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04
どんなに幸福な時間も、必ず終わりはやってくる。
「ああ、そう言えば」
「……はい」
「来週、新しい転校生がやってくるんだってね」
「……そうなんですか。珍しい時期ですね」
「そこでだ。お願いがあるんだけど……君、彼の面倒を見てくれないかな」
プレイも終え、制服を着直していたときのことだ。乱れた制服を直すわけでもなく、椅子に座っていた菖蒲さんの言葉に背筋がぴんと伸びる。
「面倒と言うのは、その」
「彼は少し訳ありでね。理事長から直々に生徒会へ話があったんだけど、僕には不適任な内容でね。――君なら大丈夫だと思って」
理事長か。
教頭はよく公の場に出てくるが、理事長は姿を直接見たことはない。この学園で一番偉い人、という認識で間違いはないのだろう。そんな人の頼みでそれを菖蒲さんが俺に託してくれたとなると、引き受ける以外はない。
「俺、やります」
「助かるけど、そんなに簡単にOKしちゃっていいの?」
「はい。菖蒲さんの――会長が俺を押してくださるのならそれに全力で応えさせていただきます」
ふ、と菖蒲さんは堪えきれずに笑みを漏らす。普段の不敵な笑みとは違う、年相応の愉しげな笑みだ。
「……良いね。君といると僕も励みになるよ」
「……っ! ぁ、菖蒲さん……」
「面倒といっても、この学園に慣れる間一緒に居てくれるだけでもいい。まあ……友達になってやってくれ、というものだ。彼は理事長の親戚の子でね、年も君が近い。それに……」
「それに?」
「彼も君と同じだ」
「……俺と……」
「SランクのSub、と聞いている」
同じDomとSubの中にもランクと呼ばれるものがあるということは知識では知っていた。
そして菖蒲さんが上位のDomだということも。
SランクのSubとなると、俺と同じか。
だから菖蒲さんが外されたのか。相手は理事長の身内だ、万が一のことを考えて。
「いくらなんでも、初対面の、それも年下のお偉いさんの子に手を出したりしないよ。僕は」
俺が考えていたことに気付いたのか、菖蒲さんはいたずらっぽく笑う。
「愛佐。顔が真っ赤だ。何か思い出したのかな」
「い、いえ……あの……」
初対面、入学して早々生徒会室の扉を叩いたときのことを思い出す。あの重く縛り上げられるようなコマンドを受けたのは俺にとっても初めてだった。
もしかして、俺だけだったんですか。なんて、ちらりと菖蒲さんを見上げたとき。菖蒲さんはコーヒーカップに口を付ける。口元には柔らかな笑み。
「君は特別だよ」
「……っ、ぁ、ありがとう……ございます……」
その一言に全身が歓喜で打ち震えてしまう。嬉しい。俺だけだったんだ。どうして俺に?俺に何か見出してくれていたのか?
落ち着かないそわそわとした気分のままでいると、気付けば菖蒲さんは普段の生徒会長の顔に戻っていた。
「それじゃあ、世話係は君に任命するよ。ちょーっと癖の強い子だけど、辛抱強い君ならきっと大丈夫だよ」
「……っ! は、はい!」
「期待してるよ、愛佐」
早鐘打つ心臓を抑え、俺は拳を握り締めた。
初めてだ。こういう風にお使いとかではない仕事を菖蒲さんから貰ったのは。
不安はある、が、自分と同じような人間と聞いて興味もあった。
専門の病院に薬を貰いに行けば同じDomやSubを見かけることはあるが、強く意識したこともなければ身近にはいなかった。
友達、というのは俺には難しいが、世話係として全うすればいいだけだ。
それから俺は菖蒲さんから受け取った転校生に関するデータを確認する。
星名、というその男子生徒は概ね菖蒲さんから事前に聞いていた通りの記述がされていた。そして何より。
「……」
人の美醜には興味はなかったが、そんな俺でも『美しい』と思う程の美少年の顔がそこには掲載されている。
ただの証明写真でここまでとは、確かにこれは俺が適任だと思われても無理はない。
この学園は全寮制の男子校である。ただでさえ異性が少ないこの環境だ、大抵そういう生徒は性欲を持て余した連中の餌食になることが多い。
それも、SのSubか……。
思ったよりも気を張る必要はありそうだ。
夜、寝落ちする限界まで脳内で件の転校生・星名との初対面時の会話のイメトレをしながら俺はそのままぐっすりと眠りにつく。
