飼い犬Subの壊し方

田原摩耶

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 嫌な予感がして、咄嗟に「誰かっ」と声をあげようとした瞬間、伸びてきた手に口を塞がれる。拍子に背後の壁に後頭部を打ち付け、一瞬目の前が真っ白に点滅する。

「んむ、……っ!」
「あー……間違えた、《静かにしろ》……だった。……ごめん、痛かったよな」
「……っ、……」
「は、……口、パクパクしてる。文句言いたいんだよな?」

「俺だってお前に言いたいことあるよ、たくさん」頭に星名の声が響く。迫る鼻先の向こうで星名は目を伏せた。自嘲、いや違うこれは。

「けど、お前は全然聞く耳持ってくれないしなあ……コマンドだって使いたくなかったよ。お前が使うなって言うから。
 でもさ、使わねえとお前逃げるじゃん?」

 頬へと伸びてくる星名の指が熱くて、喉がひくりと震える。
 逃げなければならない。でも、どうやって。力が抜け落ちたみたいに動けなくなる俺を覗き込んだまま、星名は息を吐く。

「……あー、違う。こんなことが言いたかったんじゃないんだ。……駄目だ、目の前に一凛がいるって思うと頭にいっぱい溢れる。……そう、そうなんだよ。俺、一凛のことが好きなんだよ」
「……」
「好き。……だって俺のこと叱ってくれるし、周りのやつらみたいに色眼鏡かけて接してこないし、それに……優しいし。菖蒲に頼まれたからってのもあるけど、それ踏まえてでもお前が俺と仲良くしてくれたの本当に嬉しくて……っ、……嬉しかったんだ」

 絞り出すように、確かめるように、一句一句言葉を紡いでいく星名。レンズの奥のその目が俺をじっと見ている。皮膚ごと焼かれそうな程の熱視線にただ恐怖を覚えた。
 じっとりと背中に汗が滲み、身じろぐこともできずにいると、いきなりその腕に抱き締められた。

「嬉しかったんだ……一凛……」

 耳元で響く声に、背中に回される手に、骨が軋むほどの強い抱擁に――身動き一つすら取れないまま俺はただ受け入れることしかできなかった。
 恐らく告白されているのだということは分かった。こいつからの好意は俺だって感じていた。けれど、今の俺にとってその好意は針の筵のようなものだ。

「なのに、なんで……」
「……っ」
「酷いよな、酷くないか? 一凛。……駄目なところあったら前みたいに言ってくれたって良いじゃん。せめて一言……そんなに俺のこと嫌いになったのか?」

 ぎちぎちと皮膚に食い込む星名の指に息が漏れる。奥歯を噛み締め耐えていると、ふとその力が緩んだ。

「……って、ああ……そうか。お前、今声出せないんだったな……」

 ほっとするのも束の間、怒っていたと思えば今度は笑い出す星名にぞわりと背筋が震える。

「俺、お前が休みの間小晴から色々教えてもらったんだよな。……ああ、小晴と会うなってお前言ってたっけ? でも、お前が避けるんだから仕方ないだろ。ああ、話戻すけど……それで色々教えてもらってさ……」
「……っ、……」
「《服を脱げ》」

 ドクン、と鼓動が大きく響く。全身の血液が一気に熱くなるような、普段以上に不快な鼓動だった。

「……あは、はは。いや下心とかじゃなくてさ……お前が逃げると困るじゃん? だから、その予防ってことで」
「……っ」

 ぼうっと痺れてくる脳味噌。逆らいたい、そう着ていたスウェットを持ち上げようとする指先を必死に止めようとするが、その度に頭痛が走る。ギチギチと脳味噌全体を鷲掴みにされてるような痛み。それに気を取られている間に、体は勝手に上を脱いだ。

「なんだよ。本当に言うこと聞くじゃん。なんでも。……俺の言葉は聞いてくれなかったのにさ」

 続いて、下にも手をかける。
 星名はそんな俺の粗末なストリップショーを無言で見ていた。穴が空きそうなほど真っ直ぐに、固唾を飲んで。

 ああ、クソが。
 やめろ、止まれ。こいつを図に乗らせるな。
 そう思うのに、SランクのDomのコマンドの拘束力は強い。逆らおうとする程呼吸が苦しくなっていく。
 せめて助けを求めることができれば。
 こんな時間に運良く俺の部屋に誰かが来る可能性、そんなものあるのか。

「……っ、……」

 暗くなっていく視界の中、震える指で最後の下着を脱いでいく。床に落ちるそれを目で追い、そのまま俺の体に目を向ける。爪先から顔面まで這い上がってきたその視線に浮かぶのは喜びだ。

「一凛……偉いぞ、大好きだ……っ!」

 滑稽で見窄らしい格好の俺を見てこいつは喜んでいる。
 強く抱き締められ、何度も擦られる背中が痛い。

「えと……こうすれば一凛も嬉しいんだよな? ケア……」
「……」
「あー……っと、喋って良いぞ。……あと、《大声を出すな》」

「どう、苦しくないか?」と顔を覗き込んでくる星名。向けられたのが純粋な心配だからこそ、余計屈辱だった。苦しくないわけ無いだろ、と。
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