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どうやって自室まで戻ってきたか記憶がなかった。
とにかく風呂に入りたくて、何度も何度も体を擦ってもまだ全身にあいつらに触れられた感触が残っていた。
「……っ、は……」
時間が経てば経つほど現実になって襲いかかってくる。体の気怠さ、火照り――そして胸に穴が空いたような喪失感と、怒り。
あの男――小晴は勿論、なによりも思い通りにならない自分の身体に対する怒りが強かった。悔しくて、歯痒くて、こういうものだと受け入れていたはずの自分の心に亀裂が走る。
「……っ、菖蒲さん……」
菖蒲さんに会いたい。菖蒲さんに会って、抱きしめられたい。褒められたい。本当のプレイがどれだけ幸せで満たされるものか、再確認したい。
「……」
いたるところにに残った星名の指の跡を見て暗い気分になる。
明日からどんな顔をしてあいつらと会えばいいのか。考えただけで寒気がする。
菖蒲さんに縋りつきたい。けれど、菖蒲さんの負担になりたくない。どこまでもままならない。
とにかく今は休んで体を休めるべきだ。
今の俺は正常ではない。何を考えても思考がマイナスに傾く。よくない傾向だ。
シャワーを止め、暫く浴槽で体を温めた後シャワールームを後にした。
一晩寝て全てが夢だったらどれ程良かったか。嫌になる程全てが現実だった。
結局昨日は生徒会室に顔を出すことは出来なかった。予め菖蒲さんからは無理して顔出さなくてもいいと言われていたが、流石にずっと休むわけにも行かない。
ダルい体に鞭を打ち、支度をする。
ずっと、小晴との酷いプレイの後もずっと見えない首輪に首を締め続けられてるような感覚が残っていた。
それを見て見ぬふりをしながら俺は制服に袖を通す。
そして部屋を出ようとしたとき、部屋の扉が叩かれる。――来客だ。
もしかしてまた海陽先輩か、と思いながら顔を出したとき。そこに立っていた人物を見て驚いた。
「あ……お、はよ、一凛」
「……星名」
「……体調は大丈夫か?」
心配な気持ちと、どんな態度をすれば良いのか決め倦ねているようなそんな浮ついた星名を前に、心臓がドク、一層大きく跳ねる。
こいつは被害者みたいなものだ。そう自分に言い聞かせながら、俺は「問題ない」とだけ返した。
「……そ、そうか。その……俺、昨日のこと……」
「忘れろ」
「……い、一凛……」
「俺も忘れる。――だから、お前も忘れろ。これで不問だ」
「……っ」
俺達の関係を解消することは簡単だ。けれど、それは俺の望む結末ではない。
星名にあのことを気に病んでほしくない、というものもあった。この短期間でも十分こいつが馬鹿真っ直ぐなほどの男だと知ってるからこそ、余計。
「い、一凛……なんで……もっと、俺、お前に酷いことしたのに……」
「……あの男も言っただろ、それ程コマンドは強力なものだって。それに、お前だってあの時はコマンドがあった。だから、……仕方なかった」
「一凛……」
「その代わり、二度とあの男に関わるな。……俺も、月夜野があんなやつだとは知らなかった。昨日、視聴覚室にお前を誘ったのは軽率だった」
これはずっと考えていたことだった。俺は生徒会がある以上全く関わらないでいることは難しいが、こいつは違う。
「でも」と何か言いたそうにする星名の肩を掴む。
「……後悔するんだったら、これからお前がDomの立場になるとき気をつければいい」
「一凛……怒ってないのか……? お前はそれで平気なのか?」
平気なわけがあるわけないだろう。
怒鳴りそうになるのを堪え、息を飲む。感情にセーブが掛かっている。無意識下に星名――Domに対する恐怖心が働いているということも分かってしまった。
「……お前に当たっても仕方ないことだからな」
Domを逆上させることは危険だと知ってる。知ってしまった。冷たく指先を硬く握り締め、震えを誤魔化す。そんな俺を知ってか知らずか、星名は不安そうに俺の顔を覗き込んだ。
「じゃ、じゃあ、また……一緒にいても良いのか?」
「…………」
「や、やっぱ、駄目……か……?」
感情と頭と肉体を切り離して考える。
どれが一番丸く収まるか。心を犠牲にして考えるならば一番いいのは、俺がこいつといることだ。
