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長い間、酷い夢を見ていた気がする。
意識と肉体を強烈な力で引き離され、そのまま放られた意識の中ズタズタにされる肉体。それをただ見てることしかできない。逃げることもできない。
夢現の中、大丈夫という言葉だけが頭の奥、確かに染み付いていた。それから、優しく撫でるようなどこか懐かしさすらある暖かい手。
「……っ、……」
そこで意識は覚醒した。
目を開けば予想していなかった人の顔があった。
「あ、やめ……さん……?」
俺は菖蒲さんの腕の中にいた。
菖蒲さんがいることに安堵するよりも先に、どうしてここにいるのかということに緊張する。
いや、違う。確か俺は菖蒲さんと約束してたんだ。一緒にご飯食べる約束を。
……それからどうなった?
「ぁ……」
「…………」
「ご、めんなさい……俺、約束」
守れなかった。間に合わなかった。だからきっと菖蒲さんがそんな顔をしているのだろう。
声を絞り出すだけで痛む。なんで、こんなに息が苦しいんだ。菖蒲さんの顔を見るのが怖い。
「お、俺……遅れて、待ち合わせ……そうだ、ご、はん……」
「……」
「俺……」
そもそもなんで俺は菖蒲さんに抱き抱えられているんだ。
どうして記憶がないんだ。
何か、忘れている。記憶に蓋をされているようにすっぽりと抜けている。
まただ。真夜にコマンドをかけられた時と同じ、あの嫌な違和感だけがしこりとなって残ってる。
――何か、したのか。俺は。
「……っ」
慌てて菖蒲さんの体から離れようとして、下半身から力が抜ける。太腿が震え、力が入らない。そのままソファーから落ちそうになったところ菖蒲さんに再び抱き抱えられた。
「愛佐」
「……っ」
「どうやらまだ疲弊してるようだね。……頭も、口も、まだ回ってないようだ」
「菖蒲、さん」
「……」
「あ、の、俺……っ、つ……」
次第に鈍い痛みが下腹部から全身へと広がっていく。内側から焼けるような熱も。
菖蒲さんに謝らないといけないことがたくさんあるのに、明確な言葉が出てこない。大きな何かに阻害されている。
「鎮痛剤、切れた頃合いかな」
「っ、ぁ、あやめ、さん……」
「《口を開けろ》」
「……っ」
いつも通りのはずなのに。
菖蒲さんのコマンドが苦しい。いつものとろりとした甘いコマンドとは違う、内側に棘がびっしりと刺さった首輪を嵌められるような痛みが走る。
――菖蒲さん、怒ってる?
当たり前だ。無理もない。俺が悪いのだ。
「――ぁ」
言われるがまま口を開き、舌を伸ばす。菖蒲さんはそのまま目の前で錠剤と水を口に含め、そのまま俺に口移しをした。
その動作にも驚いたが、触れ合う唇の熱さにただ緊張する。
菖蒲さんにキス、されている。
普段なら落ち着くはずなのに、息が苦しい。
唇をこじ開ける舌伝いにとろりと流される錠剤を受け止める。
「……《いい子》だね、愛佐」
「ん、ぅ……」
そのまま目の前で錠剤を飲み込む。緊張して喉が狭くなってるせいでなかなか飲みにくかったけど、空になった口を見せれば菖蒲さんは微笑んでくれた。
けど、褒められてるのに普段程の心地よさはない。菖蒲さんが放つグレアを前に萎縮したまま顔色を伺うことしかできない。
そもそもなんで俺は鎮痛剤を飲まされているのだ。
「……君は優秀なSubだよ、本当に」
「ぁ、菖蒲さん……俺、ごめんなさい……待ち合わせ、遅れて……」
「そんなことどうでもいいよ」
どうでもいい。
その言葉の響きがあまりにも冷たくて、ぎくりと緊張した。
それ以上にこちらに向けられた菖蒲さんの目がただ怖くて。
「愛佐」
「……っ、はい」
「君は僕のことをどう思ってる?」
「ぁ、あの……尊敬できる方だと」
「……それで?」
「優しくて、素敵な方で……」
どうしてこんなことを言ってるのか。普段ならばこの問答すらも心地の良いやり取りのはずなのに、今はただ尋問を受けているようで言葉の一言一言絞り出すことすら躊躇う。
「それで、その……俺も、会長みたいになりたいって……」
俺も思っていることを言語化することは得意ではない。それでも口にすればするほど嘘臭くなるのは何故なのか。
それに、菖蒲さんの視線が冷たいままなのがひたすら恐ろしかった。
「……それだけ?」
“それだけ”。
勇気を出し、拙いながらも考えた言葉をその四文字で片付けられるとは思ってもいなくてショックというよりも、ただ強い違和感を覚える。
目の前にいる人は本当に菖蒲さんなのか。まだ悪い夢を見てるのではないか。コマンドの影響で。
「すみません、頭が……まだ、働かなくて」
「それじゃあ、真夜のことはどう思ってるんだ?」
一瞬、何かの聞き間違いかと思った。
けど、菖蒲さんは言い直さない。ただじっと冷たい目で俺の言葉を待っていた。
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