 古屋君の後を付いていこうとしていたのだろう。
 二人分の荷物を持たされていた渡利君は僕の言葉に答えるわけでもなくただ無言で突っ立っていた。
 こうやって向かい合って渡利君の顔を真っ正面から見据えるのはどれくらい振りだろうか。
 あの日以来、まともに目すら合わせられなかったのにまさかこんな形で相手の顔を見ることになるだろうとは。
 夏休み中、ふとした拍子に「好きだ」と告白されたあの日、僕は渡利君と向かい合うことが出来なくなった。
 だけど今、真っ正面から相手を見ることは違う。つい最近のことなのに、僕と渡利君は短時間でこんなにも変わってしまった。
 いい意味でも、悪い意味でも。

「ねえ、渡利君」

 そう、すがるように渡利君を眺める。
 もしかしたら酷い顔をしていたかもしれない。だけど、不思議と落ち着いていられたのは古屋君のお陰でトラブルに耐性がついたからだろうか。
 そんな僕の言葉に対し、苦虫を噛み潰したように顔をしかめた渡利君は「仕方ないだろ」と吐き捨てる。

「ああやって追い詰めるしか方法がなかったんだよ」
「だから犯したの?……言ったよね、僕。古屋君の言うことを聞かなければいいって」
「それは……無理だ。あいつリスカするとか言ったんだぞ」
「だから、放っとけばいいって」
「放っておけるわけないだろっ!」

 いきなり怒鳴り返され、ついビクリと跳ねてしまう。
 渡利君としてもよほどきているようだ。切羽詰まった表情のまま、渡利君はこちらを睨んでくる。

「あいつ、俺が言うこと聞かなかったらまじで殺すつもりなんだよ、お前を」
「……だからって、なんであんなこと」
「しょうがないだろ、抱き潰せば懲りると思ったんだよっ!」

 逆ギレ、なんて言葉が脳裏を過る。

「っ、君ってやつは……っ」

 なんだかもう呆れて言葉が出なかった。確かに、渡利君の言い分は理解出来た。が、知らない内に犯されているこちらの身になってほしいというのが本音だ。
 ……これじゃ、

「同じじゃないか、君がしていることは他のやつらと」
「そうだよ、俺はお前を虐めてる連中と同じことやってんだよ」

 逆ギレの次は開き直りと来たものだ。
 イラついたように髪を掻き回した渡利君は溜め息を吐き、「軽蔑するなら勝手にしろ」と吐き捨てる。

「だから……君は、なんでそういうことを……っ。それなら殴るなりしたらよかったじゃないか。なんで、よりによってそんな真似を……っ」

 僕の体のことはともかくだ。
 彼は、久保田君のことが好きなのに。もし僕が古屋君の立場だとしたら、耐えられない。
 確かに古屋君を元に戻すよう仕向けるには手っ取り早い方法かもしれないが、それと同時に最も酷でもあるのも間違いない。だからこそ、僕は軽蔑せざるを得なかった。
 しかし、彼にも彼なりに言い分があるようだ。

「俺だって……っ、俺だって、あいつがお前じゃないって分かってたらなんもしてねえよ……ッ」

 そう、顔をしかめた渡利君はこちらから視線を逸らす。
「僕……?」その言葉がふと気にかかり、僕は目を細め渡利君を見据えた。

「ねえ、なにがあったの。ちゃんと全部話してよ」

 全部、と繰り返すように唇を動かせば渡利君はそっぽ向いたまま黙り込む。
 そして、苦い顔をしたまま小さく頷いた。


 ここ数日間渡利君と古屋君の間で起きたことの全てを聞き終えたとき、僕は酷く耳が痛くなる話だと思った。
 渡利君から僕に対する思いを聞かされていたからこそ、困惑し、同情し、渡利君を利用しようとする古屋君に対して怒りを抱かずにはいられない。しかし、今目の前にいるのは渡利君だ。古屋君ではない。

「君ってやつは、本当……っ」
「悪いとは思ってる。けど、これが最善なんだよ」

「……一度縄で柱に縛り付けてやろうかと思ったけど、そのせいで周りに不審がられても面倒だし」そう、気まずそうな、どことなく吹っ切れた調子で続ける渡利君はごにょごにょと口ごもる。
 そして、そんな渡利君に頬を綻ばせた僕は小さく息をついた。

