飼い犬Subの壊し方

田原摩耶

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 予想外なことに、真夜は俺に薬を飲ませるとそのままベッドに寝かしつけた。
 このまま何されるのかと固まる俺の体にシーツをかけ、「そんじゃ、《寝ろ》」とコマンドを口にする。
 途端に遠のいて行く意識をなんとか引き留めながら「しないのか」とかなんかそんな言葉を口にすれば、やつは笑った。

「俺は吐かせる趣味はねえよ」

 ぐしゃりと撫でられる頭。その手にそっと瞼を閉じらされた途端、意識はふわりと霧散する。

 なんとなく最後笑った時の真夜の表情が気になったが、そんな違和感もすぐ眠気に襲われて薄らいでいく。
 次に目を覚ました時、隣で誰かがいる気配がした。目を開けば、すぐ顔の側にあった真夜の顔に固まる。

「よ、愛ちゃん」
「……っ、……」
「わり、驚かせすぎた?」
「…………」

 なんでここにいるんだ、とか言いたかったが、全てすぐに思い出した。結果言葉に詰まり押し黙ることしか出来なくなる俺に、真夜は「おーい」と俺の目の前で手のひらをひらひらと動かした。

「驚いて……ない、記憶はある。俺が、アンタを部屋に入れたのも……」
「ま、コマンド使ったけどな」
「……どっちにしろ同じことだ」
「声、まだガサガサだな」

 言いながら顎の下、喉仏をすり、と撫でられ、背筋が伸びた。「起きるか?」とそのまま見つめられ、なんとなく目のやり場に困りながら俺は頷いた。

 寝てる間に何かされたんじゃないかとも思ったが、体にそんな形跡はない。ただ、今朝の倦怠感はあったものの強制的に深い睡眠を取らされたお陰で気分は大分落ち着いていた。

 リビングでは先に移動していた真夜が我が物顔で飲み物を用意してた。

「なんだ、コーヒーはないのか」
「……文句を言うな」
「カフェオレ、いちごミルク……甘いのが多いな。糖尿になるぞ」
「人の冷蔵庫に文句を言うな。それに、それは一気に飲むやつではなくストックとして……」

 というか勝手に開くな、と言いかけた矢先、グラスに水を注いだ真夜はそのままそれを「ん」とこちらに差し出した。

「……あ、りがとう」
「一人で飲めるか? 飲ませてやろうか」
「……っ、子供扱いをするな。たった一年早く生まれただけで」

 むっとする俺に真夜はふは、と声を漏らす。

「なんだ、思ったより元気そうだな」
「……っ、余計なお世話だ」
「さっきはあんなに死にそうな顔してたのに」

 おちょくりに来ただけならさっさと帰れ、と睨みつければ、ふと真面目な顔をした真夜は「まだダメだ」と小さく口にした。

「なんだよ、まだって……」
「愛ちゃんが心配だから?」
「……」

 なぜそこで疑問系なんだ。
 言いたいことは色々あったが、真夜と話してると気が逸れたのは事実だった。悔しいけど、一人だったらまだ俺はベッドから抜け出せることもできなかっただろう。

「お前のそれは……趣味なのか?」
「なにが?」
「……Subなら他にもいる」

 俺でなくとも、俺よりももっと物分かりが良くて従順なSubはいるだろう。
 自分でも理解してるつもりだ。自分の頭が硬いことも、それでいて特別秀でたところもない。それなのに、拒絶されながらも何故真夜がここまで俺の世話をしてくれるのかが理解できない。

「言ったろ。俺はSubが好きなんだって」
「……」
「その目、信じてないな」
「……別に、理解できないだけだ」
「まあ愛ちゃんには難しいかもな」

 また子供扱い、と眉を寄せれば、そのまま自分用にグラスへ水を注いだ真夜はソファーに腰をかけた。
 背もたれ越し、ちょいちょいとこちらへと手招きする真夜。コマンドを使えばいいのに、と思いながらも俺は渋々隣へと移動する。
 少し離れたところに座れば、真夜は「ほら」と声をあげた。

「なんだ、ほらって」
「今までの愛ちゃんだったら絶対座らなかっただろ? それか、そっち側に突っ立って見下ろしてた」
「………………」
「まあまあまあ待てって。別におちょくってるわけじゃなくてさ、俺、そういうのが嬉しいんだよ」
「つまり、ブリーダー気取りか?」

