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一ヶ月程休んでも良いと言われたが、下手に休み過ぎた時の方が休学明けが怖くなる。
そう判断し、一週間だけ体調不良を理由に休みをもらった。というよりも、休ませられたが近い。
俺にとっては一週間も一ヶ月も大差はない。
けど、とにかく状況の変化を受け入れるために一度心身を外的刺激から遠ざけて休まる方がいい。そう菖蒲さんと海陽先輩に説得され、俺もそれを承諾した。
少なくとも、熱りは冷めるまでは。
人の興味関心など三日も経てば移ろいゆくものだ。分かってはいたが、こうしてベッドで丸まっている間も扉の外で自分の噂話をされてるのではないかと落ち着かない。
そもそもの話。
誰も俺のことなど興味はない。自意識過剰だ。それに、俺以外にだってSubを公表してる生徒もいる。そんな生徒たちもある程度まともに学園生活を送ってるのだ。今回は星名の立場が特殊だっただけで俺がSubだと分かったからと言ってあの時のような子供じみた嫌がらせを受けるとは決まらない。深刻に捉えすぎるな。そうだ。それに海陽先輩も言ってくれた。“たまたまタイミングが悪かっただけだ”と。俺はコマンドに反応したわけではない。その体で、また何食わぬ顔顔して数日周りの声も無視して全部耐えれば皆の興味関心はすぐに移り変わるはずだ。
「……っ、…………なんてことは、ない」
なんてことはない。平気だ。耐えられる。別に元々周りと関わってなかったんだ。今まで通りでいけばなんの問題もない。
繰り返し、言い聞かせる。何度も頭の中で教室の中、椅子に座って授業を受ける自分を頭に浮かべる。そして、周りの人間の好奇の目が一気にこちらを向いて――起き上がった。
「……っ、……」
込み上げてくる吐き気を抑えきれず、そのままベッドから降りた俺はトイレに向かって駆け寄った。
寒気がする。いっそのことこの吐き気も思考も全部風邪だと言われた方がマシだ。
――あの日。
病院帰りに星名と会ってから一日、俺は部屋に引き篭もっていた。
時折菖蒲さんからは連絡があったが、なかなか折り返す勇気が出なかった。
海陽先輩が何度か俺がご飯食べているか様子を見にきては、ゼリー飲料やスポーツドリンクを差し入れにきてくれていた。
海陽先輩は俺の体調だけ聞くと「それ食って寝ろ」とだけ言って毎回颯爽と帰っていく。忙しいところ申し訳ない反面、今、深く踏み込んでこない海陽先輩の気遣いはありがたかった。
言われた通り眠る。眠れなくても体を休めようとするがじっとしてると悪いことばかりが頭を巡ってしまい、結局部屋の中で参考書を開いては眺めていた。文字の羅列を目で追うだけで内容は頭に入ってこない。
そんな無為な時間を過ごしている自分にも苛立ち、かと言って部屋の外へと一歩踏み出す勇気も出ない。
休むという名目のための休暇なのに、部屋にいること自体に神経が摩耗していく。
そんな中、机の上に置いていたスマホの画面が点灯する。普段ならば菖蒲さんくらいしか連絡取ろうとしてくる人間はいない。けれど、そこには見覚えのない電話番号が表示されていた。
電話。そもそも俺の番号を知ってるのは実家の親くらいだ。
悪戯電話かと思って無視したが、その後も何度もかかってきた。
着信拒否しようとしたところで、丁度例の悪戯電話がかかってくる。最悪なことに、うっかり手が滑ってその電話に出てしまった。
「……ぁ……」
『あ、やっと出た』
しまった。
そう慌てて通話を切ろうとした時、聞こえてきた声に思わず止まる。
軽薄な声には聞き覚えがあった。
「……ま、よる?」
『あれ、よく分かったな。まだ名乗ってないのに』
「……っ」
なんでこの番号知ってんだよ、とか色々言いたいことあったのに、聞こえてきた真夜の声がやけに優しくてつい言葉に詰まる。
よりによってこんな時に、最悪だ。
『あ、因みに電話番号はこの間愛ちゃんが眠ってたときに調べただけだから安心しろ』
「……」
『後は、そうだな……今俺は一人だから』
こいつが人の携帯盗み見てるのはもう今更怒りも湧かない。いつだなんて聞きたくもない。
ただ、それよりも。
「……なんで、電話かけてきた」
『はは、愛ちゃん声ガサガサじゃん。寝起き?』
「知ってるんだろ、お前も……」
『……まあねー』
なんだ、その間は。
含んだような物言いが引っかかったが、言葉が喉につっかえてうまく出てこない。
『愛ちゃん大丈夫かなって思ってさ。電話かけるにしても一晩落ち着かせた方が出てくれるかなって』
「……出るつもりはなかった」
『ま、それでもいいや。今こうして話せたんだし』
「…………」
『今、何してた?』
なかなか本題を口にしない、無意味なやり取りに苛立ってくる。何が言いたいんだ。そう思う反面、あまりにも普段と変わらない真夜に釣られそうになる自分もいて、戸惑う。
『あれ、秘密?』
「……別に、何も」
『小晴から聞いた。一週間謹慎だって?』
「謹慎じゃない、休みだ」
『一週間も大人しくしろなんて拷問じゃん』
「……何が言いたい」
『気分転換なら付き合ってやるよ、って話』
「………………」
『今から会いに行って良い?』
「ふざ……っ、けるな……分かってんのか、俺は……」
『Subだってバレただけじゃん。別に死ぬわけじゃないんだし気にすることなくね?』
「……っ、……」
他人事だと思って。
そう言い返しそうになり、やめた。そりゃDomのこいつからしてみたら他人事に決まってる。当たり前だ。
「……無神経野郎」
『ああ、慰めてほしかった?』
「違う」
『いつもだったら【このクソ野郎!人の気も知らねえで!】ってキレそうなのに』
「……」
そんなに口汚くない……はずだ。言い返すのも馬鹿馬鹿しくなって、俺はそのまま黙り込む。
『元気ないなあ、愛ちゃん』
「……元気なわけ、ないだろ。病人だ」
『俺の助けは必要?』
「いらない」
『ま、そんなこと言っても俺には愛ちゃんが必要なんだけど』
「は?」と言いかけた矢先、玄関の扉がノックされて心臓が停まりそうになる。
手にしたままの端末から『愛ちゃん』と声がした。それと同時にとびらの向こうからも。
『開けろよ、扉』
「……っ、お前……」
『そ、俺。会いにきちゃった』
ふざけんな、と言いかけた矢先追い討ちをかけるように今度は扉をノックされた。
『愛ちゃん、早く出てこないと俺、会長たちに怒られるかも』
「……っ、知るか、そんなの」
『愛ちゃんのサンドバッグになってあげようか』
「いらねえ……」
『愛ちゃん、はーやーくー。……今なら周りに誰もいないからバレねえぞ~』
「……ストーカーかよ、お前」
『愛ちゃん専用のデリバリーDomだ』
「……」
こんなに近距離にいるのにスマホ越しで話してるのも馬鹿らしくなってきた。このまま居座られて変な噂を立てられた方が迷惑だ。
舌打ちをし、スマホの通話を繋げたまま扉へと近づく。キーチェーンは掛けたまま扉を開けば、そこには背の高いシルエット。
「……コマンド、使えばよかっただろ」
「それはプレイの誘い?」
端末と目の前の真夜から同じ声が聞こえてくる。俺は断じて違う、と呟きながらスマホの通話を切った。
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