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「正直、通報されると思った」
「……しない。するならとっくにしてる」
「そりゃそうか」
憎たらしい程この男はいつも通りだ。
ソファーに座り、「なんで愛ちゃん立ってんの?」ってニヤケ面でこっちを見てる。
本当に、俺もおかしい。なんでこの男を部屋に招き入れたのか。破滅願望、なんて頭に過ぎる。そんなわけではない、と言い切れない自分が不甲斐ない。誰に対してこの後ろめたさを感じてるのかももう、分からない。
言い返すのも面倒で、真夜から少し離れたところに座る。そして当たり前のように腰を抱こうとしてきた真夜の腕を掴んだ。
「……っ、そういうつもりで招き入れたわけじゃない」
「何が?」
「何って、手……」
「ハグだろ、元気のないSubへの慰めのハグ。……それとも愛ちゃん、違うのが良かった?」
この男、と腕を引き剥がしてやろうと思うが、力もろくに入らずあっさりとやつの腕の中に引き込まれる。
菖蒲さんとは違う熱、筋肉の硬さに思わず緊張した。構わず真夜は「よしよし」と俺の後ろ髪を撫で付けるようにそっと頭を撫でるのだ。くそ、撫で方だけは気持ちいい……。
「さ、わるな……そういうのも、不要だ」
「はいはい、強がりちゃんの言い訳は聞こえねえなあ」
「……っ、……」
「ほらリラックス。全身ガチガチすぎ。寝過ぎて体鈍ってんのか? ちゃんとストレッチはしてるか?」
「………………して、ない」
「だろうと思った。……けど、まあ、風邪ってことになってんだっけ?」
「…………」
「愛ちゃん、図星だと黙り込むよな」
「…………うるさい」
「かわい」
全然、嬉しくない。嬉しくないし、寧ろ馬鹿にされてるって分かるのに。真夜の声がするりと心の隙間に入り込んでくる。こんなの、不可抗力だ。
「愛ちゃん」
「……用済んだらさっさと帰れよ」
「ん~~どうしよ」
「なんだよ、どうしよって……」
「今小晴が荒れてんだよなぁ。顔合わせんの気まずいから暫くここに停まりたいなあ、って」
「……はあ?」
「駄目?」と可愛くもない上目遣いでこっちを見てくる真夜に嫌な予感しかしない。「嫌に決まってるだろ」と真夜の胸を叩けば、そのまま手首を掴まれる。
「なんで?」
「なんでって、俺は、お前とはなんでも……」
「愛ちゃんだって俺らの部屋で寝泊まりしたじゃん」
「それは……っ、お前らが無茶させたからで……不可抗力だ……っ!」
にぎにぎと人の手の甲をすっぽりと覆うようにして指の谷間を撫でる真夜。その触り方やめろ、と手を振り払おうとするが、真夜は無視して俺の手首を引っ張り指先に唇を寄せる。
「……っ、おい……」
「こういうときさー、一人で寝てんのキツくね?」
「余計なお世話だ」
「愛ちゃんの強がり」
「なら、コマンド使えばいいだろ。前みたいに無理矢理従えさせれば……っ!」
耐えきれず声を荒げる。目の前の男を睨みつければ、真夜は寧ろ嬉しそうに笑った。
「愛ちゃん、そんなに俺にコマンド使って欲しいんだ?」
「ち、がう」
「矛盾してんねえ。自分でも訳わかんなくなっちゃってんだ。……だから言ったのに」
「なに……」
「楽になれる方法、教えただろ? 俺の言うこと聞いてりゃこんなに辛くならずに済んだって話」
――Domを利用することを覚えろ。
頭の奥、いつの日かの真夜の声が響く。
「愛ちゃんが苦しんでんのってさ、要するにSubバレしたってだけじゃん」
「だけ、だと?」
「だけだろ。……別に、世の中好きに生きてるSubなんて沢山いる。……ああけど、大抵近くにはちゃんとしたDomがいるけど」
「お前に、何が」
「愛ちゃん、俺とパートナーにならない? って話」
分かるんだよ、とその胸ぐらを掴んだ矢先。飛び出してきた言葉に頭をぶん殴られたような衝撃が走る。
本気でこいつが何言ってるのか分からなかった。どんな思考回路をしていたらそうなるのか。俺のことなど一ミリも考えてないのか。わざとやってんのか。
「おーい、愛ちゃん?」
「……帰れよ」
「なに、俺は結構真剣に言ってんだけど?」
「何が真剣だ、お前みたいなやつ……っ」
「でも愛ちゃん、結構俺のこと受け入れてくれてるみたいだけど?」
「……ッ!」
「本気で俺のこと嫌なら抱きしめられた時点でサブドロしてんだろ」
違う。嫌に決まってる。気持ち悪さしか感じなかった。
そう言いたかったのに、数分前こいつに撫でられていたときの自分のことを思い出してゾッとした。
