飼い犬Subの壊し方

田原摩耶

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68【side:菖蒲】



「さっき、転校生たちが生徒会の子を連れて行ってて」
「別に喧嘩してる風じゃなかったけど、変な感じだったから」
「けど、殴られてたとかそんなんじゃなくて」

 口々にする男子生徒の声がノイズのように脳味噌を締め付けてくる。ずきずきと脳味噌全体を締め付けられるようなそんな痛みだ。

「どこに行った? 《答えろ》」
「お、奥……ラウンジの奥の……」

 指差されたラウンジ。そこには数人の生徒がいる。その奥に本来ならば学習用の個室があるはずだ。それとは別に、談話室も。

 ――個室。
 嫌な想像がべっとりと脳裏に過る。
「ありがとう」とだけ伝え、すぐにラウンジの奥へと向かった。
 ラウンジに溜まっていた生徒たちは僕の姿を見るなりバツが悪そうな顔をして立ち塞がる。

「すみません、会長。今そっち掃除中で……」
「危ないから誰も入れるなって言われてるんです」

「……」

 二人の生徒が止めに入る。二年か。引き攣ったような、怯えているようにも見える不自然な顔の筋肉の動き。戸惑ったような、縋るような視線。
 ――この症状には覚えがある。

「《退け》」
「……っ、か、会長……」
「《道を開けろ》と言ってる」

 重ね掛けるコマンドに、二人の視線が揺れる。眼球が右往左往している。迷ってる。
 これは、まさか。

 二重拘束。
 大抵の他のDomからの命令は僕であれば上塗りすることができた。
 なのに、今回は適用されない。そのせいでコマンドを受けた生徒の心身に負荷がかかっている。

「ぁ、ご、ごめんなさい、会長……俺、どうしたら……」

 つまりそれは自分と同じランクのDomがいるということだ。SSランクのDomが。
 そしてそのDomが命じたコマンドは恐らく、『誰も通すな』。

「……」

 吐き気がする。
 こんなことをしている暇はないのに。

 無事を確認できれば、それだけでよかった。なのにどいつもこいつもどうして僕の邪魔をするのだ。

「……《眠れ》」

 ――Normalの生徒へのコマンド使用は校則違反である。

「《全部忘れろ》」

 知るか。どうでもいい。

 会長、と開いた口からそれ以上言葉が続くことはなかった。
 膝をつき、そのまま倒れる生徒の横を通り過ぎてラウンジ奥に続く通路へと足を踏み入れる。

 通路は恐ろしく静まり返っていた。話では複数人の生徒がいるはずなのに。
 その代わりに甘ったるい匂いが通路に広がっていた。チョコレートだろうか。吐き気がする。

 とにかくこうしてる暇も惜しい。片っ端から目についた個室の扉を開いていく。
 自習室にはいない。ならば、と談話室がある通路へと移動する。
 そこにはゴミ袋を手にした生徒がいた。僕の姿を見るなりその生徒は青褪める。
 ゴミを放り投げてそのまま逃げ出そうとしていた生徒に「《止まれ》」と命じたと同時に、生徒はようやく足を止めた。
 その肩を掴み、こちらを振り返らせる。

「か……っ」
「愛佐はどこにいる。《答えろ》」

 コマンドを口にしたと同時に、脳が締め付けられる。青褪めた生徒の目がある扉に向けられた。それを追いかけるようにして視線を向けた時。

「あれ、会長。こんなところでどうしたんですか?」

 開いた扉の奥、そこから現れた男に息を呑んだ。

 ――月夜野小晴。
 何故、お前がここにいるのか。

「あーあ、ダメでしょ。会長。プレイ時以外のコマンドは校則違反ですよ」
「……小晴」
「会長も騒ぎ聞きつけて来たんすか? でも大丈夫、一応押さえ込んだんで大事にはなってませんよ」
「……《愛佐はどこにいる?》」
「愛佐君? 見なかったっすけど。愛佐君がどうしたんです?」

 効いていない。僕のコマンドも、何もかも。
 同等のDomでない限り有り得ない。

「菖蒲さん?」

 この先は自分の目で確かめた方が早い。小晴の制止を振り切り、小晴がさっきまでいた扉を開く。
 そして。

「……」

 何も、ない。
 そこには椅子の乱れ一つすらない憩いの場が広がっていた。ソファーもテーブルも乱れすらない。換気扇の音。それから薄暗い部屋の中。

「ほら、なんもないでしょ」
「……」
「俺が仕事サボってる、って思ったんです? 片付けくらいしますよ、ちゃんと」
「……」

 何かが、噛み合わない。
 スマホを取り出し、愛佐の名前を探す。

「あー、いたいた。会長、急に走り出すからビックリした。……って、こは。なにしてんの」

 それから間も無くして背後から真夜の声が聞こえてくる。「雑務だよ、雑務」という小晴の軽口を流しながら愛佐へと電話をかけた、次の瞬間。

「…………」

 背後から着信音が響く。
 無機質な、初期設定のままの着信音が俺たちの間に響き渡った。
 男子生徒からだった。驚いたように慌ててスマホを取り出した男子生徒にさらに僕は息を止めた。

 ――手にした愛佐のスマホだ。

「……なんで、君がそれを持ってる?」
「あ、こ、これは……」
「《言え》」
「拾って! ただ、落ちてたのを拾っただけです! あいつが落としたから助け呼ばれないようにしようと思って、それで、別に盗んだわけとかじゃなくて」
「……」
「後で脅迫とかしたり写真撮ったら面白そうだなって思って、ぅ、ちが、違います! 会長、俺」

 言い訳を並べながら取り出された真新しい傷ひとつもないスマホ。透明なシリコンケースに入ったそれは、間違いない。愛佐のものだ。
 真夜もそれに気付いたのだろう。ほんの一瞬、真夜の目の色が変わる。

「なにこれ。……どゆこと?」
「っ、は、ち、ちが……ぁ、ゆ、許してください……」
「……」
「……協力、感謝するよ」

 落ち着け。落ち着け。頭から血を落とせ。感情に呑まれるな。

 途端に怯えたように泣き崩れる男子生徒の肩を抱き、耳を寄せる。

「それと、君に《苦痛》を」

 途端に悲鳴のように泣き出す男子生徒。その声はもう言葉として入ってこなかった。

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