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「こ、はる……どうしてここに……」
「そりゃあんだけ煩かったからなあ。俺みたいな優等生は心配して様子見にきちゃうんだよ」
「《立て》」と短く耳打ちされる。そのまま腕を掴まれ、無意識に俺はそれに釣られて立ち上がる。そのまま背後に回された手に背中を撫でられ、腰が引いた。けれど小晴はそんな俺のことなど気にせず、入り口付近で立ち往生していた星名の取り巻きたちを振り返る。
「おい、お前ら。ここ、《片付けとけ》」
「は、はい」
「星名ぁ、お前はこっち。《着いてこい》」
「こ、小晴……っ」
「お勉強、足りなかったか? お前」
俺の体を雑に肩に担いだ小晴はすれ違い様、星名の肩を掴んだ。
息をするように他人を遣う。先程のようなグレアのない軽いコマンドを使い、こうして他人を支配することに慣れているのだろう。
気に食わない男だが、今に始まったことではない。
小晴は星名の横を通り過ぎ、通路へ出る。
どこへ行くんだ、降ろせ。そう暴れることもできず、ただ荷物になることしかできない。
小晴は隣の個室の扉を足で開け、そのまま乱暴にソファーへと人を転がした。
「……っ、は……」
「はー……ったく、めんどくせぇ。余計な仕事増やしやがって」
ソファーの隣にどかりと腰をかける小晴。間も無くして扉が開き、着いてきたらしい星名が慌てて駆け寄ってくる。
「こ、小晴……っ、一凛に乱暴しないでくれ。もしかしたら怪我……」
してるかもしれない、と心配そうな顔した星名。小晴はそれを面倒臭そうに手でいなし、笑った。
「ばーーか。お前分かってねえのかよ。こいつは狙ってやったんだよ、お前、舐められすぎ」
「……っ、え」
「星名。覚えとけよ。首輪つけてない犬は自由にさせんなって。先に動けねえようにすんだよ、こういう時ときは」
ベッドの上、起き上がることもできない体を伸びてきた手に引き上げられる。そのまま小晴の膝の上に座らせられそうになり、咄嗟に暴れようとするが、手足から力が抜けたみたいに指一本動かせなかった。
「そーそー、《動くなよ》。俺が良いって言うまで《そのまま》だ」
「……っ、……」
「ようやく大人しくなったか。……ったく。真夜といい甘やかしすぎだ、こいつのこと」
逃げ出したい。のに。
そのまま襟から外されたネクタイで手首を締め上げられる。
「な、なんで、縛ってるんだ……小晴……」
「コマンドだって100パーじゃねえからな。さっきみたいな万が一に備える必要がある。……特に、こいつみたいな野良犬にはな」
「……っ、ぅ……」
ぎっちりと締め上げられる手首。血が止まりそうだ。けれどこいつらはそれを気にしようともしない。それどころか、さも当然のように小晴は俺の顔を覗き込む。
「なあ、愛佐君。さっきお前何しようとした? こいつが刺せねえなら自分刺せば良いって思ったか?」
「……っ……」
「《言え》」
俺に命令するな。
そう睨みつけるが、舌が勝手に動く。脳が俺の意思を拒み、こいつのコマンドに染まっていく。
真夜と同じ顔と声、それなのにあいつよりもこいつのコマンドは重く響く。俺にとってそれは暴力に等しい。
「……っ、い、……っ痛みの方が、まだ、ましだったから……」
「い、ちりん……」
「それだけだ……お前には、関係ない」
喉の奥から絞り出した言葉に、星名の顔はみるみる内に青褪めていく。
まさか本気で俺が拒否する可能性を考えなかったのか。呆れる反面、こいつならばそう考えても無理もないと思う。こいつは俺のことを買い被りすぎているから。
けれど、小晴は違う。背後で小晴が笑う。
「だよなあ。ま、そうなるよな。真夜のやつ、あんなに可愛がってたもんなお前のこと」
「……っ」
「そりゃ、都合悪くなったらそっちに逃げるわ。痛い方がマシだって思ってるからな、馬鹿だよなあ。本当。本当だったら受け皿になんねえといけねえのに」
「……」
「どいつもこいつも犬に愛されたがって、呆れるわ」
「犬は可愛がるもんだろ? なあ? 愛佐君」伸びてきた手に二の腕から手首まで撫でられる。そして辿り着いた指先に手のひらを開かされた。うっすらと入った切り傷から広がる赤。ハンカチを取り出した小晴はそれで俺の傷口を覆った。染みていく血を気にすることもなく、小晴は固まったまま動けない俺を覗き込む。
「で、なんだっけ? 星名よりも痛い方がマシだっけ?」
まずい。逃げないと。逃げなければ。
ソファーから立ち上がって部屋を出たいのに両足が鉛になったみたいに動けない。腕すらも、存在しないみたいに感覚も痛みもない。アドレナリンのせいか、まだバクバクと早鐘を打つ心臓は治る気配もない。
逃げたい。のに。
「こ、小晴、待ってくれ! お、俺が悪かったから……俺がやり方間違えたんだよ、お前に教えてもらった通りにできなかった」
「ああ、だろうな。だってお前こいつのことガチ惚れしてんもんな」
「……っ、こ、小晴……」
「だから駄目なんだよ、お前。あんだけ言っただろ。Subを人間だって思うなって。こいつらは命令されて喜ぶ犬だってよ」
「――」
「いっぺん舐められたDomは終わりだぞ。甘やかしすぎても終わり。懐いてもらいてえんなら、先に主従関係叩き込んでおくんだよ」
目の前、テーブルの上に残っていた瓶を手にした小晴は「ぬる過ぎ」と呟いた。
「そういや星名、さっきのやつらあれお前の友達?」
「いや、あいつらは……」
そう星名が言いかけたときだった。扉が恐る恐るノックされる。
「片付け終わりました」という声に、小晴は「丁度いいや」と笑った。
「おい、お前一人か? 《一人なら入ってこい》」
人を縛っておいて何を考えてるんだ。まるで小晴の考えが読めない。
間も無く扉が入り、一人の男子生徒が顔を出した。コマンドに慣れていないのか、戸惑ったような恐怖で張り付いたような顔をして現れたその生徒は俺たちの姿を見るなり異様な空気を察したようだ。更にその表情が固くなる。
「あ、あの、なに……」
「お前名前何?」
「え、えと、……千葉」
「一年か。へえ、いいな。珍しい名前だよなあ、千葉」
「あの、なんでそいつ、縛られて……」
「古葉、《これを空にしろ》」
そう言うなり手にしていたボトルを千葉に向かって投げる小晴。狼狽えながらもそれを受け取った千葉は俺と星名を盗み見た。
どういう意味だ。何を考えてるのか、小晴は。
「ああ、《部屋は汚すなよ》」
「……っ、小晴君……」
「《さっさとしろ》」
聞いてるだけで気が遠くなりそうな程のグレアの中、千葉はボトルを開けてそれを一気に飲み干す。瓶の中並々と入ったそれを一気飲みするのはどれだけ空腹だろうと辛いものがあるだろう。それでも命令に逆らえない千葉をただ俺たちは見ることしかできない。
「飲みました」と青い顔をしたままボトルをひっくり返す千葉に、「そうか、よくできました」と小晴は笑った。
「んじゃ、それ、《こいつに挿れろ》」
その一言に、俺も、星名もただ固まった。
今何を言った、こいつは。俺を指差して。
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