せめて星名のSwitchとしての特徴――その体質が切り替わる条件が分かるまでは。
けれど、星名と二人きりでいることに抵抗を覚える俺もいた。それはSubとしての防衛本能に近い。
「……条件がある」
「条件?」
「暫く、俺に触れないでくれ」
「……ッ、一凛……」
「それと、距離も取ること。……今、以前のように抱き着かれたりくっつかれるのは、堪える」
「情けないことにな」と震える手を見せてやる。もうここまできて星名に対して弱さを隠す必要はない。
素直に告げれば、星名はショックを受けたような顔をしていた。この反応もある程度想定内だ。
「わ、わかった……ありがとう、それでも俺と一緒に居てくれて」
「……」
「お、俺……ごめん、本当に酷いことした」
「言っただろ、この件に関してはお互いに忘れると」
「あ、ああ、そうだったな。……うん、俺も一凛みたいに強くなる。……頑張る」
強い、か。まるでピンとこない。
俺のしていることは傷付いた部分を切り離して見ないフリしているだけだ。その結果、代わりに汎ゆるものを失ってる感覚は常に付き纏っている。
星名の純粋な前向きさと素直さは羨ましい。――人を散々犯しておいて、その清廉さは何一つ汚れていないのだから。
不意にどろりと嫌な感情が溢れ出しそうになり、俺は誤魔化すように咳払いをする。
「……それより、食堂へ行こう。人が集まってきた後だと移動が面倒だ」
「あ、ああ、そうだな!」
そう星名は早速俺の手を取ろうとして、ぴたっと動きを止める。そして少しだけ離れ、「行こう」ともう一度口にした。
……本当に、素直なやつ。
いつものように、というわけには行かないが、俺達は食堂で朝食を済ませる。
幸い他の役員たちと顔を合わせずに済んだ。
普段ならば星名が他愛ない会話を持ち出し、それに相槌を打つという時間だったのだがそれもなく、ぎこちない空気のままとうとう食事を終えることになる。
そして星名を教室に送り届け、俺も自分の教室へと向かった。
それからというものの、まるで昨日の視聴覚室での出来事が嘘だったみたいにいつも通り時間は過ぎていくのだ。
そして休み時間。チャイムの鳴り響く校内にて、他の生徒立ちに混じって俺は教室を後にしようとしたとき。
なんだか教室の外が騒がしいことに気付いた。こういう時は大抵生徒会の役員たちがいることが多いのだが――と、顔をあげたとき。
「あ、いたいた」
「ほら、言ったろ。愛佐君は大丈夫だって」
……見間違いかと思った。
だってまさか、昨日の今日で『あいつ』がここまで来るとは思わなかったからだ。
それだけならまだいい。
その隣には瓜二つの顔――真夜もいる。
青褪めたまま固まる俺に向かって、二人は「よ」とほぼ同時に手を挙げる。
「《こっちに来いよ》、愛佐君」
「なんで双子がここに?」「またあいつだろ、あの補佐の」「気に入られてんな~羨ましい」だとか、ミーハーな連中の声に混ざって真っ直ぐに投げかけられるコマンドから逃れることなど出来なかった。
椅子から浮いた体はそのまま俺の意思を無視し、勝手に双子の元へと向かおうとする。それに必死に抗おうとするが、それよりも早く迎えに来た真夜に体を抱きとめられた。
「あーあ、可哀想に。フラフラしてんね。こはに虐められたから」
「虐めてねえよ。なあ、愛佐君」
「……っ、……何、しにきた……」
額から噴き出す汗を拭うこともできなかった。
二人は顔を見合わせ、無邪気に笑う。
「お前のことが気になってな」
「だから一緒に飯でも食おうかなってさ」
「だって、こはとばっかずるいもん」と膨れるのは真夜だ。この男はどこまで聞いてるのか。小晴同様ろくな噂のない男だ、油断することは出来ない。それに、この二人の仲の良さは俺もよく知ってる。
周りの好奇の目に晒される中、俺は逃げ道を探した。が、見当たらない。残すは。
「……分かった、行く」
「お、素直だ。愛ちゃんにしては珍しいじゃん」
「行くから、……やめろ」
コマンド、と小晴を睨めば、小晴は「そりゃ手間が省けるな」と笑う。
周りからこれ以上不審に思われるわけにも、目立つわけにもいかない。
俺は双子たちに連れられ、教室を後にした。
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