飼い犬Subの壊し方

田原摩耶

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 部屋を出て、生徒会室へと向かう。
 途中まで真夜は着いてきたが、途中で別れた。
 そして一人でやってきた生徒会室前。

「……」

 変なところはないはずだ。何度も鏡を見て確認して。
 いつも通り……のはずだ。
 そう意識すればするほどノックのタイミングが掴めない。
 うだうだしていると、いきなり目の前の扉が開く。え、と顔を上げれば、そこには。

「……おっと、大丈夫? ぶつからなかった?」
「か、いちょう」

 まだ心の準備ができていなかった。
 突然目の前に現れた会いたかった人にひゅ、と喉が締まる。頭が真っ白になり、今まで準備してきた言葉も段取りも一瞬で吹き飛んでしまった。

「いえ、……俺は大丈夫です。……あの、遅くなって申し訳ございません。それで、話というのは……」
「ああ、それもだけど。……ちょっと失礼するよ」

 やっぱり不自然だったか。はい、と背筋を伸ばしたと同時にすぐ鼻先まで迫る菖蒲さんの顔。真っ直ぐに覗き込んでくる瞳。近い、と思わず目を瞑った時、額になにかヒヤリとしたものが触れた。……菖蒲さんの指だ。
「うーん」と言いながら額、頬、首筋に触れる菖蒲さんはなんだか難しそうな顔をしたままで、「ああ、ごめんね」とすぐにその手は離れた。

「まだちょっと体、火照ってるね。……薬は?」
「飲みました」
「……そう。気分は?」
「問題ありません」

 なるべく平常を装うとするせいけ声がうわずる。返事も食い気味になってしまってしまうし、怪しまれてないだろうか。

「……そう。ならいいんだ。僕が必要だったらすぐに言うんだよ」

 きっとプレイのことを指してるのだろう。わかりました、と頷けば、菖蒲さんは「いい子だね」と微笑む。
 つい頭を撫でてほしくて背筋が伸びたが、菖蒲さんはそのままするりと生徒会室の奥へと引っ込んでいく。

「立ち話もなんだ、座るといい。……今は僕しかいないから寛いでいいよ」
「は……い」

 あっさりと離れる菖蒲さんに寂しくない、といえば嘘になる。
 自分から距離を置いてほしいと言っておいて我ながら自己中だ。我慢しろ、と自分を叱咤しながら俺は菖蒲さんに招かれるがまま生徒会室へと踏み入れた。

 経った数日のことなのに久しぶりに来たみたいだ。
 菖蒲さんの飲む紅茶の香りが最早懐かしくすらある。

 生徒会室にある来客用スペース、その二つのソファーに俺と菖蒲さんはテーブルを挟んで向かい合うように腰を下ろした。
 まるで二者面談だ。……間違いではないのだが。

 向かい側に優雅に腰を掛ける菖蒲さんは既に生徒会長の顔になっていた。真っ直ぐに向けられた眼差しが今の俺には痛くすらある。
 それでも、逃げたらダメだ。今は。

「単刀直入に言うよ。話というのは星名のことだ」

 ある程度なんの話かはここへと来るまで頭でシミュレートしていた。それでも、いざ口にされると緊張する。
 平常心。普段通り。冷静でいろ。
 自分に言い聞かせながら「はい」と頷き返した。

「君に話を聞いたあと、彼本人にも確認を取ったよ。あくまで定期診察という体でね。それからDomに変異していること、Switchだということを確認した。学園にもSwitchとして診断書を提出させた。ダイナミクスが切り替わる条件も分からないから暫くは愛佐の代わりに小晴を後任につけるとも伝えたよ」
「……はい」
「気になった、と言えば随分と星名は不満そうだったね。『そんなことしなくても問題ない、一凛のままがいい』って拗ねちゃってさ、随分と君のことを気に入っていたようだったから」
「す、みません」
「何故君が謝るんだい? 仲良くしてやってほしいと頼んだのは僕だし、寧ろ君はよくやってくれた。……結果がどうなろうとね」
「……」
「――そして、君の判断は間違ってなかった」

 握りしめていた拳に無意識の内に力が入った。
 全身が石みたいに硬くなり、目の前の菖蒲さんの顔を見るのがただ怖かった。
 菖蒲さんは微笑んでいた。けど、その目は笑っていない。

「星名は随分と君に執心のようだった。……小晴が上手くやってくれたが、僕には不満があるんだろうね。随分と嫌われてしまったけど……」

 菖蒲さんから感じるのは、怒りか。
 俺に対してではない。星名のやつが何か言ったのか。実際にその場にいなかった分何も言えないが、それでも普段温厚な菖蒲さんからは感じられない感情が滲む。そして、それを肌で感じた。冷たくて、鋭い。

「愛佐」

 名前を呼ばれ、顔を上げる。目の前では菖蒲さんが微笑んでいた。そこでいつの間にかに自分が菖蒲さんの視線から逃げようと俯いていたことに気付く。

「あ、やめ、さん」
「頬が腫れてるね。最後に会った時はこんな傷、なかっただろう」
「……っ、こ、れは……」
「…………」

 華奢な指先が伸びてくる。そのままするりと頬を撫でる指先に全身がびくりと震えた。

「愛佐、これは《何》?」
「……っ、あ、やめさ……」
「君を責めるつもりはない。あくまでこれはただの事実確認だよ。……大丈夫、《説明して》」

 甘くて優しい菖蒲さんのコマンド。どろりと脳味噌を溶かし、俺に何も考えさせない程強い、コマンド。
『言いたくない』と拒否をしようとするが、そんな俺を無視して唇が動く。

「……っ、ほ、しなが……」
「……うん」
「よ、る……っ、に……ぁ、あやめ、さん……っ」

 ダメだ。止まれ。
 コマンドから意識を逸らすために視線を外そうとするが、そのまま顎を捉えられ、菖蒲さんの方を向かされる。

「ちゃんと聞いてる。大丈夫だよ。……そのまま、《続けて》」

 はっはっと浅くなっていく呼吸。生徒会室内に自分の心音が響いてるのではないか――そう思えるほど心臓は早鐘を打っていた。

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