飼い犬Subの壊し方

田原摩耶

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「……あの馬鹿が」

 溜め息混じり、海陽先輩はコメカミを抑える。

「先輩、あいつは……」

『誰だ、あの子』『転校生?嘘だろ』なんて下から聞こえてくる声。
 無理もない。夏休みデビューには早すぎる。そもそも、なんでこんなこと。

「どうやら勝手な真似をしたらしいな。……あれ程目立つような真似はするなと言っていたはずだが」

 Subではないのなら、もうわざわざ支配される心配もないってことか?
 星名の考えることが手に取るようにわかってしまい、吐き気と怒りが込み上げた。

「ちょっと待ってろ」
「あの、俺、先に教室に行ってます」
「……一人で大丈夫か」
「はい。大丈夫です」

 流石にこんなに勝手な真似をされると目を離すことは出来ないのだろう。海陽先輩は「悪い」とだけ声をかける。それからすぐに階段を降りていく海陽先輩。

「……星名のやつ」

 俺への当て付けのつもりか?
 考えたところであいつの真意など理解できることはないだろう。
 俺は星名と遭遇しないように別の階段からひと足先に食堂を後にした。

 野次馬。人混み。

「さっき小晴と話してたのって誰?」
「あいつだよ、転校生」
「あんな可愛かったのかよ」

 上級生のやつらが話してる横を通り過ぎて、人混みをかき分けて逆行する。
 おかげで俺のことなんて誰も目に入っていないみたいだ。

 ある意味助かった、のかもしれない。
 余計なことを考える暇すら与えさせてくれない。
 星名のやつ、何を企んでるんだ。
 そんなことを考えている内に教室に辿り着いた。

 流石に緊張したし、クラスが近くなるに連れ人目が怖かったが――。

「あれ、愛佐じゃん」

 教室の前で躊躇っていると、クラスメイトの一人が声をかけてきた。

「風邪、大丈夫だったか?」
「うちの学校、そういうとこ厳しいよな。熱下がりゃ動けるってのにちゃんと数日休まされんの」

「あ、あぁ……」

 普通に話しかけてくるクラスメイトたちにただどう反応すればいいのか分からなくなる。
 一人、二人と集まって、何故か囲まれるような形になって立ちすくんでると、

「休んでた間のノート見せるから、分からないところとかあったら言えよな」
「……ありが、とう」
「おい、愛佐引いてんじゃん。……ごめんな、なかなか話すタイミング無かったけど俺ら結構愛佐と仲良くなりたくてさ」
「……」

 俺がSubだってこと、知らないのか?ただの善意なのか?本当に?
 まるで昔からの友人のように笑いかけてくるクラスメイトたちにただ頷くことしか出来ない。
 本来ならば感謝しなければならないのだろうが、グイグイ来られるとどうしても一歩引いてしまう。

「……それは、どうも」
「ま、なんかあったら全然言ってくれよな」
「ん、ああ」

 俺の反応が悪いとあっさりとクラスメイトたちは引いていく。
 なんだったんだ、と自分の席に座る。
 その後も何度か他のクラスメイトたちに体調のことを心配される。最初はむず痒くて堪らなかったし、落ち着かなかった。
 ここに入学してから一度も馴染めなかったのに、なんだ。俺がSubだから優しくしてるつもりか?同情して?
 ……ダメだ、思考が卑屈になっている。裏で笑われている気がしてならない。

 けど、これも数日だ。飽きればすぐに俺から離れていくだろう。
 そう言い聞かせながら、俺はその日を過ごす。
 一週間休んだ後の授業は大分置いて行かれていたが、自習していたお陰でなんとか着いていくことが出来た。

 人の声がやけに大きく聞こえる。シャーペンの芯がノートの上で削れていく音も。
 授業中はまだマシだが、授業が終わった後、休み時間に入った途端更にひどくなる。
 神経が過敏になってるかのように廊下の外から聞こえてくる笑い声にも反応してしまいそうになる。
 それから噂話にも。

「星名のやつ、見たかよ。何あれ?」
「最近小晴君と仲良かったじゃん。あいつら付き合ってんじゃねえの?」
「なんで転校生に付き纏ってんのかと思ったらそういうことかよ、小晴君、趣味いいわ~」

 クラスの隅から聞こえてくる下品な笑い声に体が強張る。
 何も知らないくせに。知らないからこそ好き勝手言えるのだと思うといっそ羨ましくすらある。

「星名って言ったら、あいつSubじゃなかったっけ?」
「え? まじ? じゃあ命令すりゃなんでもやってくれんのかな」
「お前まじで最悪だって、言ってること。先生に聞かれたら説教部屋行きだぞ」
「でも星名って会長とも仲良くなかった? もうやってんでしょ、あれ」

「……ッ」

 自分のことを言われているわけではない。落ち着け。
 そう言い聞かせながら、なるべく平静を装って周りの音をシャットダウンしようするが、無理だ。周りの雑音が、下世話な話し声が脳味噌の隙間に入ってくる。

 その場にいるのが息苦しくて、俺は立ち上がって教室から出て行った。



「あれ、愛佐君どっか行った」
「便所かな。あいつマジでノリ悪いよな」
「愛佐っていえばさ、知ってる? あいつが休んでた本当の理由……」

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