飼い犬Subの壊し方

田原摩耶

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 行きたくない。本能が叫ぶが、コマンドに逆らうことは自分の首を絞めることになる。
 ちょっと様子を見に行くくらいならいいか。そんな気持ちで俺は俺は星名の教室へと顔を出す。

「星名。……ちょっといいか」

 そして、命令に従って特別教室棟にある視聴覚室へと向かった。
 普段特別な授業以外は使われることのない、暗幕で仕切られたその室内。あの男はいた。
 天井から降りていた大きなスクリーンに映画を映し出し、それを椅子に腰をかけて眺めながら。

「これ、クソ映画だな」

 こちらを振り返ろうともせず続ける小晴。
 俺達が来たことに気付いてるくせに、なんだこいつは。

「……おい、来てやったぞ」

 そう声を掛ければ、そこで小晴はようやくこちらを見た。新しい玩具でも見つけたような顔をして。

 ロマンス映画かなにかか。軽やかなBGMの中、抱き合う二人をバックに小晴は「遅えぞ」と笑う。

「待ち草臥れた。罰として愛佐君には何してもらおうかなー」
「は? 時間は指定されてなかった筈だ……ッ!」
「《お座り》」
「……っ!」

 瞬間、下半身から力が抜け落ちる。そのまま座り込む俺に、何事かと星名は目を丸くした。

「い、一凛……大丈夫か……っ?」
「はは、本当教育がよく行き届いたワンちゃんだよなあ、お前」

 一歩、また一歩と小晴がこちらへと近付いてくる。立ち上がりたいのに、動けない。息苦しい。早くコマンドを解け、と小晴を睨みつければ、あいつは楽しげに笑った。

「《まだ》だ」
「……っ、……」
「はは、すげえ嫌そうな顔」
「な、なあ、小晴。……これってコマンドってやつだよな、一凛また倒れるんじゃ……」
「ああ、そうだな。そう。それなんだよ。星名、俺はお前のために実践でSubの使い方教えてやろうと思ってな」

 《お座り》の体勢のまま、小晴の言葉を大人しく聞き流すことしか出来ない。何を言ってるのか理解したくなかった。
 頭の上に置かれる小晴の手に、戸惑ったような星名の声が聞こえてくる。顔を上げることもできなかった。

「動画は見せたけど、ほら。こういうのって実際やって見た方がいいだろ? それに、丁度いいやつもいるし」
「それって……」
「愛佐君、《お手》」

 目の前、視線を合わせるように屈んだ小晴は手を差し出してくる。その鼻っ面に噛みついてやりたかったが、体が言うことを効かない。意思を無視し、無理矢理腕の筋肉が動く。そのまま差し出された小晴の手に自分の手を乗せれば、「おお~!」と星名は拍手する。それが余計屈辱で、首から上に熱が集まった。

「……よしよし。優秀なワンちゃんだ」

 そう手を握られ、頭を抱き込まれる。不快感が強いのに、優しく頭を撫でられると全身の筋肉が弛緩した。クソが、と小晴を睨めば、やつは「怒んなよ」と笑う。

「星名にDomのなんたるかを教えてやるためだ。世話係の愛佐君は勿論協力してくれるよな」
「……っ、初手コマンド乱用してきたくせにか?」
「はは、そうだな。星名、覚えとけよ。いきなりコマンド使うとSubはこうなる」
「い、一凛……すごい汗だ……」
「Subにとってコマンドは首輪みたいなもんだからな。好きなやつとのSMは興奮しても、いきなり嫌いなやつに首輪を掛けられても嫌だろ?」

「まあ、世の中にはそういうのが興奮するってSubも居るっちゃいるが、『このSub』は一途らしいからな。扱いには気をつけろよ」この男はペラペラと何を言ってるんだ。何を企んでるのか考えたくもない。

「ま、けど根本的に首輪は首輪だ。Subが拒否ればどうなると思う?」
「それって、この間みたいな――」
「そうだな、お前がしたみたいに何重も首輪を掛けるだけ掛けて無理矢理首を締め上げてるって想像してみるんだ」

