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「んで、どうすんの?」
「……お前には関係ない」
「先輩が相談乗ってあげようと思ってんのに」
「先輩?」と眉を顰めれば、「そこ?引っかかるところ」と真夜はおかしそうに笑う。
「一週間お休みか~、暇だろ?」
「……別に、休んでいた間の自習をするだけだ」
「ストレス解消は必要だろ。さっきの番号、ちゃんと登録しておけよ。拒否んなよ」
「……」
「即否定してこないのは愛ちゃんなりのデレ?」
「違う。考えていただけだ」
「考えるって何を」
「……真夜、俺のことはどれくらい噂になってるんだ?」
ここまできておいたら一層知っておいた方が覚悟が決まるのかも知れない。
怖くないと言えば嘘になるが、不平不満を口にすることができる相手が一人でもいるということは多少俺の背中を押してくれるようだ。
真夜は「あー」と言葉を探る。
「大分かな。けど、どっちかっていうとあの転校生君のことの方が騒がれてるみたいだけど」
星名のことだろう。
「なんだって」
「因みにだけど、生徒会長たちは何て?」
「……該当生徒と少し揉めたってのは、聞いた」
「少し揉めた、ねえ? ま、確かに愛ちゃんは自分のことでいっぱいいっぱいだったんだしそれは正解だな」
なんだ、なんなのださっきからこの妙に引っかかる言い回しだ。
「勿体ぶらずに言え」と真夜に詰め寄れば、真夜は両手をあげてハイハイと肩を竦める。
「だーかーらー、大喧嘩も大喧嘩。ほら、星名だっけ? あの子今Domじゃん? 殴った後コマンド使って相手の子にちょーーっとやらかしちゃったらしくてさ」
「やらかしたって……」
「SランクのDomのコマンドって、Normalにも大分効くんだよ。それも、Subとはまた違う脳と神経の作りになってるからな。コマンド受けるためのSubみたいな耐性なんてないから、そら直ダメージ」
頭を指差し、真夜はあららと肩を竦める。憐れむような仕草とは裏腹に淡々と紡がれる事実に、俺は自分が感じた脳への負荷を思い出す。下手すればあれ以上の――そう思っただけでゾッとした。
「それは……っ、だ、いじょうぶ、なのか」
「星名君?」
「相手の生徒に決まってるだろ」
「ああ、大丈夫大丈夫。あそこに小晴も居たらしくてコマンド云々は多分記憶からなくなってるから」
さらっと真夜の口から出てきた言葉に目を見張る。
薄い笑みを浮かべたまま真夜は「どうした?愛ちゃん」と俺を見つめた。
「……っ、ダメージ負った生徒に更にコマンド使ったってことか?」
「そうだな。けど、残念だけど殴られた事実と野次馬の口までは塞げなかった。……『転校生はSubではなくSwitchだった』『しかも転校生は傷害事件まで起こした』『ついでに生徒会補佐の方がSubらしい』……ま、今の学園のトピックはこれだな」
「…………」
小晴の判断は騒ぎを最小に納めるためには正しいのかも知れないが、人間としてどうなのだ。けれど、あの男ならやり兼ねないと納得してしまう自分もいた。
それと同時に、星名の顔も頭を過ぎる。
あの時野次コマンドを飛ばした相手に怒っていた星名の声は聞こえた――それは記憶にある。以前の星名ならば殴り返すことをしていたのか。
――凶暴性が増しているのはDomの性なのか。それとも、元々件の生徒が苛めっ子だったのか。
考えたところで答えは出ないが、自分の知ってる以前の星名ならば殴り返すだけでは飽き足らずNormal相手にコマンドを使うなんて真似……いや、したかも知れない。ただSubというダイナミクスが足枷になっていただけで、本質的にはあいつはああいうやつだったのかもしれない。
……そう知れただけでもまだマシか。そう納得する反面、モヤモヤは晴れることはない。
それに。
「菖蒲さんのことは」
「……」
「俺のせいで、菖蒲さんまで噂になってないか」
「俺思うけど、愛ちゃんがあの人のことを心配する必要はないんだよな。本当」
「……つまり、言われてるのか」
「元々Domってのは隠してなかったし、会長が複数のSubと関係持ってるのだって別に有名な話だ。……ただその複数の中にもう一人疑惑の人間が追加されたってだけだしな。愛ちゃんが気にするほどでもないぞ」
俺が聞くまでこのことは言わないつもりだったのだろう。
そんな気遣い、別に必要ない。それに俺がSubだとバレた時点でそのことは避けられないという頭はあった。けれど、実際起きてしまうと耐えられないものもある。
「そうか」とだけ頷いた時、伸びてきた真夜の手はそのままぽす、と俺の頭の上に乗せられる。
「……なんのつもりだ?」
