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「……うそ、つけ……」
「本当本当。ちゃんと話し合った方がいいっては言ったけど、まじでやるとはな。見直したわ、あいつのこと」
「………………」
「『Subは欲求不満になるとカリカリするから定期的に抜いてやるとまた元通りになるぞ』……ってな、あながち間違いじゃなかったな」
敢えて俺を怒らせようとしているのではないか。
そう思えるほど、この男の一挙一動が俺の神経を逆撫でする。
反吐が出そうだ。それ以上に、もし仮にそれが事実だとしたら――そんな最低の男に唆された星名はどこまでも……。
「お、まえは……」
「――《声を出すな》」
その小晴の一言に喉が締め付けられる。まるで首を絞められるような息苦しさに思わずびくりと体が反応した。
固まる俺の肩を抱き寄せ、小晴は声を更に潜める。
「なんで俺がここでわざわざ喋ったと思う? ……見たところ、お前がまだ元気そうだったからだよ」
「……ッ、……ッ!」
「《着いてこい》」
「愛佐君さあ、最近真夜とも仲良くしてるらしいじゃん。……たまには俺とも遊ぼうぜ」肩を抱く手がゆっくりと肘まで降りていく。振り払おうとするが、筋肉が思い通りに動かない。抵抗しようとすればするほど余計息苦しさが増していく。
なんでお前なんかと。嫌に決まってる。また、あんな最悪な目に遭わなければならないのか。
「そのまま、ほら一歩ずつ。……《歩け》、俺の腕を掴んでな」
……この男。
促されるがまま体は反応しそうになり、必死に抗おうとしたとき、眩暈が強くなる。脳味噌が、頭がかち割れそうだ。
頭痛のあまり立ってられなくなったところ小晴に支えられる。
「仕方ねえな」とそのまま二の腕をがっちりと掴まれ、抱き寄せられたときだった。
「……おい、何してる?」
背後、聞こえてきた静かな声に小晴は立ち止まる。
「あれ、海陽先輩。奇遇ですね、こんなところで」
「質問に答えろ、月夜野。……愛佐に何した?」
「…………」
――海陽、先輩。
どこから見ていたのか。もしかして会話が聞かれていたのではないか。
ドクドクと先程までとは違う緊張が全身に走る。背後を振り返ったまま、小晴は笑っていた。
「何って、人聞きが悪いじゃないですか。海陽先輩。……愛佐君が体調悪そうだったんで支えてただけですよ。まるで俺のせいみたいな言い方、傷つくなあ」
パッと離れる小晴の手。ホッとしたのも束の間、「だろ?」と小晴に見つめられれば言葉は出てこなかった。《喋るな》というコマンドはまだ解かれていない。
違う、海陽先輩。こいつのせいです。そう言いたいのに、喉に綿でも詰まったみたいに苦しい。
「……体調が悪いなら俺が保健室まで連れて行こう。月夜野、お前は生徒会室へ行け」
「え? 俺っすか?」
「ああ。……桐蔭が呼んでいる」
「……ふーん、会長がねえ? なんの用だろ」
「本人の口から聞くといい」
「…………」
生徒会室で二人が話してることは珍しくない、のに、こんな空気になったことはない。普段は海陽先輩が小晴に話しかけることが生徒会関連以外でないということもあるが――。
「……用件は伝えた」
そう、短く告げた海陽先輩に腕を掴まれる。
歩けるか、と言うかのように見つめてくる海陽先輩に俺は首を横に振るのが精一杯だった。それを察したのだろう、海陽先輩は小晴の返事も待たずに俺を小脇に抱えて歩き出した。
「まじか」と小晴の声が背後で聞こえてきたが、それもすぐ聞こえなくなった。
移動中、通りすがりの生徒たちが何事かと俺たちを見ていた。
恥ずかしさもあったが、それよりも一人では動けないことの方が俺にとっては重要だった。
校舎前。
小晴の気配がなくなり、ようやくコマンドの効果が切れたらしい。「ぁ」と喉から声が漏れる。それに気付いた海陽先輩は立ち止まり、俺を見下ろした。
「……っ、せ、んぱい……すみません、も……大丈夫、です」
「……歩けるのか?」
「た、ぶん」
そうか、と海陽先輩は俺をそっと降ろした。
地に足を着いた途端、一人で歩く感覚が未だ取り戻せずふらつきそうになるのを海陽先輩に腕を掴まれ支えられる。
「す……すみません」
「無理はするな」
「……はい」
「……」
「あ、あの、なんでここに……」
「別に、ただ通りかかっただけだ」
そう、俺から手を離した海陽先輩は何かを思い出したように「あ」と声を漏らした。
「……忘れていた」
「忘れる?」
「あいつのこと」
誰のことを言ってるのだ、と顔を上げたときだった。
「おい、海陽ーっ!」
飛んできた声に全身が緊張した。
咄嗟に目の前の海陽先輩の胸元にしがみついて身を隠そうとしたが、遅かった。
「人を待たせておいて勝手に置いていくなよ……って、あれ、一凛……?」
「ほ、しな……」
なんでお前が、と喉まで出かかって言葉は出なかった。
今日の星名のお目付け役は海陽先輩だった、ということか。――本当に、なんてタイミングだ。
せっかく助かったと思った矢先、最も会いたくない顔を前にただ目の前が真っ暗になる。
顔を合わせたくない。声を聞いただけで足が竦む。そんな俺を一瞥した海陽先輩はそのまま俺をそっと引き離した。
まるで突き放されたような心許なさに目の前が真っ暗になる。それも一瞬、そのまま海陽先輩は星名の首根っこを掴む。
「星名。……行くぞ」
「えっ、待てよ海陽、一凛とまだ挨拶もしてねえんだけど!」
「その必要は不要だ」
「なんでだよっ、俺は一凛と話したいこと色々あったのに!」
「不要だ」
親猫に首を噛まれた子猫のようにジタバタする星名だが海陽先輩は全くものともしない。
もしかして助けてくれたのか、と立ち去ろうとする二人を見送ろうとしたのも一瞬。
「あれ、転校生じゃん」
遠巻きにこちらを見ていた生徒たちに混じって、軽薄な声が聞こえてきた。
顔を上げれば見慣れない顔の生徒たちがいて、ニヤニヤと嫌な顔をして海陽先輩に捕まっていた星名を見てる。
「そういやあいつSubらしいぜ」
「まじかよ」
「じゃあさ、あれ、効くんじゃね?」
嫌な、予感がした。
過去に何度もSubである自分に向けられた悪辣な笑みと下卑た笑い声。
そして、
「《おすわり》」
「――」
その中の生徒の一人が星名たちに向かって声を上げた瞬間、それを止めるよりも先に下半身から力が抜け落ちる。
「え」
「なんで生徒会のやつが……」
そのまま突然その場に座り込む俺に、連中も、星名も、海陽先輩も、全員がこちらへと注目するのが肌で分かった。
ざわつき出す空気。全身に突き刺さる視線と戸惑いの声に嫌な汗が止まらない。
それなのに、力が抜け落ちた下半身ではその場から逃げ出すこともできなかった。
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