そして数日後。
――生徒会室。
「お前が一凛か?」
「……そうだが」
目の前には証明写真でみたままの美少年――ではなく、もっさりとした黒髪と野暮ったい分厚いレンズの眼鏡を掛けた小柄な生徒がそこにいた。
星名本人で間違いないんだよな。
そんな俺の戸惑いが伝わったのか、菖蒲さんは「彼は星名本人だよ」と先回りして俺に耳打ちした。
早速脳朝ギリギリまでやっていた脳内シミュレーションが台無しになってしまった。
「星名、彼は先程説明した『友達候補』だ。怖い顔をしてるけど安心してくれ。愛佐はいいやつだ。真面目で素直で甘いものが好きなんだ」
「か、会長……」
「はは、失敬。君はあまり自分の話をされるのは好きではなかったんだったかな?」
別に直接言ったわけでもないのにそこまで俺のことを知ってくれている菖蒲さんに胸が苦しくなる。
そこで、じーーっと星名がこちらを見ていることに気付いて慌てて咳払いをした。
「改めて……愛佐一凛だ。お前と同じ一年生になる。……よろしく」
「ああ、よろしくな! 俺は星名璃空、好きなものはオムライスとカレーとハンバーグだ!」
「……そうか」
写真では理知的に見えたが、喋ればアホになるタイプなのだろうか。
人と不用意に接するのは苦手だが、菖蒲さんの前で差し出された手を無視するわけにもいかない。渋々握り返せば、レンズ越しにぱって星名の顔が明るくなるのが分かった。それからぎゅっと更に強い力で握り返される。
「よろしくな、愛佐!」
それ、さっきも聞いたな。
すでに疲れかけていたが、まだ世話係としての役目は始まったばかりだ。頑張らなければ。
「ああ、そう言えば」
「……はい」
「来週、新しい転校生がやってくるんだってね」
「……そうなんですか。珍しい時期ですね」
「そこでだ。お願いがあるんだけど……君、彼の面倒を見てくれないかな」
プレイも終え、制服を着直していたときのことだ。乱れた制服を直すわけでもなく、椅子に座っていた菖蒲さんの言葉に背筋がぴんと伸びる。
「面倒と言うのは、その」
「彼は少し訳ありでね。理事長から直々に生徒会へ話があったんだけど、僕には不適任な内容でね。――君なら大丈夫だと思って」
理事長か。
教頭はよく公の場に出てくるが、理事長は姿を直接見たことはない。この学園で一番偉い人、という認識で間違いはないのだろう。そんな人の頼みでそれを菖蒲さんが俺に託してくれたとなると、引き受ける以外はない。
「俺、やります」
「助かるけど、そんなに簡単にOKしちゃっていいの?」
「はい。菖蒲さんの――会長が俺を押してくださるのならそれに全力で応えさせていただきます」
ふ、と菖蒲さんは堪えきれずに笑みを漏らす。普段の不敵な笑みとは違う、年相応の愉しげな笑みだ。
「……良いね。君といると僕も励みになるよ」
「……っ! ぁ、菖蒲さん……」
「面倒といっても、この学園に慣れる間一緒に居てくれるだけでもいい。まあ……友達になってやってくれ、というものだ。彼は理事長の親戚の子でね、年も君が近い。それに……」
「それに?」
「彼も君と同じだ」
「……俺と……」
「SランクのSub、と聞いている」
同じDomとSubの中にもランクと呼ばれるものがあるということは知識では知っていた。
そして菖蒲さんが上位のDomだということも。
SランクのSubとなると、俺と同じか。
だから菖蒲さんが外されたのか。相手は理事長の身内だ、万が一のことを考えて。
「いくらなんでも、初対面の、それも年下のお偉いさんの子に手を出したりしないよ。僕は」
俺が考えていたことに気付いたのか、菖蒲さんはいたずらっぽく笑う。
「愛佐。顔が真っ赤だ。何か思い出したのかな」
「い、いえ……あの……」
初対面、入学して早々生徒会室の扉を叩いたときのことを思い出す。あの重く縛り上げられるようなコマンドを受けたのは俺にとっても初めてだった。
もしかして、俺だけだったんですか。なんて、ちらりと菖蒲さんを見上げたとき。菖蒲さんはコーヒーカップに口を付ける。口元には柔らかな笑み。
「君は特別だよ」
「……っ、ぁ、ありがとう……ございます……」
その一言に全身が歓喜で打ち震えてしまう。嬉しい。俺だけだったんだ。どうして俺に?俺に何か見出してくれていたのか?
