飼い犬Subの壊し方

田原摩耶

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 星名は小型犬みたいなやつだった。
 どんなものにも好奇心旺盛で夢中になって飛んでいく。そして目を離すとすぐに姿を消す星名のリードを掴む立場が俺だ。
 菖蒲さんは癖が強いと星名のことを言っていたが、その言葉の意味もすぐ理解する。


 一通り学園を案内し終え、休憩がてら食堂の生徒会役員専用のスペースで腰を落ち着かせる。
 ここには許可がなければ普通一般生徒は入ってこれない。人に聞かれたくない話をするには丁度良い。

「なあ、一凛。お前のパフェ美味そうだな! 俺にも一口くれよ!」
「嫌だ。食いたければ自分で頼めばいいだろ」
「だってこのアイス美味そうだったし……あ、じゃあ俺のもやるから交換しよーぜ!」
「断るって言ってるだろ! ……人の食いかけを食うのは嫌いなんだ」
「一凛あれか? 潔癖ってやつだ!」
「お前がいい加減すぎるんだろ……ってか、近えよ!」

 いつの間にかにぴったりと膝が当たる距離まで近付いてきてる星名を引き剥がしつつ、俺は再び距離を取る。
 双子も、あいつらも距離感がいかれているが、こいつの場合は無邪気なのだろう。だからこそ余計扱いにくい。

「一凛、なんか口悪いな」
「お前のせいだよ、お前の……!」
「あは、でも俺、今の一凛の方が好きだぞ! 生徒会長……えーと、アヤメだっけ? あいつの前だとなんだか無理してるように見えたからな」
「……っ、……別に、無理してなんかないが?」

 一瞬ぎくりとしたが、星名は俺と同じパフェが運ばれてくるとすぐそちらに意識を持っていかれていた。本当に同じものを頼んだのか。

「あと、会長のことを呼び捨てにするのはやめろ。せめて菖蒲さんと呼べ」
「先輩だからってこと?」
「この学園のトップのお方だぞ」
「なーんか面倒臭そうだよなあ、そういうの。俺、上下関係とか苦手なんだよな~」
「……っ、……お、まえな……」

 駄目だ、落ち着け。初日からターゲットと喧嘩してしまったとなると菖蒲さんに落胆され兼ねない。
 ぶらぶらと足を動かしながら星名はパフェをつついていた。そして、俺を見て笑う。

「あ、でも俺、一凛のことは気に入ったよ! お前、おもしれーやつだよな」
「お前にだけは言われたかねえよ! なんだよ、その格好……っ!」
「ああ、これな。なんだ、一凛も聞いてたんだっけ? 俺のこと」
「……まあ、事前に一通りはな。……それと……」
「俺がSランクのSubだってことも?」

 自分から言い出すとは思ってもなかった。星名は掛けていた眼鏡を外し、笑った。証明写真で見た大きめな透き通った瞳が俺を捉える。

「……そのこと、不用意に言わない方がいい。お前みたいなやつは……」
「そうそう、それなんだよな。叔父さんたちもそればっか。俺は別にどうでもいいんだけどな、そういうの」

 大きく伸びする星名。
 俺も星名の気持ちは分かった。実際、Domにさえ関わらずに薬飲んでいればある程度普通に生きていける。けれど。

「多分、お前のことが心配なんだろ。お前の周りの大人は。……わざわざそんな格好させるのも、まあ分かるぞ。気持ち位は」
「俺が可愛いから?」
「……っ、……自分で言うのか。普通」
「はは、一凛もそう思ってくれてたのか? 少し意外だな。お前はそういうのどうでも良さそうだったから」
「客観的に見ての話だ。実際、この学園はDomやSub以前に物好きはいる。何か間違いが起こる可能性もある、それはなるべく排除すべきだろう。……だからさっさとその芋眼鏡を掛けろ」
「あーあー、分かった分かった。学園にいるときは変装解くなってな? あーあ、一凛なら俺の気持ち分かると思ったのになあ」

 うんざりした顔で眼鏡をはめ直した星名はそのままもそもそパフェをつつき直す。
 分かりはする。何故こっちが配慮しなきゃいけないのかとも思うが、世の中に馬鹿はたくさんいるのだ。

「……星名」
「ん?」
「…………俺と二人きりの時は、気にしなくて良い」

 これは別に菖蒲さんに言われたことではない。けれど、菖蒲さんに止められていたわけではない。

「俺はお前に微塵も興味ないし、変な気も起こさない。……だから安心しろ」

 きょとんとしたまま星名は俺を見つめ、そして盛大に笑い出す。
 意を決して言った言葉を笑われるとは思わなくて「何故笑う」と戸惑えば、ひいひい言いながら星名は目元を拭う。

「あは、いや、悪い……お前って良いやつだよな」
「……悪いやつだと思ってたのか?」
「違う違う。けど、ありがとな。お前が一人目の友達で嬉しいよ、俺」

 そうどさくさに紛れて抱きつこうとしてくる星名を避ける。

「なんで避けるんだよ」
「俺はスキンシップは嫌いだ」
「全部嫌いじゃん」
「そうだな、基本的にはその認識で正しい」
「りょーかい。分かったよ、お前のこと」

 さっきよりも機嫌良さそうに笑う星名。
 友達、と言われて、なんとなく落ち着かない気分になる。クラスで会話する生徒はいるが、特定の相手と仲良くなることは避けてきたから余計。

 ……まあ、悪くはない響きか。
 こいつのだらしないところは目に余るが、それは目を瞑ってやろう。せめて、こいつがこの学園に慣れるまでは。
 俺達は溶けかけていたパフェを再び食い始めた。
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