……ほんの少しでも撫でられることに心地よさを覚えていた自分に。
「まあまあ落ち着けって、取り敢えず俺の話だけ聞けよ。愛ちゃん」
「……っ、おち、ついてる」
「プルプル震えながら言っても説得力ねーって。ほら、水飲め。口移ししてやろうか?」
「いらないっ」
「即答ウケる」
なんでお前は笑ってるんだ。人をこんなに馬鹿にして。
ムカつくのに、何を言い返してもこいつにコケにされるのは目に見えてる。ここは一旦理性的になれ。
頭に昇った血を下すため立ち上がろうとすれば、「何してんの」と真夜に呼び止められる。「水」とだけ答えれば、あっさり真夜は俺を開放した。
「大抵のやつはSubにちゃんとしたDomがいたら近付かないんだよ。それは知ってるか?」
「……お前らは」
「はは、俺らはDomだから。そりゃSubに近付くだろ。けど大抵フリーのSub相手に調子づいてんのってnormalだろ? だから、そういうやつら黙らせたいんなら近くにDomがいるってアピればいいんだよ」
「………………」
もっともらい風に言ってくれる。
けれど要するにそれは。
「……そういう気はないとか言ってたのはお前じゃなかったか、真夜」
「ああ、恋愛感情云々のやつな? 別に俺も特定のSubを愛したいって訳じゃないけど、少しの間人目を眩ますくらいなら出来るだろって話」
「…………」
「それに、一緒にいた方が色々役に立つだろ?」
そっちが本音じゃないのか。耳障りのいい言葉でそれらしくつらつらと言うが、それなら俺には菖蒲さんが…………。
…………菖蒲さんが。
「もしもーし、愛ちゃーん?」
「……」
「それとも何? 会長にお願いする? 僕だけのDomになって下さいって」
「……っ、……」
「あの人がどんな顔をするかは興味はあるけど……これ以上愛ちゃんが傷付いてシクシク泣いてんのは見てらんないからなあ?」
「泣いて、ない……」
「まだ、な」
悔しいけど真夜の言葉には一理ある。そのやり方は俺の主義に反するし、こいつにこれ以上借りを作りたくないというのもあった。けど、一人で居るよりかはマシなのか。そんな風に思ってしまう。そのこと自体がこいつに誘導されているようで恐ろしくなってくるのだ。
「愛ちゃん」
「……お前と話してると頭がおかしくなりそうだ」
「だから言ってんじゃん。一回おかしくなった方がマシだって。愛ちゃんの場合は余計」
「…………」
この男を信用してはならないと警笛が鳴り響く。甘えてはならないと。
「俺は、平気だ」
「声震えてんのに?」
「裏返っただけだ。……それに」
「それに?」
「小晴はよく思わないんじゃないのか、それ」
ぴくり、と真夜の笑顔が凍り付いた。それも数秒。ふは、と真夜は息を吐くように笑った。
「このタイミングであいつの名前出す? 普通。色気ねえなあ、愛ちゃん」
そもそもこいつと付き合うとなると必然的にあの男が付き纏ってくるのが俺にとってはもう悪手に等しい。それは真夜も分かってるのだろう、「そんなわけないだろ」とは言わない。
「……そんな提案をするならセーフワードを決めさせろ。お前と小晴、二人分のだ」
「手厳し。もう諦めたかと思ったのに」
「お前の提案を飲むなら他にもDomを探せば良いだけだ。そもそも、俺は小晴がDomだということも知らなかった。お前もだ。……お前らみたいな問題児、牽制にはなるだろうけどな」
「愛ちゃんのそういうところ、可愛くないな」
萎えたとでも言うかのように真夜は手を挙げ、そして笑った。
「好きだけど」
「……嫌味か?」
「違う違う。好きだなーって思って。……フラれたのは悲しいけどな」
何が悲しいだ。俺のこと、玩具としか思ってないくせに。
そう睨めば、真夜と視線がぶつかった。あいつは「その目」と俺の頬を撫でようとして、手を振り払った。
「……癪だが、お前のお陰で多少落ち着くことはできた。やろうと思えばいくらでも出来るともな」
「あーあ、失敗した」
「は?」
「もっと萎れた愛ちゃん見たかったのに」
「……お前は」
減らず口なのは小晴と変わらないようだ。
怒る気にもならなかった。それに、真夜とこうして対話できた自分にも安堵する。同時にコマンドを使わなかった真夜にも。
散々な真似はされてきたし絆されたつもりはない、許してはない、けれども。今の俺に必要なのはこいつのような図太さと柔軟性……いや、狡賢さなのかもしれない。認めたくはないが。
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