落ち着かないそわそわとした気分のままでいると、気付けば菖蒲さんは普段の生徒会長の顔に戻っていた。
「それじゃあ、世話係は君に任命するよ。ちょーっと癖の強い子だけど、辛抱強い君ならきっと大丈夫だよ」
「……っ! は、はい!」
「期待してるよ、愛佐」
早鐘打つ心臓を抑え、俺は拳を握り締めた。
初めてだ。こういう風にお使いとかではない仕事を菖蒲さんから貰ったのは。
不安はある、が、自分と同じような人間と聞いて興味もあった。
専門の病院に薬を貰いに行けば同じDomやSubを見かけることはあるが、強く意識したこともなければ身近にはいなかった。
友達、というのは俺には難しいが、世話係として全うすればいいだけだ。
それから俺は菖蒲さんから受け取った転校生に関するデータを確認する。
星名、というその男子生徒は概ね菖蒲さんから事前に聞いていた通りの記述がされていた。そして何より。
「……」
人の美醜には興味はなかったが、そんな俺でも『美しい』と思う程の美少年の顔がそこには掲載されている。
ただの証明写真でここまでとは、確かにこれは俺が適任だと思われても無理はない。
この学園は全寮制の男子校である。ただでさえ異性が少ないこの環境だ、大抵そういう生徒は性欲を持て余した連中の餌食になることが多い。
それも、SのSubか……。
思ったよりも気を張る必要はありそうだ。
夜、寝落ちする限界まで脳内で件の転校生・星名との初対面時の会話のイメトレをしながら俺はそのままぐっすりと眠りにつく。
そして数日後。
――生徒会室。
「お前が一凛か?」
「……そうだが」
目の前には証明写真でみたままの美少年――ではなく、もっさりとした黒髪と野暮ったい分厚いレンズの眼鏡を掛けた小柄な生徒がそこにいた。
星名本人で間違いないんだよな。
そんな俺の戸惑いが伝わったのか、菖蒲さんは「彼は星名本人だよ」と先回りして俺に耳打ちした。
早速脳朝ギリギリまでやっていた脳内シミュレーションが台無しになってしまった。
「星名、彼は先程説明した『友達候補』だ。怖い顔をしてるけど安心してくれ。愛佐はいいやつだ。真面目で素直で甘いものが好きなんだ」
「か、会長……」
「はは、失敬。君はあまり自分の話をされるのは好きではなかったんだったかな?」
別に直接言ったわけでもないのにそこまで俺のことを知ってくれている菖蒲さんに胸が苦しくなる。
そこで、じーーっと星名がこちらを見ていることに気付いて慌てて咳払いをした。
「改めて……愛佐一凛だ。お前と同じ一年生になる。……よろしく」
「ああ、よろしくな! 俺は星名璃空、好きなものはオムライスとカレーとハンバーグだ!」
「……そうか」
写真では理知的に見えたが、喋ればアホになるタイプなのだろうか。
人と不用意に接するのは苦手だが、菖蒲さんの前で差し出された手を無視するわけにもいかない。渋々握り返せば、レンズ越しにぱって星名の顔が明るくなるのが分かった。それからぎゅっと更に強い力で握り返される。
「よろしくな、愛佐!」
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すでに疲れかけていたが、まだ世話係としての役目は始まったばかりだ。頑張らなければ。
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