 言いながら小晴は俺に笑いかける。その笑顔にぞわりと背筋が震えた。

「ま、っ、待て……ふざけ、んな、お前……っ」
「愛佐君、《チンチン》」
「……ッ!!」

 ――馬鹿にしやがって、この男。
 ぶん殴ってやりたいのに、体が動かない。嫌だ。このコマンドに従いたくない。
 それが狙いだと分かっててわざとこの男は屈辱的なコマンドを選んだ。その性根が何よりも気に入らない。なんの腹いせだ。

「……っ、ぅ、ぐ……」
「おー、ほら星名見てみろ。愛佐君が頑張って抵抗してる」
「ま、待てよ小晴。それ、やっちゃ駄目だって……」
「だーかーら、敢えて見せてるんだよ。お前は分かんねえだろ? 実際見てみないと」
「そ、それはそうだけど……だ、大丈夫か? 一凛、震えて……」
「もっと俺と愛佐君が仲良くなりゃ、愛佐君も気持ちよく従ってくれたんだろうけどな。……ま、それは今後に期待だな」
「っ、……っ、は、やく、解除しろ……っ」

 いいから、早く。そう体を伏せたまま小晴を睨みつければ、小晴は目を細める。
 笑ってる、この男。

「《まだ》だ、愛佐君」

 ドクン、と心臓が大きく跳ね上がる。感じたことのない嫌な重圧に全身への負荷が更に増す。まるで全身を踏みつけられてるような息苦しさ、絡みつく視線は鎖みたいに締め上げてくるようだ。

「こ、小晴……一凛、苦しそう……」
「星名、覚えておけ。別に信頼関係がなくてもSubを従わせることはできる。けれど、この方法はSubへの負担がすごくてなあ……下手すりゃ死ぬから慎重にな」
「ま、待て、可哀想だろ。止めさせろよ、も、俺、分かったから……」
「はは、もういいのか? つまんねえな。まあ、せっかくだからもうちょっと見てろよ」

 間に割って入ろうとする星名に構わず、悪びれもなく笑いながら小晴は俺の腕を引く。そして、

「《フェラしろ》、愛佐君」

 あの感覚だ。どっかの血管が悲鳴上げる。どろりと溢れる鼻血。それを拭うことも忘れて俺は目の前の男を見上げた。

「聞こえなかったか? 愛佐君」

 でけえ石で頭をぶん殴られるような衝撃。目眩。悪夢だ、これは。
 従うわけがない。のに、それに逆らおうとする度に喉を締められるみたいに息が苦しくなる。ただ命じられてるときとは違う。――グレアだ。
 一部の上位Domが使いこなすそれはNormalの人間にも影響があるため、合意のプレイ時以外故意で他人に使用することは法律でも禁じられている。それほど強力だった。そして、この男はそれを息をするように使う。

「い、一凛……」

 脳味噌が締め付けられる。星名にやられて気絶しそうになったときと同じだ。防衛本能が働いている。気絶してこの苦痛から抜け出そうと肉体が働いてる。
 しかし、小晴はそれを許さない。

「《起きろ》、飛ぶのは許さねえからな」
「……ッ、は、……」

 だらだらと顎から落ちていく鼻血を拭くことも許されないまま、俺は目の前の男の下半身に顔を寄せた。それを、信じられないという顔で星名は見ていた。
 ベルトを外し、ファスナーを下ろし、下着から小晴のものを取り出す。他人の、それも嫌いな男のものを直視するだけでも不快感しかない。けれど、逆らうよりもずっとましだった。脳と心が噛み合っていない。血液混じりの口の中、勃起すらしていないそこに舌を這わせれば小晴は肩を揺らして笑った。

「ぃ、一凛……?」
「星名ぁ、よーく見とけよ。コマンドも使い方によってはこうして従わせられる事もできるんだ」

 舌の上で膨らんでいく性器。最早、小晴の言葉は耳に入ってこなかった。自分の鼓動と舌の上の性器の鼓動だけが体内に響き、ただ目の前のそれを咥えることしか頭になかった。
 そんな俺を星名が見ている。ドン引きしてるのだろう、軽蔑してるのかも知れない。もう、俺に子犬みたいに纏わりついてくることもなくなるかもしれない。
 戸惑うその声だけがやけに鼓膜に響いた。
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