 少し棘のある言い方になってしまったと口にして後悔したが、真夜は嫌な顔をするどころか「それだ」と手を叩いて笑った。

「正解。俺は傷ついてる子を癒すのが好きなんだよ」

 それは俺が傷ついてると言いたいのか。
 というか、元々お前らのせいでもあるのではないか。
 そんなことを本人に言うな。

 どんどん色んな罵詈雑言が込み上げてきたが、それを口にする体力はなかった。

「……悪趣味だ」
「小晴にもよく言われる。けど、虐めるよりかはいいじゃん? 可哀想だし」
「俺が可哀想だって言うのか」
「可哀想だね。見てられない」

 即答か。
 けれど、今度はすんなりとその言葉は胸に広がった。
 共感、同調、見下し、同情。どれもムカつくはずだ。それなのに、怒ることもできなくなる程心は困窮してるのか。
 じっと真夜の横顔を見つめれば、やつと目が合った。伸びてきた手に前髪をそっと掻き上げられる。Domに触れられるのは怖かった、はずなのに。
 存外優しい手で額、頬を撫でられる。
 星名に殴られたそこを何度も優しく撫でられる。

「赤くなってる」
「……問題ない」
「痛かったろ」
「…………平気だ」
「嘘だな」

 どくん、と心臓が跳ねる。冷たくなっていく指先の温度を逃さないよう、ぎゅっと拳を握り締めたとき、伸びてきた手に体を抱き締められる。

「言っただろ? Domを利用することを覚えろって」
「……っ、い、われてない」
「じゃあ覚えろ。『お前の言うことを聞いてやってんだぞ』って考えると楽になれる。そう、俺の知り合いは言ってた」

 お前の周りの人間はどうなってるんだ、と思ったが、その考え方は今までの俺の思考とは正反対のもので、馴染むのには少し時間がかかりそうだ。

「じゃあ、今もお前に好きにさせてやってると?」
「ああ、そうだな」
「……お前は不快じゃないのか?」
「んや? 別に?」
「…………マゾなのか?」

 素直な疑問を口にすれば、真夜は「ふ」と肩を揺らして笑った。

「何を笑ってる」
「いや、まあ……そうだな。尽くしたいってことならそうかもなぁー……」
「……ハッキリしないやつだな」
「俺もそう思う」

 なんだそれ、と呆れたとき、「愛ちゃん」と名前を呼ばれる。今度はなんだと顔を上げれば、そのまま柔らかく唇を吸われた。

「……っ、ぉ、おい……! ん、ぅ……っ」

 勝手にキスをするな、と真夜の胸を叩く。抜け出そうと思うが、思いの外真夜の力は強い。
 リップ音を立て、逃げようとする顎先を軽く持ち上げられたまま深くキスをされる。
 長い。

 好きでもない男に触れられて嫌なはずなのに、以前程抵抗感を覚えなかった自分が怖くなる。それと同時に、俺の呼吸が浅くなるのに合わせて唇を離す真夜に戸惑う。

「……っ、何も、しないって言わなかったか」
「ああ。だからこれは親愛のキスってことで」

 こんな長い親愛のキスがあるか。
 言い返してやろうと開いた口を再び真夜に塞がれ、今度はそのまま後頭部を掴まれる。優しく耳を揉まれ、穴の奥まで塞ぐように撫でられるだけで呼吸音が一層大きく響いた。

「んっ、む……は、っ、おい……いい加減に……っ」
「……可愛い」

 たった一言、囁かれるその言葉に鼓動が乱れる。

「好きだよ、お前のそういうところ」
「……っ、ゃ、めろ」
「照れてんの? 本当、真面目だな」
「ふ、……っ」

 ちゅぷ、とわざと音を立てるように唇を吸われ、薄く開いたそこから真夜の舌が入る。
 クソ、こんなの。こんなの、嬉しいわけがないのに。
 ぎゅっと心臓が締め付けられる。尾骶骨の辺りに全身の熱が集まっていって、真夜に頭撫でられながらキスされるだけで腰がうずうずと疼いてしまう。違う、こんなの。あいつと同じだ。
 なのに。

「……愛ちゃん」
「っぷは……っ、ぉ、お前……いい加減に……」
「愛ちゃんも」

 しろ、とは命じなかった。招き入れるように口を開き舌を出す真夜。期待と熱の籠った目で見つめられ、早く、と強請るように腰を撫でられる。

「こ、まんど、使えばいいだろ……プレイすんなら」
「違う。これはプレイじゃないやつ」
「……っ」
「愛ちゃん」

 ほぉら、と煽るように唇に息を吹きかけられる。これに応えたらもっと真夜は俺を褒めてくれるのか、そんな思考が過り、頭を慌てて振る。
 ダメだ、俺には菖蒲さんだけで。俺は。

「……っ、……」

 目の前の舌から目が逸らせなくなり、つられて口を開きそうになったそのときだった。
 部屋の中に無機質なバイブ音が響き、俺たちは動きを止めた。
 テーブルの上、置きっぱなしになっていた俺のスマホが鳴っていたようだ。明るくなったディスプレイを見て、息を呑む。

 ――会長。
 そうディスプレイには表示されていた。
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