「んや? 撫でて欲しそうな顔してたから」
「していない」
「じゃ、俺が撫でたくなったから」
振り払おうとすれば、真夜は先に手を離した。
あまりにも悪びれた様子のない目の前の男を思わずじっと見つめる。
「……お前らは、Domだって周りに言ってないんだろ?」
「まあ、知ってる子は知ってるけど。Sub以外には言ってねえな」
「俺も、小晴がDomだって知らなかった」
「だろうな」
「なんでだ」
「なんでって?」
「……Subなんて、公言していた方が有利だろ」
ずっとそのことが気になってはいた。
俺は生徒会でよく小晴と顔を合わせる方ではあったが、それでも小晴がSubだとは知らなかった。後から身を保って知らされ納得はしたが。
真夜は笑みを浮かべたまま「んー」と少しだけ言葉に迷ってるようだ。
「理由があるのか」
「小晴はなんて言ってた?」
「何も。……というか、あいつとそんな話をする気は起きない」
「ああ、俺だから聞いてくれてんだ」
「……」
なんか引っかかる言い方だが、否定するのも違う。悔しいが、こいつなら聞けると思ったのは事実だ。
頷き返せば、真夜は嬉しそうに目を細めた。
「ふーん?」
「応えたくないなら、いい」
「違う違う。なんかもっともらしい応えあるかなって探してたの」
「……理由はないってことか?」
「あるっちゃあるけど、別に大したことじゃねえよ。ただ、そっちのが俺らには都合がよかったってだけの話」
「都合……?」
「警戒されるだろ? 普通、Domなんて言ったら。会長様くらいだろ、Domを堂々公言してんの」
「あの人の場合はもう、あそこまで行けばボランティアみたいなもんだし」と続ける真夜の言葉には含みがあった。
確かに、と納得する。実際こいつらの場合は悪用してるので警戒もクソもないが、通常他人をコマンドで動かせるDomは良くも悪くも一目置かれる。
「……けど、俺がもし……万が一……いや億が一、絶っっ対にないが、……お前をパートナーにすると言った場合。これは仮定だからな。……どうするつもりだった?」
「はいはい仮定の話な。そりゃま、俺は別に公言しても良かったよ」
「そう、なのか?」
「ついでに記念にセーフワード決めちゃっても良いかなっても思った」
本気か?と真夜を見上げれば、やつは何も言わずにただにっこりと笑うだけだ。……嘘臭い。この男の言葉を間に受けるのは危険だと分かっていたはずだ、と一瞬絆されかけた自分を叱咤し、「そうか」とだけ頷いた。
「んで、気は変わった?」
「変わらない。お前みたいな男をパートナーにする気はない」
「ま、そうだな。そこまでちょろかったら流石に俺も心配になるしな」
「なんか言ったか?」
「俺は追われるよりも追いかける方が好きって話。……ま、俺も愛ちゃんのこと好きにするからお前も俺のこと好きに使ってくれよ」
「……」
相変わらず何を考えてるのか分からない男だ。
理解しようとすること自体無駄なことなのかも知れない。
けれど。真夜はともかく、少しでも自分の置かれた状況を客観的に整理することができたのは助かった。
けれど、と菖蒲さんと星名の顔が浮かぶ。
心配事はまだある。なのに、俺だけが一人で閉じこもってていいのかと思う反面、今は心身の調子が落ち着くまで待つのが安牌だというのも分かった。
なんなら、このまま記憶から忘れ去られるのが一番いい。
……菖蒲さんに迷惑がかかっていないことを祈りたい。
今度、菖蒲さんから連絡があったらちゃんと話そう。
そんなことを考えながら、俺は帰るという真夜を部屋から送り出すことにする。
「なんだ、見送りもなしか」
「押しかけてきたのはお前だろ」
「俺寂しいなあ、愛ちゃん」
「……」
今回は変なこと……そんなにはされなかった。撫でられたけど。
……少し見送るくらいならいいか?
渋々やつを部屋の外まで見送ろうと玄関口までついていく。
「ほら、見送りだ」
「はいはい――あ、忘れ物」
「忘れ物? なん……」
だ、と顔を上げたとき。視界が暗くなる。ちゅ、と同時に額に柔らかく温かいものが触れ、思わず固まった。
「な、にして」
「んじゃ、いつでも呼べよ」
「ふざけんな、この……っ!」
押し退けてやろうとした手はそのまま空を切り、そのまま真夜は部屋の前を後にする。
――幸い周りに人がいなかったものの、もし誰かが見ていたらどうするつもりだ。あの男は。洒落にならない。
ごしごしと額を拭い、俺は舌打ちをしながらそのまま奥へと引っ込む。クソ、触れられた箇所が熱い。
「………………」
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