「……いいよ、もう」

 そうだ。これは彼なりに考えてくれた結果なのだ。
 全てを妥協し水に流すつもりはないが、もっと早く、一番迷惑が掛かるであろう渡利君への相談を遅らせた僕にも問題がある。一方的に彼を責めるのはお門違いだろう。

「いい、のか……?」

 そんな僕の反応が意外だったのか、きょとんと目を丸くさせた渡利君に僕は「悪いって言ったところでやってしまったものはどうにもならないしね」と小さく笑みを漏らす。

「それに、その状況で君のその判断は間違ってないと思うよ」
「……っ」

 そのまま相手に笑いかければ、目を丸くした渡利君はそのまま硬直する。
 ようやく、表情豊かないつもの渡利君に戻ってくれたお陰で少しだけ僕の緊張は解れた。
 が、渡利君にはまだ聞かなければならないことがある。

「だけど、なんでこの前会ったときにちゃんと言ってくれなかったんだ」
「は?」

 意味がわからないといった表情の渡利君に対し「古屋君の作戦のこと」と続ければそれでようやく理解出来たようだ。
 じわじわと渡利君の顔を赤くなる。

「ばっ、や、言えるわけないだろ……っ」

「大体、バレなかったらずっと言わないつもりだったんだよ」墓まで持っていくつもりだったし、と続ける渡利君はどこか怒ったような口調で、それでも普段よりかいくらか雰囲気が和らいでいた。
 なんとなく含めたような渡利君の物言いが気になり、「なんでまた」と続ければ変なものを見るような目を向けてくる。

「なんでって、そりゃ、……お前が嫌がるだろ」
「さっき、軽蔑するなら勝手にしろとか言ったじゃん」
「……っそうだけど、お前が嫌がるのとは違うだろ、それは」

 つまり僕が彼を軽蔑するのはよくても僕自身が嫌がることはしたくなかったということか。
 やはり渡利君は優しいのか、よくわからない性格をしている。
 ただこのやり取りを酷く恥ずかしがっているのは確かなようで、顔を真っ赤にした渡利君はこちらを睨み付けてきた。

「全部ちゃんと話したんだからもういいだろ」
「うん、そうだね。……ありがとう、ちゃんと話してくれて」

 そう笑いかければ、渡利君はぷいとそっぽ向いた。耳が赤い。
 昔から恥ずかしがり屋なところは変わってないな、なんて思いながら僕は「じゃあ、最後に一つだけいいかな」と渡利君に尋ねる。
 渡利君にも突っ込む気力が残されていないようだ。
 こちらをじとりと見据えた渡利君は「なんだよ」とぶっきらぼうな調子で返してくる。

「古屋君って知らなかったとき、なんでそんなことしたの?嫌がることはしたくなかったんだよね、渡利君は」
「……お前、本当性格悪いな」

 苦虫を噛み潰したような顔をした渡利君は一息吐き、どうやらやけくそになったようだ。
「好きなやつに誘われて我慢出来るわけねえだろ」と当たり前のように切り返してくる。
 まあ、そうだろうとは思っていたがやはりこうしてちゃんと言葉で答えを聞くのとは大分変わってくる。
 あまりにも威風堂々とした、悪く言えば開き直った彼の言葉に黙り込む僕に痺れを切らした渡利君は「なんか言えよ」と吠えてきた。つられて、苦笑を浮かべる。

「いや、まあ、えっと……うん、あ、ありがとう。……ごめんね、渡利君まで迷惑かけて」
「そう思うなら、さっさと返事しろよ」
「……返事?」

 とぼけたような言葉を口にする僕に怒りかなにかわからないがとにかく興奮した渡利君は「告白のに決まってんだろっ」と声を荒くする。
 流石にちょっとからかい過ぎたかな、なんて思いながら口許を緩めた僕は「……うん、そうだね」と微笑みを浮かべた。

「全部が落ち着いたら、ちゃんと言うよ」

 それがいつになるか、僕はまだ知らない。
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