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休学期間二日目。
朝は海陽先輩が部屋へやってきた。どうやら登校前に俺の部屋に寄ってくれたらしい。
「体調は」
「大丈夫です」
「飯は」
「食えます」
大きく頷けば、海陽先輩は僅かに「ふ」と口元を緩める。もしかして笑ったのだろうか。
それも一瞬のことで、いつもの仏頂面に戻った海陽先輩は食堂からテイクアウトしてきてくれたらしい紙袋をテーブルの上にどさりと置く。
中には惣菜諸々が詰まっていた。食欲の唆る匂いについ腹が反応する。
「なら好きなだけ食え。……差し入れだ」
海陽先輩が選んでくれたようだ。チョイスが中々こってり系スタミナ料理ばかりに思わず「おぉ…」となったが、海陽先輩らしい。……一日かけて食べ切れるかどうかはさておきだ。
こうして海陽先輩が俺のことを気にかけてくれるありがたい反面、申し訳なさもある。
「ありがとうございます、海陽先輩」
「ああ」
「……あの」
「なんだ、気になることでもあるのか」
「はい。あの、外は……どんな感じですか」
「普通だ」
「星名は……」
あいつの名前を出した瞬間、海陽先輩の目つきが僅かに鋭くなるのを見逃さなかった。
「誰から聞いた」
「……月夜野真夜に聞きました」
「あいつといつ会った」
「休んでから、二日目に……」
「……星名の件は片付いている。件の生徒も厳重注意、それから停学処分が降った」
「……そうですか」
「元はと言えばその生徒とあいつの問題だ。お前が気にすることはない」
それは気休めでもなんでもなく、本心からそう思ってるのだろうと海陽先輩の強い語気から感じた。
余計なことを聞いてしまっただろうが、真夜から話を聞いてからずっと心のどこかにあいつのことが引っかかっていた。
菖蒲さんに聞くわけにはいかないが、海陽先輩なら応えてくれる。そんな考えがあったのだ。
けど、その判断は誤りだっかもしれない。どちらかというと、真夜の名前を出したことが。
「真夜とはどういう関係だ」
「……小晴のクラスに生徒会の用件で顔を出した時に、何度か」
そう素直に応えれば、「そうか」と海陽先輩は息を吐く。幾分かその険しさは緩んだが。
……珍しいな、海陽先輩がここまで踏み込んでくるの。
普段他人に興味を示さない人だ。誰と誰が親しくしてようが口を挟む人ではない、そう認識していただけに意外だった。
暫し気まずい沈黙が流れる。
話題を変えるべきか、謝罪すべきか。迷っていたところ、「愛佐」と名前を呼ばれて「はいっ」と慌てて姿勢を正した。
「……桐蔭と会ったか?」
「え?」
――菖蒲さん。
まさか、いや意外でもないが、海陽先輩の口から出てきた菖蒲さんの名前につい少しだけギクリとした。
そして何故自分がこんなに緊張してるのかも分からない。
「いえ、あの日以来は……」
「電話は?」
「……いえ」
「……」
嘘は吐いていない。病院帰りのあの日、菖蒲さんとは電話越しに話しただけだ。
訝しむ海陽先輩に胸の奥がざわつく。なんだろうか、この不安は。
「あの、会長がどうしたんですか?」
「いや、なんでもない。また後から今回の件についてはあいつから話もあるだろう。俺の口から言えるのはここまでだ」
「邪魔したな」とそのまま部屋から出て行こうとする海陽先輩。せめて見送ろうと俺は慌ててその背中を追いかける。
「あの、ありがとうございます」
扉から出て行こうとする海陽先輩にそう慌てて頭を下げれば、応えるように海陽先輩は小さく顎を引いた。……海陽先輩なりの会釈のようだ。
それから間も無くして扉は静かに閉じられる。俺は扉の内鍵を施錠し、そしてリビングルームへと戻る。
菖蒲さん、何かあったのか。
一度こちらからも連絡を入れるべきかと迷ってはここまできてしまっていた。
菖蒲さんも色々大変かもしれない。ただでさえ俺のせいで周りに注目されてたとしたら――そんなことを考えては遠慮していたが。
この間、避けるようなことを言ってしまった手前自分から菖蒲さんに擦り寄るような真似をしていいのか。そんな意識が俺の頭を占め、結局その日も菖蒲さんに連絡することは叶わなかった。
そして、その日の夜。
明日。せめて明日菖蒲さんにメッセージ入れるだけ入れよう。暇な時に連絡を――いやでも、こんなタイミングだ。余計気遣わせてしまうのではないか。そもそも菖蒲さんは忙しくて俺に構ってる暇がないだけの可能性だって大いにある。
なんてことを考えてる内に夜になり、結局俺は海陽先輩からの差し入れを食べて風呂に入って、それからそろそろ寝なければならないな、など思いながら壁にかかった時計を眺めていた。
そんなときだった。部屋の中に呼び鈴が響き渡ったのだ。
夜、突然の来訪者にぎくりと緊張したとき。
コンコン、と続けて扉が叩かれた。
『僕だ、愛佐』
……菖蒲さん?!
寝巻きに着替え、頭も風呂上がってそのまま雑に乾かしたままだ。
こんな格好で菖蒲さんの前に出るわけにはいかない。というか、どうして菖蒲さんがここに。何かあったのか。
そう考えると自分の身形を気にしてる場合ではなかった。椅子から転がり落ちそうになりながらも玄関へと駆け寄り、扉を開く。
そして差し込むのは背の高い影と、夢にまで見た菖蒲さんその人だった。今寮へと戻ってきたのか、すっかり遅い時間帯だというのに菖蒲さんはまだ制服姿のままだった。
「あの、どうしたんですか?」
「急に来て悪かったね。……ずっと愛佐のこと気になっていたんだけど、なかなかタイミングが掴めなくて」
「あ、あの、どうぞ。奥に」
「いや、いいんだ。こんな時間だし長居するわけにもいかない」
夜分遅くにごめんね、と菖蒲さんは俺をじっと見つめる。笑顔なのに、いつもと変わらないのに、なんだろうか。こんなに会いたかった菖蒲さんを前にしてるはずなのに、なんとなく胸の奥がそわそわとした。
それは多分、この玄関という場所のせいもあるだろう。俯いた時の目元にかかる前髪の影とか、そんな些細なものがあの時の光景と重なる。
「こ、ここは……その」
……おかしいのは俺の方かもしれない。
そう菖蒲さんから視線を逸らせば、口籠る俺から何かを気取ったのだろう。菖蒲さんは頷く。
「……分かった。じゃあ、少しだけお邪魔しようかな」
やっぱり菖蒲さんは優しい。
こんな情けないこと頼みたくなかったが、菖蒲さんだからこそ素直に吐露することもできると思うと複雑だった。
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